第14章
セレネ(月花)は止まらない。西の洞窟に辿り着き、盗賊の本隊が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
しかし、月花は止まらない。
「妾を討ち取りたいかや? それならば、今の3倍の戦力を用意することじゃな。 これでは、弱い者苛めをしているようではないか」
高速で接近する蒼い機影に対処できずに、前線のハンドレットが3機破壊された。
田舎村と舐めて掛ったことを後悔する盗賊達は、全勢力を持って蒼い機体を破壊しようと火力を集中させる。
「月花、もう止めてくれ! これ以上殺すな! こんな一方的な戦闘……」
「たわけ! 兵器に殺すなじゃと? お前は息をするなと言われて息を止めれるのか?」
リオンは今となっては面影が無くなったセレネに懇願する。しかし、月花はそれを拒否した。
「そんなこと……息をするのと、これとでは!」
「同じじゃよ……妾のような兵器はな。 殺している時が一番自然なんじゃ。 殺さない兵器など、息が出来ない人間同然。 欠陥品じゃ」
言いながら月花は、5機目の機体から両腕の杭を引き抜く。爆風を受けてそのまま次の獲物に跳びかかる月花。それはもはや騎士ではなく、暴君というべき殺戮の舞いだった。
「勘違いしておるようだから言っておく。 妾はこの魔女と契約しておるのじゃ。 お前ではない。 魔女との利害が一致しているから力を貸してやっておるだけのこと」
セレネの声で月花が契約について説明した。
機体を操る少女は後部座席で、座っているだけだが、月花自身が機体を動かしているため問題なく戦闘を続けれる。彼女が月花の意思を召喚していると言ってもいい。
今回は自分の身が危ないと感じたため、月花が一方的に些細な契約に応じたそうだ。
そして、セレネはメタルフレームの意志をリオンに伝える翻訳機のようなものとなっている。
無論、召喚者セレネの意見・願いも多少なりとも理解しているとのことだ。
「セレネは何を望んでいるんだ? そして、お前の望みは?」
「お前たち村人を助けることじゃ。 それ以外は特に望みはなかったな。 無欲なやつよのぉ。 妾にとっては”悪”を消滅させることができれば何でも構わんので、加勢しておるだけよ。 今回は自分の身を守れれば何でもよかったんじゃが、魔女が女子達も助けたいと言うもんでな」
セレネの体を乗っ取り、機体が暴走していると思いこんでいたリオンにとって意外な回答であった。遠まわしに月花を召喚したセレネは、殺戮を許容していることになる。村を襲ってくる盗賊達には殺意を覚えたリオンだったが、目の前で虫を殺すように杭で人を貫く月花の行為は純真な少年の目に余るものだった。
荒野に目をやると、脅えた村人達が蒼い機体を見ている。
盗賊達を追い払っている月花は神には見えなかったらしい。残虐にも戦闘不能になった機体のコックピットまで鉄の杭で貫いているのだから、真っ当な人間がみればただの殺戮者である。次は自分達ではないのかと肩を震わせるのも無理はない。
「これは……正しいのか」
「“悪”を殺す者が正しくないわけがなかろうに。 そんなこともわからんのか? お前は本当に阿呆じゃな」
次々と爆発していくメタルフレーム。残ったのは無駄な装飾だらけの黄色い機体。盗賊達のボス・グッソの機体である。この盗賊は決定的なミスをした。慌てて逃げようとしたため、人質というものを回収し忘れたのだ。盾が無ければあの機体は止められないことは重々承知しているが、もう人がいない。
「待った! 待ってくれ! 降参だ、女達も食料も全部返す!」
武器を捨てて、降伏を主張する盗賊。リオンはその行いを見て虫唾が走った。謝れば何でも許されるわけがない。村を焼き、大人達の命まで奪い、姉達を弄ぼうとした。 月花ではないが、“悪”を殺す者は悪くないとさえこの瞬間だけは思う。
「降伏するのかや? 根性の無い男じゃな」
「あんたに勝てる気がしない。 身を引くのもお頭の役目だ」
何故それをもっと早く行わなかった。 何故、周りの手下が絶命してからそれを行う。お前を信じた仲間達が一体どれだけ殺されたと思っているんだ。
リオンの心は徐々に吐き気がする程にまで、怒りで溢れていた。側にいて止めることができなかった自分も悪い。だから、何も言えずにただ拳を握ることしかできない。
「そうか……でも、妾は弱い男は嫌いじゃ」
―――死んで詫びよ―――
パイルバンカーが機体を貫こうとした瞬間、月花は止まった。
黒い髪をした女性が盗賊の機体を守ろうと地上から腕を広げていた。
「もう止めて! この人はもう戦えない! これ以上殺さないでぇ!」
肌けた服に構わず、マリアが蒼い機体に叫ぶ。セレネの願いにはマリアの保護も含まれているため、杭を射出できない。もし、放てば爆発に巻き込まれて殺してしまうことになる。
「姉ちゃん! 何してんだ! 早くそこをどけ! ここは危険なんだよ!」
予想外の声にマリアは耳を疑った。弟があれに乗っている。人を殺していたのは弟なのか。そんな疑惑が頭を垂れる。
「り、リオン……が乗ってるの? 女の人が乗っていたんじゃ……まさか、セレネが?」
ペタンと腰を落とし、放心状態になるマリア。今すぐ降りて姉を抱きとめてやりたかったが、それは叶わない。まだ、戦いは終わっていない。ここで下手に動けば月花の足を引っ張ることになる。恐らく、強制ロックがかけられているため、出ることもできないだろうが。
一方で、盗賊としては、願ってもいないチャンスであった。人質が自分から人質になりにきたのだから、神を信じたくもなる。
「へ、へへ……」
盗賊がマリアを拾おうとしたが、月花からの一言で動きが止まる。
「その女子に触れてみよ? お前の骨を一本ずつ剥ぎ取ることになるぞ。 ゆるりと時間をかけてな」
盗賊は逃げた。
何も考えずに逃げた。命があるだけマシだと言い聞かせて。
まだ追いかけてトドメを刺そうと動いた月花だったが、強い頭痛に襲われて行動不能に陥った。
(フッ……魔女よ、従順なやつかと思えば意外と強情なやつよ。妾の記憶は見れたかの?)
「姉ちゃん! 大丈夫か? しっかりしてくれよ!」
「リオンだよね……うっぅっう」
荒野に降り立ち、涙するマリアを抱き締めるリオン。服を整えながら、怪我をしていないか確認する。 村は駄目だったが姉は無事だった。それが何よりも嬉しい。
しかし、村人の反応は違った。
「悪魔よ……」
「リオンが……これを全部……」
「いや……あの昼間に来た子よ。 あの子が悪魔なのよ」
コックピットから顔を出したセレネは、気まずそうに俯く。
自分が何をしたのか薄っすらしか記憶にない。だが、この惨状を見ればだいたいの見当はついた。
(私が……殺したのか)
荒野に降りて、砂利を踏みしめる。セレネは夢を見せられていた。
蒼い髪の少女がここではないどこかで、メタルフレームの軍勢を虐殺している夢を。
隣に座っていた人の顔が思い出せない。いつも頭を撫でてくれていた大きな手の持ち主。あれは一体誰だったのだろうか。
少年と少女のおかげで、助かった村人も大勢いた。
しかし、強大過ぎる力を前に村人は畏怖する。また、溝が深まった。
もう、修正が不能になる程にまで。
荒野に爆発音が響く。
それは少年の心に突き刺さるかのように、深く、冷たく、悲しげな音だった。




