【41話】頼もしい妹
雨宮さんの文面から、なにか怪しいものを感じ取ったのだろうか。
嘘のアリバイを見抜いてしまうとは、素晴らしい洞察力だ。
いや、感心してる場合じゃないか。
どうにかしないとだよな。
腕を組んで考えてみる、も。
思い浮かんだのは、嘘をついてごめんなさい、と誠心誠意の謝罪をすることくらい。
要するに、お手上げだった。
「それなら舞にお任せを!」
得意げに胸を張った舞は、握った拳でドンと叩いた。
お手上げ状態の兄と違い、この窮地を乗り切る秘策があるようだ。
まったくもって頼もしい。
「スマホをお借りしてもよろしいですか?」
「うん。いいけど、どうするの?」
「舞が夏凛さんになります!」
スマホを受け取った舞は、なんと雨宮さんの母親に電話をかけ始めた。
あーあー、と小さく発声練習をしてからスマホを耳に当てる。
まさかの行動に俺と雨宮さんは、仰天。
目を大きく見開き、顔を見合わせることしかできない。
「乃亜のお母さんですか? 夏凛です。はい……はい、あはは! 乃亜は嘘なんかついてませんよ。大丈夫です! ……え、迷惑になってないかって? ぜんぜんそんなことないですよ!」
それからしばらく世間話をしたあと、「失礼します」と舞が挨拶。
電話は終了した。
聞いている限りでは、どうやらイイ感じにごまかせたっぽい。
ここはきっと舞をめいっぱいに褒めて、窮地を乗り切ったことをみんなで喜ぶべき場面なのだろう。
しかしながら、喜んでいるのは雨宮さんだけ。
俺はといえば、恐怖で顔を引きつらせていた。
今ここで電話していたのは、舞ではない。
鷹城夏凛だった。
似てるとか、もはやそういう次元じゃない。
コピーだ。
声や喋り方だけでなく、細かい癖までをも完全に再現していた。
鷹城夏凛がそこにいた。
まさか舞が、こんな特技を持っていたなんて知らなかった。
ここまでくると感心を通り越して、恐怖してしまう。
「助かったよ、舞ちゃん!」
「これで問題は無事に解決しましたね! スマホ、ありがとうございました」
舞からスマホを返してもらった雨宮さんは、安心したように笑った。
「それにしても、今のすごかったね。本当に夏凛ちゃんみたいだったよ!」
「ありがとうございます! でも少し、失敗してしまいました……。次はこういうことがないように、もっと練習してきますね!」
ミスったって……どこをだよ?
舞のなりきりは完璧に見えたが、本人は満足していないらしい。
現状に甘んじることなく上を目指すその姿勢は、まさにプロのそれ。
俺の妹はいったい、どこを目指しているんだろうか。
「乃亜さん。ひと段落しましたし、お風呂に行きませんか?」
「いいねー! 行こっか!」
立ち上がった雨宮さんと舞は、ギュッと手を繋いだ。
繋いだ手をぶらぶら揺らして、俺の部屋から出ていく。
一人部屋に取り残された俺は、小さく息を吐いた。
ようやく舞への恐怖が消えて落ち着いてきた。
二人が帰ってくるまでテスト勉強していようか、なんて考えるも、
「風呂ォ!?」
それどころではなくなった。
二人は風呂に入りに行った。
つまりつまり、つまりだ。
俺の家の浴室には今、雨宮さんがいるということになる。
しかも、生まれたままの姿で。
そんなことを意識したら、あぁ……ダメだ。
気になって気になって、もうどうしようもなかった。




