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ミリオン  作者: おこき
~第二幕~
30/76

第28章

「昨日の晩、っていうか深夜ね。 軍人が四人殺されたのよ。 正確には三人だけど」


 スープを一口啜り、ノーションがナプキンで口を拭く。


「殺されたって……まさかあのおっさんが? 隠密の仕業なんじゃ」


「ワシらもそう思って調べたんじゃが、隠密ならば、そんな派手なことせん。 少なくとも三日間は生きているように偽造しよるだろう。 それに昨晩の殺しは、人間技じゃないそうじゃ」


 食事中ということもあって老人は、それ以上口にするのを止めた。

 しかし、どうしても聞きたそうにしているリオンを見てノーションが続ける。最後に“知らないわよ”と片眼を開けてリオンを威嚇するが効いていない。


「はぁ、内臓がね、全部取り出されて路上に放置されてたの。 犯人の意図が全くわからないけれど、いずれにせよ両名は死亡よ。 で、軍施設の近くの芝生で股間から首筋まで真っ二つに引き千切られたのが一人、これは木の上に自分の腸で巻き付けられていたらしいわね。 余談だけど、発見者は最初、腸で出来た紐を木のツルかと思ったらしいわ」


 強烈過ぎる犯行現場を想像してリオンは、食欲が無くなった。ちょうどお金も無かったので、腹が膨れて良かったと思うことにするリオンだが、当分、動物のホルモン類は食べれそうにない。


「は、はは。 メタルフレームで犯行なんてまた大胆なことしたんですね。 後一人の人もそんな惨い殺され方をされたんですか……」


 リオンが苦笑いしながら、軍人の冥府を祈る。先ほどまで人殺しはよくないと言っていたが、こうまでめちゃくちゃな殺し方をされるとそれは、人殺しじゃない。ただの殺戮だ。そして、どれだけの恨みがあっての犯行なのかリオンは想像もつかない。


「それがね、MFを使った痕跡が無いのよ。 共和国軍施設にMFなんて近づけばレーダーですぐバレるし、芝生の木に腸で縛り上げるなんて器用なことMFで出来るわけがないわ。 木の幹に頭から突き刺すならわかるんだけど、それにね……リオンの言っている後の一人は見つかっていないのよ」


 ノーションがスプーンを置いて代わりにタバコを手に持った。


「見つかって無いのに、死んだことになっているんですか?」


 リオンが生唾を飲み込む。バラバラにされて、全てのパーツが揃っていないから“見つかっていない”と表現したのだろうかとリオンは想像し、吐き気を堪えた。


「えぇ、明らかに出血多量よ。 彼が見回っていた所に彼の破れた服と暴発して変形したライフルが置かれていたそうよ。 最初に言った二人分の内臓達と一緒にね、ちなみにこの二人も内臓しか発見されていないみたいで、“入れ物”が見つかって無いわ。 骨とか皮膚ごと燃やしたにせよ灰ぐらい残るし、臭いも出るのに周辺の村では異臭を訴える人もいない……彼らはどこに行ったのかしらね」


 タバコに火を付けて、一息付くノーション。どうやら喋っていたノーションも食べる気を失ったらしい。食器にはまだ少し料理が残っている。


「な、内臓の人達はともかく、どこにいったんですかね、その見回りの人。 実は、その人が反乱を起こした……とか、うん? セレネ、また気分が悪くなったのか」


 小刻みに震えているセレネを見てリオンが額に手を当てる。熱は無いようだ。しかし、震え方が異常だ。


「あ、あ、あぁ。 なんでも、なんでもないぞ」


「お前、朝食抜いてんだから、ちゃんと食っとけよ? はは、まさか、ノーションさんの話が怖かったのか?」


 少しからかいながら、リオンはセレネの頭を撫でてみる。触角の様な癖毛が、みょんみょんと跳ねては元に戻る。

セレネは「お腹がいっぱいだ」と言ってリオンが買って来た朝食を全く食べなかった。昨晩、たくさん食べたわけでもないのにセレネがそんなことを言うので、リオンはセレネの体調を心配している。


「あぁ、そんなところだ。 ノーション、一つ聞きたいんだが、そのいなくなった男は、吊り目で、金髪ではないよな?」


 セレネが恐る恐る尋ねた。全員が彼女の質問の意図がわからないと言った様子だ。


「う~んどうだったかしら、ドクター。 顔写真のあった資料、くすねて来ましたっけ?」


「ちょっと待っておれ、今確認してみるわい」


 老人は自分より大きなノーションの鞄をあさる。


「あぁ、これかの? う~ん、吊り目で金髪……ではないの。 茶髪でぇ、どちらかと言うと、これは垂れ目じゃないかのぉ。 どうしてそんなこと聞くんじゃ?」


 くすねてきた資料を流し見て、老人がセレネに聞いてみた。


「いや、何となくそんな奴は吊り目で金髪な気がしただけだ。 ははは」


 何故か安堵するセレネ。リオンは、それでセレネが安心するなら何でもいいかと思ってあまり気にしないことにした。


「あっ! ドクターこれ資料違いますよ。 これは、木の上に吊るされていた方でしょ? 行方不明者は……セレネの言う通り金髪で吊り目ね。 よくわかったわね、魔女の予知能力ってやつ? まさか、どこかで見たとか!?」


 突然、食器が割れる音がした。セレネが皿を落としたのもあるが、もう一つ明らかに別の方向からの音がしている。


「おうチビ、どうしてくれんだ? 見てくれよ、俺の服びしょびしょじゃねぇか?」


 端が尖った黒いサングラスをした軍服の男が、先ほどの黒い髪の男の子に言い寄っている。金髪のブロンドヘアーが特徴的な軍人は、立ち上がり男の子に襲いかかりそうな眼つきをしていた。

そこにリオン達の注文を聞きに来た少女が庇うように間に入る。


「すみません……でも、あなたがこの子に……足を掛けたから」


「ちょっとちょっとちょっとー! オーナーいないの~。 ここの娘さんめちゃくちゃ言い掛かりしてるよ~? あぁ、オーナーは今、軍施設だったな。 殺しちゃったもんね~俺の部下を四人程」


 下品に高笑いする軍人。明らかにこんな店に来るような階級の人間じゃない。靴も服も全て見るからに高級品である。ただ、男の子が付けてしまったであろう水の染みがズボンに付いていた。


「なんだアイツは!」


「リオン、止めなさい。 関わらない方がいいわ。 アイツはこの村を統治している少尉よ。 事実上、ここの村の王みたいなもんなんだから。 それに、男の子も悪いわ。 見てたけどあの子……わざと水をかけに行ったように見えたわ。 馬鹿な子」


 ノーションがリオンの服を摘まんだ。ノーションの話が本当なら、男の子にも非がある。というか、男の子に非があるので、どうしようもない。「トイレに行くだけですよ!」と言ってリオンは、ノーションの手を振り払って揉め事と反対方向に去って行った。

 リオンは、現場が見えないトイレに逃げ込み自分の気持ちを自制させるつもりだ。腕も足も震えている。正義漢が強過ぎるが、行動を起こす程彼には勇気が無かった。明らかに軍人の横暴ならば、掴み掛かって相手の非を認めさせようとしただろうが、男の子が先に手を出したとなれば……仕方が無い。

 無様な姿。

 英雄のような力があれば、どうにかできる。しかし、そんなものを彼は持ち合わせていない。

 それに、軍も馬鹿じゃない。子どもがした事ぐらいで、怒るようなことは無いだろう。まして、この地域を統括している少尉ともなれば、人望もあるし面子もある。子どものしたことでいちいち構っている暇は無い筈だ。

 だから、大丈夫。だから、何も聞こえない場所に行く。自分の心が“無能”という現実に殺されてしまわないように。自分が英雄を目指せるだけの人間であると夢を見続けることができるように。

 リオンの心は個室(といれ)に続く、古びた木製のドアのように、摩耗していた。


「他のお客さんの迷惑になるから止めて下さい! 父さんは誰も殺してません! 昨日だって!」


「一緒にお風呂に入ってたんだから! な~んて笑わしてくれんのか? ふざけんじゃねぇぞ!! てめぇの親父が殺したんだろうが、俺がそう言ったらそうなんだよ」


 少女の顔面を殴り、蹴りあげる軍人。髪を引っ張り無理やり立たせた。これはまだ、軍人の挨拶であり、社交辞令だ。彼の場合、女だろうと容赦はしない。そもそも、人間としてこの村の住民を見ているかさえ怪しい。

 軋む音を立てながら、店の奥にあるトイレのドアが閉まる。

 リオンは、すぐさま手洗い場の蛇口を力強く捻った。水が出る音が個室に響いている。外部からの音は、この水が出ている限り遮断できるだろう。


(何、やってんだよ……)


 リオンは心の中で呟く。ウインド村でセレネを庇った勇敢な少年の面影は、そこには無かった。あの行動はセレネだったから取れた行動だ。今のように、何とも思っていない村人のために、自分の体を投げ出すなんて彼にはできなかった。

 少年にも力があれば、できたかもしれない。英雄のように立ち振る舞えたかもしれない。

 そんな中、水の音を突破して、男の子の声がリオンの耳に聞こえてきた。


「止めろ! オレがお前の腐った頭に水をぶっかけてやろうとしたんだ! やるならオレをやれよ! 姉ちゃんは関係ねぇ!!」


「ガキ、死んでみるか? 俺がこの土地を統治しているハンスタ少尉と知っての発言かコラァ!!」


「止めて下さい! 弟は関係ないんです! 私がかけて来いって言ったんです! だから、お仕置きは私が受けますから!!」


 足にしがみついて、弟を守ろうとする少女。しかし、少女を守ってくれる人はこの場に誰もいない。 当然だ、誰が喧嘩を仕掛けた方を弁護することができようか。

 例え、喧嘩を仕掛けられたとしても三十人の軍人を顎で使える小隊長の少尉に刃向かう愚か者は、この村にはもういない。

 少尉に刃向かう人間には、死刑より恐ろしい私刑が待っているのだ。


「へぇ~そう。 じゃ、脱ぎな。 今ここで」


「そ、そんな」


 あり得ないと少女は思った。こんな顔馴染みの人がいる所で、服を脱ぐなんてできるわけがない。助けを求めようと視線を飛ばすが、その視線を受信してくれる人は誰もいない。

 見えないフリをすることがこの場にいる大人達の精一杯、“後で慰めの言葉を掛ければそれでいいだろ”。“弟の躾をしっかりしてなかったからこんなことになったんだ”。

 各テーブルから発せられた音の出ない声が、視線によって少女に浴びせられる。

 

「できないなら、弟君を軍施設に連れて帰ろっかな~。 子どもは、一日耐えれるかな~うちは特に厳しいからな~、死んだらごめんな坊主。 ここで脱げなかったお姉ちゃん恨むんだぞ」


 リオンと同い年ぐらいの少女が泣いていた。弟がいる前で涙なんて見せたくない筈なのに、泣いていた。

 なんでこんな人が、この村を統治してしまえるのか。どうして、何もしていない父が軍に連れられていかないといけないのか。何も、何も自分達は悪いことをしていないのに、どうしてなのかと。

 その頬を伝う涙は、誰にも届かない。

 見えないのだから仕方ない、知らなかったのだから仕方ない、関係無いから仕方ない、少女達に非があるのだから仕方ない。

 少なくとも目の前の軍人は、涙なんて通用しない。むしろ、逆効果である。


「セレネ、目を合わせちゃダメよ。 アイツはあの娘だけで終わらせるつもりは無いわ。 お金を置いておいて外に出ましょう。 すみません、黒い髪の男の子が帰ってきたら先に宿に戻ったと伝えてくれませんか? 何であの子はこのタイミングでトイレ行くのよぉ、それに、いつまでトイレ行ってるの、早く出て来なさいよ!」


 ノーションが隣の席の男組に伝言を頼み、文句を言いながら荷物をまとめ始めた。

 ノーションとて、まさかハンスタ少尉が、こんな食堂へ直々にやってくると思ってもいなかった。

 恐らく、部下に報告も無しに遊びに来たのだろう。軍との関わりを避けているノーションが知っていれば絶対にこの店には来ていない。成り上がりの若い軍人が、予測不能な行動をしたためノーションは、今にも少尉の頭を手元にあるフォークで貫きそうな勢いだ。


「泣き止むまで待ってるから、好きなだけ泣いてくれや。 あんまり時間掛かると弟で玉転がして遊んでやるからよ」


 慰めの言葉でも何でもない。気が変わったら弟を蹴り飛ばして遊ぶと言っているのだ。


「わか、り、ました……ひくっ、うぅ」


「そうそう、連帯責任だからね。 子どもの無礼は、保護者が取る。 これが大人のルールであり、マナーなんだよ。 今日は社会勉強が出来て良かったね」


 恐る恐る、ボタンに手を掛ける少女。震え過ぎるその小さな手は、ボタンすらまともに外せない。もう、死んだ方がマシだとさえ思う。こんな村で、こんな人に虐げられて、見下されて、幸せなんてどこにも無い。少女は弟を守るためだと勇気を奮い立たせて、一つずつボタンを外して行く。

 軋む音がしてドアが閉まった。さっきより力無く閉まったドアの音に気が付く者は、誰もいない。

 

「あの下衆な犯罪者からは、想像も付かない程君は、良いスタイルをしている。 こんな店をするより、俺の施設の近くでアルバイトをする方がもっと楽に暮らせるぞ? いい働き先を紹介してやろうか? 市民の富を向上させることも公務の一つだ、遠慮することはない。 ハーハッハ!」


 満足げに衣服を緩めていく少女の姿を眺めて、高笑いをしている。逆らう者がいないとは、なんと愉快なことか。戦う前から負けを認めさせるこの快感だけは、何にも代えがたい。ハンスタは興奮と喜びの絶頂にいる。

 が、声が最高潮に上がる前に止んだ。

 否、止められる。

 止めざるを得ない状況が彼の身に起こった。


「げふぁっ、ごは、ごっは! かは!」


 大きな口を開けて笑っていたハンスタ。そのため顔面に飛び込んできた大量の水をかなり飲み込んでしまったようだ。

 ブロンドに整えた髪の毛がワカメのように垂れ下がっている。髪の先から水が滴っていた。


「……ふ、ふはははは!! はぁ……あぁ~あ……顔までびしょびしょだ」


 ハンスタは、溜息を深くつき、服と頭を触り、笑顔のまま少女から視線を外す。


「誰だオラぁ!! この俺をハンスタ少尉と知っての行いか!! 出てこいやぁあ゛!! 店、ぶっ壊すぞぉ! 今、名乗れば、鞭打ち一〇〇〇回で勘弁してやらぁ!!」


 怒鳴り散らすワカメヘアーの軍人。各テーブルで口を抑えてハンスタを眺める人々。彼らが小刻みに震えているのは、ハンスタの情けない姿を笑っているからではない。恐怖で体が勝手に震えているのだ。もし誰も名乗りでなければ、自分が濡れ衣を被せられるかもしれないのだ。つくづくこの店に来たことを後悔する大人達。


「どこ見て吠えてんだよ、おっさん……アンタ、頭ぁ……大丈夫か?」


 血走ったハンスタの瞳には、黒髪の少年が空になった“トイレ用”と書かれたバケツをぶら下げて軍人ハンスタの前に立っていた。

 武勇も魔術の才能も学も地位も金も無さそうな、少年。

 否、ガキ。


「アンタが言ってることは全部……セクシャルなハラスメントなんだよぉぉ!!」


 リオンがノーションに怒った時よりも顕著に怒りを露わにし、ハンスタの前に立ち並んでいた。怒りと恐怖、そして逃げた自分への情けなさ、様々な感情が混じり合ってこの場にいる誰よりも震えている少年。

 心臓があり得ない強さで自己主張している。“馬鹿”“間抜け”“見栄っ張り”と訴えているようにリオンは感じた。

 震える足は、立つのがやっとだったが、こうなった以上


―――英雄をやるしかない―――


 力の無い少年は、早過ぎる段階で英雄になろうと飛び出て来た。力の無い者が英雄になれる筈がないと彼とて重々承知である。

 リオンは、今までたくさんの嘘を言ってきた。悪戯をした時に言うこともあった。姉を心配させまいと言うこともあった。



―――されど、志だけは、英雄を目指す、志だけには嘘を付いてはならない―――



 リオンの黒真珠のような瞳が、サングラス越しのハンスタの目を強く刺す。


(自分だけには、絶対負けられない。 そして、それ以上に)


 リオンがバケツを投げ捨て、心の内で呟く。

 そして、憤怒するハンスタを指さして口を開いた。


「アンタだけには、負けられない」


「お前はぁぁ、私刑(リンチ)だ。 ミンチになるまで私刑(リンチ)だ」


 魔術師ハンスタの顔が怒りと屈辱で歪んだ。リオンは触れてはいけないこの村の逆鱗に触れてしまったのだ。


リンチなるのかミンチになるのか、次章のリオン君にご期待下さい。

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