第18章
ウインド村を出発して、三日。リオンとセレネは、首都に向かっていた。
理由の一つとして、セレネの記憶を取り戻すためには、田舎に行くよりも人の集まる都心の方が、刺激や情報が多いと判断したからである。
だが、一番の決め手は、あれこれ考えたが結局振り出しに戻るので、セレネの「旨い物が食べたい」との要求に応えるためだったりする。
ただ、細心の注意を払わなければいけないことはある。セレネが逸脱した存在であるということだ。万が一、本物の魔女であるとバレれば、混乱を招き……ウインド村のような結末を各地で迎え兼ねない。
魔女狩りや軍隊から追われるのが自分たちだけならばそれでいい。しかし、周りの人間、特に関わった人間が巻き込まれて死んでいくことだけは阻止したかった。
今を幸せに生きる人々を犯すことだけはしたくない。
それらを蹂躙していい筈がない。
蹂躙された側でもあり、蹂躙した側でもあるリオンは失う痛みを痛感している。
もう人が死ぬ所なんて見たくない。
好意にしていた神父がバラバラに吹き飛ばされるような「異常な死」は起こってはいけないのだ。
ただメタルフレームを使っても、そう簡単に都市に行けるわけではなかった。
ウインド村は大陸の最南に位置するため、中心に位置する首都サマルカンドまで村や街、山を幾つか横断せねばならない。
旅をする以上、村や街との関係を遮断することは死を意味する。何らかの形で人と関わらないと自分達は死んでしまう。
滞在期間を三日ぐらいに留めれば人と深く関わることなく次の街へ移動する準備もできるであろうとリオンは見込みをつけていた。
見込みをつけたのだが、現在――道に迷った挙げ句、食料難になっていた。
まともな地図を持っていないのだから迷うのは当然の結果である。今まで気が付かずに旅をしていた少年少女は、それに加えとんでもない方向音痴でもあった。
「おい、なんでだ?」
「む? 何がどうした?」
リオンはこめかみの血管をみきみきと現し、セレネの小刻みに揺れる頭を鷲掴みにする。
「な~ん~で~、一晩の間に食料が無くなっている?」
「ん? 食ったからだろ?」
少女は口にある物を飲み、リオンの手をどけようと両手を頭の上に乗っける。が、クレーンのようなアイアンクローは動かない。
「なんで! こんなに早く無くなってんだよ!!」
「だから、食ったからに決まっているだろ? そんなこともわからないのか……やっぱり、お前は“アホ”という人種だな」
「アホはお前だ! 旅してんだよ? なんで満腹になるまで飯を食う? いや、百歩譲って満腹まで食っていいとしよう……なんで、俺が寝ている間に二日分の飯が無くなるんだよ!」
「う……」
「おい! 何か言えよ! 説明してくれぇよ!」
膝を着いてすがるようにリオンは、気まずい汗を流す少女に説明を求める。
「いや、残そうとはしたんだ……したんだが気付いたら残ていなかった。その……うぅ……許してくれ」
「そんな顔しても、許さねぇよ? もう、その手にはかからねぇよ!? 吐き出せ! 今すぐ吐き出せ! 俺の朝飯を吐き出してくれ!」
目が泳いでいるセレネの“許してくれ”は、リオンにとって最強の魔科学兵器だった。
しかし、それは日常であればの話。今は非常事態。道に迷った挙げ句、食料が今……無くなった。
セレネの肩を何十回か揺すり、リオンは残った気力で太陽に吠える。
「朝食、カムバァァック!」
そよ風が荒野の真ん中で叫ぶ少年の肩をなだめる様になでる。
腰まである蒼髪を揺らしながらリオンの側まで寄るセレネ。少年の肩に手をそっと置き少女は満面の笑みで言った。
「百歩と言わず、千歩譲って餓死すればいい」
「お前は鬼か! 悪魔か! 開き直るんじゃねぇよ! っていうか、よくも笑いながらそんなこと言えるな。お前の血は絶対紫色だ!」
「違う、魔女だ。開き直っているのではないぞ、ポジティブな発想だ! 良い行ないをしたんだ。来世は必ず“バカ”として生まれ変われる。よかったなリオン、“アホ”から“バカ”に昇格だぞ! それと私の血は赤だ。初めての色だ」
「……疲れるからしばらく黙っててくれ」
「……」
「だからと言って、そんな汚い物を見るような目で見るな! 見るんじゃない!!」
少年は蒼いメタルフレーム・月花の足元で泣いていた。
「飯の一つでうるさいのぉ……」
しゃがれた声がボソッと言う。
「一つじゃねぇだろ? 六つだ、六つ! 朝・昼・晩、が二日で六つだ! ったく、どんな食い気してんだよくそ。って、どっからそんな声出してんだよ……なぁ?」
「……」
セレネは黙っている。リオンの背中をゆっくり通過する老人をまじまじと見ていたのだ。
振り向いたリオンは老人と視線が合った気がした。しかし、老人は懸命に杖を付きながら前に進む。いわゆる、無視だ。
荒野の真ん中、老人がせっせと歩いている。
仙人、神様というイメージがいいだろうか。染みだらけで、腫れたような顔は、伸び過ぎた眉毛と髭が顔から垂れており、荒野の風に揺られている。それに比べ、頭の上の毛は絶滅していた。綺麗に絶滅していた。
そして、物凄く小さい。腰が曲がっている云々ではなく、小さい。
老人の身長は、リオンの膝ぐらいまでしかない。机の上にもディスプレイできそうなサイズである。ただ、間違っても老人をディスプレイしてはいけない。
トボトボ歩いているが、ほとんど移動できていなかった。
奇怪だった。
怪奇だった。
奇妙な物語りだった。ジッと老人を見つめるセレネ。
「んぬぉ!」
「お前! 老人に、なんてことしてくれちゃってんだ!」
セレネが老人を思いっきり踏み付ける。老人が逃れようと必死に抵抗するが、「うぬぅ、ぬ~ぅ」とプルプルもがいて―――動かなくなった。
「あぁー! 人殺し? いや、これは人か? ……老人殺しぃ! この白状者! 何やってんだよ!」
「お前の朝食……ゲット」
「何だソレは! 止めなさい! そんな得体の知れないもの食べれません、早く降ろしなさい!」
老人の服を掴み、ぶらんとリオンに差し出すセレネ。
苦労の末、釣った魚が食べれないと知った子どものように、渋々、老人を地面に離す。
「死んだ……死んだのか?」
「安心しろ、急所は外してある。子種は無事だ」
老人に子種の心配はあまり必要ない気がするが、リオンは敢えて何も言わずに老人を揺らす。
「爺ちゃん大丈夫か? 爺ちゃん?」
「うぅ……」
小さな体を揺らすと、老人が苦しそうに声を漏らした。
「よかった! 爺ちゃん立てるか?」
「安心しろ、ちゃんとタツ。子種は――」
「お前はもう黙ってろ!」
蒼髪の頭をガシッと掴み、黙らせる。その下で老人が目を覚ました。苦しげに口をパクパクさせている。
「もっ、ぉ」
「も? どうした、何か伝えたいことがあるのか? 俺にできることなら言ってくれ」
「もっと……踏んでくれぃ」
深呼吸をしてリオンが遠い目をする。どこか達観したかのような顔立ちに見えるため、今の彼の顔を見れば何かを偉業を成し遂げたばかりの英雄に見えないこともない。
何かを悟った顔をしたまま雲行きを観察しているのだ。
今から干し物を作れば絶好の食料になるに違いない。ちょうど、お腹が空いていたことを思い出したリオン。
「なぁ、セレネ。“干しジジイ”って食ったことあるか?」
「そんな食べ物があるのか!? よし、是非とも食す!」
「あぁ、きっと旨いと思うぜ、きっとコレは魔物だ。世界は広いからな、こんな魔物がいても不思議じゃない」
老人を踏み付けながらリオンが暗い声で言う。
老人に優しくしろと姉に教わってきたが、恐らくこれは老人ではない。きっと新しい生命体だ。もしくは、この状況を見た神様がリオンを助けるために寄こした食料だ。でなければ、こんな真剣な顔で“もっと自分を踏め”など言わないだろう。
「小童、わしゃ男に踏まれる変な趣味はない! 女じゃなきゃダメなんじゃ! 細くて白い足でないとダメなんじゃ! できたら素足で――」
「あんたの存在が既に変なんだよ! それとどっちにしても頭おかしいだろうがよ!」
ズコッ、ズコッと洗濯物の汚れを落とすように踏み付けるリオン。
「こ、これは惜しいぃ、絶妙な踏み加減じゃ! 小童が女子ならば是非わしの嫁に――」
「なんか言ったか? 変態爺さん? 次はこのメタルフレームで踏んでやろうか?」
「おぉ~痺れるのぉ! 何故男に生まれたのじゃ! 神め、何てもったいないことをしよったんじゃ! わしは背徳に目覚めるぞぃ」
「おい、セレネからも何か言ってやってくれ。この爺ちゃん暑さで頭おかしくなってるぜ」
リオンの靴の下で、くねくね曲がりながら喜ぶ小さな老人を見下ろしながら少年は少女に声をやる。
「老人を粗末に扱うなんて……鬼……」
「人聞き悪いことを言うな! 喜んでるから……いいんだよ、な?」
我に返り老人を踏み付けている自分の行ないを冷静に分析するリオン。
若者の靴の下に老人が呻き声を出しながら、地面に顔面を擦りつけているのだ。
勢いで踏んでしまったが、この状況を第三者が見ればどう思うだろうか。
「お……おじいちゃん!? 止めてください! おじいちゃんが死んじゃう!」
という具合に、通行人か関係者が現れて、悪者扱いされることになるのだろう。
とうよりも、既になっているようだ。
リオンは身が固まり、言い訳と状況説明を考える。が、何も思いつかない。
「いや、これはその……ですね」
「すまない。この男を全力で止めようとしたんだが、止めれなかった」
「お前も踏み付けて、“食すぞ!”とか言ってただろう! 俺一人に罪を押し付ける気か!」
リオンが力強く地面を踏み付け、セレネを指差す。
「そんな……おじいちゃんを食べるだなんて……鬼……」
「鬼だな」
「鬼じゃな」
現れた通行人の少女と声を合わせて、最初に踏んだ者と踏まれて喜んでいた者が声を揃えて頷く。
「ご、ごめんなさい、むしゃくしゃしてたから……つい、やってしまったんだ。踏む気なんてなかったんだ、頭がカッとして――」
「これだから最近の若いもんは困るんじゃよ。我慢という言葉を知らんのか? そんなことで社会に、んぐぅわ」
更生したと思われたリオンだったが瞬時に老人を踏み直す。リオンの顔は笑っているが心は笑っていなかった。
「っていうかアンタら何者だよ。この爺ちゃんは何でこんな悪い趣味をしている? この暑さなら頭がおかしくなるのもわかるけどさぁ……」
暑さ以前の問題だ。
これは病気の域に突入している。
リオンは海老反りしながら喜ぶ老人をグリグリと踏みつけ、奇妙な生物を指差す。
ローブを頭から被った少女は重たげに口を開いた。表情は見えないため怒っているのか、泣いているのかも判断しかねる。
「私は身内の者です。おじいちゃんの趣味は……私が原因なんです」
「家に帰ると縛り上げたブタと呼ばれる男共がいる、危ないお嬢さんってことはないよな?」
まくし立ててリオンは唾を飲んだ。この老人の身内なのだから、とてつもないことを言いそうなので心の準備をする。
喜ぶ老人を放置し、話の通じそうなローブの少女の前に移動する。
「豚はいません。お爺ちゃんは家で私に踏まれ、吊され、鞭で奴隷のように扱われています。家族なんです!!」
「それはどんな歪んだ絆で結ばれた家族だ! んなこと聞かされて、はいそうですかって返す人間いねぇよ! このまま見捨てたら良心が痛むわ!」
リオンは悪気が無い少女の言い方に苛立ちを感じ始める。
会話をする二人の横でセレネは老人を踏みつけて遊んでいた。何故か様になっている。
「それはただの虐待だぜ……」
「いえ、しつけなので特に問題ないかと」
「どこの誰がしつけで鞭なんて使うんだよ? アンタは猛獣使いか」
「私はともかく、おじいちゃんは今でも猛獣使いですよ……」
「……健全なお話をお願いします」
「チッ……絡みにくい男ね。はい、と言う訳でおじいちゃんを返して貰います」
「絡みにくいのはアンタらの方だろう! もう勝手にしてくれ、家庭の事情まで突っ込んですみませんでした! セレネ、行くぞ!」
リオンの言葉を最後に、静まり返る一同。
日差しだけがジリジリと音を立てている感じがする。
「待ちなさい……この音、やっぱり気のせいじゃなかったわね」
口調の変わった少女の声とほぼ同時に地面が揺れる。
地震が起きたとしか思えない激しい揺れ、支えるものも無く、老人を含めた一同は倒れ込んだ。
「ほぉ~エラいことになったのぉ~」
老人が地中から現れる機体を眺め、やはり、くねくねして喜んでいた。余程、セレネの靴の下が気に入ったようだ。
「なな、何だよ! 地震か? これはメ、メタルフレームか? 地面から出てくるなんて、ディスカバリーでも聞いたことねぇぞ?」
「アンタねぇ、ディスカバリーは作業用。こいつらのは本物のメタルフレームよ。ジャミング等を備えた施設潜入用の機体……恐らく、機種は不明だけれどこれだけの芸当……サウザンドで間違いないわね」
ローブを押さえながら少女が言う。相変わらず表情が見えないため、何を考えているかわからない。
一方で、サウザンドということは、搭乗している者は魔力を扱える魔術師か擬似魔力を作れる技術師。
リオンとセレネがどちらかに狙われる理由はないはずだ。
自分たちの存在を消すことで、復興することになったウインド村から情報が漏れたとは考えにくい。
以前逃げた、“フェンリル”という盗賊の残党という線も考えられる。親玉は月花に殺されず逃げ切ったのだ。二人に報復しようと仲間を集め直したのかもしれない。
リオンの思考回路を余所に、その機体は人に向けるには大き過ぎる銃口を慌てふためく四人に突き付けた。
「脅しじゃない……。セレネ、隙を見て月花に――」
「無理だ、囲まれている! 乗り込む前に撃たれるぞ」
「え!? 敵はどこにも」
リオンが目を凝らして蒼い機体の周辺を見渡すが何も見えない。しかし、そこに敵はいる。見えない敵が確かにいるのだ。おかしな方向から機械音がしているのが何よりの証拠だった。
「仕方ないわね、使いたくないんだけど……“遠隔”“狙撃”、アルテミス!」
名前も知らない少女が、幾何学模様の刺青が彫られた左腕をバッとローブから水平に突出し、術式の発動合図を唱える。
刹那、空に閃光が走った。
一本の光の筋、空間が切れたかのような錯覚を起こす。
荒野の果てから現れた光の筋が、目の前のメタルフレームの頭部を直撃した。
メタルフレームのカメラアイを光が貫通したため、頭部には背後の景色が見えていた。
続け様に四本の閃光が蒼い機体の周辺を通過し、何もなかった景色から煙が噴出していた。恐らく地中から現れた機体と合わせて、五機のメタルフレームに囲まれていたのだろう。
その煙達は逃げるように宙を移動しながら遠ざかっていく。戦況的に不利と感じたのか、少女の意外な力に驚いたのか定かではないが、この場はローブの少女のおかげで助かったのだ。
そう、彼女は魔術師だった。
「こんなところまで、追手が来るなんて。ドクター、どうしましょう。“身内の振りをして、若い男女を村に案内しながら逃げる村娘作戦”が見破られていました」
「いや~、迂闊じゃったのぉ。ちぃと面白そうな機体があるんで、寄り道したのがまずかったかのぉ。しかし、何が問題じゃったのか? どこからどう見ても優しい村娘と村の優しいお爺さんにしか見えぬ筈なんじゃが……」
「突っ込みどころが多すぎて何を言っていいかわかんねぇ! 何が一体どうなってんだよ!」
老人が立ちあがり、ローブの少女と真面目な会話を小声で始めた。
幾何学的な文字で埋め尽くされている少女の左腕は、怪しげに文字だけ光を放っている。
肩で息をしながらリオンはセレネを何気なく見た。いつになく真面目な顔である。
「あれはメタルフレームの砲撃だな?」
セレネは既に分析を始めていた。何も無い所へ閃光が走ったのではなく、メタルフレームの砲撃だと推測するには何か理由があるのだろうか。
「あら、意外ね。この国で今のを見せるとまず魔術を疑うと思うんだけど? あなた科学サイド……帝国側の出身? それより何故、メタルフレームの砲撃だと? 根拠も教えて欲しいものね」
「いや、何となくだ。私は魔術というものがどんなものか詳しく覚えていないから、メタルフレームで可能かどうかを想像しただけだ。どこかに待機させているメタルフレームに狙撃させる方が魔術を使うよりメタルフレームに対して有効と考える。ハンドレットならともかく装甲に対魔術が標準装備されているサウザンドに、人間の魔術は効果がないと思うんだ。この辺りは岩場が少なく平地だから狙撃は容易い。MFを扱える相方がまだ控えていればの話だがな」
セレネが少女の放った閃光について、答え合わせをするかのように語る。老人は黙ってセレネを見ていた。
今のは少女が魔術でMFを撃破したのではなく、岩陰に潜んでいたMFパイロットに魔術で合図を出しただけということなのか。
そう考えると、このローブ少女とハゲ老人は自ら囮になっていたということになる。
「これは失礼、あなたプロの人間ね。私のこのデモンストレーションを見てそこまで、言い当てたのはあなたが初めてよ、蒼髪のお嬢さん。だいたいの人は魔術でMFを倒したと勘違いして“魔女”なんて言ってくれるんだけど」
まんざらでもなさそうな表情のセレネ。しかし、ローブの下から垣間見える口は嫌な笑みを作った。
「でも残念。MFは待機させておいたけど、中には誰も乗っていないわ」
「え、乗っていない? でもさ、無人でメタルフレームを動かすなんて無理だって」
「“魔術でMFを遠隔操作した”それが私の使った魔術よ。一応、魔術で敵を倒したことになるから、あながち“魔女”も間違いではないと思うんだけどね」
顔を隠していたローブを脱ぎ去り、少女の顔が露わになる。
少女と思っていたその人物は少女ではなく、一人の女性であった。
黄色のポニーテイルに、片耳にピアス。ローブの下には共和国軍で使用されている軍服を着ていた。女性はそのまま胸ポケットにある眼鏡を装着し、タバコに火を付ける。
「ノーションよ。ちょっとしたメタルフレームの研究をしている者です。こちらはドクター・M。略して、ド・エム。これでもこの方はね、業界ではか~なり有名人なの。本当なら穏便にあなた達を巻き込んで村に行きたかったのだけどね」
「全然、穏便じゃねぇし! 巻き込みが前提なのかよ! 後、どんな略称付けられてんだよ爺ちゃん!」
「だって、何だか困ってそうだったから放っておけなかったのよ。“朝食カムバァァック!”なんて叫ばれたら放っておけないでしょう? でもまさか、追手が来ていて“誘惑による保護者捕獲作戦”が失敗するとは思っていなかったもの。追手もやるようね~」
白々しく紫煙を吐き出すノーション。彼女は未確認の敵に襲われた時“やっぱり”と口走っていた。老人の方はわからないが、少なくとも彼女、ノーションは追手の存在には気が付いていたはずだ。
「さっきのと作戦名変わってるけど」
「作戦名なんてどうでもいいの、飾りだから。それより! あなた、お名前は?」
雑魚に用は無いと言わんばかりにシッシと手を払う。
セレネの方に向き直ったノーションは表情が一変した。
セレネのことを何かのプロと勘違いしたまま、営業スマイル全開。
「む、私は……リオンだ」
「リオン? へぇ~男みたいな名前ね」
「違う! リオンは俺! コイツはセレネです」
シレッと嘘を付く少女にゲンコツをお見舞いし、リオンが会話に跳び込んだ。相手が大人であるとわかり思わず敬語を使う。
「フフッ、セレネね。えぇーとついでにリオンね。オーライ、覚えたわ。光栄に思いなさい、あなたは私に名前を覚えさせた最初の二人よ!」
「見た目は美人なのに、友達少ないんだな」
「違う、あいつは頭が悪いんだ。次の日に忘れるんだ、きっと」
「あぁ、なるほど」とヒソヒソ話でない声の大きさで、ヒソヒソ話す少年と少女。
「あの、凄く不快な内容が聞こえてるんだけど……オホン。とにかく、こんな所で立ち往生していても仕方ないし、ここしばらく行くと村があるのよ。そこでお話しない? 危険な目に合わせたお詫びに、ご飯ぐらい御馳走するわ。いいですよね、ドクター?」
「わしは構わんよ。さぁ、好きに踏んでくれ。思う存分踏みしめてくれぇ!」
名前もさることながら、老人はドMだった。
「ほら、ドクターも“一緒にご飯食べる方がおいしい”って喜んでいるわ」
会話でない会話が行われた気がするが、恐らくこの二人の間では成立しているのだろう。会話というものは、意志を伝えたいと思う相手に意志が伝われば成立する。だからこの場合、特に突っ込む必要はないのだとリオンは心を落ち着けた。
食料難に陥り、道に迷ったリオン達にとって悪くない話である。
次の村まで案内してもらい、出発と同時に別れれば問題にならないだろうと、この話を受けることにするリオン。
そして、村に着いたらまず地図を買おうと心に決めたリオンであった。
「本当ですか!? やった! 飯だ! 危険に合わされた分しっかり、食わせてもらいます」
「飯に釣られるなんて、ダメなやつだ……お前にはプライドがないのか?」
「お前が食料全部食ったからこんなことになってんだろうがよ!」
セレネが不服そうに顔をしかめているのを見てリオンが唸る。
「まぁまぁ、そんなに警戒しないで。私たちは帝国軍と共和国軍に技術提供してる魔科学研究チーム“スコラ”の者よ。顧客のプライバシーに関わるから、内容は言えないけど少年少女を騙して、喜ぶような活動はしていないわ。困っている時はお互い様って言うでしょ?」
ノーションがセレネの頭を撫でながら言った。なんだかノーションが急に大人に見える。
丁寧に名刺まで差し出すのだから信じてもいいかもしれない。
だが、得体の知れないこの二人を信じ込み過ぎるのはよくない。
彼らには何か裏がありそうだ。
サウザンドと言えば軍でも使用される実戦兵器。ステレス機能を備えた五機ものサウザンドが投入されている時点で巨大な何かが動いている証拠なのだから。




