第35章
突然の敵奇襲により村は混乱状態だった。真夜中に基地のサイレンを聞き付け、目を覚ました村人達は村から脱出を計る。宿屋の宿泊客も例外ではない。
「ちょっと! リオン、早く起きなさい! ねぇ、起きなさい! ……起きろ」
「熱ッあつッ!!」
ドアを蹴り破り、胸倉を揺さぶってもなお寝ているリオンに、ライターの火を近づけ目覚めさせるノーション。
「なんですか、なんなんですかノーションさん! ……外が騒がしいですね?」
「今、基地が敵襲にあってるらしいわ。 逃げるわよ、早く!」
「そんな! 村じゃなくて、共和国軍の基地がですか? 一体誰が? あり得ないですよ!」
「世の中にはあり得ないことがあり得ている……ところで、セレネはどこ?」
リオンの隣にある整ったままのベッドを見て、眉を潜めるノーション。まるでベッドを使った形跡がないのだ。
ノーションは、リオンが目をこすっている間に舌打ちを済まし、人影を探すように部屋を見渡す。
「え? いないんですか! 部屋に帰ってから、ずっと隣で寝てたと思うんですけど」
「馬鹿! ちょっと前に私達の部屋に来てたのよ……嫌な予感がするわ。 とにかくリオン、村を出なさい」
「ここも危険じゃ。ワシらが村に入ってきた方角なら危険は少ない。はよ、動かんか。これだけの騒じゃゃ。セレネも危険を感じて村の外に出おるはず」
リオンの足を引っ張りながらドクターMは声を上げ宿屋の外へ。
外の世界は地獄だった。MFのオイルの臭いと木材が焼け焦げた臭いが鼻にこびりつき異常事態を招いていると嫌でも実感させられる。
隣家には基地から飛来したであろうメタルフレームの部品が無残にも家に突き刺さり、基地の上空は夕焼けのように赤く染まっていた。もし、宿屋の位置が数件隣にあったなら、リオン達は即死だったであろう。
我先に同じ方向へ逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子どもたち、倒れている女性を足で踏みつぶす人間はいるが、手を差し伸べる人間はいない。
「なんだよ……これ、どうなってるんだよ、クッ! って、オワッ!」
基地の方角からの爆発音に思わず耳を防ぐリオン。目をつむったと同時に横から男が人の群から飛び出してき、道の隅で棒立ちしているリオンを吹き飛ばす。
ぶつかってきた男は、詫びる言葉も掛けずに植木鉢を大切そうに抱えて去って行く。
軋む体とぶつかってきた男を恨めしく感じながらリオンは立ち上がった。ハンスタにやられていなければ、さっきのような軽い体当たりで倒れることなどなかったはずだ。
何気なく後ろを振り返るとノーションが基地の上空を見上げていた。
「見つけた……。リオン……先に行きなさい。私、やることができたわ。ドクター、なるべく遠くに逃げて下さい」
「くれぐれも深追いはするでないぞ……」
「ノーションさん! やることって、この状況で逃げる以外何をするんですか!! ノーションさん!」
ノーションは基地の上空を跳躍したMFを目撃した途端、眼鏡を外しMFの銃撃の音が鳴り響いている基地へ駆けて行った。リオンは人ごみの中、小さくなっていく金髪を見送ることしかできない。
リオンがノーションに気を取られている僅かな間、ドクターMはボールのように蹴られて、人ごみに飲み込まれる。
「爺ちゃん! おい、押すな! 爺ちゃんが、俺はそっちに行きたいんじゃ――ゴブッ」
リオンの腹部に黒い何かが衝突し、言葉にならない言葉を口から漏らしながらうずくまる。
人の足が交差する中、リオンと同じようにしゃがみ込む人影がいた。
「ぁあ! すみません、大丈夫ですか!? あ、リオンさん!」
「うぅ、シリスか。無事でよかった……そうだ、セレネ! セレネは一緒じゃないか?」
真正面からリオンの腹部に頭突きをかましたシリスの肩を借りながら路地裏に避難し、腹を擦りながら確認する。ハンスタの魔術が直撃した部分にシリスの頭がめり込んだため、口の中に血の味がする唾をリオンは飲み込んだ。
「いいえ、一緒じゃありません。弟ともはぐれてしまって、村を探しまわっていたんですけど、どこにもいなくて……。ところで――リオンさんと一緒にいたお爺さんと金髪の女の人はどこにいるんですか?」
「爺ちゃんはさっきまで一緒だったんだけど、目を離した隙にどっかいっちまったし、ノーションさんは、やることができたって基地の方に行っちまうし、セレネもいなくなっちまうし! もう何が何だか……わけわかんねぇよ」
ノーションとドクターMの所在が不明とわかった時、彼女の穏やかな瞳が一瞬だけ冷酷に輝いたことにリオンは気付くことはなかった。
「とにかく、外に逃げて下さい。物がある所は危険です。きっと村の人達も外に集まっていると思うので、そこに行けば大丈夫かと……私はもう少し探してみます」
「おい! シリス待て! おい!」
村の外に弟が逃げている可能性の方が高いのではないか。それを伝える間もなくシリスは軽い足取りでリオンから離れる。
黒い髪を揺らしながら人ごみの中に戻って行くシリス。ここで、リオンがシリスの腕を取ることが出来ていたならば、運命は変わっていたのかもしれない。
「俺も……セレネを探さないと」
リオンは誰に言うでもなく、一人呟いて狭い路地裏から通りの様子を見る。
逃げ惑う人の中にセレネがいるかもしれない。そんな期待をしながら覗く。大人が我先へと逃げ惑い、親を見失った子どもは大通りで泣き叫んでいるが、誰一人子どもを助けようとしない。そして、奇妙なことにほぼ全員が植木鉢を抱えて走っていた。
「なんだよ……子どもより、そんな植木の方が大切なのかよ!! くそっ!」
腹を押さえながら通りに再び飛び出る。人の波に押し流れそうになりながらも女の子の手を引っ張り、また路地裏に返ってきた。
「大丈夫か? 怪我してないか? お父さんとお母さんは?」
泣きじゃくる女の子は、拙い言葉を絞り出す。
「パパ、ずっと昔に軍人さんに、連れていかれちゃった。ママは、どこかに行っちゃった」
「そうか……兄ちゃんが一緒にいてやるから、とりあえず村の外に出ような。きっとママも君のことを外で待っていると思うから」
リオンは関節の痛みを表に出さないよういつも以上の笑顔を作って女の子の頭を撫でた。
女の子はゆっくり頷き、自分より遥かに大きいリオンの手を握る。
女の子を連れてどこにいるかわからないセレネを探すことは困難だ。リオンは、セレネも外に脱出していると自分自身に言い聞かせ、後ろ髪を引かれる思いで、村の外を目指す。




