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第4話

 その日の朝、沙耶はいつもより5分早く起きた。

 沙耶が早く起床する時は大抵ワケアリで、案の定この朝もそうだった。


「なんだって? もう1回言ってみろ」

「私の話聞いてなかったの?」


 沙耶の家のキッチンのテーブルで、朝食に出された大好きなポーチドエッグを食べながら、沙耶がそう言うと、向かいの席に座る制服を着た王子が答えた。


「昨日俺が苦労して手に入れてお前にあげた四つ葉のクローバーを、嬉しくて手に握ったそのままで寝てしまい、朝起きたら四つ葉のクローバーは二つ葉クローバー×2になってて、セロテープで貼ってみたけどカッコ悪いからもう一度くれだと? はあ!?」

「だってほら、すごくカッコ悪い」


 そう言って、不格好に貼り付けられた四つ葉のクローバーを駿に見せる。

 沙耶に工作の才能は皆無らしい。

 不機嫌満載の声で駿が言う。


「それ1つ見つけるのに20分かかったんだぞ」

「うん。また20分かけて取ってきて?」

「ふざけんな。お断りだ」

「えーーーー」


 昨日の下校途中、駿は空き地で小学生数名がしゃがんで何かをしていたのを見かけ、興味本位で訊いてみたらその空き地には、四つ葉のクローバーがたくさんあるという話。

 簡単にすぐに見つかるとドヤ顔で言う小学生の話を信じ、四つ葉探しに参加したのが間違いだった。

 たった1つ見つけるのに駿は20分もかかった。


 朝食を食べ終えた駿は席を立ち、自分の皿をシンクの中に置いた後、さっさとキッチンを出て行った。

 後片付けは料理が作れない沙耶の担当だ。

 沙耶が手元の四つ葉のクローバーをじっと見つめる。

 なんとも不格好なその姿。

 どこからどう見ても、


「超カッコ悪い……」


 ボソリと呟いたその時、玄関から声が降ってきた。


「先に行ってるからな!」

「うん……え、待って待って、まだ待って!!」


 制服のスカートのポケットの中に四つ葉を入れて、食べ終えた皿を速攻でシンクの中に片付け、帰って来てから洗うからいいやと、そのままバタバタと玄関に向かった。


 * * *


 その日の放課後。

 沙耶は駿の姿を探す。帰りに2人で四つ葉探しをしようと誘うために。

 どうしても四つ葉のクローバーを諦めきれないでいた沙耶は、見つけるのに1人で20分かかるなら2人なら10分で見つかる、簡単楽勝などと1日中そんな事を考えていた。

 なんとも沙耶らしい単純計算。

 スカートのポケットから四つ葉のクローバーを取り出し、


「超カッコ悪い……」


 不格好なそれを見て溜息をついてから、ふと見た駿の席には、カバンはあるが本人の姿がどこにも見えない。

 もしかして屋上にいるのかもと思い、沙耶はそこに向かう。

 神様が寂しがり屋の少女に与えてくれた王子様は、女子皆の憧れの王子様でもありモテ男。

 昼休みや放課後に屋上で度々、女子に告白されているのを沙耶は知っていた。


 屋上に続く扉は少し開いていて、そこから聞き慣れた駿の声が聞こえた。

 そっと覗くと少し離れた先に、駿とクラスメートのルミちゃんの後ろ姿が見えた。


「どうして私じゃダメなの? 理由を教えてくれる?」

「俺、メンクイだから」

「私、バイトで読者モデルしてるし、今まで誰からも1度も容姿を悪く言われたことないんだけど?」

「俺、超メンクイだから」


 どうやら彼女は王子に告白して、断られている様子らしい。

 それにしても駿のフリ方が雑過ぎる。


「じゃ、俺もう行くから」


 そう言って駿が扉の方に歩き出したから、沙耶は慌ててその場から離れようとしたその時、ルミの声が聞こえた。


「駿君って水崎さんの事どう思ってるの?」


 突然自分の名前がそこに出てきて、沙耶の足が止まる。

 扉の向こうで駿が答える。


「隣の家に住む隣人」


 なるほど確かにそうだと単純な沙耶は思う。

 だがルミは納得がいかないのか、続けて駿に問う。


「水崎さんって自分で料理が作れないから、駿君が毎日水崎さんに食事作ってあげてるんでしょ?」


 寄越されたその言葉に駿の動きが止まる。

 そして目の前の彼女の顔を怪訝な顔で見た。

 ルミがゆっくりと話し出す。


「私のお母さん、駿君のお母さんと同じ病院で看護師してるの。駿君のお母さんがそう話してたって」

「へぇ」

「否定しないって事は本当の話だったんだ。水崎さん、高校生にもなって女なのに料理作れないとか、男に料理作らせるとか信じらんない。いくら隣の家に住んでて同級生だからって、駿君に甘え過ぎなんじゃない?」

「俺が誰になにをしようと俺の勝手だし、俺の自由だし、お前に言われる筋合いはない」


 切り捨てるように駿がそう言うと、カチンと来たのか、ルミの怒りの矛先は沙耶に向けられた。


「水崎さんってお母さんと2人暮らしなんでしょ? でも水崎さんのお母さん、ずっと家に帰って来てないんでしょ?」

「仕事が忙しいから仕方ないだろ」

「娘が嫌いだから帰って来ないんじゃないの? お母さんは国立大卒で一流会社で働く超エリートなのに、母親と違って娘は頭悪いもん。私が母親だったら、料理も作れない頭も悪い、出来の悪いそんな娘なんかに会いたくないし、いらない」


 思わず言ってしまったルミの本音。

 駿は彼女を斜めに見た後、ハッキリと拒否の言葉を言った。


「お前ってスゲー性格悪いな。もう俺に話しかけんな」


 彼女に背を向け、そのまま大股で屋上を出る。

 と、屋上へ行く踊り場になにかが落ちていた。


 セロテープで張り付けられた四つ葉のクローバー。


「……」


 拾い上げた後、思わず小さく舌打ちする。

 自分達の会話をどこまで聞いていただろう……。

 不格好な四つ葉をズボンのポケットに入れて、駿は教室に戻って行った。


 * * *


 その夜。

 沙耶が自宅に帰宅したのは、陽が落ちて真っ暗になってからだった。

 誰もいないと思っていた自宅の玄関には、電気が点いていて、きちんと揃えて置かれた男物の靴がある。

 洗面所に行き手洗いとうがいをしてから、制服のままでキッチンに行く。

 テーブルを前にして椅子に座り、スマホをいじってた駿と目が合った。


「……ただいま」

「遅ぇーぞ。腹減って死ぬ直前だったから先に食ったぞ」

「ぅん……ごめん」


 沙耶の声はとても小さい。

 それを気に留めることなく、駿は料理をレンジで温めて沙耶の前に出した。

 いただきますと両手を合わせて、いつも通り食事の挨拶をしてから食べ始める。

 向かいの席に座る駿がスマホをいじりながら、沙耶に話しかける。


「どこ寄り道して来たんだ?」

「……駿にもらった四つ葉のクローバーを失くしてしまって、探しても見つからなかったから、空き地で四つ葉のクローバー探してた」

「四つ葉見つけたのか?」


 その問いに首を横に振る。

 俯いたまま小さな声で答えた。


「ずっと探したけど見つからなかった……仕方ないから三つ葉のクローバーを2つ取ってきて、セロテープで貼って四つ葉のクローバー作ろうと思って……」 


 そう言って制服のスカートのポケットから、2つの三つ葉のクローバーを取り出して、テーブルの上に置いた。

 すると駿はジーンズのポケットから、不格好な四つ葉を取り出して、沙耶の前に置いて言う。


「学校の屋上の踊り場に落ちてた」


 目の前のその四つ葉を見た後、沙耶は顔を上げる事なく、ゆっくり食事をしながら駿に訊く。


「駿……ルミちゃんと付き合うの?」

「いや。断った」

「なんで? 男子は皆、ルミちゃん好きだよ? 美人だし巨乳だよ」


 バイトで読者モデルをしている彼女は、美人でスタイル良く、男子の人気は絶大だと沙耶は知ってる。

 けれど興味なしとばかりに駿は言う。


「俺の好みじゃない」

「駿の好みって、どんな人?」


 その質問に、駿はスマホを見たまま返事をしなかった。

 少しの間の後、沙耶がボソリと言う。


「……私、料理覚えようかな。高校生にもなって女なのに料理作れないなんて、おかしいし、駿に甘え過ぎてた。駿、私に料理の作り方を教えてくれる?」


 駿達の屋上での会話を、どうやら沙耶は最後のほうまで聞いていたらしい。

 ルミのあの暴言に、かなり落ち込んでいるのがよく分かる。

 スマホの画面を見たまま駿はこう言った。


「覚えなくていい」

「……なんで?」

「俺がここに来る口実がなくなるから」


 沙耶の箸が止まる。

 顔を上げて駿を見た一瞬後、パァッと満面の笑みを浮かべた。


「うん、やっぱりやめた。料理覚えない事にする!」

「少しくらいは覚えていいぞ」

「ううん、少しも覚えない事にした! 家の掃除もやめようかな、そしたら駿が私の家に来る口実が増えるね!」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ? 俺はメイドじゃないぞ」

「駿は駿だよ!」


 スマホを置いて呆れた顔で視線を寄越す駿に、つい数秒前までとは一転、天真爛漫に沙耶が答える。

 と、駿が右手の中指をしきりに触っているのが見えた。

 気になって訊いてみる。


「指、どうかしたの?」

「ああ、昨日どこかでトゲを刺したみたいで、利き手だからうまく取れなくてさ。ま、そのうち自然に取れるだろ」


 そう言ってまたスマホをいじりだした彼に、沙耶は椅子から立ち上がりながら言う。


「私、取ってあげる!」

「うん? じゃあ、食事終わってからでいい」

「……食べ終わった!」

「お前……今ジャガイモ噛まずに飲み込んだろ?」

「救急箱持ってくる!」


 ハヤテのごとく沙耶は救急箱を取りに行った。



 リビングのテーブルの上に救急箱を広げ、ソファに隣同士で座る。

 駿の右手の中指に刺さるトゲを、安全ピンの針で取り出す。

 傷口をマキロンで消毒して、絆創膏を貼って完了。

 いつも自分がお世話になっているお礼とばかりに、沙耶は丁寧に手当てをした。

 自分がケガをした時や病気をした時、手当てをしてくれるのは母親ではなく、いつも駿だ。


「はい、完了」

「サンキュ」

「どういたしまして」


 にっこり微笑んで沙耶が返事する。

 その顔を駿がじっと見つめる。

 目と目は合ったまま。


 やけに近い2人の距離……。


 ゆっくりと、顔が近づいてそして、駿は沙耶にキスをした。


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