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ミリオン  作者: おこき
~第二幕~
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第23章

「軍人様の集金部隊がお出ましですか。 やることは最低だけど、今だけ感謝してやるわ」


 顔の潰れた隠密から何か武器になる物を物色し、ナイフを二本見つけた。 

 一つは重みのある万能のコンバットナイフ、もう一つは、先ほどノーションの顔面に飛んできた左右対称のスローイングナイフ。

 爆薬が巻き付けられているため、こんな男の側にいつまでもいたくないのだが、状況が状況なだけに迂闊な行動が取れない。

 集金部隊が現れず、あのままの状況を維持されていたならばノーションは仕留められていただろう。


(乱れた社会万歳、歪んだ社会ありがとう! なんてね)


 ノーションは、スローイングナイフとコンバットナイフを交互に空中で回転さ、重さを計る。

 傍から見ると遊んでいるように見えるが、これは彼女にとって敵を倒せるかどうかを計る大切なことなのだ。


(……まぁ、細い方は微妙だけど、太い方は十分な重さね)


 二本のナイフを宿屋の壁に突き刺し、狭い路地から周囲を見渡す。

 今、建物内に入っていない人物の中に隠密はいる。

 路上で見つかれば軍の奴隷。 それがわかっている村人ならば無駄な抵抗はせず、賢く建物内で身を震わせるはずだ。

 では、自分と同じく路地裏で身を隠す者は何者か。

 一つ、税金が払えない村人。

 ちょうどノーションの前を大急ぎで、横切っていったみすぼらしい少年はそれだろう。

 二つ、軍に一矢報いようと、自由と平等を掲げ武装した村人。

 幸いそれに該当する者は狩り尽くされていて、もういないだろう。今頃、村の隣にある軍施設で本当の(・・・)自由と平等を叩き込まれているに違いない。

 三つ、共和国軍に身元がバレると不味い人間。

 他国の隠密とか、隠密とか、隠密である。

 休戦状態とはいえ、敵国からの隠密は、戦争の起爆剤になる恐れがある。それを知っている隠密達は、隠密とバレる前に自決するだろうが、死にきれない結末が待っている。

 勿論、偽造の身分証明があるため簡単な検問ならば身元はバレないだろうが、隠密部隊がいくら完璧な身分証明をした所でどうしようもないことがある。

 標的の暗殺を目的としているため、体の至る所に武器を隠し持っているのだ。

 廃棄すればいい話だが、上手く共和国軍から逃げ延びたとしても、丸腰で魔術師と戦うなどガトリングガンにナイフで挑むぐらい無謀である。 

 武器を持っていて軍に見つかったならば、共和国に対する(この村に対する)反乱分子として殺される。丸腰で軍に捕まり、装備を整えようと帰ってきた所を魔術師に殺される。隠密に残されている道は二つに一つである。

 任務を達成して死ねるならまだしも、何もしていないのに死ぬなど彼らにとってあり得ないことだ。 仮にも選ばれた精鋭部隊。 無駄死になど、名誉も何もない。

 一方で、魔術師の武器は自分の体だ。

 補助道具があるに越したことはないが、無くても何とかなる。

 そして、武器である体を(まさぐ)られても、魔術師である証拠など見つからないし、体が武器であること自体わからない。

 魔術師同士ならば、魔力を感じることで判断も可能だが、MFに乗ることができない下っ端軍人は凡人で編成されているため、ノーションが武器を持たない一般人という嘘は通せる。

 殺されることはないだろう。

 これらのことを踏まえ、隠密部隊は、自分以上に人目の付かない所に隠れている筈であると推測するノーション。


「魔力量……良好、熱源探知……開始」


 重ねた魔術によって変質した目がノーションの観たい「真実」を写す。

 サーモグラフィーのように青と赤でできた世界が視界に広がった。

 その頃、集金兵が最初の民家に上がり込み集金を開始する。ノーションが隠れている路地まで五つ離れた民家だ。

 軍に見つかるにしても、まだ時間はある。

 発見された時の適当な言い訳を考えながら、民家に密集する赤を流し、路地裏に視線を移す。

 民家や飲み屋は、赤い人影が溢れかえっているが、路地裏には数える程しか人がいない。

 どれが隠密かまではわからないが、これでいい。まずは絞り込み、どこに人が潜んでいるかを大まかに捉える事ができればいいのだ。

 そして、屋根の上を走り抜けている黄色い影が一つ、何かしているのがわかった。

 夜中に低姿勢で屋根の上を走るなんて、どんな村人だろうか。

 軍から見つからないよう逃げるため、屋根の上を走るのならばまだ理解できる。

 が、何故この黄色の影は集金現場に向かって疾走しているのだろうか。集金現場など見ても楽しいものではない。

 ただ、帝国にとっては、共和国のおいしいスキャンダルである。相手の弱みは持って置いて損することはない。

 隠密は、今この瞬間だけ、スキャンダルの回収に動いたのだ。

 それが、命取りだった。


(これすると目がチカチカするのよね~。 気持ち悪ぅ~)


 壁にもたれ掛かり、こめかみを押さえるノーション。

 熱源探知から、透視と視力強化に「目」を切り替え、屋根の上からこちらに走ってくる人物を見る。

 小型カメラで接近しているかのような感覚で人を拡大して映し出す。

 共和国軍を匿う気など皆無だが、この機会を利用するするしかない。

 隠密は、誰にも気取られていないつもりだ。 現に、黒っぽい服で村人に擬態していため、屋根上に人がいるとは誰も気が付かないだろう。屋根を走る彼は夜の闇に隠れている。

 しかし、ノーションの目に夜の闇は通用しない。

 壁に突き刺したコンバットナイフを抜き取り、魔力を込める。

 今この瞬間、強化の魔術によってナイフは弾丸へと存在を変える。

 余談だが、動く標的を狙うのは困難極まりない。 更に、家と家の間つまり、路地裏から垣間見える屋根の上、そこを通過する標的を狙撃することは不可能だ。

 姿を現した瞬間に引き金を引くだけでも難しい。

 マシンガンを連射し続けて待っていても、通過する瞬間に一発当たるかどうかといったレベルだ。

 それをノーションは、一本のナイフ(・・・)でやろうというのだ。


(せめてもう一人、(やら)せてもらうわ。 ロック……オン)


 銃のように右手の人差指と親指を立てる。

 壁に向かって、右腕(ライフル)を構え、弾倉(水かき)弾薬(ナイフ)をセット

 イメージはそう、撃鉄。 自身は弾丸を発射する装置の一部。

 体内に眠る魔力という撃鉄(タンク)を今、起こしていく。

 ―――目標通過まで後十秒―――

 左腕で右腕(ライフル)を固定。透視により見える標的へ、銃口を向ける。

 本来、魔力放出は、手で仰ぐ程度の風しか発生しない。

 しかし、人を超えた魔力量、放出という魔術過程を極めた魔術師の魔力放出は暴風をも引き起こせる。

 それを抑え込んで、発射という動作に収束させるとどうなるか。体内に眠る四つの魔力タンクを目覚めさせ、行うことは基礎動作の“放出”

 弾丸(ナイフ)が飛ぶ弾道をイメージし、発射のタイミングを心で唱える。

 ―――目標通過まで後八秒―――

 魔力(火薬)準備完了。

 発射準備完了(コッキング)

 後は、引き金を引く(魔力放出)だけ。集中し、コンマ数秒の発射タイミングを待つ。

 ノーションの吐息が漏れる。緊張を解こうとするが解けない。しかし、疾走する標的が急に止まった。


(ッ、バレた!?)


 いや違う。軍人が一件目の集金を終えて家から出てきたのだ。今、近づけば屋根に潜んでいることがバレると考えての停止。

 まだ(・・)、バレていない。

 ―――誤差修正、後九秒―――

 軍人が新たな民家に入って行く。そして再びゆっくりと動き出すカウントダウンと標的。

 ジリジリと音を立てる魔弾。

 これ以上魔力を圧縮し続けるとナイフが破裂する。

 ―――目標通過まで後五秒―――

 弾が砕けるのが先か、目標が通過するのが先か。息を止める。

 全身で気配を感じ取り撃鉄作動(魔力放出)


(行きなさい! 女を待たせた不届き者をブチ抜くのよ!!)


 ダシュンッ、という小さな音と共に放たれた必殺の魔弾。

 魔弾は(うめ)き声を上げて、空に加速する。

 空気を突き破り、風を斬り進み、刹那で通過する目標の頭部へ、その切っ先を突進させる。

 早過ぎれば目の前を通過する。遅過ぎれば後頭部をかすめる。コンマ一秒の狂いも許されない狙撃。

 ―――その時、隠密は見た―――

 地上より放たれた銀の魔弾を。高速、否、音速だったかもしれない。

 自分の頭部にそれが通過していなければ、存在すら認知できなかったであろう銀の魔弾。

 頭部にナイフが貫通し、思考するパーツを根こそぎ奪われた隠密は、空を舞っていた。

 力の抜けた隠密は、そのまま屋根から数メートル吹き飛び、地上の丸太を倒して派手にこの世を去った。

 ガラガラガランという音が鳴り響く。


「ナイフは……」


 タバコに火を付け、メガネを胸ポケットから取り出し、肺をニコチンやタールで満たす。

 白煙を吐きだしながら、ついでに一言吐きだす。


「……こうやって使うのよ」


 誰に宛てた言葉か、肩まである金髪の女性はそれだけ呟いた。

 混乱し始めた表通りを背に“金色の狙撃銃”は宿屋の裏口へと消える。

 それは白煙のように、風に撒かれて夜の闇へと姿を消した。

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