【40話】対抗意識
夕食を食べてエネルギーを補給した三人は、俺の部屋へと戻ってきた。
ローテーブルに座って、テスト勉強をしていく。
対面に座る雨宮さんに、俺は引き続き数学を教えていた。
「それじゃあ次の問題――っと思ったけど、もうこんな時間か。雨宮さん、そろそろ帰らなくても平気?」
壁にかかった時計を見てみれば、結構な遅い時間になっていた。
女の子の帰りが遅いとなれば、ご両親はきっと心配するはず。
本音を言えばもう少しやりたいところだが、今日はもう解散した方がいいだろう。
「うーん、そうなんだけどさ……もうちょっとやっていきたいんだよね」
「それでしたら、家に泊まっていくというのはどうでしょうか!」
「おいおい、それはさすがにマズいだろ」
雨宮さんの隣にいる舞がとんでないことを言い出したので、すかさず言葉を挟んだ。
確かに家に泊まっていけば、テスト勉強をまだ続けることができる。
テストまでの時間があまりないという今の状況を考えたら、その方がいいかもしれない。メリットは大きいと言える。
しかし、だ。
女子高生が同じクラスの男子の家に泊まるというのは、色々と問題があるんじゃないかと思う。
具体的にどうこうとは言えないけどさ、なんかその……エロいだろ?
メリットがあると分かっていても賛同できないのは、俺の内面的なものが理由だった。
「でも陽菜お姉ちゃんは、よく家に泊まったじゃないですか?」
「それは小学生のときの話だろ。高校生ともなれば話は違うんだよ。……あと雨宮さんの前で、その話を出すな」
「どうしてですか?」
「だってそれは――」
「……泊まる」
ボソリ。
下を向いた雨宮さんが、小さく呟いた。
かと思えば、クワッと顔を上げてきた。
視線が向いている先は、まっすぐ正面――俺だ。
「結城さんが泊まったなら、私だって泊まっていく!」
ほら、そうきた。
雨宮さんのことだ。
陽菜が泊まったなんて聞いたら、絶対に対抗意識を燃やしてくると思っていた。
だから言わないで欲しかったんだ。
「あのね、雨宮さん。もう一度言うけど、陽菜が泊まったのは小学生のときの話で――」
「結城さんは良くて、どうして私はダメなの!」
ローテーブルに両手のひらをつけた雨宮さんは、身を乗り出してきた。
引き締まった表情には、絶対に泊まっていくから! 、という強い意志を感じる。
こうなったらもう、なにを言ったところで引いてくれないだろう。
「……分かったよ」
雨宮さんの意志が揺るぎそうにない以上、俺が折れるしかなかった。
本当にいいのか? 、という気持ちはあるもののしょうがない。
「ありがとうね、村瀬くん!」
「やったー!」
でも、これで良かったのかもな。
大喜びする雨宮さんと舞を見ながら、そんなことを思ってしまう。
二人が楽しそうにしている。
それはきっと、なににも代えることのできない大切なものだ。
だから、これでいい。
きっとこれが正解だ。
「お母さんに連絡しなくちゃ。今日は夏凛ちゃんの家に泊まります……と。これでよし!」
スマホを操作し終わった雨宮さんは、満足気に頷いた。
クラスの男子の家に泊まるとは、さすがに言えなかったのだろう。
仲の良い鷹城さんが、そのアリバイ工作に使われたようだ。
「ええっ!? どうしようどうしよう! ヤバいよ!!」
アリバイ工作を終えてどこか余裕ぶっていた雨宮さんが、急に慌て始めた。
焦った顔が見つめているのは、スマホの画面だ。
「お母さんから、『夏凛ちゃんと電話させて』ってメッセージが来ちゃった!」




