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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
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第12章

 コックピットに仕込んであった懐中電灯を片手にセレネを追うリオン。

 ディスカバリーを降りたというこの判断は、結果的に正しかった。

 リオンがディスカバリーの腕を渡り切るか切らないかという所で、ディスカバリーの鈍重な体が一瞬、ガクンッと上に上がる。

 そして、ディスカバリーは小規模な爆発を起こして大破した。


「おぁ!! ぎっ!」


 リオンは咄嗟に跳んだ。洞窟の中に転がり込むが、岩だらけの洞窟は着地するにはあまりにも、不適切な場所であった。無論、懐中電灯もどこかにいった。

 何回転したのか、頭の中がミキサーの中身のように、ぐちゃぐちゃにされたリオンは、足や腕から出血していた。


「今のは見せしめだ。 隠れてるやつらは全員出てこい! お前らの仲間がここまで案内してくれたんだぜ? 次はどこに鉛玉をブチ込んでやろうか? お前らの尻にしてやろうか?」


 スピーカーを最大にして、黄色のサウザンドは声を拡張させている。 

 洞窟の入り口を囲むように、四つの機体がぐるぐると周囲を回っている。


(クソ! おっちゃんのディスカバリーをよくも! ……おっちゃん達、生きてるよな)

 

 リオンは、カーストとトングのことの安否が気になるが、今は自分の命を繋ぎ止めるだけで精一杯。

 上手く逃げれたと思っていたのは、どうやらリオンだけのようだ。

 後方で待機していた盗賊達は、リオン達が村の避難場所に逃げ込むと踏んでいたため、敢えて泳がせていたのだ。

 先に奇襲を仕掛けた仲間達から女がいないと聞いたこの黄色い機体のパイロットは、隠れ場所があると確信したのだった。


「逃げても無駄だぜ? 俺たちフェンリルから逃げられた奴は今までにいない。 大人しく命と体を寄越しな」


 黄色い機体の隣にいる茶色の機体からも声があがる。彼らはこの洞窟に村の女達が逃げ込んでいると思っている。

 リオンとセレネしかいないなんて微塵も考えていなかった。

 他の盗賊二人はハンドレットを操っており、暇を弄ぶかのように機体同士が殴り合いを開始した。

 リオンは構わず、洞窟の奥に逃げ込む。出て行けば殺される。それならば、中に入って活路を見出すべきだ。セレネを守るならば、尚更である。

 暗闇で何も見えない洞窟は、身が締まる程寒かった。息の色も白くなっているに違いない。


「セレネ! どこにいる? 返事しろ!」


「お? 来たのか?」


 思いの他セレネは近くにいたため、リオンは安堵する。むしろ、あんな別れ方をしたのに、意気揚々としている少女に少年は面を食らった。

 セレネも盗賊達の声を聞いている。しかし、彼女に焦りというものが無い。

 リオンは、目が慣れ始めてきた視界と声を頼りにセレネの元へ駆け寄った。


「ちょうど良い所に来てくれた。 これを見てくれ」


「こ、れ……って」


「メタルフレームの卵だ」


 セレネの言う卵と生物の卵は違う。 メタルフレームが格納されているケースと言った方がこの場合は適切であっただろう。

 巨大な長方形のシルエットが洞窟の暗闇をその部分だけ濃くしている。

 その脇では赤いランプがポツリと点灯している。


「この格納ケース、まだ生きているのか? 何でこんな所にメタルフレームを格納するケースがある?」


「わからん。 でも、こいつは生まれたがっている。 おっ!」


 セレネが言い終わると同時に、洞窟が揺れ始める。

 盗賊が全力射撃を洞窟にしているのだ。倒壊を恐れて出てきた人間を捕らえるという確かな追い込み方だった。

 セレネは攻撃など気にせず、導かれるようにそびえ立つ長方形のケースへ手をかざした。

 「止めろ」というリオンの声はセレネには聞こえていない。 

 少女の手が鉄の塊に触れた瞬間、ケースに幾つもの青色の筋が通った。まるで機械の卵にヒビが入るかのように。

 インターフェイスが起動する。システムの起動音が次々と鳴り響き、機能が復活していく過程が始まった。


「……おい、何をやらかしたんだ。 お前」


「お前が触ったんだろ! 俺が悪いのかよ!?」


 セレネはジトっとした目でリオンを見つめた。

 セレネの背後で、格納庫の隙間から全方位に蒼い光が漏れ始めている。

 メタルフレームが誕生しようとしているのだ。

 正確には、復活(・・)であるが……。


「セレネ危ねぇ! 下がるんだ!」


「わぁ! おい!」


 耳をつんざく破裂音を洞窟内に響かせ、ケースの破片が飛び散る。

 光の衝撃からセレネを守ろうと押し倒すようにしてリオンは、地面に伏せた。

 巨大な長方形のケースが割れ、ケースの中心から光の束が飛び出し、洞窟の天井を突き破る。

 月に登る蒼く輝く光の束は広がり、六枚の羽のようにも花びらのようにも見えるものが展開されている。

 蒼い光の束は白色の粒子を撒き散らし、その粒子は雪のようであった。

 洞窟という(さなぎ)から蝶が生まれた。蒼い羽を広げ、ジッとしている。

 粒子を撒くそれはウインド村周辺の人間が全員確認できる程、広く、大きく、美しかった。

 月の下に咲く花。

 月の下に羽ばたく翼。

 やがてそれは、雪が解けるように夜空から消える。


「これが、メタルフレーム?」


 声を出したのは寝転がったままのリオン。メタルフレームが発見されるのは、大抵土を被っていて整備しない限り使えない。いくら格納ケースに入っていたからと言っても、放置されていた年月を考えると初期起動などあり得ない。

 破れた天井から差し込む月明かりが、その機体の全貌を照らし出した。

 一言で言うなれば、蒼い騎士。

 蒼兜からは装飾である束ねた蒼い髪が伸びており、頑強そうなプレートには幾何学な文字が刻まれている。そして何より目立ったものは、騎士のような外装に関わらず、両手両脚部には一本ずつ杭打ち機のようなものがあった。

 頑強そうな装甲、そして全てを穿つような鋭い杭打ち機(パイルバンカー)から推測するに、接近戦を得意とするメタルフレームだ。

 清潔さと気高さを象徴するかのように、蒼と白で統一された機体がそこには(たたず)んでいる。

 月の下に参上したその騎士は、主君を待っていたかのように膝を曲げてコックピットを開く。


「……かなり重量級の機体だな。 整備されている所を見ると軍の極秘機体か? いや、それとも全く新しい新種のサウザンドか? こんなやつ見たことねぇぞ」


「……こいつはずっと待っていたんだ。 生まれる日を」


 首だけを機体に向けて、リオンとセレネは声を漏らす。


「待っていた? あっ……。 おぉあぁ! すまない……」


「いや、構わんぞ。 私は心の広い女だからな! もっと引っ付くか?」


「冗談は止めろ」


 リオンはセレネを組み伏せていた。 倒されているセレネは何故か威張る。


「やばいな。 崩れかけている」


「お前の理性がか?」


「お前は俺に喧嘩を売ってんのか!? 洞窟がだよ! こんなところで、そんなことする馬鹿がいるかって!」


 リオンは手を差し伸べて、セレネを立ち上がらせて逃げ道を探す。 

 盗賊の攻撃だけでも十分に倒壊していただろうが、内部で未確認の機体が洞窟の天井に穴を空ける程の衝撃を与えたのだ。 

 リオンとセレネが、まだ生き埋めになっていないのは運がよかったとしか言いようがない。だが、先ほどからパラパラと石が落ちる音が響いている。

 リオン達にもう考えている時間はない。


「あれに乗る、生身より生きる時間が長くなるかもしれねぇ! 来い、急げよ!」


「おぉぉい! そんなに引っ張るな」


 リオンはセレネの腕を引っ張り駆ける。 

 メタルフレームの中なら生身より安全だと判断したのだ。 

 ディスカバリーならば倒壊にもある程度耐えられるよう設計されているのだが、奥で膝を付いている蒼い機体は見た限り戦闘用である。

 倒壊に耐えられるかなんてわからない。


「早く乗れ! もうここも崩れる」


「……私は魔女だ」


 少女の眼差しが少年には痛かった。

 今は、この少女から“魔女”なんて言葉を聞きたくない。


「魔女だから何なんだよ……馬鹿! 俺は英雄になるんだ。 助けれるならどんなやつだって助けるんだ! それに、女の子を見捨てたなんて知ったら、姉ちゃんに殺されるつうの! だから、早く乗れ!」


 セレネを強引に引っ張り上げてコックピットを閉じる。

 魔女だから、瓦礫の下敷きにしていいなんておかしい。助かるかもしれないのなら助けるべきだ。


「お前は、俺が守ってやるから。 大人しく守られろ」


「あぁ……わかった」


 しおらしく後部座席に座るセレネ。

 リオンは吹っ切れていた。セレネが魔女だろうと構わない。

 自分が弱くて何もできなくても構わない。

 理屈なんて抜きで彼女を守ってやりたいと思った。


(守ってやるよ。 俺は、親父とは違うんだ! 誰一人見捨てたりしない!)


 人を殺すのに理由はあるのかもしれない。でも、守ることに理由はないし、あってはならない。

 なぜなら彼は英雄を目指しているのだから……。

 今したいことを、正しいと思ったことをすればいい。

 その先に何かが見えてくる。

 そうすることで“正義を守る英雄”という姿が、いずれ見えてくると少年は信じることにした。


少しキャラクターのお話を。

リオンは企画当初よりおもっきり性格が変わってます。

セレネはそのまんまです……。 何故か不動の少女です。


リオンという名前はたまたま目に止まった単行本「エヴァン○リオン」のリオンからとらせて頂きました。はい、大好きなのです。

今思えばタイトルと奇跡のシンクロを果たしました。

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