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【42話】勉強どころじゃない


 泊まるんだから、風呂に入るのは当たり前だろ!

 いちいち変なこと考えるなよ!

 

 俺は強い言葉で、自分に言い聞かせる。

 

 ともかくそう、落ち着かないと!

 

 だが、うまくいかない。

 冷静になればなろうとするほど、かえってどきまぎしてしまう。

 

「こうなったら……!」


 バッチーン!

 自分の頬におもいっきりビンタを食らわす。

 

 痛みを与えることで、頭に広がる雑念を無理矢理に追い出そうとする。

 が、

 

「くすぐったいです! えーい、おかえしですよ!」

「きゃー! やめてよ舞ちゃん! あはは! そんなところ触っちゃダメだってば!!」


 一階の浴室から聞こえてきた二人の声が、俺の雑念をさらに大きくしてしまう。

 

 そんなところ……雨宮さんのそんなところ……。

 それってもしかして……。


「うわああああああ! なに考えてんだ俺は!!」


 よからぬイメージが脳内に浮かんできてしまう。

 こうなるともう、とてもじゃないが勉強なんてできなくなっていた。

 

 

 入浴を終えた雨宮さんと舞が、部屋に帰ってくる。

 

 俺の対面に腰を下ろした雨宮さんは、「うん?」と怪訝な顔をする。

 正面に身を乗り出し、覗き込むようにして俺の顔を見上げてきた。

 

「どうしたの村瀬くん? 顔が真っ赤になってるよ」

「な、なんでもないよ!」

 

 雨宮さんから、バッと顔を背ける。

 あなたのよからぬイメージを想像していたからです、なんて口が裂けても言えるはずがなかった。

 

「俺も風呂入ってくる!」


 今の状態では、まともに雨宮さんの顔を見られない。

 勢いよく立ち上がった俺は、逃げるように部屋から飛び出していった。

 

 

「落ち着け落ち着け落ち着け……」


 勢いをマックスにしたシャワーの冷水を頭から浴びながら、俺は『落ち着け』の言葉を繰り返し唱えていく。

 

 興奮で熱くなっている頭を冷やし、冷静さを取り戻す。

 滝に打たれる修行のようなことをやっているのには、そんな目的があった。

 

「……よし。これくらいでいいだろう」


 大量の冷水を浴びたことで、気分はリフレッシュ。

 冷静さを完全に取り戻し、スーパークールな状態になる。

 

 そうすると、どうだ。

 自信と余裕がみなぎってきたではないか。

 

「フ、フフフッ……完璧だ!」

 

 これでもう、雨宮さんに対して動じることはないだろう。

 

 浴室を出た俺は、優雅な足取りで階段を上がっていく。

 口元にうっすらと微笑みを浮かべて、女子二人が待つ部屋へと戻った。

 

「お帰りなさい、お兄ちゃん。……あれ? 雰囲気がいつもと違いますね?」

「まあな。今の俺は何事にも動じない、スーパークールな氷の男だからな」

 

 ふっ、イイ感じに決まった……!

 

 キメ顔で、元いた場所へ腰を下ろす。

 舞が『病院に行った方がいいのでは』と言わんばかりの心配そうな顔で見てくるが、今の俺はそんなものなど気にならない。

 

 なんせ、スーパークールだからな!

 

 しかし。

 スーパークールな状態は、あっけなく終わりを迎えてしまうことになる。


 そうなった原因は、対面。

 雨宮さんだ。

 

 風呂上がりでしっとりいるせいか、いつもより大人っぽい雰囲気になっている。

 ただでさえ整っている容姿の美しさが、さらに際立っていた。

 

 つまりは、エロい。

 どうしようもなく、エロかった。

 

 頬に熱が集まってくる。

 緊張して、まともに正面を見られない。

 

「落ち着け落ち着け落ち着け……」

 

 下を向いた俺は誰にも聞かれないような小声でもう一度唱えてみるも、あぁ、なんということだろう。

 これっぽっちも効果がないじゃないか。

 

 雨宮さんを目の前にしたら、とても冷静ではいられなかった。

 

「ねぇ、村瀬くん。この問題なんだけどさ――って、なんで下向いたままなの? それだと見えないじゃん。顔上げてよ」

「……ごめん。理由を聞かずに五分だけ待ってほしいんだ」


 今の状態では、とても勉強を教えることなんてできない。

 少しでもいいから、心を落ち着ける時間が欲しかった。


「分かった。じゃあ私はその間、問題解いてるね」

「ありがとう。迷惑かけてごめん」

「いいのいいの。迷惑なんて思ってないから。……でもいつか、理由を聞かせてくれたら嬉しいな」

「……」


 ごめんなさい、それは無理です。

 心の中で謝りながら、俺は深く深呼吸。

 

 興奮で熱くなった体と心を、なんとか落ち着かせようと試みる。

 

 

 午前0時前。

 俺の部屋では、そろそろ寝ようか、という話が行われていた。

 

 な、なんとかやりきった……。

 

 部屋に戻ってきてからの俺は、ずっと雨宮さんにドキドキしっぱなしだった。

 深呼吸と五分間の休憩をしたことで多少はマシになったものの、完全に興奮を消すのは無理な話だったのだ。

 

 しかしそれでも俺は、勉強を教えた。

 男の意地とプライドにかけて、なんとか乗り切ってみせた。

 

 よく頑張ったな正樹! 、と自分を褒めてやりたい。

 

「村瀬くん、おやすみ~」

「おやすみなさい、お兄ちゃん!」


 雨宮さんは今晩、舞の部屋で寝ることになっている。

 二人は一緒になって、俺の部屋から出ていった。

 

「寝る前に少し勉強するか」


 期末テストが近いのは雨宮さんだけではない。

 俺も同じだ。

 

 とはいえ、テスト勉強は以前からコツコツやっている。

 雨宮さんに勉強を教えていたから成績がガタ落ちした、なんてことにはならないだろう。

 

 しかし俺が狙っているのは、中間テストと同じくらいの成績――『上位陣』と言われている位置のキープ。

 それを考えたら、もう少しやっておきたかった。

 

「なんか騒がしいな」

 

 壁を一枚隔てた隣――舞の部屋がなにやら騒がしい。

 

 二人でなにしてんだ?


 気になった俺は壁に耳をピッタリとくっつけ、聞き耳を立ててみる。

 

「あはは、舞ちゃんダメだよ!」

「え~、いいじゃないですか! えいっ!」

「きゃっ! もう、またそんなところ触って!」


 聞こえてきたのは、雨宮さんと舞の楽し気な声。

 風呂でじゃれ合っていたときの声とそっくりだ。

 

 そして今回も、俺の冷静さを失わせるあのワードが出てきた。

 

 そんなところ……雨宮さんのそんなところ……。

 

 またもやよからぬイメージが浮かんできてしまう。

 勉強をしようと思っていたのに、今回もそれどころではなくなってしまった。

 

 なんとも情けない話だが、男の本能には逆らえない。

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