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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
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第8章

「昼間といい。 おっちゃん……無茶苦茶だぜ」


 リオンは何度目かの台詞を呟く。

 小一時間前程に、カーストが夕食と称した、宴をリオンの家で始め、リオンとセレネにあろうことか、酒を振舞おうとしたのだった。

 ナタリが阻止する前まで、カーストは聖水だと言いながら、リオンとセレネのグラスに、ごぽごぽと聖水を注いで、一人で盛り上がっていた。


「カーストは良いやつだ。 食べ物をたくさんくれたぞ」


 リオンよりもハイペースで食事をしていたセレネだが、まだ食後のデザートにマリアに作ってもらった握り飯を、もしゃもしゃ食べている。


「昼のお返しだ。 少しわけてやろう」


「もう、食えねぇよ!」


 食べさしの握り飯をリオンに差し、「そうか……」と寂しげに握り飯を頬張り直すセレネ。


「お前、絶対、前世は恐竜か何かだろ? しかも、肉食」


「さぁ、今日より前のことは覚えていないから、何とも言えんな」


 リオン達は自宅の屋根に上り、星を眺めながら、たわいのない会話をしていた。

 マリアが「風邪、引かないように」と言って、二人に持たせてくれたホットミルクも、もう空だ。

 都市と違い、荒野にあるウインド村は、遮る物がないため、星が一望できる。夜空に砂を撒いた。そんな表現がしっくりくる、星達が作った芸術。


「しっかしよ~、神父さんがカーストのおっちゃん連れ出さなかったら、俺達、今頃どうなってたことか……」


「……神父。 あいつは何か様子が変だった」


「へっ? そうか? いつも通りニコニコしてたと思うけどな」


 リオンは人差し指で、月に文字を書く暇つぶしをしながら言った。

 神父はいつものように笑顔で、オルマークス家にやってきて、村長からの呼び出しが掛ったと言い、カーストを連れ出して行った。

 恐らくリオン達が飲酒するのを止めに来たのだと、リオンは思い返して納得する。

 セレネは沈黙を維持している。辺りからは何も聞こえない。


「どうした? 何か悩み事か?」


 記憶喪失の少女に悩み事がないわけがないと思いながらも、リオンはこのような時にどんな言葉を掛けていいかわからない。


「腹が一杯になったな……と」


 セレネは残った握り飯と睨めっこしながら、「うむむ」とさらに呟く。残すのが惜しいのだろうか。両手を添えて、ジッと頭の崩れた三角を見つめる。


「心配するような間を空けるなよ! ほんと、お前はマイペースだよな」


 リオンは拍子抜けして、屋根から落ちかける。そして、少女を心配することが、だんだん馬鹿らしくなってきたのだった。


「心配だったのか? そうか、それは迷惑をかけた。 普通と言うのがよくわからないんだ。 許してくれ」


 握り飯を包みに包んで、屋根の平らな位置に置きながらセレネは言う。

 記憶を失うということは、今までの常識も失っているということなのかもしれない。

 名前しか覚えていないという状態なら、常識なんて覚えていなくて当然だ。右も左もわからない女の子に自分は、一体何を言ってきた? もっと優しく声をかけてやるべきではなかったのか。リオンは、些細なことでイライラしていた自分を見詰め直す。


「いや、俺の方こそ……ごめんな。 記憶喪失のやつなんて初めてだから、どう扱っていいかわからなかった。 これから、一つずつ思い出していけばいいんじゃねぇか? 今日から俺と姉ちゃんとセレネは……家族だからな!」


 リオンは話している途中から、恥ずかしくなって語尾だけ強くなった。しかし、本心からそう思う。セレネはもう家族である。切っても切れない強い絆。

 自分と姉と母そして、不幸しか残さなかった憎き父親グレン。

 岩山へ隔離された父の墓参りに毎日行くのも、絆を守るためだ。父親が見捨てた絆を、リオンは頑固して守ろうとしていた。

 村内にある母の墓と違い父の墓は、リオンが行かざるを得ない場所ということもあるのだが、行かないという手もあったのだ。


―――親父と俺は違う―――


 絶対に裏切らない。絶対に見捨てない。自分が家族を、村を守って見せる。グレンが落ちぶれた裏切り者ならば、リオンは皆から称えられる英雄になると。

 父親が放棄したことをリオンは守り続けてみせると頑なに思い続けてきた。

 幼少時代に父親と被せられて、村全体から苛められていたため、リオンにとって父親とは反面教師の役割になっていたのかもしれない。

 兎にも角にも、リオンは父親が嫌いなのだ。

 リオンが夜の村を見渡している間、沈黙が続く。

 父親の事など今、思い出しても気分が害するだけだと判断し、気持ちを切り替えるリオン。


「とにかく! 俺が守ってやるから安心しろって! 家族で男は俺だけだからな」


「よかったな、ハーレムというやつだぞ」


「お前はどこでそんな言葉を覚えてきたんだよ!」


 記憶喪失だと言うのに、余計な言葉や知識があるセレネにリオンは頭を抱える。

 明日からはこの蒼髪の少女も家族の一員、村の一員として暮らしていくのだ。

 姉の手伝いをしたり、向かいに住むカーストと馬鹿をしたり、悪ガキのハイネを時には叱ったり。

 リオンはこれからの生活を想像しながら、胸を高鳴らせた。

 科学も魔術も何もないこの村だが、リオンはそんな村の毎日が好きであった。自分の隣に行儀よく座っている少女もそう思ってくれるよう努力はするつもりだった。

 そんな至福に満ちた場に、違和感のある耳障りを覚えるリオン。

 リオンは何となく村を眺めた。立ちあがって全体を見渡すように眺める。


「ん? なぁ、セレネ。 あれ何かわかるか?」


 いつもの夜景と違う異物(・・)がそこにあった。

 影である。人型をした影が岩山の近くに着地していく様子がリオンには視覚できていた。

 月明かりで、遠くの物を視覚するリオンの視力は、この村で育った賜物だろう。


「むぅ~。 メタル……フレーム・タイプ・サウザンドか?」


 リオンの視力ではただの影にしか視えないものが、セレネには種類まで見分けることができていた。ディスカバリーと違い、戦闘用メタルフレームにはブースターが搭載されている。そのブースターの独特の音が、風に乗って耳に届いていたことをリオンは見逃さなかった。


「こんな時間にサウザンド……軍か? 一体、何してんだ?」


 軍事演習が視覚できる程近くで行われるなら、日中に知らせが来ているはずである。

 リオンは、岩山の周囲に集まる黒点を目で追う。ここでリオンはあることに気付いた。


「なぁ、セレネ」


「ん? どうしたんだ?」


 岩山から自分の顔に視界を戻すセレネを待って、リオンは言葉を貯めた。


「お前、軍人じゃないか? あれはお前を探している部隊……とか」

 

 軍と無縁のこの村にサウザンドが来ると言うことは、そう思わざるを得なかった。

 セレネは、軍の作戦中に負傷して記憶を失った。そして、あの影達は、通信が途絶えた兵士を捜索に来ている捜索部隊ではないのか。


「私が、軍人……それはわからないが、あれは軍の部隊ではないと思うぞ。 機種も武装も寄せ集めだ。 まるで統一感がない。 そして、あの部隊編成では、射撃戦は有効だが、白兵戦がお留守だな。 軍というのは、白兵戦もできるよう、バランスを考えた中量級装備をする。あのメタルフレーム達は、殲滅しか考えていない中量級装備……この辺りで侵略戦争でもあるのか?」

 

 セレネの視力、知識には驚かされるが、それ以上に彼女のことが怖くなった。

 記憶喪失なんて出鱈目ではないのかと思う程、彼女は兵器について詳しかったのだ。

 メタルフレームが好きなリオンでさえ、そこまでの分析はできない。

 彼女に色々問い詰めたいことがあるが、それは今すべきことではなのであろうとリオンは割り切ることにした。

 もし、セレネの見込みが正しければ、今夜どこかで侵略戦争が起こる。

 間違ってもこんな村を侵略するのに最新型のメタルフレームは、そう何機もいらない。

村にも四機の戦闘が可能なハンドレットが配備されてはいるものの、サウザンドが機動性で負けるはずがない。相手は、本物の戦闘機体だ。サウザンドが二機あれば、ハンドレット四機など十分に殲滅できる範囲である。

 だが、リオンは、四機近くの影を確認している。

 ハンドレットとサウザンドの一騎打ちなど、論外だ。しかも、搭乗するのが戦闘素人の村人である。

 今、侵略戦争は条例で禁止されている。条例違反を犯してまで、この周囲に獲得する価値のあるものなどない。

 帝国も共和国から無駄なペナルティをかけられたくないだろう。まして、捨てられた村が目標などありえない話だ。

 条例が通用しない盗賊団を除いて。


「やばい……やばいぞ! あれ、盗賊じゃねぇのか! 早く皆に伝えなきゃ」


 盗賊が近くにいる。それも魔科学兵器を持った危険な一味が。

 リオンは屋根を手慣れた様子で降り、村長の家へ走った。

 魔女狩りが決行されようとしている村長の家へ。


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