【63話】大事なイベント
夏休みも中盤に差し掛かった、その日の午後。
「いやぁ、今日も暑いね。村瀬くん」
私室のベッドの縁に座っている俺の隣には、雨宮さんがいた。
先ほど事前連絡もなしに、いきなり訪ねて来たのだ。
その行為に対して、俺はなにも言わなかった。
いや、思うところはあるんだ。
アポなしで家に来られるとかなり驚くし、正直やめてほしいと思ってる。こっちにも準備とかあるしな。
でもさ、いくら言っても聞いてくれないんだよ……。
俺の家に来るときは事前に連絡してほしいんだけど。
雨宮さんんがアポなしで家に来るたび、俺はそう言ってきた。
その数、少なくとも十回以上。
でも彼女は、一向にやめてくれない。
毎回返事はしてくれるのものの、右から左へと綺麗に受け流されてしまっていた。
そのせいで俺は、注意することを既に諦めていた。
不本意ではあるがどうにも無理なので、受け入れるしかなかった。
そんな俺の内心なんて知らない雨宮さんは、にっこにこと顔を輝かせている。
いつもより上機嫌な感じだ。
「さて、村瀬くんに問題です。明日はなんの日でしょう!」
「なんかあったっけ……。お、分かった。登校日でしょ」
明日は学校に行けなかければならない日――登校日だ。
午前中で終わるとはいえ、まったくもって面倒くさい。
せっかくの長期休暇にどうして水を差すようなことをするんだろうか。
気分が萎えてしょうがない。
登校日を設けることにはきっと、様々な思惑とか意味があるんだろう。
しかし俺個人としては撤廃してほしい。
偉い大人の人たち、マジで頼みます。
「ぶっぶー、外れです! もっと大事なイベントがあるでしょ? ほらほら、考えてみて!」
「うーん……これより大事なことなんて無い気がするけどなぁ。サボるとかなり面倒なことになるらしいし」
正式な理由もなくサボると、学年主任から呼び出されて大目玉を食らうらしい。
しかも罰として、一週間続けて校庭の掃除をしなければならないとか。
怒られるだけならまだしも、炎天下の中で掃除をするなんて拷問だ。
絶対にやりたくない。
サボりたいのにサボれないのには、こうした背景があった。
「いや、そうだけど! 確かに登校日は大事だけど! でも違うって! 私が言ってるのは、こ・れ・だ・よ!!」
身を乗り出した雨宮さんは、俺の顔の前へスマホを突き出す。
画面に表示されているのは、この地域で毎年開催されている夏祭りの紹介ページだ。
「登校日より大事なイベントって……それが?」
「もちろん!」
「……」
雨宮さんはさも当然のような顔をしているが、俺はまったく同意できないでいた。
重要度でいったら、登校日の方がずっと上だ。
そう思うのはきっと祭りというものに対して、俺が好感を持っていないからだろう。
理由は単純。
プールのときと同じで、人が大勢集まるようなイベントが大の苦手だからだ。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、ごめん。俺はいいよ」
申し訳なさを感じつつ断りを入れる。
けれども。
「ノーです! 認められません!」
両腕を持ち上げた雨宮さんは、顔の前でクロス。
バッテンを作った。
引き下がってくれない。
「私、前に言ったでしょ。『夏休みは村瀬くんと一緒に、楽しい思い出をいっぱい作りたい』って。だからお願い!」
胸が、トクンと高鳴る。
雨宮さんの行動は、俺との思い出を作りたいから。
それを思うと、どうしようもなく気持ちが舞い上がった。こんなにも大切に扱われていることが嬉しい。
祭りに行くのも……アリかも。
彼女の気持ちを知れたことで、心が大きく揺さぶられる。
「それにさ、女子中学生とプールに行ったんでしょ? しかも二人きりで」
「――!? どうしてそのことを……!」
「舞ちゃんから聞いたの。……その子と出かけておいて私との予定を断るなんてこと、村瀬くんはしないよね?」
雨宮さんは四つん這いになると、俺へ向けてにじり寄ってきた。
口元はきつく結ばれていて、なにを考えているかがぜんぜん読み取れない。
得体の知れない感じが、なんとも恐ろしかった。
ベッドに尻をつけたままズルズルと後ずさっていく俺だったが、背中が壁に当たってしまう。
これ以上はもう後ろへ行けない。退路はなくなった。
膝立ちになった雨宮さんは口角をグイっと上げると、俺の両肩を強く掴んだ。
「明日、行くよね?」
「…………はい」
すっかり恐怖に支配されている俺は、頷くしかなかった。
せっかく自主的に行こうという気持ちになっていたというのに、結局は強制される形となる。
なんだろうこの結末は。




