第27章
午前中、ドクターMとノーションはどこかに出掛けていたらしく、昼前に白衣を着たノーションが部屋に戻ってきた後、月花に念願の魔石を取り付けてもらったリオンとセレネ。
「昨日は、あなた達を巻き込んで本当にごめんなさいね。 とりあえず、命もあったし、魔石も付けたし許してね」
言いながらノーションは、手慣れた様子で月花の胸辺りに赤い魔石を設置する。遠くから見ればどこがどう変わったかなんて誰にもわからない。まさか、重要な魔力供給を担当する魔石がコックピットにぶら下げてあるだけなんて誰も考えないであろう。趣味で写真やアクセサリーをコックピット内にぶら下げるメタルフレーム乗りもいるが、それと大差ない。
銀の鎖で繋がれた二つの赤い石が、ふらりふらりとコックピット内を舞っている
「すみません、ノーションさんを疑う訳じゃないんですけど、あんなので本当にセレネの魔力は削られないんですか?」
「え? あぁ~大丈夫よ。 魔女なら魔力切れで死ぬことなんて無いわ。 無限の魔力を持っている者が魔女と呼ばれるんですもの。 セレネが魔女ならそうと早く言って欲しかったわ、回りくどいことしちゃったじゃない。 魔石は、あなたが乗る時に使ってくれればいいのよ。 巻き込んだせめてもの償いにさせてちょうだい。 これであなたも技術師と同じ疑似魔力で機体を多少動かすことが可能よ。 サービスして二つ付けたから多少の無理は聞くんじゃないかしら。 まぁ、戦闘なんてしないだろうけど、無茶させると五分程度で石が粉々に割れるから気を付けてね」
「え? 俺が月花を?」
予想外の言葉にリオンがノーションを見て目をパチクリさせた。
取り付けが終わった後、一行は昼食を取りに村の食堂へ来た。
リオンは、ノーションが自分のために魔石を付けたことがまだ信じられない様子だった。元々セレネのために付ける予定だったのだ。リオンのために付けてもらったわけではない。
「ノーションさん、さっきの話なんですけど、なんで俺のために魔石をくれたんですか? あっ、俺は一番安いライスだけでいいです」
リオンは、注文を聞きに来た黒い髪の少女にそう告げて、話を続ける。黒髪の少女は訝しげにリオンを見て、ノーションとドクターMの注文を聞く態勢に入った。
「あっ、私とこの老人は、日替わり定食で。 なんでって、セレネばっかりに操縦させてちゃ、これからの旅でセレネが可哀そうでしょ? あなたも男ならMFぐらい操縦しなさいよ。 あなた、私から見るとただのヒモにしか見えないもん。 魔術の知識は皆無、MF戦もできない、ならせめてセレネの足として働きなさい、地を這いつくばる奴隷のように!」
ノーションの弾丸がリオンの心を貫通する。再起不能であった。注文を聞きに来た少女がさらに険悪な眼差しでリオンを刺した。蘇生不能である。
「ヒモって何だ? 私は、これだ。 大盛りで頼む」
今日のオススメを指さしてセレネが、ノーションの顔を覗いている。
「あぁ、てめぇ! 何頼んでんだ!! 金が無いってわかってんのか!!」とリオンが慌てふためくのを女性陣は完全に無視している。
「ヒモっていうのは、女の子に働かせて能天気に遊んでいる男のことを言うのよ。 強いヒモと弱いヒモがいてね。 女の子が男をシバキ回して“生かしてやっているんだぞ”って奴隷のようにされるヒモと、女の子がベタベタに甘えて“あなた無しでは生きれません”って奴隷のように尽させるヒモがあるんだけど、あなた達はどっちかしらね~」
「どっちなんだリオン?」
「俺はヒモじゃない! なんでどっちかが奴隷になるタイプしか用意されていないんですか! 俺達はノーマルな関係です。 健全な旅仲間です。 わかったかセレネ」
リオンが猛反撃して、セレネに言い聞かす。
「はいはい、そゆことにしといてあげるわ。 セレネを踏みたくなったら私に相談しなさい。 女が喜ぶ踏み方を……教えてあげるわ」
「踏まれ方ならワシに任せておけ。 相手に負担の掛からない踏まれ方を直接伝授してやろう」
「もうこんな人達と飯食うの嫌だー!!」
ノーションとドクターMの耳打ちに耐えきれず、リオンが叫んだ。そして、すぐさまテーブルの下に隠れる。昨日、厨房に連れ込まれて包丁を投げ飛ばして来た大男が来ると判断したからだ。
「セレネ、最初はこうやって優しく踏んであげるのよ。 徐々にキツくね」
「こ、こうか?」
「何吹き込んでんだコラァ!! って、お前も照れながら便乗して踏むな!!」
テーブルの下に隠れているリオンの頭を金髪の女性と蒼髪の少女が踏みつける。そして、老人がリオンの隣で指を咥えて羨ましそうに眺めていた。
「ハイ、ヒモの兄ちゃん。 ライスね」
八才ぐらいの男の子がリオンの目の前にライスを置く。つまり、床下だ。
「あら、ありがとうねボク。 ほらリオン、餌よ」
ノーションが満面の笑みで男の子に礼を言った。喜んで帰っていく黒髪の男の子。恐らく、さっきの少女の弟だろう。二重の目と整った鼻がよく似ていた。
「だから、ヒモじゃねぇ! なんで金払ってこんな扱いされねぇといけねぇんだよ! 痛ッ~!」
ドガンとテーブルに頭をぶつけるリオン。彼は相変わらず、今日も災難だった。
◇
「昨日、襲ってきた連中は、どうなったんですか?」
ライスを食べながらリオンがノーションに尋ねる。
「二人は殺したわ。 昨日、確認したMFは五機だったから、恐らく最低五人の隠密が追ってきていると考えて、残り最低三人はどこかにいる。 フードを被った男は確認できたけど、もう違う変装をしていると思うし、この情報はもう使えないわね。 でもまぁ、しばらく大人しくしてると思うから安心していいと思うわ。 午前中のお出掛けはそれの確認も含めての事だったのよ」
ノーションが簡単に“人を殺して来た”と言うことが信じられなかった。理由はどうあれ殺人だ。相手の一生を潰したのだ。命を奪ったのだ。戦争を体験していないリオンにとって、人の命とはとても重たいものなのだ。
「なんで……殺したんですか」
思わずリオンが漏らす。何を言っているのか理解できず、ノーションは少年の言葉を心の中で反復する。
「えぇ……と、殺さないと殺されるからよ。 敵に情けをかけてたら死ぬわ。 大切な人も守れないわよ?」
ノーションは、日替わり定食の焼き魚と格闘しながら答える。
「でも、人の命をそんなに簡単に―――」
「あなた、好きな人の命と、どうでもいい十万人の命どちらか捨てろって言われたらどうする?」
ノーションが眼鏡を掛け直し、リオンの瞳を見る。
「何ですかいきなり。 そんなの選べませんよ」
「それじゃ、どっちも殺すで良いのね」
「そんなこと一言も言っていないです!」
リオンがムキになって立ち上がった。この質問に何の意味があるのかと。気分を害したいだけなら止めてくれと。
「決断すべき時に決断できないようじゃ、どっちも助けれないわ。 ちなみにね、好きな人を選んだ人は、罪人。 十万の方を選んだ人は、そうね……英雄と言ったところで世の人から評価されるわね。 選べなかったあなたは、どっちも殺しちゃったんだから悪魔かしら」
「怒りますよ?」
「怒ってくれていいわ。 私も悪魔の選択をした内の一人だから」
ノーションが再び焼き魚と格闘を始める。
「私は、現にそんな選択を迫られた時、選択できなかったのよ。 結果的に両方殺したわ。 だから、今さら一人殺そうが殺さないが私には関係ないのよ、私は悪魔なんだから」
「それでも人殺しは……よくない」
思わぬ人物からの言葉にノーションが顔を上げた。
「あら、どうしてかしら。 魔女が人殺しを否定するなんて予想外だったわ」
ノーションが新しい発見でもしたかのようにセレネに言う。
「人を殺すと不幸になる。 殺した分だけ元に戻れなくなる……と思う」
「元にね。 あなたの場合はどっちが“元”なのかしらね? 伝説上の殺戮を繰り返す魔女なのか、それとも今の人殺しを拒むあなたが魔女なのか」
「セレネは人なんて殺さない! あんたは、学書しか読んでないからわからないんだ。 こいつと一緒に過ごせば誰だってあんなの嘘だったってわかる! 俺が死んでないのが証拠だ!」
リオンが声をあげた。大男でも何でも来いと言わんばかりに立ち上がる。魔女と知って平然とセレネと関係を保ってくれていたノーション達は、理解してくれていると思っていたのに、ただ興味本位で、研究目的で一緒にいたのかと、リオンは目の前の学者達を睨みつけた。
今のリオンならば、大男が摘まみだそうとしても、目の前の女性に立ち向かって持論を叩き込んでみせるだろう。
「リオン、落ち着いて。 私が悪かったわ。 ただ、そうゆう考え方の人物もいると教えてあげたかっただけよ。 あなた達の考え方を理解してくれる人間がどれだけいるか考えて発言しなさい。 でないと……私と同じ所に来ることになるわ。 世の中、綺麗事だけでは生きていけないのよ。 残念だけど、私はもう、あなた達のような考え方ができる歳じゃないわ」
冷静なノーションがリオンを宥めた。リオンは怒りがまだ納まっていない様子だが、ノーションの言いたいことも理解しているつもりだ。自分の言うことを全ての人が受け入れてくれる世界ならば、ウインド村は今もあそこにあっただろう。神父だってもっと違う道を選んでくれていたかもしれない。
「こっちこそ、すんません」
「それでいいんじゃよ、リオン。 今の世界にはお主のような少年がおらん。 権力と金で全てが決まる国で、お主の様な確固とした何かを持っている者はいなくなってしもうた。 お主の親御さんはさぞかし出来た人なんじゃろうな」
「……母さんと姉ちゃんは自慢ですよ」
小声でリオンはドクターMに答える。リオンは、父親について絶対に言いたくなかった。グレンさえいなければ、母も苦しまずに暮らせたし、姉も苛められることも無かった。リオンは、生涯父親のことを許すつもりはない。生きていたら母の墓前で一日中土下座させてやるとさえ思っている。
「それより、昨日のカーストはどこに行ったんだ? これだけ騒げば、リオンなんて八つ裂きにされているのに」
「カースト?」
「あぁ、昨日の大きな男の人のことですよ。 知り合いのおっさんに似ているからセレネがそう言ってるだけです。 ほんとだよな、俺もいつ来るかビクビクしてたけど、今日は休みなのか?」
リオンは、ノーションに説明してカーストによく似た大男を探す。
「あぁ……ここのオーナーなら、たぶん、軍施設よ」
「……何かあったんですか?」
ここの軍の在り方を見たリオンは、嫌な予感しかしなかった。




