第10章
メタルフレームを起動させ、カースト率いる村の守り人達は次々と村を飛び立って行く。
ブースターによる跳躍で、一気に村から夜の荒野に躍り出て行く。
神父が止めるのを無視してカーストは戦いに赴いた。
熱量と砂埃が残ったカーストの家。
リオンは絶望の淵に立たされていた。
―――セレネは魔女だ―――カーストからの言葉が頭の中でガンガンと反響している。そんなはずはない。 そんなわけがない。この目の前で、呼吸が乱れたまま放置されている少女が魔女なわけがないのだ。魔女があんな幸せそうに握り飯を食べるだろうか……。魔女があんな拗ねたような顔をするだろうか……。 魔女があんなに……優しそうな表情をするだろうか。リオンの思考に“魔女”というノイズが混じる。
不協和音は、刃となり、リオンの頭をかき回す。そして、今までの彼女の姿をズタズタに切り刻んだ。 リオンは自分でも気が付いていなかった。自分が泣いていることに。鼻水も涙も惨めに垂れ流していることに。
しかし、気付いてしまった。今の彼女には傷がほとんどない。神父を殴ろうとした、きっかけの傷はもうない。出鱈目な速度で治っているのだ。人間ならば治るのに数日掛かる怪我や打撲の跡が、巻き戻し映像を見ているように次々と塞がってゆく。
「っぐ、えっ……くぅ、う」
少年は嗚咽を漏らす。どうして知らないままに暮らさせてくれなかったのだ。どうして自分にこんな現実を突き付けるのだ。そんな思いが目から生温かく溢れ出る。
「リオン、目が覚めたか?」
リオンを抑え込んでいる男が気遣いの声をかける。
リオンはただ、肩を震わせながら一度だけ頷いた。
何度目かの振動がカーストの家を揺らす。 盗賊からの威嚇射撃もそろそろ殺意を持った鉛玉になる頃だ。ここに留まることを危険と判断した村人達が避難する態勢に入る。
「西の洞窟には行けない! 俺達が逃げ込めば、女、子供が見つかる。 遺跡に逃げ込めないのか?」
「馬鹿野郎! 遺跡側から敵が攻めて来てんだ! なんにもねぇ荒野で、メタルフレームに真っ向から突っ込む気か!?」
「じゃ、俺達はどうすればいい!!」
村人達が個々で言い合いをしている中、神父はいつも通りの笑みを見せた。
「大丈夫です皆さん。これは全て魔女が見せている幻覚。魔女は我々を混乱させ、逃げ失せるのを待っているのです」
セレネの元へ再びゆるりと戻り、神父は一息つく。
「魔女よ、こんなことをして満足か? 貴様はそうまでして助かりたいのか?」
「私は、何もしていない……早く逃げないとお前も死ぬぞ」
乱れた前髪から、蒼い瞳を覗かせて神父に忠告するセレネ。
神父は鷹のような眼でセレネを一瞥し「冗談ではない」と怒鳴り、少女を蹴りあげる。
とても神父の行いではなかった。だが、魔女が相手ならば、神父は何をしても許される。 彼らは神に仇なす者に容赦はない。村人の“優しい神父さん”はココニハイナイ。
「神父さん、これは間違いなくメタルフレームの攻撃だ! 幻覚がどんなもんか知らねぇが、早く逃げねぇと俺たちどっちにしても死んじまうぞ! 魔女はここに置いておけばいい!」
「ダメです。誰もいなくなれば魔女の思うツボです。皆さん、落ち着いて神の教えを思い出して下さい。そうすれば幻覚は解除できます。魔女は一流の魔術師を遥かに超える魔術を使用しますが、防御に特化した教会魔術ならば防ぐことができます」
反抗する村人を諭し茶色の本を開け、呪文を唱え始める神父。
神父は魔術師ではない。魔術を行使するためには才能と魔力を生み出す訓練が必要だ。古代から魔道の血を絶やすことの無い名家とは違い一般人の神父が何を唱えようとも奇跡は起こらない。
才能ある魔術師に対抗するように姿を現した者が“技術師”であり、才能のない人間でも簡単に魔術と同等の奇跡を起こそうと科学が生まれたのだ。 神父がどれだけ防御特化型の教会魔術を唱えようとも塵一つ守ることは叶わないだろう。
虚ろな瞳で神父は極限状態だというのに引き笑いをしている。
神父はもう誰がどう見ても……壊れている。恐怖からか、信仰からか、それとも別の何かが神父の心を破壊したのか。
神父に視線が集まる中、いまやリオンのことはもう誰の眼中にもない。
俯いたまま身動きしなくなっていたリオンは、大人達の隙を逃さなかった。
「なっ! リオン! 何をする気だ! よせ!!」
拘束していた男達の腕から逃れ、神父と村人の間を四つん這いになりながらも走り抜ける。
そのまま神父の眼前を通り過ぎ、蒼髪の少女を抱き抱えた。
力が抜けてグッタリしているのにもかかわらず、少女は羽のように軽かった。そのためリオンはほとんど止まることなくセレネを抱えながら、窓の側まで駆け抜けることができたのだった。
神父は呪文を読むことに気を取られ、リオンの不意打ちに反応するのが遅れている。
「ッ! リオン! まだ操られていたのか! 早く魔女を返すんだ!」
「魔女じゃ……ねぇ」
まだ声が震えていた。リオンは異常な程冷たくなっているセレネの肌を感じ、神父を睨みつける。
夜は暖炉がいる程寒くなるこの荒れ地の気候を考えれば当然のことだが、少女から伝わるこの冷たさはリオンの中に染み込んでいく。
魔女を助けるなど英雄ざる行為。少年の心は、善意から生まれた悪意と悪意から生まれた善意で破裂寸前であった。
「家族だ」
黒い瞳を見開いて少年は大人達に声を放つ。抱きあげられた蒼髪の少女は一瞬、笑ったように鼻を鳴らす。
そのままリオンが窓から外に向かうと悟った神父は、目を見開き悪魔のような形相で駆ける。
リオンは身を翻して窓を足でこじ開け、神父の追撃から距離を置く。
その刹那。
神父の手は夜の冷たい空気だけを掴んだ。外と中の仕切りが邪魔をして神父はリオン達を捕らえる事ができなかったのだ。
か弱い少女を守ろうとするリオン。社会の絶対悪を裁こうとする神父。両者の視線が強くぶつかり合う。
銃器の音、鉄と鉄が接触する音、地面を削る音が聞こえてくる。
メタルフレームの交戦が始まったとリオンは理解した。
しかし、神父には何も聞こえない。これは全て魔女が生み出した幻覚なのだから。
「リオン、君は何をしているかわかっているのかい?」
「わかってるつもりだ。いつものお説教はやめてくれよ? 家族を守ることが間違ってるわけない!」
爆発音が神父の怒りのごとく鳴り響く中、両者は身動き一つしない。夜の冷たい風が火薬の臭いを運んで二人の間を通り抜けて行く。
“正しい事をせよ”と、村人に教えてきた神父に答えるリオン。
神父の“まだ神は、君をお許しになる”と言いたげな顔を無視してリオンは庭に急ぐ。
リオンの最後の頼りの綱はディスカバリー。
発掘用と言ってもメタルフレームがあれば、村からの脱出は可能だ。昼間に酷使したうえに、今日は整備を怠っていた。カーストが整備していることを期待してリオンは機体に乗り込む。
コックピット内のモニターが、機体の各部の異常を検索し、“standby”の文字を浮かび上がらせた。
「よし! おっちゃんありがとう!」
小さくガッツポーズをした後、リオンはキーボードを叩く。
ディスカバリーの複眼カメラが目を覚ました。四つのカメラアイの視界は良好、村の外で繰り広げられていると思っていたメタルフレームの争いは、中にまで及んでいるとカメラから教えてもらう。
間違ってもあの中に入ってはならない。戦闘用でないディスカバリーが入れば数秒で鉄の塊にされるであろう。
リオンは縛られたままのセレネを機体の腕で拾い、胸のコックピットまで寄せる。
「……大丈夫か?」
「あぁ、三回ぐらい死んだな」
自分の語彙力の無さを痛感しながらリオンは、冗談のような言葉を呟く少女をコックピットまで運ぶ。
そして、腕の中にいるこの少女はやはり魔女なのかと胸を痛めた。
「とにかく、逃げるぞ、大丈夫だな?」
「あぁ、お前の好きなようにしてくれ……」
リオンは話題を変える。
今考えることは生きることだ。セレネの身の上話ではない。彼女が魔女だとかそんなことは今どうだっていい……どうだっていいのだ。
ハンドレットよりも小柄で重厚感のある機体を動かし、リオンは村を出ようと試みる。
しかし、灰色の機体が飛来。左右に動かしたカメラアイがディスカバリーを捉えた。
「おっ、ディスカバリーじゃん? しけた村だと思ってたら、ハンドレットは出てくるし、食料もそこそこあるし、おまけにディスカバリーかぁ。これで女がいれば文句無しだぜ」
肩に狼のロゴが入った、灰色の機体サウザンドから若い男の声がする。
継ぎ接ぎされた各部のパーツは統一性がまるでないが、それはカスタマイズされている何よりの証拠である。
バケツのような頭部に輝く黄色い単眼カメラ。胴体装甲と脚部は刃物のように鋭利。機動性を追求した結果、極限まで薄くしてあるため、縁が刃物のように鋭利になっていると思われる。
右手にはマシンガン、左手には魔科学兵器と思われる紫色の剣の“鞘”がある。中身はどこかに落として来たのか空であった。
ハンドレットとサウザンドの違いは、魔科学兵器が使えるか否かという点だ。
魔科学兵器には様々な特性がある。このサウザンドの鞘もただの鞘ではないことはリオンとて承知である。いくら格下のメタルフレームが相手でも、使えない武器を持ち歩く程の余裕は盗賊にもないであろう。
しかし、人の数だけ指紋の種類があるように魔科学兵器にもメタルフレームの数だけ種類がある。リオンが知識として知っている物の中にあの紫色の鞘は入っていない。
「あれ? 無視……か。まぁそうだわな、いきなり村を襲われてんだから意味わかんねーって感じ? 降りるならさっさとしな、コックピットだけブチ抜くぞ」
サウザンドの銃口がディスカバリーのコックピットを指す。
逃げる術など持ち合わせていない。
「わかった……降りるから少し待ってくれ」
「うん? もう、降りるのか?」
「馬鹿、発掘用のこいつじゃどうしようもないだろ」
リオンが慎重に言葉を選んだその後に、縛られたままのセレネが横から声を出す。
本来、一人乗りのディスカバリーに二人も人間が乗っているため、シートベルトをしていないセレネは自由に動き回っていた。
これが災いしたのか盗賊の機体から飢えた獣のような声がする。
「女の声? 乗ってるのか? 女も置いていきな」
ニヤリと笑う様な声にリオンは返事ができない。
ここまで来てセレネを渡すことなんて彼にはできなかった。
「魔女よぉ! 私の魔術で滅びるがいい!」
「なんだありゃ?」
神父が屋根に上り十字架と茶色の本を掲げて、ディスカバリーに念を飛ばしている。
盗賊は単眼カメラをかしゃかしゃと拡大して神父を観察する。
「魔女よ! 私はこのような幻覚にまどわあぁぁっぁ!」
「おぉぉ~、飛ぶね~眼鏡野郎。法衣を来てたから神父か? 来世は鳥になれよ」
神父が飛んで行った。右腕と右足と思われるものが屋根を転がり、地面にボトッボトッと落下する。一拍置いて、眼鏡の無くなった神父の頭と胴体が田舎道に落ちた。下半身だけは屋根に取り残され血飛沫を上げている。
リオンには何が起きたかわからなかった。あまりにも一瞬の出来事で、神父が死んだという事実でさえ、認識できないでいる。
サウザンドは直接神父に触れることなくバラバラにした。
そして、屋根に残った肉塊をカメラアイが鮮明に映し出したことでリオンの精神は切り刻まれる。
「ぁっあ、嘘だ……神父……さん……うっ、っく」
「面倒な魔科学兵器を持っているな」
リオンが口を押えながら震えているにもかかわらず、セレネは肉塊を凝視しながら相手の魔科学兵器の特性を計っていた。
「お前! 神父さんが死んだんだぞ!?」
「見ればわかる。あれで生きていれば正真正銘の化け物だ。私もあそこまで斬られれば死ぬ自信がある」
リオンは言葉にならない思いをコックピットにぶつけて、セレネの発言に反論できないでいた。
もう、こんな場所からは一刻も早く逃げ出したい。次にああなるのは自分達かもしれないのだ。恐怖で、筋肉が痙攣を繰り返す。人の死なんて見慣れたものと思っていたリオンであったが、目の前で知人がバラバラにされるという経験は初めてなのだ。
知識で知るメタルフレームの戦闘と生で見るメタルフレームの戦闘は別次元だった。十年前、あんなものが村に攻め込んできたのだと思うと、今まで生きていたことが不思議なくらいだとさえ思わされる。
「いつまで待たせんだよ~。なんか、めんどいからやっぱ、お前らも死んでくれ。別に女はいくらでもいるし。世界の半分は女だもんなぁ~、一人ぐらい死んでも後悔しない、しない」
引き金が引かれた。人間にはあまりに大き過ぎる鉛玉の雨がリオン達に向けて発射される。
ブースターを噴かす音、リオンは盗賊がディスカバリーの爆発に巻き込まれないよう距離を空けたのだと悠長に考えている。
これが戦闘。
強い奴が生き残り弱い奴が死ぬ。
自分はこの十七年間で何をしてきたのか振り返る間も無く死ぬ。そんな自分を惨めだと思う少年。視界が一瞬にして真っ暗になった。
そして、渦を巻いて向かってくる鉛の雨を弾く音だけが残った。一発もコックピットには触れていない。
「俺の相棒と親友の息子に手ぇ出してんじゃねぇよ……ぶはぁ!」
緑色の機体、ハンドレットであってハンドレットでない『異端児』がディスカバリーを守っていた。
魔科学兵器と思われる木製の盾を構えるカースト機。幾何学文字が模様のように刻まれており、魔力が通った跡を赤い筋が通る。
フルパワーで魔力を使用した反動で、魔術の素養が無いカーストの体内は拒絶反応を起こし内臓を破壊。
「いざって時に使えるようにしていたんだがぁ、はぁ、はぁ……まさか本当に使うことになるなんてな」
「おっちゃん!」
表情画面越しに吐血するカーストを見たリオンの声は悲鳴に等しかった。
至近距離の弾丸を受け止めた超硬度の盾がカーストの切り札だった。魔力を送り続ける限りこの盾を突破する攻撃は存在しない。
「おぉ~。 ハンドレットだよなそれ? なんで魔科学兵器が使えたんだ? 珍しい機体は高く売れるからよ、そいつとその盾も貰うぜ」
「仲間との友情の結晶を誰が、やるかぁいぃぃ!!」
腰からケースが飛び出しナイフを抜刀するカースト。
灰色の機体に緑色の異端児がナイフで斬りかかる。
大地が揺れ動き、カーストの家にいた村人達は今がチャンスと慌てて散って行く。
ナイフは“何かに”払われ、ハンドレットの右腕がもげた。
他の武器を村の外にいる盗賊を仕留めるのに使いきっていたカーストは、残った唯一の武器を破壊されたのだ。
機械の右腕は宙を舞い、カーストの家に落下する。
「くっ、村一番の家に傷を付けやがったな? 気味の悪い魔科学兵器を使いやがって、お前は魔術師か?」
「これが村一番? 犬小屋かと思ったぜ? 俺が魔術師ぃ? 冗談も程ほどにしてくれよ、権力でしか自分達を守れないやつらと一緒にしないで欲しいねぇ」
カーストが怒りを露わにして態勢を立て直す。武装が無い状態でサウザンドを相手にするなど無謀だ。
リオンは入る隙の無い戦いを目の辺りにし自分の無力さと情けなさに唇を噛みしめた。
「魔術師じゃなければ技術師か……いや、技術師にしちゃ整備がお粗末過ぎる。てめぇ技術師の装置を奪ってきやがったな? 最近の若者は楽な道ばっかとりやがる。そんな三流鼻垂れ小僧が玩具を扱うもんじゃねぇ。さっさと帰んな」
「言ってくれるねぇ! 今のはカチンと来たよ? これは俺が貰ったんだよ! だから、俺のもんだ! 手加減してやったらいい気になりやがってクソオヤジがぁぁ!!」
「小僧がぁ!! メタル・ラッシュを生きた英雄を舐めるんじゃねぇ! そんな悪ガキぁ……お尻ぃぃ、ペンペンだぁ!!」
カーストは村を奪われた、親友を奪われた、娘を奪われた……。これ以上彼から何かを取ることが許されるのだろうか。
両機の風を吸い込む機構が循環する。全ての動力がブースターに集中している。
両機が行う動作は今までのブースターとは違う。ターボチャージャーにより、高温高圧の排気ガスを運動エネルギーに変換して利用、熱効率を上げ、通常時の三〇%増のブースターを行う“ジェット噴射”である。
空気を吸い上げては吐き出す、メタルフレームの深呼吸が始まる。
そして、ガスが点火したかのような、爆音が鳴り響いた。
ブースターを全開にした両機が一瞬にして最高速度へ。
「ぬぅぅあぁぁ!!」
「その盾ごと斬り飛ばしてやらぁぁぁあ!!」
男たちの咆哮に応えるように、機体達は真っすぐ、真っすぐ敵を粉砕せんと突き進む。
巨大な鉄の塊同士の衝突。
耳を貫く衝撃音。近くにあるカーストの家は漏れた衝撃で倒壊する。
暫しの静寂……。
リオンは見た。ディスカバリーの複眼に映し出された光景を。
灰色の機体は鞘に手をかざしたまま、静止。
緑色の機体は左腕を宙に構えたまま、静止。
ハンドレットの右腕がバチバチとショートしている音が断続的に聴こえてくる。
「どうなったんだ……」
「カーストの機体が……死んだ」
リオンが唾を飲み込んで一言吐き、すぐさま縄に縛られたままのセレネが答えた。
単眼の機体が目を光らせる。異端児は次の瞬間、神父のようにバラバラと吹き飛んで行った。
カーストの切り札、魔科学兵器の盾はかつてカースト家があった荒地へ両断されたまま墜落。敗北を決定付ける。
「構太刀って言うんだよ。この魔科学兵器は“構えるだけで相手を斬り刻める”白兵戦最強の魔科学兵器にそんな軟な盾一つ持って突っ込んでくる馬鹿がいるかってぇな」
悪魔みたいな笑い声をあげて崩れていく異端児を見降ろす盗賊。
そこに、茶色のハンドレットが乱入する。
家や策を噴き飛ばしながら、鉄の塊が飛来した。
「カーストぉぉ!!」
もうすぐ女の子が生まれると喜んでいたトングが怒涛の叫びと共に、ハンドレットをサウザンドに突進させる。
「っち、このクソオヤジ共がぁ!! ちっ!」
数十メートル吹き飛ばされながら、盗賊の機体が豪快な音を立てて地面に倒れる。
村の中心である広場は、サウザンドが転がったことによって見る影もなくなってしまった。
「リオンか? 早く逃げろ! 一旦、外の連中は倒したが、まだ遺跡の裏に増援がいやがった! もう……この村は終わりだ。若いもんには生きる権利がある」
「トングのおっちゃん! 止めろ! そいつはカーストのおっちゃんでも敵わなかったんだ。逃げるしかねぇよ!!」
操縦席から身を乗り出しトング機を連れ戻そうと鈍重なディスカバリーに方向転換させるリオン。
砂煙が上がる中、ミシミシと機体が解体されていく音が漏れている。
トング機の表情画面は既に切られ音声通信だけが聞こえてくる。
「……この際、魔女でもいい……俺達の息子、守ってやってくれ」
「……おっちゃん?」
バリッバリッという音が通信から鳴り響き通信が途絶えた。
セレネが緩んだロープを強引に引き千切り、リオンの了解を待たずディスカバリーの操縦を始める。
「お、おい! 待て! 待ってくれ!! トングのおっちゃんを見捨てて行くきかよ! このままだと殺されちまう! 戻って助けねぇと……助けねぇと……」
「発掘用では無理だ。トングとカーストの犠牲を無駄にしたくない」
「カーストのおっちゃんは……死んでない、トングのおっさんも死なない!!」
「そうだとしても次に殺されるのは近くにいる私かお前だ。お前は私に逃げも隠れもしていいと言った! だから、今そうさせてもらう」
二人の生存という一抹の望みを自分に言い聞かせる。安全的欲求を主張する少女はあくまでも冷静だった。
親しい大人達が次々と盗賊に殺されているのにどうして自分は逃げることしかできない……。
何もできないで守ってもらってばかり、英雄になれる器じゃない。
「うん? また泣いているのか?」
セレネが振り向く。リオンは声を殺して泣いていた。
「ちくしょう……ちくしょう……ぅ」
女の子に泣き顔を見られ、守られている。リオンが目指す英雄にあってはならないことだ。一点の曇りもなく正義を信じ、悪に立ち向かう。弱者を守り、強者を正す。それがどうだ。どうして自分には力がない。どうして守れない。どうして怖気付く。英雄ならば、身を呈してでも村を守るだろう。力が無くとも、最後まで戦うだろう。
これでは
――親父と一緒じゃないかッ!――
少年の苦痛の叫びを無視し、遺跡とは逆方向にディスカバリーは全速力で逃げる。
数分後、夜の荒野に爆発音だけが鳴り響く。
村の方面からの音だった。
村の広場で武器を持たないメタルフレームが破壊されたことを意味する音。
村は炎上している。
赤と黒の夜空が再びやってきた。
そして、リオンの父・グレンが力尽きていた岩山へディスカバリーが赴いていることは、何かの運命なのかもしれない。
何機もの武装した機影が後方から息を殺して付いて来ていることに、少年と少女は気が付いていない。
補足
メタルフレーム・タイプ・サウザンド:人類が現れる千年前に作られたと推察される機体。
大部分が古代魔術の思想で構築されているため、現代技術でサウザンドを本来の性能(魔科学兵器の使用)までオーバーホールすることは時間と資金が必要である。
劣化の激しいモノも少なく掘り当てても廃棄されるものもある。
魔術と科学の融合兵器「魔科学兵器」の代表の一つ。




