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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
19/76

第17章

今回は番外編みたいな感じです。

気楽に読んでください。

~ウインド村の崩壊から数日後~


 共和国の支援部隊が到着した。


「こいつは……不法侵入した帝国の軍隊とやり合ったか?」


 軍服を着た茶髪の勇ましい男が部下の兵士に確認をとる。男の外見から年齢は二十代後半に見えるが、あっけらかんとした話振りからもっと若く見える。


「いえ、どのMF(メタルフレーム)からも帝国軍の型式は発見されていません」


 十数機の武装集団を相手に一人も犠牲が出ないなど、部隊を動かす立場としては尊敬したくなる。

 茶髪の男は近くにあるメタルフレームの残骸を何となく見上げた。


(穴? コックピットを一突き、即死だな。 搭乗者の原形が残っているかは……聞かない方がいいか)


「ゲハルト少佐……まさか“帝国の悪魔”が我が領土に……」


「違うだろうな。 斬られた跡がない。 奴の手口は魔科学兵器による切断と聞く。 これを見てみろ。 抉り取られたようにコックピットに穴が空けられている。 それも……ここの機体全部だ」


 部下が生唾を飲んだのを見て、男はニヤリと笑った。

 最初は帝国の悪魔を疑ったが、報告に上がっている殺し方と全く違う。帝国の悪魔は切断による攻撃で機体を破壊する。ご丁寧に自分がやったと言わんばかりに現場には必ず逆十字の傷跡を残している。

 それに引き換え、奥にあるメタルフレームは頭部、胸部、脚部と蜂の巣のように穴だらけだ。

 彼の帝国の悪魔ならあんな無駄なことをしないであろう。悪魔のやり口とは全く違う。

 そこへ調査を終えた部下がロイの下に写真付きの資料を持って来た。


「少佐! あちらにもメタルフレームの残骸の山がありました。 村人が避難している洞窟の裏と少し離れた山脈付近のものです」

「どれどれ……フッ」


 爆発で変形はしているが、装飾のもげた機体が十字に両断されたと思われる一枚目の写真を見て、ロイは寒気がした。

 写真をめくるがどれも、致命傷となっているのは全て十字の斬撃。発見場所から察するに、最初の機体はここから逃げようとした所をやられ、他の数機はたまたま近くを通った盗賊団だろう。最初の機体は狼のエンブレムなのに対して、残りは全部鳥のエンブレムだ。


「逆十字……噂をすればなんとやらだ。 これだけの戦力を持っていた盗賊にも驚きだが、帝国の悪魔もここにいたみたいだぞ。 よく村人が生きていたもんだ」


 村人が無事だったことは奇跡以外なんでもない。

 これだけの殺戮を成し遂げる者と帝国の悪魔がこの場にいて、生き残るなどあり得ない。

 帝国の戦力を激減させている帝国の悪魔はありがたかったが、自分達の領土にそれが渡ってきたとなると恐ろしいものだ。

 次に逆十字の傷を刻まれるのは自分かもしれないなと写真を食い入るように見るロイ。

 最近では、“帝国の悪魔”に呼応するかのように“共和国の武者”という者まで世間を騒がせている。二大強国の統治に異議がある者の仕業か、それとも盗賊崩れが思想を持ちだしたか定かではないが、テロリスト撲滅に共和国も動かざるを得ないだろう。


「最近はテロリストってのが流行ってるのかねぇ。 ……ナンセンスだ」

「それを阻止するために我々がいます!」


 髪をかき上げながら皮肉を言うロイに部下が威勢のいい声で答える。

 ロイは村人に状況説明と今後をどうするかの会談をすると言い残しメタルフレームを避難所の洞窟へ走らせた。


(俺らがいてもお上が動かないんじゃ何の意味もないんだよ……ここも気の毒な村だな)


 村の跡地にカメラを向けると人の姿が見えた。焼けた土地で何かをしている。


(墓を掘ってるのか? 見ちゃったもんな~。 仕事上行くしかないか)


「おい、ここは今から軍が調査するからどいて……」


 ロイはメタルフレームから声をかけて詰まった。華奢な体の少女が懸命に土地を耕していた。一人で。


「私たちの村ですから。 自分達で、何かしなくちゃいけないって思ったんです」

「君一人じゃ何もできないと思うよ。 こうゆうことは男か軍にやらせればいいんだ。 早く乗りな。 避難所の洞窟まで送ってあげるから」

「ここに帰ってくる子がいるんです……泣き虫で頭が悪くて、世間知らずの子が。だから、あっ!」


 黒髪の少女が、瓦礫につまずき倒れた。ロイは両手を返してやれやれと息を吐き機体から降りる。


「まずは君が休まないといけないだろ? 村は必ず元に戻す。 このロイ・ゲハルト少佐が約束する。 だから、休むんだ」


 ロイは土だらけになっている女性を見たことが無かった。都心ではそんなことをしなくても暮らせるのだ。魔術の素養がない者でもそれなりの暮らしができる街で、土地を耕していれば馬鹿にされるに決まっている。


「ほら、手を貸して」

「あ、ありがとうございます」


 少女に手を貸してやるロイ。意外な程に整った顔立ちをしている土まみれの少女に少し気を取られ、手を握ったまま顔を見た。

 少女は、よたよただった。恐らく、ろくに休んでいないのだろう。もっと早く出動命令が出ていればここまで衰弱していなかったかもしれない。つくづく行動の遅い上層部に反感を覚えるロイ。


「あ、あのぉ~」

「あぁ、ごめんごめん。 つい、綺麗なお嬢さんだったから見惚れてしまった」

「ふぇぇ?」


 少女は直接的過ぎるロイの感想に対処できなかった。


(わた、わた、私が綺麗な、おじょ、おじょ、お嬢さん!?どうしよ、どうしよぅ)


「はははっ、君はおもしろい子だな。 名前を聞かせてくれないか?」


(名前? 誰? 誰の名前? 父さんの、違うよ!母さんの……でもなくて!)


 おろおろする少女の行動が面白くてしばらく観察するロイ。

 今時この程度でここまで混乱する子は珍しい。どれだけ色沙汰のない人生を歩んできたのか手に取るようにわかる。自分が二十代になるまでに抱いた女の数は、帝国軍の一個小隊より多いと部下に伝承しているロイは、天然記念物を扱うようにゆっくり少女の様子を眺める。


「は、はい。 マ、マリアと言います」

「マリアちゃんね。 了解。 マリア大佐! お迎えに参りました! これより私、ロイ・ゲハルト少佐が会談の席にご案内致します!」

「は、はい! っえ……?」


 敬礼をするロイの大き過ぎる声に驚いて思わず返事をしてしまったマリアは、しばらくたってから、きょとんとする。


「承諾したね、じゃ乗って」

「えぇ!? そんなの反則ですよ! 誘導尋問です!」

「チッチッチ……。 この世の中は言った者勝ち社会さ。 嘘でも本当だと言えば本当になる。 本人の意思にそって無い発言でも言えば本当と見なされる。 君はもっと社会を学ぶべきだ。 共和国は……そんな国だ」


 だから、後日見回りに来る共和国の役人の前では発言に注意するんだよと付け加える。


「はぁ、あなたは軍人さんですよね? ロイ……ゲパルトさん?」

「ゲ“パ”ルトじゃない! ゲ“ハ”ルトだ! そっちは意に反った通り名で……って言ってもわからないか」

「はぁ……」


 ロイが血相を変えて訂正を申し出た。マリアは何が違うかよくわからないまま、ロイの背後にあるメタルフレームを見上げる。

 黄色と黒色の二色でペインティングされ、爪のような鋭利なブレードが両手両足に装備されているそれは、獲物を狩る肉食動物のような外見である。


「可愛い機体ですね。 モデルは……シマウマさんですか?」

「違うだろ!? あれは白と黒だろ? こいつは黄色と黒だぞ? 虎とかネコ科の動物をイメージしてくれよ! シマウマさんがこんな爪してますか!?」

「そういえばそうですね。 ロイさんは、虎さんが好きなんですか?」

「そう、虎いいよね~。 百十の王に成りそびれてる所とか最高だよね? でも、通り名がゲパルトと間違えられてチーターなんだよ……何なんだよチーターって。 俺はゲハルトだっつーの!」


 一喜一憂するロイに対してマリアは笑っていた。泥だらけの手で口を覆いながら声を抑えて肩を震わす。


「こ、こら。 年上の男を笑うなんて感心しないなぁ」

「いえ、すみません。そんなつもりじゃないんです。 ちょっと私の知っている子と反応が似ていたんでつい、ふふふっ」


 あの子は今どうしているだろか……建前上、リオン・オルマークスという少年はこの村には存在していなかったことになっている。魔女も現れなかった。それが、残った村人全員で決めた最初の決まりだ。無論、マリアもそんなことを承諾できるわけがなかった。

 しかし、そうすることが村の復興に繋がるのならそうする他ない。そして、一刻も早く村を復興させ、彼が戻ってこれる素晴らしい村を作ろうと毎日土地を耕していたのだ。

 

「あれ? なんで涙が……おかしいはずなのに……」


 マリアは自分が泣いていることにようやく気が付いた。弟のことを思い出すとダメだ。我慢できなくなってしまう。泣けばナタリ達が気にするから、あの日以来、泣かないと決めていたのに。

 弱い自分が嫌になる。


「あっ」

「辛かったんだよ君は……。すまない、俺たち軍人は何もしてやることができなかった」


 マリアは気が付くとロイに抱きしめられていた。ゴツゴツした体は何故か凄く安心する。

 ロイは敵を撃てと言われれば敵を撃った。自害しろと言われれば自害もしていただろう。共和国のために死ぬことが自分の役目だと思い、迷わずここまで駆けてきた。

 しかし、何かが違う。自分は何故、敵を撃ってきたのか。自分は何故、命を掛けるのか。

負傷した仲間達は迷うことなく自爆もした。命を差し出すことに抵抗などしていたら軍は務まらない。だが、それは何のためにしていたのか。

 帝国との一時休戦条約が結ばれて、ロイは完全に冷めていた。


(自国の村も助けれず、何が軍人だ……)


 幼い頃に正義の味方に憧れて軍に入隊し、人を殺し、国を守ってきた。引き金を引くたびに何かを失った。偽りの大義名分を掲げて人を殺している自分はこの村に現れたテロリストよりも質が悪い。

 彼らは裁かれる。しかし、自分は褒められるが裁かれない。違いは何か。国にとって都合のいい大義名分が頭にインストールされているかいないかだけ。


「下層市民を救うと言いながらこの始末か……ナンセンスだ」


 ロイは泣き叫ぶマリアを落ち着かせながら、毒を吐いた。



 役人が到着し、メタルフレームの残骸を全て回収した後、この惨事を起こした者がどんな人物か問いただしたが、村人は誰ひとり知らないと答えた。

 盗賊に村が焼かれたとなれば、立つ瀬がないのか、共和国はウインド村の再興を全面支援することを決める。完全な復興までは時間も金もかかるが、村は元に戻る。

 MF第四部隊所属のロイ・ゲハルト少佐の提案で、ウインド村にはゲハルト少佐の部隊が一部駐留することになった。

 

「じゃ、マリアちゃん。 生きてたら時々様子を見にくるわ。 俺の手練れ共を少し置いてくから、面倒を看てやってくれ。 アイツらマリアちゃんのファンだから。 お前ら鼻の下伸ばしてねぇで、ちゃんと仕事しろよ! 俺も残りたいんだぞこらぁ!」


 立ち並ぶメタルフレームの前で部下を叱咤するロイ。部下達は声を揃えてマリアさんは自分達が守りますと言い放つ。


「ちげぇよ! 村を作るんだよ! 勿論、守れよ? 俺が来たときに村がなかったらお前ら上腕二頭筋が潰れるまで腕立てさせるからな。 ……んじゃ、戦争屋は退散するとしますかね」


 村人が会釈する中、黄色と黒のメタルフレームに向かって歩き出すロイ。


「ロイさ~ん。 次来た時はご飯食べてって下さいね~! 私、料理だけは自信があるんです~!」


 ロイがコックピットに乗る頃、マリアが叫んでいた。慰めてくれたのにお礼ができていなかったので、何かしてあげたかったが、今は何もない。次に来る時にご飯でも御馳走しなくては。そんな思いがマリアの胸の中にあった。


「フッ……ナイスセンスだ! 当分、死ねねぇなこりゃ。 よぉし、全機帰還する!」


 モニター越しに黒髪の少女を見て、ニヤリと笑い、洞窟を去って行くゲハルト部隊。

 荒野を走るチーターは今日も共和国のどこかで、大義名分を掲げて敵を撃つ。彼らはそうすることでしか、国を守れないのだから。

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