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【38話】テスト勉強


 その日の放課後。

 俺は雨宮さんを連れて、自分の家に帰ってきた。


 ここへ連れて来た理由は他でもない、『勉強を教える』という約束をさっそく果たすためだ。

 

 俺の部屋に入った二人は、ローテーブルに向かい合って座る。

 

「まず最初に、雨宮さんの得意教科と苦手教科を教えてほしいんだ」

 

 期末テストは来週だ。残された時間は決して多くない。

 全ての教科をある程度の点数が取れるレベルまで教えるというのは、結構難しい話だろう。

 

 となれば、ただ闇雲に勉強してもダメだ。

 やり方を工夫する必要がある。

 

 そこで俺は、優先順位をつけようと考えた。

 

 得意教科は勉強時間が少なくても、ある程度の点数は取れるはず。

 ここに使う時間は少なくていい。

 その分を、苦手教科の勉強にあてる。

 

 苦手教科を重点的に勉強していく。

 そんな方針で進めていこうとする。


「うーんとね……得意な教科は特になくて、苦手な教科は勉強かな!」


 雨宮さんは片目をパチンとつぶって、ウインク。

 しかも絶対そういう場面じゃないのに、なぜかドヤ顔をしている。


 おぉ……これは俺が思っていたよりずっと重症だ。

 勉強を教える前から自信がなくなってきたぞ。

 

 しかしまいったな……。

 

 雨宮さんの苦手教科は、全て。

 これでは苦手教科だけに絞って勉強するという、俺のやり方は使えない。

 

 別の方法を考えるしかないだろう。

 

 暗記系の科目は俺が近くにいなくてもある程度はできるだろうし、それ以外のものをやった方がいいよな。

 となるとまずは……この教科からやるか。

 

 俺は通学バッグから一冊の本を取り出し、テーブルの上に広げた。

 それは、数学の教科書だ。

 

「今日は数学をやろうか」

「うん! よろしくね! ……あ、ちょっと待って」


 通学バッグから白いハチマキを取り出した雨宮さんは、それを額にぐるりと巻いていく。

 最後にギュッと結んで、これで良し! 、と気合たっぷりに声を上げた。

 

 どうしてバッグにハチマキが……。

 もしかしていつも持ち歩いてるのか?

 

 思わずツッコミたくなるが、今は時間が惜しい。

 気になる気持ちを押し殺して、俺はテスト勉強を始めることにした。



 説明を交えつつ、実際に問題を解いてみせる。

 その際にありがちなミスや注意点も、併せて解説していく。


 そんな俺のやり方に、雨宮さんはコクコクと相槌を打っていた。

 表情はいたって真剣で、真面目に取り組んでいることが伝わってくる。


「じゃあこの問題を、一人でやってみて」


 一通りの説明が終わったところで、次のステップへ。

 今の説明をきちんと理解できたのか、実際に問題を解かせることでそれを確認するのだ。

 

「よぅし、バシッと正解しちゃうからね!」

「うん、その意気だ。頑張って」

 

 まぁ一発で正解するのは、たぶん難しいだろうけど。

 

 雨宮さんの中間テストの成績を考えると、失礼だが望みは薄い。

 おそらくは、間違えてしまった部分の解説をすることになるだろう。

 

 なんて思っていたのだが、

 

「……合ってる」


 結果は意外なものとなった。

 

 しかも答えだけでなく、途中の式までも正しい。

 つまり、完璧。パーフェクトだった。

 

「完璧だよ! おめでとう!」

「ふっふーん。これが本気を出した私の実力だよ」


 腕を組んだ雨宮さんは、得意げにドヤ顔をしている。

 今回のドヤ顔はさっきのウインクと違って、適切な場面で使用されていた。


「それに、村瀬くんの教え方も良かったからね。すごく分かりやすかったよ!」

「……じゃ、じゃあ次の問題ね! 同じように一人でやってみて」


 褒めてくれるのは嬉しいけど、いきなりだとにやけてしまいそうになるからやめてほしい。

 俺は慌てて次の指示を出した。


 今回の問題は先ほどのものと比べて、レベルが高い。

 さすがに今度ばかりは無理だろう。


「…………。正解」

 

 しかしまた、俺の予想は外れることとなる。

 問題のレベルを上げてみても、雨宮さんは完璧に正解してみせた。

 

 またもやドヤ顔をする彼女に、俺は目を見開いていた。

 賞賛の気持ちももちろんあるのだが、ここまでくると驚きの方が勝ってしまう。

 

「こんなこと言ったら失礼かもだけど、正直驚いてるよ。どうして中間の点数があんなにも悪かったのか、不思議なくらいだ」

「中間とはモチベーションがぜんぜん違うからね。私、どうしても夏休みを潰したくないんだ」

「そういえば、昼休みにもそんなこと言ってたよね。夏休みにやりたいことでもあるの?」

「うん。村瀬くんと――大切な友達といっぱい遊んで、楽しい思い出をたくさん作りたいの!」


 雨宮さんが頑張っている理由。

 それは、俺のためだった。


 まさかここまで俺のことを大切に思ってくれているとは。

 友達として、こんなに嬉しいことはない。

 

「雨宮さん。ありが――」

 

 感じていることそのままに俺は感謝の気持ちを伝えようとするが、ポロリ。

 言い終える前に、涙がこぼれ落ちてしまう。

 

 感動のあまり、つい嬉し涙を流してしまった。

 

「あっれれれれれ~。どうしちゃったのかな?」


 雨宮さんがわざとらしい口調で聞いてきた。

 分かっている癖に、意地が悪い。

 

 そんなことをされたら、感謝の言葉なんて言えなくなってしまうじゃないか。

 

「じゃあ次はこの問題ね」

「え、ちょっと待って村瀬くん。いくらなんでもこれは難しすぎるんじゃ――」

「はい、スタート!」


 さっきの二問とは比べ物にならないくらいに難しい問題を出す。

 

 少し意地悪かもしれないが、こればかりは自業自得として受け止めてほしい。

 意地悪には意地悪で返すのが、俺のやり方だ。

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