【2話】昨日の続き
翌日の昼過ぎ。
昼休みの真っただ中である今、俺は体育館裏に来ていた。
そこに設けられている寂れたベンチを一人で占拠して、弁当を食べている。
そう、俺は今ボッチ飯を絶賛満喫している最中だ。
入学してからというもの、昼休みはほとんどこのベンチに来ている。
コミュ障ぼっちである俺にとって、教室という場所は居心地が悪い。息が詰まる。
そんな空間で食事をするなんてごめんだった。
教室に比べて、ここはいい。
建物の陰に隠れていることが影響してか、ほとんど人気がない。
落ち着いて弁当を食べることができる、唯一の場所。
俺にとってのオアシスだ。
「それにしたって、昨日のアレは不思議だったな」
どんよりした曇り空を見上げながら、俺はポツリと呟く。
『昨日のアレ』というのは、もちろん放課後のこと。
雨宮さんと剣崎の思い出話を、かれこれ二時間以上にわたり聞かされ続けたことだ。
ぼっちの陰キャである俺がカーストトップの雨宮さんと長時間話をしていたなんて、今でも信じられない。
一生忘れることはないだろう。もしかすると、高校生活最大の思い出になるかもしれない。
まあ、向こうはもう忘れているんだろうけど。
雨宮さんはきっと失恋のショックでヤケになって、衝動的にぶちまけただけだろう。
もうすっかり忘れているはずだ。
小さく苦笑してから食事を再開すると、足音が聞こえてきた。
それは、こちらへ近づいてくる。
ここに人が来るなんて珍しいな。
俺の憩いの時間を邪魔するなんて、いったいどこのどいつだ?
気になって足音の方を見てみたら、
「え……」
思わず困惑した声が漏れてしまった。
一年三組のカーストトップで、昨日延々と自分語りをしてきた女子生徒――雨宮乃亜。
向かってくるのは、彼女だった。
片方の手には、パンパンに膨らんだコンビニの袋が握られている。
なんだよその袋は……。
いやそれよりも、どうしてこんなところに?
疑問を浮かべている間にも、雨宮さんはどんどん距離を詰めてくる。
俺の目の前までやって来たところで、ピタリと足を止めた。
「私ね、教室に居場所がないの」
「……はい?」
友達がいっぱいいるあんたは、俺と違っていくらでも居場所があるだろ。
居場所がないっていうのはね、俺みたいなぼっちのことを言うんだよ?
なんて、大して話したこともない相手にそんなことをぶちまける訳にもいかず、俺はただただ疑問を返すことしかできなかった。
「私、いつもお昼は斗真と食べていたの。でもあんなことがあったから、もう一緒に食べられないでしょ? だから食事をする所に困ってるんだよね」
「あぁ、そういうこと……。うん、そうだよね」
振られた相手と一緒に食事をするなんて、気まずい以外の何物でもない。
ただの拷問だ。
俺が雨宮さんの立場でも、きっと同じ行動を取っている。
「そういう訳だからさ、端によってよ」
「…………え」
おいおいおい……! まさか、ここで食べる気かよ!?
雨宮さんの事情は分かった。
理解もできる。
でもだからといって、ここで食べるのはやめてほしい。
人付き合いが苦手な俺にとって昼休みというのは、唯一一人になれる幸せな時間だ。
その貴重な時間を邪魔されたくはない。
どうにかして断りたい。
だが俺は、その権利を持っていなかった。
ここは学校の敷地内で、公共の場所。
俺の私有地ではないので、どうこう言う資格がないのだ。
仕方なく端にずれると、雨宮さんが隣に腰を下ろしてきた。
「ねぇ村瀬くん。焼きそばパンと焼きそばパン、どっちが好き?」
「えっと……焼きそばパン、かな」
「おっけー」
選択肢のない選択を答えると、雨宮さんは手に持っていたコンビニの袋を膝の上にボスンと乗せた。
中に入っているのは、大量のコンビニパンだ。
まさかこれ、全部食うつもりか……。
驚愕の光景に、目を白黒させる。
そんな俺の隣で、雨宮さんはコンビニ袋に手を突っ込んでガサガサやり始めた。
なにかを探している感じだったが、少ししてその手が止まる。
「ごめん。今日は焼きそばパン買ってなかったっけ。似たやつあげるからそれで許して」
袋の中から一つのパンを手に取ると、
「はいこれ。昨日のコーラのお返しだよ」
俺にずいっと差し出してきた。
そこに書いてあった商品名は、メロンパン。
似てる……か?
いやいやいや、違うよな? 似てないよな?
昨日も思ったが、雨宮さんのセンスは独特だ。
結構ビックリする。
お返しか……別にいいのに。
でもここは、受け取っておいた方がいいよな。
せっかくの好意を突っぱねる方が悪いだろう。
ありがとう、と言って、俺はメロンパンを受け取った。
「昨日はどこまで話したんだっけ?」
「それって、雨宮さんと剣崎の思い出話のことだよね?」
「そうだよ」
「確か、小三のときの運動会だったと思うけど」
「じゃあそこからだね」
「…………うん?」
もしかして、今日も話を聞かないといけない感じか?
え、マジでやめてくれよ。
全力の拒絶を心に思い浮かべる。
しかし雨宮さんがそんな俺の内心に気づくことはなく、昨日と同じように剣崎との思い出を語り始めた。
キンコンカンコーン。
昼休み終了五分前を知らせる予鈴が鳴った。
雨宮さんの口は昨日に引き続き、今日も絶好調。
あれからずっと喋り倒していた。
でも、これで終わりだ。
ようやく解放される。
「話を聞いてくれてありがとうね。村瀬くんって聞き上手だから話してて楽しいよ」
雨宮さんの口元に笑みが浮かぶ。
整っている顔立ちからのそれは、えげつない破壊力。
あまりの衝撃に、俺は固まってしまう。
って、なにテンパってんだよ俺!
こんなのお世辞に決まっているだろ!
しかし、動揺せずにはいられない。
頭では分かっていても、体がついてこなかった。
それでも俺は、「そ、そう……」となんとか声を絞り出す。
そっけないが、今の俺にはこれが精一杯だった。
「また明日ね」
そう言って、雨宮さんは校舎へ戻っていった。
「あれ……今、『また明日』って言ったよな?」
それについて考えようとするも、
「やべっ! 俺も戻らないと!」
このままでは午後の授業に遅れてしまう。
雨宮さんの発言について考えている暇は、今はどこにもなかった。




