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ミリオン  作者: おこき
~第二幕~
34/76

第32章

 食堂で食事を済ませた後、リオン達は宿屋に戻ってきていた。

 見送ってくれたシリスの口数は少なく、どこか暗い表情をしていたため、心配したリオンが声をかけた。

 しかし、「お仕事が忙しかったんで……疲れただけです」と呟いただけで真意はわからずじまいだ。

 満月の夜、乾いた空気と肌を撫でる冷気が世界を支配している。青白い月光が舗装されていない道を薄っすらと照らし、人の気配を感じさせない。

 宿屋の客室もほとんどの灯りが消え、その木造の家は静寂に包まれている。

 ノーションとドクターMの部屋の前で佇んでいる少女がいた。ノックをしようとするが何かがそうさせようとしない。

 ロビーにこそ灯りが点いているが、ロビーから遠く離れた部屋が密集しているこの廊下は薄暗い。薄い扉の隅から光が漏れていることから部屋の主達がまだ起きていることは明白だ。


「ノーション……まだ起きているか?」


 軽く二、三回ノックをしておずおずとセレネが口を開く。


「え? 誰ぇ? セレネかしら?」

「そうだ、少し話がしたいんだ」


 中で声が何度か交わされた後、扉が開けられる。


「どうしたの? こんな時間に? まさか……リオンに襲われたとか? ふぁ~あぅ」


 ニヤリと悪戯な笑みを零し、欠伸をする金髪の女性。頬が赤くなり、眼鏡もズレ掛けている。寝る寸前だったのか、いつものような知的な雰囲気は無く、むしろ少女の様なあどけなさが垣間見えるぐらいだった。


「襲われてなどいない。 あいつは死んだように寝ている。 むしろ、私が襲えるぐらいだ」

「ふふふ、そうね。 どちらかというとそっちの方が絵になるわ。 で、何か用かしら? まさか、襲い方を聞きに来たとも思えないし」


 ノーションが手招きして、セレネを部屋に入れる。

 机の上に紙が散らばっているだけで、隣の部屋と変わり映えしない部屋。視線だけで部屋を見渡していると、ドクターMと目が合うセレネ。


「よく来たのぉ。 眠れんのか? ホットミルクでも作ってやろうかの。 ノーションや、ミルクを取ってくれんかの、さっき買っておいたやつがあるじゃろ?」


 そう言いながらドクターMは、ボロボロのリュックサックから錬金術で使用するアルコールランプを取り出した。


「まぁ、そんなとこに突っ立ってないで座りなさい。 ベッドでもどこでも座ってちょうだい」


 ノーションは、さりげなく鍵を閉め、ドクターMにミルクを渡す。ベッドに腰掛けセレネは、二人を交互に見る。


「すまない。 すぐに、部屋に戻るから気を遣わないでくれ」

「まぁ、まぁいいじゃない。 こう寒いとホットミルクでも飲みたくなるでしょ?」


 火が燃える音がしばらく部屋を支配する。

 ノーションはセレネが言葉を発するのを待っているようだった。そうしてセレネがようやく口を開いた。


「……魔術について詳しく教えて欲しいんだ」

「魔術? どうして……?」


 ノーションはセレネの発言に首を傾げながら続きを促す。ホムンクルスが魔女に魔術を教えるなど、子どもが大人に歩き方を教えるようなものだ。


「昨日も言ったが私には記憶が無い。 魔術のことなんて……何一つ覚えていないんだ」

「そりゃそうでしょうけど、まさかあなたから教えて欲しいって言いに来るとは思ってもみなかったわ。 まぁ、教えてあげるのは構わないんだけど、覚えてどうする気なの?」


 足をパタパタさせながらセレネは、カップを用意しているノーションを遠目に眺める。


「魔術について勉強すれば何か思い出すかもしれない。 それに、あいつを助けてやれるかもしれないだろう。 英雄見習いの側に魔術師見習いがいても不思議じゃないだろ?」

「……やっぱり記憶、元に戻したい? 言っちゃ悪いけど、魔女の記憶なんて思い出して楽しいものじゃないと思うわよ? 魔女狩りって……知ってるかしら? 名の通り、あなたを“狩る”行事なんだけど、現代でも地域によれば魔女だと疑惑を掛けられるだけで、拷問の日々を味わう人もいるの。 正真正銘の魔女であるあなたが、魔女狩りを避けて生きて来たとは考えにくいわ」


 そんな拷問の日々を思い出したいのかと、目だけでセレネに意見するノーション。

 それに魔女としての記憶が蘇ればノーションとて困る事実があるのだ。できることならば、世界の隅っこで静かに暮らしておいて欲しいのだろう。殺せる存在では無いが故に、干渉されない場所に幽閉しておくのが最善の選択。記憶が無いのならば、尚、好都合だ。

 相手を想うフリをして、都合のいい方に話を持って行こうとする自分の行いをノーションは卑怯だと思わない。彼女は大人だ。隣の部屋で寝ている少年とは違う。

 一方で、セレネはウインド村の騒動を思い出していた。

 昼間は優しく食べ物を分けてくれた大人達が、夜、掌を返したように殴る蹴るの暴行を死ぬまで繰り返して来たのだ。ただ、魔女であるというだけで。記憶も何も無い自分を……何度も何度も殺した。誰も助けてなどくれなかった。

 彼以外は――。


「拷問の……記憶……すら、残っていないんだな」


 震える声で襟を掴んで自分の服を伸ばすセレネ。その隙間から自分の体を見下ろすが、何も無い。記憶に新しいあの時受けた傷跡も残っていない。

 どれだけの傷を負って生きてきたとしても、全て治る。自分の記憶同様、真っ白で何も残されない。

 セレネを見守る部屋の主達は、少女の何気ない動作を見て、心と同時に目を閉ざす。


「ごめんなさい……辛いのはわかるけど、恐らくそれが事実なのよ。 あなたが悪いんじゃない。 だから、過去の記憶を探すんじゃなくて、これからの幸せを探しなさい。 魔術が使えないなら魔女だってバレる確率も減るわ、それに魔術なんて知らなくても生きていけるわよ?」


 魔術を敢えて“記憶”と言わないノーション。ドクターMもノーションに全てを委ねている様子だ。


「……私は、それでも記憶が欲しい。 私みたいな魔女が自分の記憶を探すことは、悪いことなのか?」

「あなたは……悪くなんてない。 悪くなんて……ないのよ。 ――悪いのは私達の方なんだから」


 全てを打ち明けるだけで全ての罪が許されるならば、ノーションは今ここで全てを打ち明けていただろう。

 しかし、全てを打ち明けることは何の意味も無い。腹の底から醜い(うみ)を吐き出して自分が楽になるだけだ。そんなものを見せられる方はたまったものではないだろう。事実は何も変わらないのだから。

 例えそれを良しとする神の前の懺悔(ざんげ)は、神を信じ、人間の行いをしている者だけだ。

人の道を外れ、神を信じない彼女達に懺悔はできない。

 ドクターMがカップにホットミルクを注ぎ、セレネの前まで持って来る。


「自分の記憶じゃ、元に戻したいと思うことは当然じゃよ。 お前さんが取り戻したいなら、取り戻せばええんじゃ。 ほれ、熱いから気を付けて飲むんじゃよ」


 すまない、と前かがみになりながらカップを受け取るセレネ。手先のカップから伝わる温かさが全身を温めてくれる。不覚にもセレネは、ほっこりと微笑んでしまった。


「魔術を教えてくれないか、基礎的なことだけでいいんだ。 後は自分で思い出す、覚悟もある。 だから、お願いだ」


 我に返り、頭を下げるセレネ。“覚悟”という言葉にノーションは自分のことを言われている気がした。


「覚悟……か。 わかったわ。 それにこれも何かの縁よね。 一朝一夕で身に着けれるもんじゃないし、私達もいつまでもこの村にいるわけじゃない。 とりあえず四大元素と魔術の仕組みについてだけ教えてあげる。 後は、本を読むなりして勉強するの。 あなたの場合、思い出すだけでいいんだから技術を教える必要はないと思うの」

「まぁ、四大元素と仕組みさえわかれば、どの本を読んでも理解しやすくなるじゃろうしな」


 ドクターMは、次のカップをリュックサックの中に頭から入り探している。

 ノーションは「ドクター、私のは砂糖入れて下さい」と老人の尻に注文を入れ、向き直り咳払いをした。


「おほん。 じゃ、まず四大元素から。 四大元素とは、地水火風の四つに分けられている魔力の性質のことを言うの。 この性質を理解していないとどんなに才能や家系がよくてもまず、魔術が使えないわ」


 言いながらノーションは、机の上に散らばっている紙を無造作に取り、ペンで図形を描き始めた。

 火・風・水・地と時計反対回りに字を並べ、流れに沿って線を引き地水火風のひし形ができた。


「はいこれを見て、魔術の全てはこれよ。 言わば魔術の地図みたいなもの」

「地図? この汚い字が地図なのか?」

「うるさいわね、字が汚いのは遺伝なのよ! これは走り描きだったから――」


 言いながら紙を破り捨て、さっきより時間をかけて、新しい紙に同じ図形を描き直すノーション。


「でね、人には必ずこの内の一つの属性が備わっていて、その属性の魔術を扱えるってわけ。 誰もが持っている才能みたいなものよ。 私の場合は、“風”が主属性だからここから隣接する“火”と“水”の属性までなら扱うことができるわ。 これが副属性って呼ばれるものなの」


 “風”を中心にして矢印を伸ばし、“火”と“水”を丸で囲む。その隣にドクターMからノーションへ白いカップが差し出された。


「反対側の“地”は扱えないのか?」

「ムリね。 地図を見ればわかるように、“風”と“地”は接点がないでしょ? 橋が無い島には渡れないわ。 ちなみにこの反対側にある属性は、対極する属性だから対属性というの。 私の対属性は“地”ってこと」

「そうか、頭のおかしいノーションにも踏み込めない領域があったんだな、熱ぃッ! な、何をするんだ! おでこが焦げるところだったぞぉ」

「頭の“いい”ノーション……でしょ?」


 セレネのおでこに自分のカップで焼きを入れて、不敵に笑うノーション。


「ともあれ、主属性をものにするだけでも結構掛かるのよ。 要領の悪い人だと半生掛かるらしいわ。 まぁ、よっぽどの馬鹿だと思うけどね。 理論的には誰もが三つの属性を扱えるようになるって言われているんだけど、基盤になる主属性と副属性を二つ扱える魔術師なんて名門家系に数名いるぐらいよ。 人間だと習得するのに圧倒的に時間が足りないわ」

「主属性と副属性を一つ、計二つの属性を扱える魔術師を二つ星(ダブル・センス)、主属性と副属性を二つ、計三つの属性を扱える魔術師を三つ星(トリプル・センス)と言うんじゃが、ワシの知り合いにも三つ星は少ないのぉ。 三つ星の連中はどやつも頭がおかしい、それだけは共通しておる」


 確かにロクな人がいなかったですね、とノーションが笑いながら、カップを傾ける。ノーションもそのロクでもない人間の一人なのだが、堂々とし過ぎている金髪の女性の姿を見てドクターMは何も言えないのであった。


「じゃ、私の主属性はなんだ?」


 わくわくしながら尋ねてみるセレネ。

 ノーションがカップ越しにドクターMと視線を合わせ何かの確認を取る。


「そうね、あなたが本当に魔女ならば、残念ながらこの中にセレネの主属性は存在しないわ」

「っ? どゆうことだ?」


 ノーションはカップを机に置き、眼鏡を掛け直しタバコに火を点ける。


「伝説と研究資料を読んだだけだから本当かどうか確証は無いけれど、魔女に主属性はないってこと。 二つ星(ダブル・センス)三つ星(トリプル・センス)とか言うけどね。 魔女にそんなクラス分けなんて必要ない――四つ全て使えるんだからね」


 試す様にセレネを見て、甘いホットミルクを喉に流し込むノーション。

 もし、セレネに記憶――魔術の知識が戻ればどんな一流の魔術師でも敵わない。

 彼女に使えない魔術は存在しないのだ。古代から現代まで生きていると言われる魔女ならば、失われた古代の魔術も知っているであろうし、ただの下級魔術ですら膨大な魔力で放たれるため、ワンランク上の魔術と同等の威力を発揮する。


「私は、えらく凄い才能を持って生まれたんだな。 四つ全部とはさすがに私も驚いた。 三つぐらいだと思っていたんだがな」

「全国の努力の実らない魔術師に殴られてきなさい。 でも、四つ使えることが魔術の目指す所じゃないのよ。 四大元素全ての理解は、第五元素(エーテル)を理解するために必須なだけ。 魔術師の祈願はエーテルを理解できなければ叶わないし、エーテルを意のままに使用できることこそが魔術の真骨頂なの。 火が出たり、風が出たりの魔術は副産物よ。 皆が欲しい特産物はエーテルの方ってわけ」

「エーテル……四大元素を知らないと理解できないもの。 そのエーテルというものを理解するなんて無理なんじゃないか? 三つまでしかマスターできないんだろ、四大元素は」


 リオンならば倒れてしまうであろう専門用語の羅列でもセレネはついてくる。

 ノーションは、つくづく魔女という存在に脅威を抱いた。記憶を取り戻すのも時間の問題であると。 だからといって、説明をいい加減にするつもりはない。覚悟を決めた。ドクターMが止めに入らないということは、そういうことだとノーションとて察している。


「そうね、ムリね。 だから、トリプル・センスの魔術師は人間を辞めようとするのよ。 魔術の本筋を理解し、無限の叡智(アカシック・レコード)にアクセスするために」

「そもそも人間があれにアクセスするなど不可能だとワシは思っておる。 アクセス出来た所で情報が多過ぎて脳が焼き切れるじゃろな。 じゃから、人間を辞めよるんじゃろうが、辞めた所で人間は人間……わからんやつらじゃよ」


 ドクターMも話に加わり、いよいよ頭が付いていかなくなったセレネ。目をパチパチさせて、老人と眼鏡美人を見る。

「あぁ、ごめんなさい。 いきなり色々言われてもわからないわよね。 とにかく、人間じゃ辿り着けない理想的な無人島に行くため、人間を辞めるのが優秀過ぎた魔術師の末路、エーテルを理解するなんてまず不可能だし、その先のアカシック・レコードも迷信に等しい伝説よ。 理論はわかるんだけど、確認できた者はいない。 人が夢を見た証なのかもしれないわね。 ロマンがあって結構なことだけど」

「そうか、それに関してはまた勉強し直してみる。 とりあえず、私はどの属性も扱える才能はあるわけだな」

「伝説が本当ならね」


 灰皿を探しながら、セレネの知識に補足を付け加え更に続けるノーション。

 思いのほか、いや、予想以上に飲み込みが早いセレネに教えることが楽しくなってきたノーションは、第五元素(エーテル)について少し詳しく話したくなった。

 飲み込みのいい教え子には何かと余計なことを教えてしまう。ノーションは自分の師匠の気持ちがわかった気がして更に嬉しくなった。


第五元素(エーテル)は、四大元素の原料と物質を繋ぐ接着剤みたいなものなのよ。 この接着剤さえ使いこなせるようになれば、四大元素全てをいえ……理論上、物質を自在に変質させることも可能だし、無限の叡知(アカシック・レコード)にアクセスできる術を見つけることができるというわけ。 エーテルを見つけたら後世代々、偉業を成しとげた英雄と呼ばれるわよ? 錬金術師の間ではエーテルのことを“賢者の石”なんて言ってるぐらいだからね」


「そんなに魔術師達は英雄になりたいのか? 全員リオンみたいなやつだな。 リオンもアカシック・レコードを見つければ英雄になれるのか?」


 何度もベッドによじ登ろうと挑戦しているドクターMを摘まみ上げて、ベッドの上に載せてやるセレネ。


「いやぁ~別に魔術師は英雄になりたいわけじゃないと思うわよ? 私の言っている英雄とリオンが目指している英雄って方向性が違うと思うのよね。 それに間違ってもリオンに無限の叡知(アカシック・レコード)なんて見つけられないわよ……アホだから」


「そうか、うっかりしていた。 あいつはアホだった」


 暫しの静寂が流れる。

 女達に認められたリオン。深い眠りに入っている彼が他人からの評価を知る由もない。


「ごめんなさい、余談が過ぎたわね。 四大元素についてわかれば、後は簡単。 ちょっと待って今、わかりやすい絵を描くから。 ここからが本番よぉ~っと、面白くなってきたわ」


 別の紙にペンを走らせすっかり先生気どりのノーション。

 バレないようにセレネは欠伸を噛み殺す。魔女は、そろそろおねむの時間のようだ。

 ここまで寝ずについてきた自分へのご褒美という意味を込めて、ホットミルクの追加をドクターMにお願いするセレネ。

 夜は、始まったばかりだ。



 荒野の岩陰に身を潜め、夜が更けるのを待っている影がいた。

 科学で作られた偵察用カメラから情報を得て基地の様子を探っている。


「北、対MF用狙撃ライフル一六門……西、迎撃用ミサイルと対地空防御壁……東、自動回転式銃オート・ガトリング・ガン約二〇……南、村と対MF用狙撃ライフル六門」


 どの方角からなら侵入が容易か考える。中規模の基地にしては無駄に武装と守りが堅い。帝国の基地とは大違いだと鼻で笑う。

 北からの攻めは武装こそ問題無いが、身を隠す場所が無い、狙撃ライフルでハチの巣にされるのがオチだ、候補から外す。

 西からの攻めは防御壁突破に時間がかかり過ぎることと、平坦過ぎる地形からミサイルの直撃を受ける可能性がある、共和国のミサイル兵装がどこまでの性能か確かめられていない現時点では危険過ぎる、候補から外す。

 東、特に問題は無いが確認できただけで二〇近くのガトリングガンの弾幕を掻い潜る機動性は持ち合わせていない。

 南……論外。


「フ……さすが共和国、平和ボケしていても兵装だけはいい」


 偵察用のカメラの侵入を許している時点で、守備が甘いのだが、基地への侵入をして下さいと誘っている方角もある。

 真意はわからないが、余程の馬鹿か、自信があるか、守る気が無いのだろう。

 飢えた盗賊ならば、間違いなく飛びつくであろう餌だ。しかし、モニターを睨みつけている人物は、盗賊ではない。

 モニターを消し、最後の機体調整をする。

 頭部、胸部、腕部、脚部のフォルムが画面に並び「condition:100%」と情報を得る。

 各ブースター、燃料も問題無し。

 今まで何千何万と繰り返して来たプロセスに狂いはない。

 ただ、この機体に出会ってから武装の点検だけはしたことは無かった。もはや自分の半身であるため、チェックする必要がない。自分のことは自分自身がよくわかっている。

 コックピットを開けると、砂埃がフルフェイスヘルメットのバイザーに当たり耳をくすぐるような音が鳴る。

 何となく立ち上がり岩陰から月を見上げ呟いた。


「満月……」


 ヘルメットを片手で強引に剥がし、目を瞑り深呼吸をする。

 服装の色とは正反対の白い髪が重たげになびき、彼は紅い瞳をゆっくり開いた。

戦いの前は、必ず空を見る。

 彼は満月を包み込む様に片手を優しく伸ばした。母親を求めている赤子のようだ。

 この広い、どこまでも伸びる空の果てから自分を見下ろす“家族達”に誓う。


「生きるために――破壊する」


 漆黒の悪魔が月を握りつぶし、満月を背後に巨大な両刃剣を背負った黒い機体へ振り向く。

 月光に映し出された刺々しいフォルムは彼の生き方か、憎悪に満ちた紅いカメラアイは彼の怒りか、そして、傷付けることしかできない剣を背負うその機体は、彼そのものか。

 答えは、この“帝国の悪魔”のみが知っている。

 夜は、始まったばかりなのだ。

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