【30話】俺にできること
俺の部屋に入った鷹城さんはベッドの縁に腰を下ろし、ガックリと俯いた。
いつもの威圧感は皆無で、ひどく弱々しい。
大きなダメージを受けていることが、容易に見て取れる。
洗面所からタオルを持ってきた俺は、それをそっと差し出した。
「使いなよ」
顔を上げた鷹城さんは、小さく頷いた。
タオルを受け取ると、そのまま顔にギュッと押し当てた。
「う……うぅ」
顔とタオルの隙間から漏れるのは、聞いているこっちが辛くなるような痛ましい嗚咽。
鷹城さんは声を押し殺すように泣いていた。
俺はなにも言わない。
こういう涙はきっと、全部出してしまった方いいのだ。
俺はただ隣に座って、痛ましいまでの嗚咽を聞いていた。
鷹城さんはひとしきり泣くと、顔に当てていたタオルを離した。
「…………途中までは良かったんだ」
嗚咽の止まった口から漏れたのは、消えてしまいそうなほどに小さな声だった。
「デート中の剣崎、ものすごく楽しそうでさ……それで私舞い上がっちゃって、おもいきって告白したんだ。そしたら、『嬉しいけど、他に好きな人がいる。今はその人のことしか考えられない』だってさ」
ははは、とわざとらしい笑い声を上げた鷹城さんは、笑顔を作った。
でもそれは、自嘲だ。
自分の行動を愚かだと卑下して嘲笑う、見ていて悲しくなるものだった。
「ごめんな、マサ」
「なんで謝るの?」
「だって色々やってくれたのに、私が全部台無しにしちゃったから」
「別にそれは、鷹城さんのせいじゃないでしょ」
鷹城さんが気にしているのは、剣崎に告白したことについてだろう。
今日のデートで告白する、といったような話はいっさいしていなかった。
だから、それに関しては正直ちょっと驚いている。
でも別に、悪いことだとは思わない。
流れ的にいけそうだから攻めた。
ただそれだけのことだ。
つまり鷹城さんは、やれることを全力でやっただけ。
謝罪する必要なんてどこにもない。
でも鷹城さんは、首を横に振った。
自らの行為を悪と決めつけ、自分で自分を痛めつけている。罰を欲しがっている。
彼女に今必要なのは、むちゃくちゃに罵ることなのかもしれない。
でも俺には、そんなことできない。
悪くもない人間に罵声を浴びせられるほど、器用にはできていないのだ。
だから俺は、俺のやり方を貫く。
「ちょっと待っててね」
俺はベッドから立ち上がり、部屋を出る。
向かう先は、リビングだ。
俺も舞も、コーラが大好きだ。
だから村瀬家の冷蔵庫にはいつだって、キンキンに冷えたコーラが常備されている。
冷蔵庫の扉を開けた俺は、コーラが入ったペットボトルを二本取り出した。
それぞれを両手に持って部屋へ戻る。
「はい、これ」
手に持っていたうちの一つを差し出す。
鷹城さんは驚きながらも、おずおずと手を伸ばしてそれを受け取った。
「振られた女子を慰めることは俺にはできない。できるのはこうして、コーラを渡すことだけだ」
「…………なんだよそれ。意味わかんね」
悪態をついた鷹城さんは、クスリと笑った。
ずっと沈んでいた表情が、ここでようやく明るくなる。
鷹城さんはペットボトルのフタを開けると、コーラをグイっと飲んだ。
「振られた女を慰められない、か。私がこんなに傷ついてるっていうのに、ひでぇ野郎だ」
「悪いけど、そこは潔く諦めてくれ」
「自信満々に言うなよ。……でも、話を聞くことくらいはできたんだろ?」
「うん、それだったら。そういうの慣れてるし」
こちとら雨宮さんに、長時間にわたって自分語りをされた過去がある。
振られた女子の話を聞くことだけに関しては、そこそこの自信があった。
「お前って聞き上手だもんな。そういうの似合ってる」
鷹城さんは笑いながらそう言うと、大きく深呼吸をした。
そして、吐き出す。
悔しさ、悲しさ、怒り――胸に溜まっていたありとあらゆる感情を、おもいっきりぶちまけていく。
そこにいるのは失恋で弱っているか弱い女の子ではなく、見た目がギャルの強気なヤンキー。
俺の見慣れた、いつもの鷹城さんだった。




