第9章
“魔女”
――それは、悪魔と契約し、特別な力を得た者――
リオンは、夜の村を駆けまわった。盗賊が近くに来ているため、逃げろと村人に呼びかけた。
“魔女”
――それは、人間や社会に対して災いをもたらす存在――
首尾よく村人は、村の西にある岩山へ避難できた。
幸いにも女性、子供の避難は、まだ盗賊達気取られていない様子だ。
“魔女”
――それは、人間社会に在ってはならない存在――
大人達はカーストの家で、盗賊を迎え撃つ会議を始めた。
会議の結果、メタルフレームを使用し、戦えない者を確実に逃がす。そして、避難が完了次第、村を守る徹底抗戦に出ると決まった。
“魔女”
――忌むべき存在――
リオンは、避難せずにハンドレットが集まるカーストの家へ戻ってきた。
カーストの家の前に到着し、不謹慎ながらも歓喜していたのだった。
父のように自分は逃げ出さなかった。最後まで村に残り、老人や子供の避難に全力を尽くした。非力な少年は、このまま女達と避難して大人達が戦いに勝つことを祈ればいいだけだったのだ。
しかし、少年は村に戻ってきた。戦うために、大人達と共に村を守るために。英雄の一人になるために。
この家で、本当は何が行われているのかなど知らずに。
「おっちゃん! 俺も何か手伝わせてくれ! えっ……」
「な! リオン……」
急に扉を開かれて、声を上げたリオンに、カーストは気まずい声を漏らしながら振り返る。
少年は自分の目を疑った。それもそのはずである。男達が寄って集って、一人の少女を囲み込んでいたのだから。
「……おっちゃん、これはどうゆことだ?」
リオンの声に殺気だったものを感じて、少女を囲んでいた男達が一歩下がる。
少女は縄で縛られ、うつ伏せに倒れている。寝ているのではない。倒れているのだ。
「魔女を捕まえたんだよ。 万が一のことを考えて、村の人には避難してもらったんだ。 盗賊が近くにいるかもしれないから、速やかに西の洞窟へ逃げるようにと魔女の策略にハマった振りをしてね」
神父が茶色の本を開けながら、男達の間から前に出てくる。相変わらずの優しそうな笑みで、倒れている少女に視線を戻す。
神父は乱暴にも、少女の蒼い髪を引っ張り、リオンに顔を見せる。
少女の額からは血が出ていた。よく見れば、白い肌には暴行を受けた形跡が幾つもある。
「早くリオンに使った魔術を解くんだ!」
「リオ、ン……か」
うわ言のように少年の名前を呼ぶセレネ。
神父はあくまでも、少女に冷たかった。矢のような視線からは、普段の優しさなど微塵も感じられない。
「神父さん……どうしちまったんだよ? 何でセレネをそんなふうに扱うんだよ。 そいつは俺の……家族なんだぜ」
リオンの声は完全に震えていた。怒りと悲しみ、それ以上に理不尽な現状に思考回路の処理が追い付いていない。
「早く、彼の魔術を解くんだ。 素直に解けば命までは取らない」
「ッ!」
神父がセレネの顔面を床に叩きつける。
カーストは、耐えるようにジッとリオンの顔を見ていた。
「彼を操ってここまで連れてきたのだろう! 早く彼を解放しろ!」
避難していて本来ならば、ここに来ないであろうリオンを見直し、神父は再度、セレネの顔面を叩きつける。
「止めろぉぉ!!」
リオンは叫びながら、走っていた。
理性なんて働いていない。ただ、本能で神父を殴り飛ばそうとした。故に、神父の周りの大人達など目に入っていない。
「リオン、止めろ!」
「誰かリオンを押さえろ!」
「っくそぉ! リオン、早く目を覚ませ!」
男達がリオンを力で床に捩じ伏せる。リオンは罠に掛った動物のように暴れ、吠える。
「あぁぁ! あぁ!! 離しやがれ! 絶対許さねぇ!!」
「くっ、リオンをここまで豹変させるとは、魔女め……」
神父は本を閉じ、少女の目の前に座り、呪文を唱え始めた。
セレネは動かない。
「おっさぁぁん!! あんたは、こうゆうのが大っ嫌いじゃなかったのか!」
リオンは押さえつけられながらも、椅子に座って様子を見ているカーストを睨みつける。
カーストは目を瞑り、リオンの言葉を無視した。
神父の入れ知恵で、魔女に操られた者の言うことに耳を貸すと、貸した人間も操られると言われているため、返事をしないのだ。
「くっそぉ! 何が魔女だ。 女の子相手にここまでするアンタらの方が悪魔だ! セレネは俺の家族だ! 魔女なんかじゃねぇ! 昼間にそいつと話をしたアンタらが一番よくわかってんだろ!」
「リオン、俺達だって……こんなことはしたくないんだ」
「カーストさん! いけません、まだリオンは操られています」
前に出てきた神父を大きな腕でどけて、カーストは押さえつけられているリオンに近づく。息子同然の少年が錯乱している様子に耐えられなかったのだ。
銀色の義足が靴とズボンの間から垣間見えている、カーストをリオンは見上げた。
「リオン。 十年前、この村が盗賊に襲われたことを覚えているか?」
「あぁ、忘れるわけがねぇ」
自分達が村から弾き出された原点をリオンが忘れるわけがない。リオンは病にかかり、母に負ぶさりながら姉共々、村外れの岩山に逃げ込んだ。
そしてカーストの娘……幼馴染のサヤは盗賊に殺された。他にもたくさんの知り合いが死んだ。
自分から大切なものを一瞬にして奪った十年前の事件。
各自が事件のことを思い出して、空気が重たく変わる。家族を失った者は、リオンとカーストだけではないのだ。
しばらくして、室内の重たい視線が、リオンとカーストに集中した。
「お前は病気でずっと寝込んでいたから、知らないだろうが、あの日、グレンが女の子を遺跡で拾って来たんだ。 そりゃもう、べっぴんさんだった。 蒼い髪の毛で目も蒼、人形みたいな子だった」
カーストがリオンの目を見て、“続けていいか”と目で確認を取る。
「その娘は、どうも身寄りがなくてな。 俺の家か、グレンの家で面倒を看ようとなったわけだ。 でも、サヤが妙にその娘に懐いてな。 グレンの家にはマリアちゃんとリオンがいるから、俺の家で面倒を看ることに決まった」
カーストは何気なく歩き始め、止まる。リオンは嫌な予感がし始め、唾を飲み込んだ。
「その娘の名前はなぁ……セレネだ」
リオンの頭に衝撃が走った。
十年前にもセレネという蒼髪の少女がこの村を訪れていた。そして、話振りから村人達は新しい住民にとても歓迎的だった。
これではまるで、同じだ。
リオンは恐怖、特に父親と同じことをしているという事実から鳥肌が立った。
「そして、神父さんは蒼髪の少女セレネが人の生き血を吸っているところを目撃している。 ……顔が半分なかったらしい。 それでもその娘は立ちあがり、グレンを連れて村の外へ出て行ったそうだ」
しかし、それは十年も前の話。偶然、蒼い髪で蒼い目のセレネという少女が、この村を訪れてもおかしくはない。
「それは、偶然……」
「俺も偶然を疑った、これを見せられるまでな」
リオンの言葉を遮り、カーストは少女の服を掴み、背中を露出させる。
蒼い髪に隠れた狼の模様。
「これと同じ入れ墨が、当時のセレネにもあった……偶然にしては出来過ぎていると思わねぇか? 同じ名前、同じ容姿、同じ場所に同じ入れ墨がある。 もう、同一人物としか考えられないだろ?」
カーストはそっとセレネの服を直してやる。だが、何かに脅えた目をしていた。カーストとて、神父の話を全て信じているわけではない。神父から娘のサヤの最期を聞いている時は、神父の妄想に殺意を覚えた。
顔の半分を潰されて、全身火傷を負った人間が立ちあがるなどあり得ない。
グレンがその人間の姿を見て、一緒に逃げようと思うだろうか。思わないだろう。
まず、そんな人間がいれば誰しもこう思う。―――化け物―――だと。
だが、信じざるを得ない。
先ほどから致命傷という傷を負わせているが、セレネの傷はすぐに塞がっていく。
リオンが、来る前に彼女は神父によって二回は殺されているはずだ。
一回目の時、カーストが身を呈して、阻止しようとしたが、間に合わなかった。
それなのにまだ生きている。頭を木材で思いっきり叩き割ったのに生きているのだ。これだけは説明ができない。
しかし、彼女が魔女ならば、全てに説明が付く。
魔女は歳を取らない、そして、灰になるまで焼かれぬ限り死なない。そして、悪魔と契約した証と言われる入れ墨を身体のどこかに刻まれているという。
グレンを悪魔による強力な魔術で洗脳していたなら、グレンの判断にも納得がいく。
「セレネは、魔女だ……」
空気が凍った。
そして、大きな衝撃がカーストの家を揺らした。
「な、なんだ! 魔女の仕業か?」
「嫌だ! 俺は死にたくない!」
「誰か魔女を殺せ! 早く殺すんだぁ!」
男達が個々に慌てふためく。
「違う! 盗賊だ! 盗賊が来たんだよ!」
リオンの声で時間が止まった。
ここにいる者の誰が、魔女が言っていたことを信じるだろうか。しかし、紛れもなくこの振動はメタルフレームによる攻撃。
荒野の砂を巻き上げながら急接近している機体の音も徐々に大きくなり、部屋の中でも聞き取れる。
「ちくしょう! 本当に盗賊まで来やがったのかぁ! 悪いことは重なると言うが、最低じゃねぇか!」
カーストは、デジャブを見たようになり、頭を振る。
大きな体は、不規則なリズムを刻んでそのまま外に出て行った。
そびえ立つ機体、特殊金属の骨格に緑色の装甲を纏った愛機メタルフレーム・タイプ・ハンドレットを見上げる。
カーストが村を守るため、発掘仲間を経由して手に入れた新しい相棒。
スペックでは、一世代前の機体だが、ハンドレットの中にも様々な種類がある。
カーストの機体は、中でもサウザンドに近い設計をされている言わば、『異端児』。
普段は野菜を近隣の村まで売りに行く程度にしか使用していなかった機械を、兵器として使う時が来た。
村は焼かせない。
魔女であろうと盗賊であろうと捻りつぶす。
今まで、暴れるに暴れられなかった暴れ馬。
メタル・ラッシュを駆け抜けたメタルフレーム乗りが、本気を出す時が来たようだ。
敵が迫る地響きを聴いてカーストの目はギラギラと輝いていた。
彼は今一度、漢になる。
補足
メタルフレーム・タイプ・ハンドレット:
人類が現れる百年前に作られたと推察されるメタルフレームの総称。現代から百年前の代物ではない。
汎用性の高さ・安定した操作性・燃費の良さ・発掘数の多さから民間、軍など多岐に渡って世界に浸透している機種。
民間でメタルフレームと言えばハンドレットを指すことが多い。




