【29話】雨
「鷹城さん、すごい頑張ってたな。成功してよかったよ、本当」
午後十一時。
自室の勉強机に座っている俺は、今日の放課後のことを思い出して笑みを浮かべていた。
うまくいってよかった。
明日のデートも、この調子のままいってほしいと願うばかりだ。
机に置いていたスマホが震える。
鷹城さんから電話がかかってきた。
緊張して眠れないのかな?
想像すると、ちょっとかわいい。
本人に言ったら絶対怒られるから言わないけど。
小さく噴き出してから、俺は電話に出る。
「夜遅くに悪いな」
「まだ寝るつもりはなかったし、ぜんぜん大丈夫だよ。どうしたの?」
「別に用事ってほどのことでもないんだけどさ、ただお礼を言いたくてな。剣崎とデートできるなんてビックリだよ。これも全部、マサがいたからだ。ありがとな!」
「今日うまくいったのは鷹城さんが頑張ったからだよ。俺は大したことしてない」
鷹城さんの声は大きく弾んでいた。
明日が楽しみすぎてウキウキを抑えられないといった感じが、電話越しにも伝わってくる。
あんまり嬉しくなさそうに見えたのは、やっぱり俺の勘違いだったようだ。
「デート、楽しんできてね。うまくいくことを願ってるよ」
「おう。いい報告するから、待っていてくれよな」
「期待してるよ。それじゃあね」
「あ、ちょっと待ってくれ。最後にいいか?」
「うん」
しかし鷹城さんは、中々喋り出さない。
そのまま一分ほどの時が流れる。
あまりに沈黙が長いので、『どうしたの?』と俺から切り出そうとした、そのとき。
鷹城さんの声が聞こえてきた。
「もし明日うまくいっても、お前とはダチでいたいんだよ。……その、一緒にいて楽しかったからな」
「もちろん。俺も楽しかったから、そう言ってもらえると嬉しいよ!」
鷹城さんのことが、俺はずっと苦手だった。
でも、今はもう違う。
この数日間一緒の時間を過ごしたことで、色々な彼女を知った。
怖いのは口調だけで、中身は臆病な乙女だということを知っている。
軽そうな見た目に反して、律儀だということを知っている。
そして、一緒にいるとものすごく楽しいということを知っている。
だからもう、苦手意識なんてない。
むしろ人間的には、俺の好きな部類だ。
だから『ダチ』と言ってもらえたことが、ものすごく嬉しかった。
「良かった……! ありがとな!」
その声は本当に嬉しそうで、これまでで一番気持ちが入っているような気がした。
……それは絶対、気のせいなんだろうけど。
俺が嬉しいから、そう感じてしまうだけだ。
とんちんかんな思い込みに過ぎない。
「頑張ってね。応援してるから!」
最後にもう一度心をこめたエールを送って、俺は電話を切った。
******
「ったく……神様も意地悪だよな」
午後の二時。
自室の窓から外を眺めた俺は、不機嫌に目をすがめた。
空はあいにくの雨模様。
今日は鷹城さんと剣崎がデートをする日だというのに、天気は最悪だ。
なにもこんな大切な日に雨を降らせることはないだろうが。
今日だけは、なんとしても晴れてほしかった。
神様に文句のひとつでもつけたくなるのも、しょうがないというものだ。
ピンポーン!
来客のチャイムが響いた。
舞が出るだろ。
……あ、そうか。今日は一日いないんだった。
舞は今、友達の家に泊まりに行っている。
明日まで帰ってこない。
そうなるともう、俺が出るしかなかった。
「こんな日に誰だよ」
不機嫌な気分を引きずったまま部屋を出て、玄関へ向かう。
ややぶっきらぼうにドアを開けた俺は、
「え……なんで」
驚きの声を漏らした。
訪ねてきたのは、鷹城さんだ。
でもそれは、本来ならありえなことだった。
デートプランでは、夕方まで街で買い物をすることになっている。
つまり鷹城さんは今、デートの真っ最中のはず。
ここにいるべき人間ではない。
それなのにここへ来たのは、なにかしらのトラブルが起きてしまったということを表していた。
鷹城さんの表情は暗い。頬は濡れている。
そうなったのは雨に打たれたからのか、それとも瞳からこぼれた雫がそうさせたのか――俺には見当がつかない。
でも、どちらにしたって放っておけないのは確かだ。
「上がってよ」
鷹城さんが小さく頷いた。
ゆったりとした動作で靴を脱ぎ、無言で俺の家に上がった。




