【34話】危機的状況を乗り切るための嘘
「あれ? でもお兄ちゃん前に、『俺の長所を聞きたい? そんなもん無い――いや、一つだけあるか。視力だ。目だけは昔から良いんだよ』って――むぐっ!?」
両手を使い、慌てて舞の口を塞ぐ。
それは紛れもない事実なのだが、このタイミングで喋られるのは非常に都合が悪い。
「頼むから合わせてくれ!」
舞にだけ聞こえるような小声で、必死に頼み込む。
「そうですね……でしたら、舞のお願いをなんでも一つ聞いてくれるならいいですよ!」
「分かった!」
俺は迷うことなく、舞の提案を受け入れる。
この状況を切り抜けるには、もうそれしか方法がない。考えたり迷ったりする必要なんて、どこにもなかった。
口を覆っていた両手をパッと離せば、
「……というのは、中学生のときのお話。それからお兄ちゃんは急激に視力が落ちて、最近ではコンタクトをつけるようになったのでしたね」
舞はさっそく話を合わせてくれた。
急だったのに、イイ感じのアドリブだ!
いいぞ、舞!
さすがは陽キャ。
すさまじい対応力には、感嘆せずにはいられない。
状況が状況だったら、スタンディングオベーションしていたことだろう。
「そうそう! でもまだ慣れてなくてさ、一人じゃうまくつけられないんだよ。それで鷹城さんに手伝ってもらっていたんだ」
「なぁんだ、そういうことだったんだね! もう、びっくりしちゃったよ!」
舞のナイスアドリブに全力で乗っかってみれば、雨宮さんは笑顔になってくれた。
俺の話を信じてくれたらしい。
しかし、
「……それ、本当なの?」
陽菜は違った。
吊り上がった瞳は相変わらず怒っていて、懐疑的。
まったくもって信じてくれていない。
「本当だって!」
「……いいわよ。仮に今の話が事実だとしましょうか。でもどうして夏凛があんたの部屋にいたの? それについての説明をしなさいよ!」
「たぶんそれはね、恋愛相談をしていたんだと思うよ」
「恋愛相談? ……というか、どうして雨宮さんが答えるのかしら? 私は正樹に聞いているのだけど」
陽菜の声色は苛立ちたっぷりだが、雨宮さんはそれを完全スルー。
さらに続けていく。
「夏凛ちゃんは斗真のことが好きなの。それで村瀬くんに、恋の相談しているんだよ」
「そ、その通り! 俺の部屋でやるのが色々と都合良くてさ!」
雨宮さんが味方になってくれたのはラッキーだ。
この機を逃すまいと、必死に畳みかけていく。
「……分かったわ。そういうことにしてあげる」
つまらさそうに言って、陽菜は俺に背を向ける。
大きな足音を立てて、部屋から出ていった。
なんとかごまかせた……。
完全には信じていないように見えたが、それでもこの場を乗り切ることができた。
今はそれでよしとしよう。
安堵していると、今度は雨宮さんが足を動かし始める。
しかしそれは、陽菜とは逆方向。
部屋の中へ向けて、ずんずんと歩いてきた。




