第20章
日が沈み村周辺の荒野は静まり返る。
ウインド村とは違いこの村の夜には街のような賑やかさがあった。
繁華街とまではいかないまでも食事処は酒場に変わり大人達が路地を行き交っている。
ノーションとドクターMの紹介で、同じ宿に泊まることになったリオンとセレネ。リオンは、まだ昼間のセレネの行動を根に持っていた。
「おい、どうしたんだ?」
「フンッだ」
部屋でそっぽを向くリオン。
「そうか、糞なら外でして来るんだぞ」
「なんで便所行くことを女の子に報告しなくちゃいけねぇんだよ! 俺はそんな羞恥を楽しむ男じゃない! これは、鈍感なお前にわかるよう言葉を付けた怒りをだな」
「すまん先に、糞に行って来る」
「止めてぇ! もう、そんな汚いこと言わないでぇ!! 女の子でしょう!」
糞をするのに男も女も関係ない、出るもんは出るんだと呟きながら部屋を出ようとする少女に幻想を抱いていた少年は心が折れた。
耳を塞いでいやいや、と部屋の隅で首を振るリオン。
「それより……お前の相手は疲れる」
セレネが溜息を付いてダラダラと部屋を出て行く。糞に行ったんだろう。
「激しく俺のセリフだよ!」
バタンッと閉まるドアに声を放つ。が、一秒も経たない間にまた、ドアが開いた。そして、何故か、鍵まで閉められた。
「なんだ? 忘れもんか? お前こそ糞は外でしろよな! フンッ!」
トイレに行くのに何を忘れたらいいのか疑問だったが、ベッドで仰向けのままリオンは投げやりに言う。しかし、返答がない。
「お~い、キテレツ娘~って、ぐぅあ!? 何、くつろいでんすか!! あんた、部屋隣りでしょう!」
ノーションが正座をしてズズズッと、お茶を飲んでいる。キテレツな女はここにもいた。
湯気で眼鏡が曇り真っ白なレンズを付けた女性がニタリと笑った。口が裂けている危ない笑みからは嫌な予感しかしない。
「いや~あなたと話しがあったから、部屋の前でずっとクラウチングで待ってたのよ。おかげで喉、渇いちゃってね~」
「そら、喉渇くだろうよ! ノックして普通に入って来て下さいよ、なんでそんな格好で待ってるんですか!?」
セレネはその怪しい女性がドアの前にいたのに、無視してトイレに行ったというのか。
自分なら口が先に反応してしまって、トイレ所ではないであろう。改めてセレネの感覚のズレに畏怖するリオン。
「で、話って何かしら?」
眼鏡を掛け直して、深刻な悩みについて相談されるような声を出す。キラリと怪しげに眼鏡が光った。
「こっちが聞きてぇよ! 何カッコつけて眼鏡、光らせてるんですか! こらそこ、人の話を無視してレンズにワックスを塗るな! 用が無いなら帰ってくださいよ」
突張りを繰り返し、ノーションを部屋の外に追いやる。
「冗談よ、冗談~。セレネについての話……あなた達のMFの話と言えばいいかしら」
部屋の仕切りに、しがみつきながらノーションが言った。眼鏡が油でテカテカしているうえに、へっぴり腰という説得力が皆無な姿勢だが、この話題、リオンにとって効果はバツグンだった。
「……詳しく聞かせて下さい」
突張りを止めてリオンはノーションの目を見る。
「じょ~」
「“だんよ~”なんて言ったらこのワックス、飲ませますよ?」
笑いながらノーションが持ってきたメタルフレーム用のワックスを持ち出すリオン。
「……ジョークよ! ジョーク!」
「意味同じなんですけど!」
この不毛な会話を早く終わらせて眠ってしまいたいと思うリオン。
しかし、目が覚めるような鋭い視線をぶつけられ我に返る。
「……あなた、魔力とMFについてどれぐらい知ってるのかしら? ……えぇ? ちょっ何すんのよ」
「この部屋では禁煙です。寝る前に人の部屋で吸わないで下さいよ。セレネも返ってきますし」
煙草を吸おう咥えたノーションだったがリオンに没収された。仕方ないので側にあった観賞用植物の枝を折り、咥えるノーション。余程口寂しいようだ。
「メタルフレームはともかく、魔力というより魔術自体……俺はあまり詳しく知りません。召喚について話を聞く機会があって、召喚と喚起の違いは知ってますけど、それも上辺だけです。田舎村の出なんで」
幼い頃、マリアが「犬が欲しい」と言って召喚魔術で犬の使い魔を呼び出そうとしていため、リオンは必死になって勉強していた時期がある。勿論、魔術のイロハも知らない子どもが使い魔を呼び出すことなど不可能であり、犬などの動物を模した使い魔はある程度の魔術師でない限り使役できない。
そしてペットにできるほど召喚魔術とは気安いものでもないのだ。
そんなことを知る由もないリオンだったが、村中で召喚について聞き回る少年を見かねたカーストが、ヒヨコを一羽オルマークス家に渡すことでこの件は落着となった。
「へぇ、また召喚とはマイナーな魔術について興味があったのね。召喚なんてMFが世に出回ってから見る影もないのに。手間かかるし燃費も悪い、魔術師の実力以下の使い魔しか命令を聞かないわで、戦時中、召喚しかできない魔術師は戦力外通告されてたわね」
枝を口で揺らしながらノーションが言った。
帝国の人間ですら魔力の基礎知識ぐらい知っている。かつては技術師も魔術と共通する研究をしていたため、魔術師程ではないが理解はしているのだ。
更にメタルフレームの登場で魔力について研究をせざるを得なくなったため、魔術師を捕まえて洗いざらい吐かせていたという黒い歴史もあっての知識であるが。
「今時、魔力について知らない人間がいたなんて意外だけどあなた原始人? まぁいいわ、いい? 簡単に言うと、MFにとって魔力とは人間にとっての空気みたいなものなの」
「ないと死んでしまうってことですか?」
「死ぬっていうより動かないだけよ。ハンドレットなら無くても動くんだけど、サウザンドになると明らかに燃料不足。科学技術だけで動かすなんて不可能だわ。サウザンドになると正真正銘“本物の魔科学兵器”だからね」
続けてノーションは【セフィロト・ドライブ】と【クリフォト・ドライブ】について簡単に説明を続ける。自然界の魔力を取り込む機関【セフィロト・ドライブ】。魔力をエネルギーに変える機関【クリフォト・ドライブ】。
その他専門的なことを話したが、開始二秒でリオンの頭がクラッシュした。
そのため、
【セフィロト・ドライブ】=呼吸の吸う動作。
【クリフォト・ドライブ】=呼吸の吐く動作。
とわかりやすくリオンに認識させリオンに質問してみた。
「もし、あなたが今から息を吐き続けることしかできなくなれば、どうなると思う」
「死にますよ、ね?」
壁にもたれ掛かりながら腕を組むノーション。口に咥えているのが木の枝ではなく、タバコならばかなり絵になっていただろう。
余裕を持ったノーションに比べ頭の中を整理しながら会話する少年は混乱しながら答えている。
「そうね死ぬわね。全身に酸素が周らなくなって脳死するわ。体は壊死するだろうし、心肺停止もするわ。極論だけど人間は酸素で動いているようなものだから」
リオンは息を意識的にしてみて続きを待つ。
「MFにはパイロットから魔力を供給する場合と自然界から供給する二パターンがある。自然界から供給するためには【セフィロト・ドライブ】が必要なの。で、本題なんだけど、あなた達の機体には私が見た限り本来【セフィロト・ドライブ】があるべき場所にも【クリフォト・ドライブ】が取り付けられていて……正に息を吐き続ける人間の状態なのよ。ここまで言えばわかるかしら? 今までどうやってあの機体が動いていたのか」
息を吐き続ける人間ということはいずれ死ぬ。
つまりメタルフレームは機体内の魔力を吐き続けていずれ動かなくなる。供給する魔力がなければ動かないのがサウザンド。
――動かない? それは嘘だ。月花はウインド村からここまで何の不具合も無く動いていた。
記憶にある限り、魔力を補給した覚えはない。そして、自分は供給の仕方も知らない。貯蔵されていた魔力などが存在したのだろうか。月花は稼働して、まだ一週間も経っていない。
あの格納ケースで魔力を貯蔵できていたなら、今まで動くのも納得がいく。
しかし、盗賊との戦闘を繰り広げた後も、一度も補給というものをしていないのだ。
ディスカバリーならば半日の発掘作業で燃料はほとんど底を付く。
戦闘用の月花、それもサウザンドともなればもっと燃料を食ってもいいはずなのだが、月花は今まで一度も補給をしていない。
時折、セレネが月花を休ませようと提案してきただけで、魔力をどうという話は全くしていない。
サウザンドに関してはセレネの方が詳しかったため、ほとんど彼女に任せっきりだった。
だが、今の話を聞いて思い当たることがある。
もし、貯蓄魔力がなくて空のまま月花が動いていたならば、どこから魔力を供給されていたのだろうか。
彼女にしかできない、荒療治が一つだけある。
「まさか……」
リオンの心臓が跳ね上がった。脈拍が数えれそうなぐらい激しく胸を内側から叩いてくる。
「俺は魔力の送り方なんて知らないド素人だ。そして、月花には自然界の魔力を集める機関がない。となると、今まで月花は……セレネの魔力で動いていたってことですか?」
覇気の無い声がポツリと漏れる。その解答を聞いてノーションは眉を上げた。
「あら? 意外に頭は回るのね。補給してあった魔力の残りで動いていたなんて言うだろうと思っていたのに、セレネに行きつくとは思っていなかったわ」
セレネが普通ならばその線でリオンは確信していただろうが、生憎彼女は普通じゃない。彼女は魔女だ。魔力を無尽蔵に保有する……悪魔と契約した者。
しかし、いくら魔女と言えど機体を動かす魔力を常に提供し続けたらどうなるのだろうか。
「すみません……魔力って何なんですか。魔術師にしかない特殊な力ですよね?」
ノーションには一言もセレネが魔女であると話をしていない。そして、セレネは記憶を失っていて魔術の扱いもわからに。ならば何故、セレネに魔力があるとわかったのだろうか。
リオンは、おずおずと真顔の女性に聞いた。
「いいえ、誰でも持ってるものよ。魔力って、つまるところ……生命力なの」
「え!? 嘘だ……ろ」
魔力とは生命力。
最低な回答だった。ならば、魔力を使えば死ぬというのか。セレネは命を削ってあれを動かしていたのか。
一方で、朝に見せられたノーションの魔術も命を削ってのものだったのかと認識するリオン。少量とはいえ、魔術を使用する度に命を削っていれば、いつ死ぬかわからない。
そして、そんなもので共和国が発展しているとは思えないことに気が付いた。
「魔力を使う魔術師も命を削って魔術を使っているけど、生きていますよね? ならセレネが魔力で月花を動かしていても問題ないんですよね!?」
「ほんと、あんたって子は……」
ノーションはこめかみを押さえて溜息をつく。
まさかそこからか、と嫌そうな顔でリオンをひと睨み。
いくら魔術に疎くてもこれから話すことは一般常識。髪を掻きながらノーションは口を開く。
「あぁ~違う違う。生命活動に必要な魔力っていうのはセーフティーが掛かっていて通常、手が出せないわ。 体が止めるのよ。手を握って開いてを千回ぐらい繰り返していると、握ろうとしても筋肉が動かなくなってくるでしょ? あれと同じ。生命活動分の魔力を使おうと意識をしても、セーフティーがあってできない。筋肉は超回復して更に強くなるけど、魔力は使った分しか回復できない点で違いがあるけどね」
ノーションは手を開いたり閉じたりするのを止めて、講義を続ける。
仮に筋肉同様、生命力でもある魔力が超回復すれば人間は魔術を使って寿命を延ばすことが可能になる。そんなことはあり得ない。寿命を延ばすなど、神の領域である。
それこそかつての技術師が目指した石が必要となるだろう。
「いくら一流の魔術師でも、回復する程度の魔力しか使用することができない。要するに、人によって大小の違いはあるけど、貯水タンクが二つあると考えてちょうだい。一つは、生活するのに絶対必要なタンク。もう一つは、自由に使えるタンク。で、魔術に使う魔力は、自由に使えるタンクからしか取ってこれないの。そこからどう上手く効率的に、術として編み込めるかが、三流と一流の違い」
「じゃ、自由に使える貯水タンクがデカい魔術師が優良ですよね? コップ一杯分の貯水タンクとダム並みの貯水タンクじゃ圧倒的に差が出ますよ? どんなに上手く編み込んでも、量で負けますよ。努力するのも馬鹿みたいです」
生まれつき決っている才能によって魔術師は、優等か劣等か決められるということになる。
「そうね。名家と呼ばれる魔術家系は、それこそダムのような魔力を蓄えれるタンクを持っている場合が多いわ。その上、練り込む技術も頭二つ分飛び抜けている独自の魔術式まで編み出しているから、そりゃ生まれた瞬間に魔術師として勝ち組に入ったようなもんよ」
ベッドに座り込み右手の入れ墨を露にしてノーションが言う。そして、顔を沈めてゆっくり言った。
「ただし、落零れが天才を抜く方法があるのよ」
リオンはノーションの声が怖くなったのを感じた。ノーションが木の枝を噛み砕く音が響き渡る。
「自然界にある魔力を体内に取り込んで体内加工する。それで自分の魔力を一切使用せずに魔術の行使ができるわ。【セフィロト・ドライブ】とやってることは同じね」
「なんだ。じゃ、加工技術さえ磨けば才能が無くても魔術師として一流になれるじゃないですか」
リオンが穏やかに笑った。努力が報われなければそれは嘘だ。そんな世界は酷過ぎるだろう。そんな思いがあっての笑顔である。しかし、今はそんなことはどうだっていい。リオンが気になる部分はこのまま月花を動かして、セレネが死ぬのか死なないのかという話だ。
魔力が生命力ということは、やはり死んでしまうのだろうかとネガティブな考えが頭をよぎった。
「それがMFならまさにその通りよ、何の問題もない。ただ、人間がこのやり方ばかり使うと自然界の莫大な魔力が癖になって、自分の体が自由に使えるタンクの持ち分を錯覚するのよ。いざ自分の魔力を使った時、セーフティーの仕切りを突き破って……いつも通り自然界に魔力を出し尽くす。生きるために必要なタンクの魔力も根こそぎ外に、ね」
「出し尽くすと、どうなるんです……」
静寂が訪れた。外で誰かが歩いているのか、砂を擦る足音まで聞こえてくる。
恐らく、二~三人が宿屋の前を通過したのだろう。通過するのを待って、ようやくノーションが口を開いた。
たった数秒がリオンには、長過ぎる沈黙に思えたのだった。
「死ぬわ。ミイラみたいになって」
リオンは何も言わずに、ノーションの右腕に彫られた幾何学的な文字を見た。あれが魔術を発する術式。そして生命力を削って、力を行使する紋章。魔術について考えを改める。
「安心して。わきまえて使えば何の問題もないのよ。扱えない魔術を無理に使おうとするからそうなるだけ。編み込み方を工夫すれば大抵の魔術は使えるようになるわ。ズルをした罰ということかしらね」
詰まらなさそうにノーションは、折った植物の枝を見て黙り込んだ。何かを探るようにリオンの瞳をその緑の瞳で覗く。
リオンの早く答えをくれ、という顔にノーションはようやく気が付き話を戻す。
「とまぁ、魔術についてのお話はここまで。ただ、MFを丸ごと人間の魔力で動かす場合、人間三人分は優に超える魔力がいるわ。名門中の名門魔術師や、体中を魔力に特化させたホムンクルスでも自由に使えるタンクは一般人四人分が限界よ。命を懸けて六人分に届くかどうかといった所ね」
ノーションはやはり研究者だ。ただの少年が知恵比べ、まして自分の都合の良いように誤魔化すことはまず無理であろう。
魔力の基礎知識も満足でないリオンでは物的証拠と理論、事例を次々と突きつけられてボロが出るに決まっている。
故に黙っていることしかできない。
「さて、ここからが本題……というより問題なんだけど。重量といいパワーのありそうな月花を動かすには普通の倍の魔力、最低六人分の魔力がいると見ているわ。名門魔術家系のお嬢様がこんなところを旅しているとも考えられないし、ただの名門魔術師やホムンクルスならそこらへんでミイラになってる」
ゆっくりと部屋を歩くノーションはリオンに振り向き、声を上げる。
来る。知識人として、何より研究者として導き出した答えを突きつけれれ時が。
「……彼女は人間ではないわね?」
研究者が睨んでいる。
リオンが口を開きかけたのを見計らって金髪の女性は先手をうつ。
「な……そんなの」
「あり得ない、なんて言わせない。“世の中にはあり得ないことがあり得ている”これは私の師匠からの教えでね。世の中には吸血鬼も魔女も精霊が具現化した生物すらいてもいいと思うわ。ただ、実物に会えないから立証できないだけ。あ、もしかしていきなり彼女が人間でないって言われて、頭付いてきてない?」
心配してくれるノーションにリオンは言葉を選びなから答える。
「いえ、彼女は……特別な存在です。今はそれしか言えません」
セレネを遠まわしに人間でないと認めた。
「特別な存在のセレネでも、魔力の使い過ぎで……死ぬことはあるんでしょうか」
ノーションは透き通るような赤い石を何も言わずにポケットから取り出し、石をレンズのようにしてリオンを見る。
「“賢者の石”って知ってるかしら?」
賢者の石。
それは、あらゆることを可能にする万能の石。魔術師と対立する存在である技術師の昔の姿、“錬金術師”が追い求めた最大の目標である。
黄金変成、不老不死、人間の霊性の完成、宇宙の完成、など全てを可能にする夢の詰まった石。
ところが、錬金術師は魔術師のあまりに早い発展に焦りを感じ、派生した化学と科学の発展に力を注いだのだった。
そのため、当初の目的だった賢者の石は、空想の理論として放棄され、語り継がれているだけとなっている。
今では、技術師の一派として、ごく一部の人間が錬金術師と呼ばれ、賢者の石の生成を研究している。
尚、魔術と錬金術は共通点が多かったため、錬金術師が共和国に骨を埋め、共和国の発展に一躍買っていたことは皮肉としかいえない。
錬金術師の目的は帝国の繁栄ではない。あくまでも賢者の石の生成なのだから、より可能性の高い共和国で研究するのは当然のことなのであった。
「賢者の石……願い事が叶う石ですよね。昔、絵本で読みました」
綺麗とも不気味とも言える濁った赤い石を見つめながら、リオンは石についての情報を思い出す。最初に原始人と呼ばれたことを気にしているようだ。
「差し詰め間違いではないわ。これはそんな大層なものじゃないけど、私たちの組織が開発した魔石よ。これを月花に付ければ、魔力の供給の手助けをしてくれる。帝国風に言えば魔力の“電池”ね。ハッキリ言ってあんな胡散臭いのより高性能だけど」
ブツブツと自分達の手がけた石を褒める眼鏡の女性。生憎、リオンには何が凄いのか全くわからない。とりあえず、あの石があればセレネが死ぬことはないのだろうと認識する。
「ありがとうございます!」
石を取ろうと手を伸ばすと、石が上に逃げた。追いかけて掴もうとするが、今度は下に逃げる。
「あの……くれるんじゃないんですか?」
「ダメ」
「ケチ」
「うるさいわね! あなた達のお昼代で、今後の旅が苦しいのよ、タダじゃあげれないわ」
じゃ、なんでご馳走してくれたんですか、と抗議するリオンを無視し、ポケットに石を戻して再度ノーションは腕を組んで壁にもたれ掛かる。
巻き込んだから奢ってくれたんじゃないのかよ!と、リオンは唸るが欠伸をしながら聞く耳を持たないノーション。
都合の悪いことは聞かないという大人げない態度を取り続ける。
「交換条件ってことでどう。これつけてあげるから、私たちの追っ手を倒してくれない? 特別な存在ってのが何かまでは聞かないでおいてあげるわ。でも、これを付けないといくら特別って言っても死ぬかもしれないわね」
眼鏡をキラリと光らせて、ノーションは取引に出た。これ以上詮索するようならば、リオンとセレネが逃げ出す可能性もある。
ここまできてリオンはようやく理解した。
「そのためにわざわざこんな話を……アンタは糞野郎だな」
「お~い、糞がどうかしたのか~。早くここを開けてくれ~」
何も知らないセレネが部屋のドアを叩いている。
これから一波乱起こりそうな予感がする。いや、絶対起こるであろう未来にリオンは肩を落とした。




