第13章
天井の岩と地上にある岩が衝突し合う音が鳴り響く。洞窟の倒壊が始まったのだ。
蒼い機体に乗り込み、助かる算段を模索するリオンは吠えていた。
「くっそ! こいつのデバイス、どうなってやがんだ! なんで、このプロセスで起動しない! 格納ケースが生きてたんだからお前も動けるんだろ!」
物言わぬ機体は膝を着いたまま、崩れる洞窟の中で主の帰りを待っている。
リオンは、何度目かの起動プロセスをもう一度打ち込む。 ピーっというエラー音がリオンの焦りをより一層強くした。
「なんでだ。 何が足りない?」
「ちょっと膝を貸してくれ」
「おい、危ねぇから後部座席に……お前」
セレネがシートベルトを外しリオンの膝の上に座り込み、キーボードを占領する。リオンは口を空けたまましばらく硬直していた。
少女があり得ない速度で演算していたのだ。モニターにはプログラムと思われる文字の羅列がびっしり表示されている。これだけの量を一度に処理するなど人間技ではない。記憶喪失の少女がこれだけの演算ができるのか。演算するために無駄な記憶を消去したのではないかとさえ思わされる。
「お前……わかるのか?」
「何となくな。 こいつとは相性がいい気がする」
リオンを超える高速の手さばきで、モニターを見ながら何かの処理を続けるセレネ。
コックピット前方の画面に暗闇を映し出す。カメラが起動した証拠だ。その後続けざまに、機体の各部が音を立てて目を覚ます。
モニターの中心に大きく“stand by?”の文字が浮かび上がった。
「すげぇ……お前は一体……」
思わず目の前に座っているセレネを眺めるリオン。
続けざまに前方のモニターにはコードネームらしき言葉が現れる。それはリオンの見たことのない特殊な文字だった。
「……これ何語だよ?」
「ゲッカ」
「ゲッカ? そんな言語聞いたことないぞ?」
「違う。 月の花……月花だ。 こいつの名前だ」
メタルフレームの外では、雨のように岩が降り注いでいる。
幸いにも、リオン達が乗り込んだ“月花”と呼ばれる機体の装甲は厚い。落下してくる岩を次々とその頑強な鎧で全て破壊している。
「月の花……? おわっ! これ以上はまずいぞ! 何とか外に出ることはできないか?」
「うぅ……操縦できん」
大きな岩の塊が月花に衝突し、機体が揺れる中、セレネはリオンの膝の上でしょぼくれたようにレバーをガチャガチャと動かす。
きょとんとするリオン。時間が止まった。
「嘘だろ? あれだけ何か処理して、起動までやってのけたのに何で操縦できないんだよ!? 昼間も村でハンドレット乗ってただろ? 俺もこんな操縦系初めてなんだよ! 頼むから動かしてくれ、願うから動かしてくれ、祈るから動かしてくれー!」
「うがうがうが、わからんものはわからん。 私を責めるな。 ……責めるならそゆう時に……優しく責めてくれ」
リオンはセレネの肩を掴んで前後に揺らす。
顔を赤らめる少女を後部座席に放り込みリオンは操縦系を見直した。大いに魅力的なお誘いだが、死んでしまえば元も子もない。
ハンドレット以上の機体に乗ったことがなかったため、まるで操作がわからない。
明らかにハンドレットより複雑な操縦系である。村にもサウザンドを所有している人物がいれば理解できたかもしれないのだが、今さらそんなことを嘆いても仕方が無い。
「……俺が何とかする。 腐ってもメタルフレーム乗り志望だ。 何とかしてやるよぉ!!」
リオンはハンドレットを扱うようにペダルを踏み込む。
月花の鎧から隠されていたブースターが飛び出した。
両肩、両足、背中、各箇所に二つずつ収納されていたブースターは倒壊の音に紛れて音を上げる。
「すげぇ、これがサウザンドのブースター……跳べるなら、跳ぶしかない!」
跳ぶ先は頭上にある月。月光が流れ込む先に向かって跳躍すれば外に出られる。しかし、格納ケースの爆発で空いた穴は月花より若干大きいぐらいのサイズである。もし、操縦を誤れば、転落し洞窟に閉じ込められる。言いかえると、生き埋めである。
「セレネ、お陀仏にならないように祈ってくれ」
「あぁ、もう……死ぬのか。 短い人生だった」
「マイナス思考禁止! 跳べ、月花!」
後ろに乗るセレネに叫び、リオンはゆっくり機体を浮上させた―――つもりだった。
月花と呼ばれた蒼い機体は、命令を待っていたかのようにブースターを吹かし、勢いよく飛び立つ。岩を砕き月光に向かって最高速度で跳躍する。
惜しみなく六つのブースターを使用した結果、洞窟は二度目の強い衝撃を受けて完璧に崩れ落ちた。蒼い閃光が荒野の夜を流星のごとく流れ落ちる。
リオンの心配をもろともせず、月花は洞窟の天井を突き破り、外の世界に躍り出たのだった。
「うひょ~。 見ろよ、やっぱお宝じゃねぇか。 女達は出てこなかったが新種の機体が出てきましたってな!」
「こいつを売れば女なんて当分いらねぇぐらい遊べるぜぇ」
脱出したのも束の間、盗賊に包囲される月花。
蒼い羽を目撃した盗賊達が全てこの場に集結していた。その数実に、八つ。 神父を斬殺した灰色のサウザンドも中にいた。
新種の機体と言われた月花が捕獲されるのも時間の問題である。村人に過ぎない少年が血も涙もない盗賊達を相手に何ができるであろうか。
「……くそ。 どうすればいい。 どうすれば……逃げられる」
「頭が……痛いぃ」
退路を探すリオン。気持ち悪そうに呻くセレネが気がかりだが、この状況では彼女に構っている暇はない。強い衝撃があったため、どこかで頭をぶつけたのだろうとリオンは、気に掛けないよう心がける。
カーストですら敵わなかった機体が目の前にいのだ。それに加え、戦い慣れた大人達が自分たちを囲い込んでいるのだ。狼に狙われた獲物の気持ちがよくわかった。羊が狼に勝てるはずがない。
「早く降りろ。 新種の機体は高く売れるからな、できるだけ傷を付けたくないんだ」
盗賊の一人が月花の背中に銃口を突き付ける。いつ引き金を引いてもおかしくない。
「お前らが遊んでる間に女共を見つけたぜ? 女とこいつを売りゃますます、俺たちはますます力を付けれるなぁ。 あぁ、早く味見してぇ。 今夜は最高の宴ができそうだな。 ハッハハ!」
「何だ……と?」
「リオン、早く降ろしてくれ……頭がぁ、頭がぁ! 何かが頭に」
リオンは頭が真っ白になっていた。セレネの声も今は聞こえていない。
洞窟、女達。これから導き出されるものは西の洞窟が見つかったということだ。
「早く戻らねぇとボスが先に味見しちまうぜ? あぁ、いい女がいたよな~黒い髪のやつなんて堪まらねぇだろ? 泣いてた顔が特になぁ~」
「あれは俺のもんだぞぉ! お前はその隣にいたジジィとやってろ!」
「あのジジィも馬鹿だよな。 大人しくしてりゃ後5年は生きれたのによ。 何が下衆だっつーの、お前の顔の方がよっぽど下衆だぜ。 アハハハ!」
もう何も感じなかった。
村は炎上……盗賊がここに集まるということは親しい大人達は皆やられたのだろう……そして、姉が隠れていた洞窟までも見つかった……。
何もかも奪われた。
どうしてこんなカスを軍は野放しにしているのだろうか。
どうして静かに暮らしている自分達が攻められて、戦争を起こす首都は攻められないのだろうか。
耐えて耐えて、耐えて耐えて……大人達がここまで村を復興させてくれたのに。
耐えて耐えて、耐えて耐えて……村人との溝を埋めたのに。
耐えて耐えて、耐えて耐えて……幸せを掴みかけたのに。
リオンの中で黒く渦巻くものが溢れ出そうになる。
―――妾を出せ―――
「姉ちゃんを……返せ」
「はぁ?」
盗賊達がリオンの声に気のない返事をする。獲物からのまさかの一言に笑いが起こった。
「あっはははは! ばっかじゃねぇのか? 盗賊が盗んだものを返すわけがねぇだろ? そうかそうか、お姉ちゃんがいたのでしゅか~。 今日から俺がボクのお兄さんになるからよろしくねぇ~」
「村を返せ……おっさんを返せ……俺たちの幸せを返せ! このクズ野郎!!」
もの凄い剣幕で少年が叫ぶ。いつも優しかった姉、命懸けで自分を守ってくれた大人達。それをこんな連中に奪われた。
目の前のクズ野郎を抹殺できるなら、悪魔とでも契約してやってもいい。生かしておいていい人間じゃない。リオンは生まれて初めて本気で人を殺したいと思った。いや、願った。
「乗ってるのがガキだと思って優しくしてやったらよぉ。 あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ! 返せだ? 盗られる方が悪いんだろうが? 被害者ヅラしてんじゃねぇぞガキ! ……死ね」
―――殺したいのだろう……妾を出せ―――
「殺したく……なぃ。 止めてくれ私は……ぁっぁ!」
「セレネ? どうした!?」
セレネが頭を押さえて、リオンの座っているシートを握りしめた。セレネの顔色が悪い。血の気が引いたように青白くなっている。
「しっかりしろ! おい! セレネ!」
その時、引き金が引かれた。コックピットに弾丸がめり込み、少年と少女を守っていた機体は爆発する。それがタダのサウザンドであったならば。
「なんだと……」
引き金を何度も引く盗賊。シールドを貫通するライフルが機体の装甲を突き破らない筈がない。
弾は確実に蒼い機体に当たっている。何故、貫通しない。何故、爆発しない。いつもならば、爆発した骨組みを見て、興奮状態になる盗賊達も焦りから唾を飲み込む。
そして、この機体を心底欲しくなった。
「無粋な挨拶じゃの。 妾は完全に目を覚ました。 そんな武器では傷を付けることはできんぞ」
後部座席に座る少女が機体各部をモニターで確認しながら言い放つ。
システムエラーの修正を行い、機体状態を整えている。落下の衝撃で脚部に負担が掛かったため、ポテンシャルダウンしている月花。
「一応、オールグリーンにはなったがの。 魔力不足……予備も無し。 魔女よ、まだ完全ではないのかえ。 召喚してそれはないじゃろぅ。 ん? なんじゃ? うるさいのが吠えとるのかや?」
セレネが盗賊のうるさい声を目障りに思いながら、外の様子をモニターに映す。
「ふざけんな! たかが数発弾を弾いただけで何ができる! お前は俺たちフェンリルに喰われるんだよ」
「さっきから気になっておったのじゃが、貴様らは本当にフェンリルかや? とても、彼の気高い狼がするような行動ではないぞ。 ハイエナの間違えではないのかえ?」
「嬢ちゃんよ……後で泣いても許さねぇぞ……」
幼さの残る声を聞き盗賊達は目の色を変えた。怒りと欲望の目の色だ。
狼が牙を剥きだしにして、月花の周りに身構える。後数秒もすれば跳び付いて、機体をバラバラにするであろう。
「安心しろ。 妾も」
―――貴様達が血の涙を流しても許さない―――
月花の背後にいるハンドレットがナイフでコックピットを貫こうとブースターで突進する。対銃火器用の分厚いシールドを構え、速度を上げている。先ほどのライフルもこのシールドの前では何の役にも立たない。
それを振り向きざまに右腕にある杭打ち機・パイルバンカーでシールドごと機体を貫通させる月花。
腕の長さ程あるパイルバンカーの先が手の甲の辺りまで瞬時に引き戻ってくる。そこには汚らしい肉片がぺったりと張り付いている。
摩擦で焦げた風穴から、蒼い騎士の片眼が邪悪に笑った。
「セ、セレネ……? どうやって動かしている……操縦系はこっちにあるのに」
「……妾はメタルフレーム、月花。 魔女の召喚に応じ、参上致した。 しかし、余も腑抜けよの。 命令するだけで妾が動くと思っておったのか? 妾は傲慢な男は嫌いじゃ」
リオンの質問に答えながら、月花は次の獲物に狙いを定める。黄色いサウザンドを視界に捕らえた。ブースターを噴かし、空高く舞い上がり、急降下して頭から食らいつく。
接近させまいと空に向かってマシンガンを撃ち続ける黄色の機体。蒼い機体は石を払うかのように硬く覆われた鎧の腕で弾きながら突進する。左腕を開き狙いを付ける、狙うは一番分厚く設計されたコックピット。
「く、くるなぁーー!! げぇぁっ!!」
「メタルフレームは命令するのではない……」
右腕の杭をコックピットにめり込ませて、リオンに告げた。
「感じるのじゃ、妾らがどう動きたいのか理解するだけでいい。 特に妾の場合はな。 人間風情が命令など……笑止千万!」
爆煙に包まれた蒼い騎士の兜からカメラの光が漏れる。どこか笑っているかのような邪悪な輝きに盗賊達は脅える。
数秒でハンドレットとサウザンドが破壊された。それも、武装が接近武器しかない機体に。
「くそぉ!! よくもドドとグンをぉ!!」
「ほぁ~。 貴様達にも仲間を思いやる感情があったのか……以外じゃな」
「セレネ、止めろ!」
―――殺す――――
リオンが叫ぶ頃には発砲してきたハンドレットのコックピットには穴が開いていた。紛れもなくセレネだが、セレネではない。彼女がこれほどまでに残虐に人を殺せるの筈がない。そう信じたい。
「何故止めなければならない? 奴らは“悪”じゃろ? 悪を殺す者が悪いはずがない」
言いながら機体をバラバラに引き千切るセレネ。手で引きちぎる様子は、例え相手が機械であるとわかっていても酷い。
メタルフレームの腕に張り巡らされた配線が血管のように、ブチブチと断線し、蛇のように踊りながら、オイルを撒き散らしている。
「どうしちまった……セレネ……なんでそんなに笑っている。 お前はそんな奴じゃないだろ! 元に戻れよ!」
―――愉しい―――
「アーハハハッ! 弱いぃ! 弱いのぉ! “悪”は滅びよ。 星の汚れは消えよ! そして、腸をぶちまけて生まれたことを後悔せよ! 簡単には死なさんぞ」
リオンが必死に操縦系から停止させようと機体に命令を送るが、全く止まらない。操作の仕方もわからないのに、どうして止め方がわかろうか。例え止まったとしても盗賊に殺されるだけだ。このまま月花に盗賊を倒してもらうことが、生きるためには最善の選択であることは間違いない。間違いないのだが……。
「逃げろぉ! こいつは化け物だ!!」
「くっそぉ、化け物め!」
盗賊達が四方八方に散る。しかし、言ってはならないことを口走った。
―――化け物?―――
「妾は化け物じゃない……化け物なんかじゃ……ない……」
「月花ぁぁ! 止まれぇぇ!! やめろぉ! これ以上、セレネに……セレネに殺させるなぁ!!」
少年の叫びも虚しく、月花は怒涛の唸り声を出し、逃げ行く機体を四つとも串刺しにした。
機体から漏れ出たオイルがだくだくと蒼い機体の腕を緑に染める。時折、痙攣をするようにサウザンドが波打ち、まだ生きている人間を思わせる。
それらをつまらなそうに岩山に機体を投げつける頭部を拳で粉砕し続ける蒼い騎士。
そこに騎士道も何もない。鎧を被った野獣が、その爪で機体の脳味噌を引きずり出し、描き回し、握り潰す。
見るも無残なメタルフレームの残骸が、いくつものパーツに無理やり分解され辺りに散らばる。
「はぁ、はぁ……逃げないのか? ハイエナよ」
「止めろ! お前も、もう下がれ!! ……下がってくれ。 殺される……」
「ここまでやられて、引き下がれる……わけねぇだろうがぁ!!」
ただ茫然と立ちすくんでいた灰色のサウザンドが紫色の鞘を構える。魔科学兵器“構い・太刀”に技術師による疑似魔力が注がれる。
鞘がぼうっと蜃気楼を漂わせた。
「フルパワーで粉々に、粉々にしてやる!」
「厄介な魔科学兵器を持っておるの。 構えるだけで敵を斬る。 彼の武者の愛刀じゃが、何故、貴様何ぞが手にしておる? これは何か臭うの……。 貴様では斬れるものの限界も知れておろう。 そして貴様はそれの本当の使い方を知らない」
満月の夜、星達が辺りを照らし、風が砂を運ぶこの荒野で。
蒼い機体と灰色の機体が対峙する。
騎士と武士を思わせる両機は睨みあい一歩も動かない。
「うるさい! くたばれ! 化け物!」
盗賊が魔科学兵器を発動させる。目に見える程の斬撃の軌道。一筋が交互に絡み合い無数の筋へとなる逃げ込む隙間などない。少しでも触れれば文字通りバラバラである。
その中へ月花は最高速度で突進していく。魔力による燃料の爆発が六つのブースターから発生し、機体が風を切る。
いくら装甲が厚い月花と言え、魔科学兵器の攻撃は弾けない。防火服を着込まずに火中に跳び込むようなものである。
「突っ込むとは、血迷ったかぁ?」
「妾は生まれてからずっと血迷っている。 血が流れる所に赴き!」
左足に仕込んであるパイルバンカーを地中に埋め込み、突進方向を九〇度変更する。
力任せの緊急回避。されど、接近戦のみを追求した月花の重厚な体を動かすためにはこれしかない。
次に、右足に仕込んであるパイルバンカーを地中に埋め込み方向を正す。直角に何度も機体を動かせて、蛇が地面を這うように急接近する。
月花の脚部がねじ切れないのは、胴体と同じ素材で構成されているからであり、元来このように使うことを想定した造りだからだ。
古代兵器屈指の接近戦用メタルフレームに近づけない敵はいない。
「くっ! これならどうだ!」
「血を吸い!」
盗賊の更なる斬撃の群を大胆な回避運動を駆使し、紙一重で避ける。レーダーに写らない暗殺剣は、月花には見えていた。
目標は敵のコックピット。
「ひぃ!」
「血を流し! 血に飢えていた!」
蒼い機体の六つのブースターは常に最大出力。最大出力を維持しないと脚部によるパイルバンカーの回避行動は意味をなさない。速度が落ちれば回転が遅過ぎて機体が真っ二つになる。
月花は地を走る流星のごとく接近をする。
「だから……人は妾を封印した! だが、星は妾を必要としている! 星の願いは“悪”の消滅! 魔女は我々の仲介者! 人間何ぞが踏み入れていい領域ではないわ! 下種は滅びるがいい!」
月花の間合いに入ったサウザンドは祈るしかない。メタルフレームが慈悲の心を持っているということを。
盗賊が目をつむる。しかし、衝撃が来ない。
「ぅ! あっ?」
盗賊のモニターには月花の姿は無かった。
次の瞬間、モニターが割れる。
月花は、敵を通り過ぎた瞬間、左足のパイルバンカーを地中に埋め込み、地表を滑るように回転し、渾身の右腕による一撃を背後から灰色の武士の首元にめり込ませた。
武士はそのまま吹き飛ぶが、吹き飛ぶ瞬間にパイルバンカーが射出されそれを阻止される。まだ、終わらないということだ。
月花は串刺しになった機体を片腕で持ち上げ、左腕のパイルバンカーで何度も何度も機体を貫いた。
盗賊は目の前を通過する巨大な死の杭を見て、叫び声を上げ続ける。
蜂の巣のようになった灰色の機体は完全に機能停止した頃、パイロットは放心状態であった。
爆発しなかったのは、月花が爆発しない個所を狙っていたからであろう。
「月花……もう止めてくれ」
「マ、リ、ア、はどこだ?」
「ぁあぁ……あ!」
苦しげに声を絞り出すセレネと裏腹に、月花は機体を地面に叩きつけて足を乗せる。脚部のパイルバンカーが怯える盗賊を剥き出しにした状態のコックピットに当てられた。
もう椅子しか残っていない。
「魔女よ、其方は下がっておれ。 魔女の言葉では伝わらんようだから、言い方を変えてやろう。 貴様らが捕まえた女子達はどこじゃ?」
「女たちなら、岩山だぁ……岩山の側にぃ――」
言い終わる前、生身に杭を打ち込まれ、地面が抉れる音と共に盗賊はこの世を去った。
すぐさま、月花は西の洞窟へ去る。
幸い土煙でモニターが曇ったため、盗賊の最期を見ずに済んだリオンだが、震えが止まらない。茫然と眺めている画面には、“mission start”と書かれているのだ。まだ、殺し足りないらしい。
セレネの表情は、もう見れない。こんな惨事を見て笑う彼女を見たくない。
鶏を見て優しそうに笑う彼女はもういない。
彼女は今、幾つもの戦場を駆け抜けて、岩山に封印された血に飢える蒼い騎士になっている。
彼女は、メタルフレームの意志を呼び起こし同調している。
蒼い騎士が任務を終えるまで、彼女は身が弾けても笑い続けるだろう。“悪”と称する人間をその腕で串刺しにして。
――その日、彼女はメタルフレームになった――




