【23話】ヤンキー、フォームチェンジ!
学校を出た俺と鷹城さんは、近くのファミレスへ入った。
テーブル席に向かい合って座る。
「ご、ごゆっくりどうぞ」
お冷の入ったグラスを置いていった店員の声は、ガタガタと震えていた。
それもそのはず。
鷹城さんは今、尋常でない不機嫌オーラを放っているからだ。
そんなものを真正面から向けられている俺も、当然ビビって震えている。
ナイフの切っ先を突きつけれられている気分だ。
できることなら今すぐにでも、この場から逃げ出してしまいたい。
と、とりあえず水を飲んで落ち着こう。
震える手でグラスを握って、水を口に流し込む。
そのとき。
「おい、村瀬」
「――!」
いきなり話しかけられて驚いた俺は、水を噴き出しそうになってしまう。
しかしそんなことをすれば、鷹城さんに水をぶっかけることは不可避。
そうなれば、俺はおしまいだ。
頬の筋肉をフル稼働させて、必死になって我慢。
顔を真っ赤にしながら、なんとか水を飲みこんだ。
あ、危なかった……!
そんな俺の努力など知りもしない鷹城さんは、気にもせずに言葉を続けていく。
「お前、二股かけてんのか?」
ドスの利いた声を上げ、ギロリと俺を睨みつける。
「乃亜と陽菜は、私の大切なダチだ。もしそれが本当なら、お前を許す訳にはいかねぇ」
雨宮さんと陽菜は、それぞれ別のグループに所属。
そして鷹城さんはその二つ、どちらともに所属している。
早い話が雨宮さんと陽菜の、共通の友達という訳だ。
友達が俺にたぶらかされていると思って、問い詰めに来たのだろう。
近頃俺を睨んでいたのも、きっとそれが理由だ。
ま、それは勘違いなんだけど……。
クラスの男子たちのせいで、俺が二股をかけているという事実無根の噂が広まっている。
鷹城さんは、おそらくそれを真に受けてしまったのだろう。
俺からすれば、完全にとばっちり。
まったくいい迷惑だった。
「それは勘違いだよ」
「あん?」
「二股なんてしてないし、そもそも俺はどっちとも付き合ってないから」
「じゃあなんで最近ずっと、朝一緒に来てんだよ?」
「二人が勝手に俺の家に来るんだよ。理由は分からないけど……」
初めて三人で登校したあの日以降、雨宮さんと陽菜は毎朝俺の家に来るようになった。
いったいなぜと思って理由を聞いても、二人とも「戦うことにした」と、それだけ。
あまりにも言葉足らずだ。もう少しちゃんとした説明がほしい。
「それは本当だな?」
「うん」
鷹城さんの緑色の瞳を、まっすぐに見て答えた。
やましいことはないので、正々堂々としていられる。
「……嘘はついてねぇみたいだな」
正直な態度が良かったのか、信用してもらえた。
こうして俺の二股容疑はめでたく晴れた。
これからはもう、睨まれることもなくなるだろう。
一件落着。
めでたしめでたし。
「じゃ、俺はこれで」
俺は席から立ち上がるが、
「待てや、おい。話はまだ終わってねぇぞ。席に戻れ」
鷹城さんの口から飛んできたのは、強烈な威圧の声。
有無を言わさない感じだ。
「……はい」
小さく返事をして、俺は座り直した。
怖いから従うしかない。
これだからヤンキーは嫌なんだ。
「お前って、剣崎と仲良いよな?」
「まぁ……うん」
あっちが勝手に勘違いして恋愛相談をしてくるだけだが、よく話す関係ではある。
これを仲が良い、と言うのかは微妙なところな気がするけど、事情を知らない人間からしたらそう見えるだろう。
「あ、あのさ……」
鷹城さんの顔が急に赤くなった。
尖っていた雰囲気の角が取れて、急にしおらしくなる。
しかも、だ。
両手の指をつんつん突き合わせ始めたではないか。
あまりの変化に戸惑っていると、鷹城さんは恥ずかし気に視線を逸らした。
「あいつって彼女とかいるのか?」
そこにいるのは恐ろしいヤンキーではなく、恥じらう乙女。
いつの間にかまったく別の姿に、フォームチェンジを遂げていた。




