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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
17/76

第15章

 崩壊した洞窟周辺には変わり果てたメタルフレームの姿が残っている。

 惨状の原因である蒼い機体は西の洞窟に向かったため、静かなものである。


「あぁ~あ。 彼女を怒らせたね。 せっかく僕の魔科学兵器を貸してあげたのにこれじゃ……ねぇ」


 ターバンを巻いた青年がサウザンドと思われる機体から顔を出した。彼はここでの一方的な暴力を眺めていたのだ。今頃、現れたのは、盗賊に貸した魔科学兵器を回収するためだ。

 剣に絡まる蛇の入れ墨をチラつかせながら、両手を広げてメタルフレームの墓場を見渡す。


「しかし、噂に違わぬ強さ……あれだけの強さを持っていれば世界は変わるよ。 そう思うだろヘリオス? まさか、ここに眠っていたなんてね」


 青年は機体の奥に座っている誰かに同感を求めた。


「私は……殺すことが正しいとは思わない。 あなたは殺し過ぎた」

「またまた、ちょっと神父さんが困ってたから真実を教えてあげただけだよ? あの子は魔女ですよってね? ちょっと暗示魔術も使ったけど、よっぽど魔女が憎かったんだね~君の魔術ならいざ知らず、僕の魔術であそこまで信じ込むなんて。 そんな神父に同情するなんてヘリオスは優しい子だね」

「あなたは心が痛まないの?」

「痛むよ? そりゃ僕だって、まさかこんなことになるなんて思っていなかったよ。 でも、世界を救うなら殺すしかないよね? 僕は君と契約したんだよ? 世界を救うために“悪”を葬り去ることはいいことなんじゃないかな?」


 穴だらけの灰色のメタルフレームから魔科学兵器「構太刀(カマイタチ)」を手に取り、腰に付けるメタルフレーム。

 そのメタルフレームは紅であった。血を伸ばしたような紅に墨を練り込んだような黒。鎧武者のようなその外見に紫色の鞘は実に一体感がある。


「やっぱり、これを貸すんじゃなかったな。 月花が相手じゃ何を使っても死んでただろうし、マシンガンでも渡しとけばよかったよ。 あ、僕がこれを貸してあげたのも彼が生き延びる可能性を高めるためだよね? ってことは、僕はやっぱり人が死ぬのが堪らなく嫌なんだよ~」


「あなたが魔科学兵器を下っ端のあの人に預けたのは、反旗を翻させるため……盗賊団同士で殺し合わせるためでしょう!? 弱った神父さんの心につけこんで、魔女騒ぎを起こして! そんなに人が殺し合う所が見たいの!?」


 コックピットの中で少女の怒りが響く。この青年は殺し合いを愉しんで見ていた。蒼い機体、月花がパイルバンカーを機体に何度も貫通させていた時、彼は愛しい人を見るような目で眺めていた。


「まぁまぁ、落ち着いてよヘリオス。 僕も君の役に立ちたいんだよ」

「それじゃ、もう人を殺さないで……!」


 涙を堪えるように悲痛の叫びをあげる少女。両手でメタルフレームの残骸を視界から隠し、肩を震わせる。


「それじゃ、君の使命は達成できないよね? まさか、放棄しちゃうの? ここまで来て? 泣き叫ぶ子どもたちを踏みつぶして、町を破壊して? 今さら辞めちゃうの? 君に殺された人たちは気の毒だな~。今やめちゃったら、君の娯楽で殺されたようなものだよ? あの時は、星のために殺すしかなかった。でも、今は飽きたから殺さないなんて……君は最低だね」


 青年の黄色い眼が少女を貫く。にやりと悪質な笑みを浮かべて舐めるように少女の全身を見る。

 太陽のような紅く長い髪、宝石のような紅い瞳、締まった白い色の体が魅惑的なラインを作り上げている。


「違う! ……私をそんな眼で……見ないで……下さい」

「君は何をされても僕には抵抗できない。 僕が主導権を握っていることを忘れないでね。 可愛いヘリオス、僕の……魔女」


 脅えて眼を瞑る紅い髪の少女を愛おしそうに撫でる青年。少女は抵抗しない。この少女はこの少年にだけは抵抗できないのだ。


「さぁ、用は済んだし、早く帰ろうか。 怖い黒い騎士様が来ないうちにね……おっと、もう来てたんだ……」


 紅い武者が振り向く。

 その先に騎士はいた。

 全身が黒のサウザンド。憎しみ、怒り、憐れみなどあらゆる感情が合わさって最終的に生まれた感情()。マイナスの感情を全て内包した黒が佇んでいた。

 銃火器などは一切ない。あるのは背中に背負われた巨大な両刃剣ただ一振り。


「ソレを返せ……」


 低い声が漆黒の機体から漏れる。 氷のような冷たさを含んだ声。 真っ当な生き方をしていれば、このような声は出せないであろう。


「ゼロ!?」

「“それ”とは随分な物言いだね、ゼロ? 女の子をそんな風に呼ぶと嫌われるよ?」

「俺に……名前など無い。 あるのは嫌悪と憎悪」


 ゼロと呼ばれた男は、漆黒の機体に嫌悪と憎悪の象徴である血塗られた両刃剣を背中から抜かせる。


「そして……絶望」


 機体の等身程ある剣を一振りして、紅い武者に切先を突き付ける。漆黒の騎士が死の宣告をした。


「侮らないで欲しいな。 残念だけどヘリオスは今、僕のパートナーなんだ。 都心では随分暴れ回っているようだけど、今の君では勝てないよ? 何せ、魔女を味方に付けた」


 青年は手の甲にある蛇と剣の入れ墨を一目見て、由々しげに微笑む。

 武者は紫色の鞘に魔力を送り、構える。 鞘の中は空。 されど、一歩接近すれば音速の斬撃で首が跳ね飛ばされる。 遠い島国で、迎撃用に使用された居合を昇華させた機体がここにいる。

 機体の名は(ほむら)。焔の手に返った鞘は膨大な魔力により、斬れ味を増している。この武者に斬れないものはこの世に存在しない。そして、この魔科学兵器に射程というものはほとんど意味をなさない。 例え、数十メートル先の風車でも動かずに切断することが可能である。近づく前に分解された者は万を超えている。無論、生身の人間もその数に入る。


「凄い破壊力だよ? 君も、分解されてみるかい?」


 武者が声を放って刹那、岩山が吹き飛んだ。大きな鉄球にでも直撃したこのように麓から抉り取られている。

 この圧倒的な破壊力を見せられても、漆黒の騎士は動じない。むしろ、斬撃が山に至るまでの秒数を数えていた。


「約一秒……」


 呟きながら両刃剣を降ろし、両手に持ちかえる。 途端に、両刃剣が二本の剣に組み換える騎士。一撃の破壊力と流れるような連撃を実行する両刃剣よりも、圧倒的な手数で打ち負かす二刀流に戦闘スタイルを変えたのだった。


「それで? 剣を二本にしてどうするのかな? お手玉でもしてくれるの? 別に僕は、君の芸が見たいわけじゃないんだよ。 まさか、斬撃を受け止めるなんて言わないよね」

「お前を殺す」


 言うや否や、ブースターで急接近を試みる騎士。黒い弾丸のような速さ。サウザンドの規格を明らかに無視した速度で、紅い武者に接近する。


「フン、斬り刻めぇ……構太刀(カマイタチ)ぃぃ!」


 青年の叫びに呼応するかのように、斬撃の群れが黒い騎士に襲いかかる。それに対抗するかのように騎士は言葉を紡ぐ。


嫌悪の剣(アインス)憎悪の剣(ツヴァイ)


 火花が散る。あろうことか、騎士は二本の剣で予測不能の斬撃を相殺している。メタルフレームの限界を超えていた。剣筋を認識しているのではなく、感じている。直感で危機を感じ取り、薙ぎ払う。彼は最適の行動を最速で行っているだけ(・・)だった。数十という斬撃を二本の剣で受け流す。騎士は最後の三連撃を低い姿勢で払いのけた。

 これが死神と呼ばれた男の強さ。

 これが悪魔と呼ばれた機体の強さ。

 そして、“嫌悪と憎悪の魔科学兵器”の恐ろしさ。

 騎士は片膝を付け静止、武者は鞘に手を置いたまま静止。手を伸ばせば届きそうな位置に両者はいる。

 暫しの静寂。

 荒野を抜ける風だけが、両者の間を通り抜けることを許された。


「へぇ……以外。 魔女の補助なしでそこまで動けるんだ。 やっぱり君はすごいね、ゼロ。 昔からそうだったね。 何でもそつ無くこなす……ハッキリ言ってうざいよ」


 青年から憎しみを込めた声が漏れる。

 そんな言葉も聞こえていないかのように、剣を武者の目の前に突き付ける騎士。

 まるで、「お前の負けだ」と言いたげな騎士の態度に青年は怒りを露わにする。


「僕はまだ、本気じゃない! 魔女を使役した僕が本気を出せば山の二つや三つ簡単に吹き飛ばせるんだ! お前なんかに、このネロが負けるものか! 劣るはずが無い!」


「お前に用はない。 ソレを渡せ」


 重たげに騎士が呟く。ネロと名乗った青年がどれだけ山を吹き飛ばそうが、目の前にいる騎士の首は吹き飛ばせなかった。ヘリオスという魔女を味方に付けてもなお、ゼロという騎士と互角なのである。本来の実力差をありありと見せつけられ、ネロは声を上げたのだった。


「お前がぁ! お前が! 弱いから! ちゃんと魔力を送らないから遅れをとったんだ! 僕があいつに負けるはずがないだろ!? おい!? 聞いているのか!!」

「これ以上の戦闘は無意味だよ……離脱準備……」


 ネロの言うことをなるべく聞かないようにしてヘリオスが操縦系を奪い、武者を退却させる。漆黒の機体はそれを逃すまいと追撃に出た。

 まずは右足を切断しよう左腕の剣を垂直に振る。

 紅い武者は紙一重の跳躍で斬撃を逃れた。しかし、まだ攻撃は終わりではない。剣を振った勢いをそのままにして、両刃剣に組み換えた騎士は、一回転して逆袈裟斬りを行う。

 早過ぎるその剣筋は紅い武者の胴を両断したかに見えたが、寸前の所で鞘による防御で難を逃れる、


「出力全開!」

「チッ……」


 両手で構えられた鞘は光を放った。

 ヘリオスの叫び声に反応し、咄嗟にその場から離れた黒いサウザンド。ギロチンのように落下してくる剣筋を寸前で避けた。土煙が登る中、紅い武者は離脱していく。

 “lost”という文字をモニターで確認したゼロはつまらなそうに剣を背中に背負い、メタルフレームの墓場を去る。

 ウインド村の西に位置する洞窟付近で、蒼い機体が盗賊の残党を破壊していた。

 ボスと思わしき装飾の派手な黄色のサウザンドが蒼い機体に追い詰められている。後は周りに朽ち果てている機体と同じようにあの杭打ち機で穴を空けられて終わりだろう。

 しかし、どうゆうわけかトドメを刺さない。あげくの果てに、盗賊に逃げられるという始末である。

 黒い騎士はすぐさま、進路を変更した。


×××


 盗賊の親方・グッソは必死であった。

 得体のしれない蒼い機体に一味を壊滅させられたのだから立つ瀬が無い。フェンリルという伝説の盗賊団の名前を盗み、悪事を働いて来てこれほどついていなかったことはない。

 どうして自分がこんな目に合わなければならない?今夜は活きのいい村娘でたっぷり愉しむはずだったのに何故こんなことになった?全て、あの蒼い機体のせいだ。

 どこからともなく現れ、手下達を串刺しにしていった。たった一機であれだけの数を……。


「じょ、冗談じゃねぇ! 俺はまだ名を上げていないんだ! これからの男なんだ! こんなところでくたばってたまるかぁ」


 その通りである。だから、幸運にも一人だけ助かることができた。手下はまた集めればいい。フェンリルの名前を出せば、馬鹿な連中がすぐさま集まる。そうして力をつけて、あの蒼い機体に復讐を……ふ……くしゅ……うを。

 何故だか機体が倒れた。どうやら脚部が無くなったようだ。そして、カメラが明確に捉えていた。漆黒の機体……見てはいけない死神を。


「嘘だろう……あぁ、あぁあぁ! なんでこんな所に帝国の悪魔が!」


 背中のブースターだけを噴かせて地面を滑るグッソの機体。彼の必死の努力も虚しく、黒い騎士の目の前をグルグル回るだけで全く前に進まない。

 両刃剣を構え、死の宣告を告げられる。


「お前に嫌悪と憎悪……そして、絶望をくれてやろう」


 盗賊の断末魔が途中で消え去り、音も無くコックピットを貫通した剣。

 爆発音が夜空の荒野に鳴り響く。

 それは、黒い騎士の胸の内のように深く、冷たく、悲しげな音だった。

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