【43話】かつての遊び場
期末テストも無事に終わり(雨宮さんは全ての教科で補習回避。ついでに俺の成績も中間より上がった)、夏休みまであとわずかとなった日曜日の午前中。
むせ返るような熱気に包まれている暑苦しい街中を、俺は歩いていた。
しかし、一人ではない。
隣には俺を嫌っている幼馴染――陽菜がいる。
急に家に押しかけて、「今から出かけるわよ」なんて言ってきたのだ。
こうして外に出てきたのはそれに従った結果なのだが、でも俺だって素直に頷いたわけではない。
一応は抵抗した。
俺を嫌っている人間と二人で出かけるなんて嫌だったし、それになんといっても、この猛暑だ。
クソ暑い中わざわざ外に出かけるなんて、どうかしている。
こういう日は冷房が効いた部屋でのんびり過ごすのが一番だ。
それらの理由から、行きたくない、と俺はシンプルに伝えてみたのだが、
「いいから行くわよ」
陽菜はまったく引いてくれなかった。
出かけることは彼女の中では既に確定していて、俺の意見なんて最初から聞く気がなかったに違いない。
振り返ってみれば、めちゃくちゃ理不尽だ。
ひどすぎる。
しかしだからと言って、文句を言う勇気はないのだが。
それにしても、今日はマジで暑いな。
陽菜と一緒でただでさえ気まずいってのに、ひどい追い打ちだ。
溶けるような暑さと居心地の悪さとで、俺の気分は最悪の状態にある。
一秒でも早く家に帰って涼みたいところ。
こうなったら、とっとと用事を終わらせて帰ってやる。
「で、お前の目的はなんだ? 早くそいつを済ませちまおうぜ」
「そんなの特にないわよ」
「……は? なんだよそれ?」
このクソ暑い中、陽菜は目的もなしに街中にやって来たのだという。
しかも、大嫌いな俺を連れてだ。
毎朝俺を起こしに来たり、休みの日に急に家に来たり。
近頃の陽菜の行動はよく分からないものばかりだが、今日のはぶっちぎりで意味不明だ。
「私はただ正樹とお出かけ――な、なんでもないわ!」
言葉の途中でハッとしたかと思えば、プイっとそっぽを向いてしまった。
マジで意味不明すぎる……。
情緒不安定にも程あるだろ。
「あ、あそこって……。……懐かしいわね」
陽菜の足が止まる。
視線の先にあるのは、ゲームセンター。
俺たちにとってそこは、馴染みの場所だ。
俺、陽菜、舞。
小学生の頃は三人でよくここへ来て、遅くなるまで遊んでいた。
「ねぇ、久しぶりに入ってみましょうよ」
「……あぁ、いいけど」
こんなところに入ってなにをするんだ、とは思うが、ゲームセンターの中はエアコンが効いている。
灼熱地獄と化した外にいるよりは、遥かにマシだ。
陽菜と一緒になって店内に入ると、効きすぎなくらいの冷気が迎えてくれた。
気持ち良さをその身で感じながら、奥へと進んでいく。
あんまり変わってないな。
初めて目にする筐体があったり、当時の筐体が最新バージョンになっていたりなどの違いはあるが、そこまで大きな変化はない。
レイアウトもほとんど同じだし、雰囲気も当時のままだ。
こうして店内を歩いていると小学生の頃を思い出して、少し懐かしい気分になってくる。
「このゲーム、まだあったのね」
陽菜の手が撫でるのは、車の運転席の形を模した筐体。
レースゲームだ。
かつての俺たちは、ここで色々なゲームをしてきた。
中でもプレイした回数が一番多いのが、このレースゲーム。
対戦モードで、いつもワイワイ大盛り上がりになって遊んでいた。
「勝負しましょうよ。ルールはあのときと同じね」
「負けたやつがコンビニのお菓子をおごる、だろ?」
「そうそう! よく覚えてるじゃない!」
陽菜の声はいつもより弾んでいる。
上機嫌なこいつを見るのは、ずいぶんと久しぶりな気がするな。
相変わらず理由は分かんないけど、不機嫌よりはマシか。
そんなことを思いながらも、俺は怪訝な視線を向ける。
「勝負するのはいいけど、お前このゲーム下手だっただろ。俺にも舞にも、一度だって勝ったことなかったよな?」
「それは小学生の頃の話よ。あのときとは違うわ。舐めてかかると痛い目を見るわよ」
「……そこまで言うならもう止めねえよ。でも、手加減なんてしないからな。後悔しても知らないぞ」
「そのセリフ、そっくりそのままあんたに返してあげるわ!」
俺と陽菜は筐体に乗り込み、お金を投入。
数年ぶりの勝負が今、始まる。
「どうしてよ……。こんなの絶対おかしいわ……」
『WIN!』、『LOSE……』。
俺と陽菜の筐体の画面部には、それぞれの文字が表示されていた。
もちろん『WIN!』が俺で、『LOSE……』が陽菜だ。
そして、この画面が表示されるのはこれでもう三度目。
勝負はこれまでに三回行われたが、三回とも俺が勝利していた。
陽菜の腕前は、確かに昔に比べれば上がっている。
しかしその上がり幅は、ほんの微々たるもの。
俺との実力差は歴然だった。百回やっても百回勝つ自信があるくらいには開いている。
陽菜はガックリしながらも、財布からお金を取り出した。
四回目の勝負を望んでいるらしい。
「まだやるつもりか?」
「当たり前よ! 次こそ私が勝つんだから!!」
……あの頃とちっとも変わってないな。
小学生の頃もそうだ。
陽菜はこのゲームで、俺と舞に何度も勝負を挑んできた。
ぜんぜん勝てないのに、それでも決して諦めようとはしなかった。
陽菜はそう、大の負けず嫌いなのだ。
昔からそれは変わっていない。
あの頃と比べて、俺たちの関係は大きく変わってしまった。
跡形もないくらいにぐちゃぐちゃに壊れてしまい、修復なんてできない。
けれどこうして、変わらないものだってある。
たぶん俺は、そのことが嬉しかったんだと思う。
なぜなら口元に、自然と笑みが浮かんでしまったのだから。




