【8話】休日の訪問者
翌朝。
俺の眠りを覚ましたのは、舞の大きな声だった。
「お兄ちゃん、起きてください!」
「……今日は土曜だぞ。ゆっくり寝させてくれ」
学校には定められた休日というものが設けられており、今日はその日に該当する。
しかも、丸一日なんの予定も入っていない。
無理して早起きする必要なんて、どこにもなかった。
こういう日には昼過ぎまで寝るというのが、俺の中でのお約束だ。
「ダメですよ! お客さんが来ているんですから!」
「……客?」
休日に俺を訪ねてくるような人間には、ひとりも心当たりがない。
けれど、舞の表情は真剣だ。
とても嘘を言っているようには見えなかった。
しかし休日の朝一から押しかけてくるとは、なんて非常識なやつだ。
どこのどいつか知らんが、一言文句を言ってやる!
ベッドから飛び起きた俺は、パジャマの上からジャージを羽織った。
わざと大きな足音を立てながら舞と一緒になって階段を降りていき、玄関へ向かう。
「やっほー、村瀬くん。遊びにきたよ」
休日の朝一から訪ねてくる迷惑な客。
その正体は、雨宮さんだった。
口に出そうとしていた文句を、一瞬で引っ込める。
昨日の罪悪感がまだ残っている以上、とても言えやしなかった。
位置情報を聞いてきたのはこのためか。
昨夜のトインの謎が、ここでようやく解ける。
しかしそうなると、また別の疑問が生まれた。
「どうして俺の家に来たの?」
「私が来たかったから!」
おぉ……シンプルイズベスト。
返す言葉が見当たらなくなってしまう。
身もふたもないとは、まさにこのことだ。
雨宮さんの手には、コンビニの袋が握られている。
中身はもちろん、いつものアレ――大量のコンピニパン。昼食にするつもりだろう。
午後まで居座るつもりか?
雨宮さんと話すのは嫌いじゃないしむしろ逆なのだが、今日はせっかくの休日。
話は学校でもできるし今日はゆっくりしたいというのが、現在の俺の気分だ。
せっかく来てもらったところ悪いけど、お断りしよう。
「お兄ちゃんの部屋は二階の突き当りにありますよ!」
しかしここで、舞が勝手に案内を始めてしまう。
おいおい妹よ。
俺はまだ、遊ぶなんて一言も言ってないぞ。
だが、こうなるともう手遅れだ。
部屋を案内した後に、やっぱり帰ってくれ、なんてとても言い出せない。
そういうことで俺の休日の予定は、たった今変更となってしまった。
「おぉ! 綺麗にしてるじゃん!」
俺の部屋に入ってきた雨宮さんは、感心したように声を上げた。
顔を動かして、部屋をきょろきょろと見渡していく。
「たくさん漫画があるんだね」
雨宮さんの動きが止まった。
視線の向かう先にあるのは、部屋の隅にある本棚。
もっと詳しくいえば、俺と雨宮さんが推しているアニメ『転生したら最弱魔法使いでした』の原作漫画を見つめていた。
「ねぇ見てもいい? 久しぶりに読みたくなってきちゃった」
「どうぞ。最新刊でいい?」
「うん」
頷いた雨宮さんを横目に、俺は本棚へ向かう。
言われた通りのものを取り出して、それを雨宮さんへ渡した。
「ありがとね」
お礼を言って漫画を受け取った雨宮さんは、ベッドの縁に腰かけた。
漫画をペラペラとめくり始める。
……さて、どうしようか。
俺は今、すこぶる気まずい思いもしていた。
二人で過ごす時間はこれが初めてではないのだが、公共の場所と自分の部屋では感じ方がまったく違う。
緊張してしょうがない。
しかしこのまま突っ立っている訳にもいかないので、とりあえず俺は勉強机のイスに座った。
スマホをいじるふりをしながら、雨宮さんの様子をチラチラと伺っていく。
「さっきの女の子って、村瀬くんの妹だよね? 中学生?」
「あ、うん。中二だよ」
急に話しかけられるも、すぐに答えることができた。
やった!
チラチラ見ていたことが功を奏したぜ!
「とってもかわいいね。ものすごくモテそう」
「実際モテているらしいよ。もう何度も告白されてるって、舞の友達から聞いたことがある」
すぐに誰とでも打ち解けてしまうという、なんとも素晴らしい特性を持っている舞は、俺と違って友達が多い。
つまりは、陽キャだ。
それに加えて整った顔立ちをしているのだから、モテないはずがなかった。
俺とのスペックの差が酷い。
もうちょっとバランスよくしてほしかった。
「でも、全部断ってるらしいよ」
「なんで?」
「さぁ……」
……そういえば、理由を聞いたことがなかったな。
今更ながら、そんなことに気付く。
「それはですね、お兄ちゃん以外の男の人に興味がないからです! 舞はお兄ちゃん一筋なので!」
部屋に入ってきた舞は、いきなりとんでもないことを大声で宣言。
しかも、ドヤ顔で鼻を鳴らしてみせる始末だ。
……なに言ってんだこいつ?
俺は怪訝な顔。
雨宮さんは顔を引きつらせてドン引きしている。
「ふふふ、冗談です」
ペロッと舌を出した舞は、おどけてみせた。
まったく……雨宮さんがいるんだから、変なこと言うのはやめろよ。
いきなりかっ飛ばしてきた妹に、俺は呆れるしかなかった。




