67 サラ、オルレアンに行く前に
皆様のおかげで第三章をむかえることが出来ました。本当にありがとうございます。第三章でもサラとカリクスを見守っていただけると嬉しいです。
季節はもうそろそろ冬になるという頃。11月最後の日の今日、サラとカリクスはオルレアンに発つ。
話は少し遡る。それは先月、ローガンがカリクスに会いに来た二日目のこと。
結局その日、カリクスは明確な答えを出さなかった。というよりは、答えは決まっていたのだが、何も根回しができていない状態でおいそれと口に出すことが出来なかったと言ったほうが正しい。
そのためカリクスは11月の最終日、王位継承権代理争いの説明があると伝えられた前日にオルレアンに向かうということだけを告げた。それはほぼ答えのようなもので、ローガンは静かに頷いた。
ローガンが過去を打ち明けてからこういう結末になるだろうと予想していたサラは驚かなかったものの、王位継承権代理争いのこともあって気を引き締めた。
そうして話は冒頭に戻る。
朝の風は冷たく、肌を突き刺すようだった。
窓際で外を見つめるサラは、忙しそうに荷造りの最終確認をする使用人たちを眺めていた。
「サラ様、今日は風が強いです。お風邪を召されますから程々になさっては」
「……そうね」
「直ぐにお茶をお入れします」
後ろからセミナに声をかけられたサラは、コクリと頷くと窓を閉めてソファへと腰を下ろす。
辺りを見渡せば、サラの部屋は今までと何ら変わりはなかった。永住を念頭に置いてオルレアンに向かうのだからサラの部屋も荷造りのためにさっぱりしていてもおかしくはなかったのだが、それを断ったのはサラ本人だった。
公爵邸のサラの自室のものは、全てアーデナー家が用意したものだ。サラは一緒に暮らしてはいるが今はまだ婚約者だからと、財産になるような家具や貴重品をこの屋敷から出すことを拒んだ。
もちろんカリクスはそんなことは気にしなくても良いといったが、サラに我儘をお許しくださいと言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。
テーブルに出されたお茶を一口ゴクリ。温かさが全身に循環するようで、サラはほぉっと一息つく。
「美味しい……ありがとうセミナ」
「いえ」
「……なんだか、この部屋とも今日でお別れなんて寂しいわ」
「………………」
「ふふ、まるで昨日のことのように思い出すわ。公爵邸に来た日のこと……」
使用人のような扱いを受けていたサラが身代わりに嫁げと言われて、やってきたアーデナー公爵家。
顔が見分けられないことをカリクスを始め全員に受け入れてもらい、優しくて明るい公爵家の皆を大好きになった。
「昨日までに全員に挨拶に回ったけれど、皆寂しいですって言ってくれるんだもの。……私は本当に幸せ者ね」
「サラ様のお人柄です。皆サラ様のことが大好きなのです」
「ふふ、ありがとう。けど……私が一番お世話になったのは貴方よ、セミナ」
カチャリとティーカップを置いたサラは、傍で控えるセミナに視線を移す。
表情は認識できないが、相変わらず無表情だろうセミナにサラは座った状態でペコリと頭を下げた。
「セミナ、いつもありがとう。今まで本当に──」
──ガチャン!!
「サラ様!! 失礼いたします!!」
サラの言葉を遮るように入ってきたのは息を切らしたカツィルだった。どうやら全力疾走で来たらしい。
セミナに後で叱られるんだろうと思いつつ、サラは優しくどうしたの? と問い掛けた。
「オルレアンでは私とセミナは同室のようなんですが、わりと寝るときは神経質なので二人部屋だと寝れないかもしれません!! というかセミナは寝言が煩いとメイドたちの間では有名なのです……! 何か良い方法はご存知──いたいっ、いてててっ!! セミナ耳!! 耳を引っ張らないでください……!!」
「耳を取れば私の寝言を聞かなくて済みますよ? 良かったですねカツィル」
「ヒィ……! サラ様お助けをぉ!! セミナが怒ってますわ!」
「あはははは…………まあまあセミナ……」
セミナの額にはピキッと青筋が浮かぶが、サラの言葉にすん、とそれを引っ込める。まさに鶴の一声である。
二人のやりとりを見て、セミナとカツィルが付いてきてくれるのならばオルレアンでも楽しく過ごせそうだと、サラは穏やかに微笑んだ。
それから荷造りが終えたという連絡があったために、サラはセミナとカツィルと共に屋敷の正門へと向かった。
見送りのために集まってくれた使用人や家臣たちに言葉をかけながらサラは足を進める。
カリクスが覚悟を決めてから屋敷の者たちを集め、自身の出自とこれからのことを話したのはローガンがオルレアンに戻った10日後のことだった。
全員驚いていたし、アーデナー公爵家で無くなることで、今後の生活に不安を抱える者もいた。
けれど、暫くすればカリクスが選んだ当主がやってくること、領地経営が傾く可能性はほとんどないことを伝えれば、一同は安堵の表情を見せる。
カリクスが下手な嘘をつかないことは、全員がよく知るところだった。
中には次期オルレアンの王に仕えたなんて名誉だ! と喜ぶものさえいた。玉座を争うのがカリクスではなくサラだということを知っているのに、一同は欠片も負けるだなんて思っていないようだ。
本当に頑張らなければ、とサラが改めて意気込んだのは言うまでもない。
「サラ、こっちに」
馬車の前で使用人たちに指示を出すカリクスに声を掛けられたサラ。
いつもより畏まった装いに格好良い……と密かに思いながら、サラはカリクスへと歩み寄った。
「準備ができたから、皆に挨拶しよう」
「はい」
サラはカリクスの隣で、見送りに集まってくれた使用人や家臣たちを見渡す。セミナとカツィルはサラたちについていくため、後ろに控えている。
顔が見分けられないサラには、最初は誰が誰か分からなかった人たち。今は声や立ち振舞だけで瞬時に分かる。
その中でも一際際立つ、シワ一つない燕尾服。いつもカリクスの後ろに控えていた執事長──ヴァッシュは今、カリクスとサラの前にいる。
「ほっほっほっ、こんな日がいつか来るやもとは思っていましたが。……早いものですなぁ」
代々アーデナー公爵家に仕えてきたヴァッシュは王家を除き、唯一カリクスの出生を知っていた人物だ。カリクスの優秀さが日に日に浮き彫りになる中、オルレアンの国王──カリクスの実父がいつか訪れてくるかもしれないと思い始めたのはいつだったか。
まだやんちゃで遊び盛りだった頃のカリクスを思い出し、ヴァッシュは声が震えそうになるのを必死に耐える。
「旦那様……いえ、カリクス様、どうかお体にはお気を付けくださいな。屋敷は新たな主人が来るまでの間、このヴァッシュが守りますゆえご安心を」
「心配なんてしていない。お前に任せておけばなんの問題もないだろう。ただ──公爵を継がせてくれた父にだけは申し訳ないがな」
「ほっほっほっ。あのお方を見くびってはなりませんぞ。アーデナーの家名が無くなろうと、カリクス様が他国の王になられようと、それが愛した息子のすることならば受け入れてくださいます。オルレアンの民を捨て置けないという選択をしたカリクス様を、あの方は良くやったと褒めてくださるでしょう」
カリクスが居なくなるこの屋敷は、アーデナーの名前を失い、カリクスが選ぶ次の当主のものとなる。それに伴って屋敷の名前も領地の名前も全て変わる。
そんな中、屋敷で生活をするものをまとめるのは今まで通り行いながら、次の当主が来るまでの空白の期間はヴァッシュが領地経営を代行する運びとなっていた。
代々アーデナーの仕事を見て実際カリクスの補佐もこなしていた事から、この人事に苦言を呈する者はいなかった。
何よりこれは当人たちが二人で話し合って決めたことだ。カリクスはヴァッシュに全幅の信頼をおいているのである。
「これからはお前が後ろに居ないと思うと、不思議な気分だ」
「何をおっしゃいます。カリクス様ならば何も問題ありますまい。……あ、そういえば婚約中なのですから我慢しなければなりませんぞ? ヴァッシュは草葉の陰から──」
「何が草葉の陰だ。それだけ減らず口が言えるのならばあと30年は生きそうだな。私とサラの子……いや、孫の代までピンピンしていそうだ」
「ほっほっほっ。結婚式も延期になり入籍も戴冠式の後になるとは……さっさと王になってサラ様を妃に迎えなされ」
「ヴァッシュさん、カリクス様が王になれるかは私の頑張りにかかってるんですが……」
「いやはやそこは心配いらないでしょう。サラ様はどの国でも妃となる器がおありですぞ。このヴァッシュが保証いたします」
年の功なのか、ヴァッシュの言葉はサラの心の奥底にしっかりと届いた。
ちら、とヴァッシュが懐中時計を確認すると、そろそろ出発の時間だからと見送りのもの一同に声をかける。
一同はその場でぴしりと姿勢を正すと、ヴァッシュに続くように深々と頭を下げた。
「「カリクス様、サラ様のお二人に、幸運があらんことを。行ってらっしゃいませ……!!」」
「お前たち……。では、行ってくる。屋敷と民のこと、頼んだぞ」
「皆……っ、今までありがとうございました……っ!」
サラは深くお辞儀をしてから、セミナに案内されて馬車へと乗り込んだまま使用人たちに手を振る。
一方でカリクスはというと。
「ヴァッシュ──世話になった。……息災でな」
「有難きお言葉ですなぁ。坊っちゃんも、お元気で……」
「坊っちゃんと──まあ今日は良い。ではな、爺や」
数年ぶりにそう呼ばれ、ヴァッシュは一本取られたと高らかに笑う。
二人の門出を祝うように、そんなヴァッシュの笑い声は響き渡った。
読了ありがとうございました。
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