第11章
「ここは……」
あまり来たくなかったとは言えないリオンは口を閉ざす。ここは父・グレンが死んだ場所。裏切り者が生き延びようと村人を見殺しにして逃げ込んだ岩山。
父の墓がある崖の裏手に、入り組んだ洞窟があった。 岩で入り口を隠されている洞窟は村人達も存在を知らないであろう。
毎日、早々にこの地を立ち去るためこんな所に洞窟があるとはリオンでも知らない。
「見覚えがある、ここは……どこだ」
「おい! ちょっと待てよ! 調べもしていないこんな洞窟の奥に行くなんて危険だ!」
リオンの言葉を無視し、機体の複眼から写し出される映像をモニターで確認するセレネ。セレネはディスカバリーを洞窟の入り口へと進ませ、ディスカバリーの腕を洞窟の奥まで橋替わりに伸ばした。
コックピットが開かれ、鼻を刺すような冷気が中に流れ込んでくる。
夜が更けてきた今、未知なる洞窟に足を踏み入れることは危険極まりない。
されど、セレネは何か確信した表情をしている。
「なら、お前はここで待っていろ。 中には私が入る。 ここは……懐かしい感じがするんだ」
「お前一人をこんな危険な所に行かせられるわけねぇだろ!」
「なら、付いて来て……くれないか?」
リオンは言葉に詰まる。
その通りだ。セレネに付いて行けば彼の不満は解決する。だが、どうしてか首を縦に振ることができない。
どうして、セレネと一緒に洞窟に入ってやらない。彼女に万が一のことがあれば、自分が守ればいいだけの話ではないか。何度も自分に言い聞かせる。ただ、身体が動かないのだ。
「やっぱり……“魔女”は怖いか?」
リオンは咄嗟にセレネに怒りを覚えた。
「違う! 魔女だとかそんなことは関係ない! お前はお前だ、俺の家族だ! それにお前は記憶が無いんだろ? 魔女かどうかもわからない。 親父と一緒に逃げた女の子かもわからないだろ! 何で自分の身に覚えのないことを認めるんだ! 何で……魔女だなんて言うんだよ」
リオンは自分で整理し切れていなかった想いを少女にぶつける。言ったリオン本人も驚いている始末だ。
セレネは俯く。
少年がいるコックピットと少女が立っている外に遮るものはない。しかし、何か壁のようなものを感じる。
少女は神父や村人から言われたことを全て信じている。
記憶が無い彼女にとって自分に過去はない。「君は過去に人を殺したんだ」と他人から嘘を教えられても、そうなのかと他人事のように信じるしかないのだ。
なぜなら、反論するための情報を自分は持ち合わせていない。
自分のことがわからない。今は温厚な性格でも、昔は殺戮を楽しむ愉快犯だったかもしれない。規律正しい軍人と思っていたが、実は非人道的なことをやってのける盗賊だったという可能性もある。
セレネの場合、目撃者も多く、幾つもの証拠を突き付けられたのだから、自分が魔女だという話を信じるしかなかったのだ。
―――皆がそう言うのだから―――
そして、神父からの度重なる暴行があったにもかかわらず、傷が治る。
この異常な再生速度を見た時は、少女自身も気味が悪かった。
「私はお前達とは、違う……人間じゃない。 見てくれ、この体を」
リオンに白い背中を見せる少女。彼女の背中には狼の入れ墨の他、目立ったものは何もない。先ほど垣間見た下着以外、何もないのだ。
「人間ならこんなに早く怪我は治らない」
「そ、それは……でも」
リオンは傷一つない肌を見せられて、再び言葉に詰まった。「それは……」と段々弱々しくなる少年の言葉。
少女は少年の耳元まで接近して囁く
―――迷惑をかけたな、許してくれ―――
それだけ残して洞窟の奥へと消えて行った。
「待て! 違う、俺は……俺は……なんで、震えてんだよ」
完全に見透かされていた。リオンが彼女の背中を見て、恐怖で足が震えているということ、これ以上の事実を受け入れたくないということを。故に少女はこの場を去った。少年をこれ以上傷つけないために。
少年の手はジンジンと痛み出す。
冷気からか、手を何度も打ち付けた結果か。
「ばっか……やろぅ……。 馬鹿野郎ぉぉ!」
少年はただ、叫んだ。
何もできない自分への叫びなのか、少女を受け入れないこの理性を破壊するためか、意味するところは少年にもわからない。
「何が……“家族”だ」
ただの建前でしかなかったその言葉。そう言えば彼女が安心するとでも思っていたのか。自分が安心したかっただけなのか。真っ赤に腫れた両手を握りしめる。
少年は、彼女との繋がりを消すことが堪らなく怖かった。家族と言うことで彼女がどこにも行かないように縛り付けようとしていた。
なんて我が儘。なんて最悪な関係。
無条件で信じ信じ合える、そんな絆が家族。無条件で信じ合えるならば「家族だ」なんて言葉はいらないだろう。周知の事実を口にする者はあまりいない。
どこか願い事をするかのようにリオンは家族という言葉を使用していたのかもしれない。
祈りは届かず結果、少年は少女を傷付けた。
―――俺がお前を守ってやるから安心しろって!―――
数時間程前の発言を思い出した。
―――今日から俺と姉ちゃんとセレネは……家族だからな!―――
なんて軽率な言葉を自分は吐いていたのだとリオンは唇を噛みしめる。
家族だと言っていた本人が、一番少女を傷付けたに違いない。家族の振りをして裏切った。拒絶した。
「なんで、あいつを守ろうとしたんだ」
カーストの家で神父を殴ろうとしたことを思い出す。
誰も答えてくれない。吹き込む風は少年の言葉を無視しながら通り抜けて行く。
「なんで、あいつのことを受け入れようとしていたんだ」
フルフェイスヘルメットに青カッパを着ていた姿を思い出す。
いかにも怪しい格好で、最初は盗賊と思っていた。
「なんで……だ」
遺跡の中で、腹が減ったと詰め寄ってきた少女の姿を思い出す。
あの少女が餓死する姿は見たくないと思った。
「……くっ!」
握り飯をリスのように口に詰め込んでいた少女の顔を思い出す。
メタルフレームを優しく撫でていた少女の微笑みを思い出す。
「……ただ、守ってやりたかっただけだ」
リオンは洞窟の暗闇を見つめ、保護されていたコックピットから飛び出した。
今から走ればまだ彼女に追いつくことができる。
「あいつは俺が守ってやらないと……違う! 守ってやりたいんだ!」
少年が出した答えは理屈じゃなかった 家族だから守る、親しい人間だから守るのではない。
彼女はただ、守ってやりたいと思える相手だったのだと気付く。
「たぶん俺は……あいつのことが―――」
リオンは、自分の心に芽生えたこの感情が何か、まだわからない。
英雄を志す彼が、魔女の彼女にこの感情を芽生えさすことは許されない。
それは、世界を守る英雄ではなく、世界を殺す魔王になる者にのみ与えられた特権だからだ。
補足
魔科学兵器:古代魔術で組み上げられたメタルフレーム専用兵器の総称。またはサウザンドそのものを指す場合もある。
専用兵器としては武器・防具・使い切り装備など種類は多岐に渡る。
使用には電力ではなく魔力を要するため、魔術処理がされているサウザンドとの相性が良い。(サウザンド=魔科学兵器とされる理由の一つ)
一方、原理は魔術でも科学よりの形をした兵器も発見されているため時代背景には様々な論がある。




