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【19話】密着状態


 自室のベッドの縁に腰をかけて漫画を読む俺の横には、雨宮さんがいる。

 昨日約束した通り、俺の家に遊びに来たのだ。


 雨宮さんとの距離はものすごく近く、ほとんど隙間がない。

 密着状態といっても差し支えないような状況になっていた。


 どうしてこうなったのかというと……それは、十分ほど前のことだ。

 

 

 家にやってきた雨宮さんと一緒に、俺は部屋に入った。

 

「漫画読んでもいい?」

「どうぞ」

 

 本棚から抜き取った漫画を渡すと、雨宮さんはベッドの縁に腰かけた。

 

 そして、ポンポン。

 すぐ隣を手で叩いた。

 

「村瀬くんも座って」

「うん」

 

 場所の違いはあれど、横並びで座るのはいつも昼休みにしていることだ。

 今に始まったことじゃない。

 

 最初の関係性ならまだしも、今となってはそこまで緊張しなくなっていた。

 こう見えても、俺だって成長しているのだ。

 

 俺は言われた通りに、少し間を開けて座る。

 

 ここまでは良かった。

 問題は、この後だ。

 

 俺が座るなり、雨宮さんは腰を上げた。

 そして、横へスライド。おもいっきり詰めてきたのだ。

 

 二人の間の空間は消滅し、密着状態ができ上がってしまう。

 というのが、こうなった経緯だ。

 

「……さすがにこれは近すぎじゃない?」


 いくら俺が成長したとはいえ、これはさすがに無理だ。

 緊張で体が震えてしまう。


 しかし、雨宮さんは無言。

 漫画に集中するあまり聞こえていないのか、動こうとはせず、ただページをめくっている。

 

 こうなったら俺の方から動くしかない……!

 尻をもぞっと動かし、距離を取ってみる。

 

 しかし雨宮さんはここで、間髪開けずに距離を詰めてきた。

 どうしても密着状態でいたいらしい。

 

 あまりにも近すぎる距離は、雨宮さんの匂いを俺の鼻にダイレクトに伝えてくる。

 フローラルの良い香りだ。

 

 なんだかいけないことをしている気分になってくる。

 ピンク色の妄想が頭に広がり、頬が熱くなってきた。

 

 や、やばい……!


 このままでは理性が崩壊し、欲望に忠実な獣と化してしまう。

 そうなる前になんとかしないと……!

 

 そのとき。

 

 ピンポーン!

 俺の願いが届いたかのようなタイミングで、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「ちょっと出てくるね!」


 立ち上がった俺は、急いで玄関へ向かった。

 

 いつもなら舞に任せるところだが、今回ばかりは俺が出る。

 理性が崩壊して獣になる前に、どうしても密着状態から抜け出したかった。

 

 ありがたや、ありがたや。

 

 ナイスタイミングで訪ねてきてくれた恩人に心の中で感謝を唱えながら、笑顔でドアを開ける。

 

「……え?」


 しかし、その笑顔はすぐに硬直。

 俺の恩人は、思いもよらない相手だった。

 

「ひ、陽菜?」

 

 どうして、とか。なんで、とか。

 そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 

「なにボーっとしてるのよ?」

「いや……だってお前が来るとは思わなかったから。……え、なにしに来たの?」

「別になんだっていいじゃない。あんたの部屋に上がらせてもらうわよ」


 肩にかかる髪をわずらわしげに払った陽菜が、靴を脱ぎ始める。

 今回も俺の答えを聞かずに、家に上がるつもりだ。

 

「……ごめん。ちょっと今日は無理かも」


 いつもであれば大人しく引き下がっていただろうが、今日はそういう訳にもいかない。


 俺の部屋には今、雨宮さんがいる。

 そこへ陽菜が合流したらまた喧嘩になることは、火を見るよりも明らか。

 

 せっかく楽しい一日を過ごそうと思っているのに、ギスギスするなんてごめんだ。

 ここはお帰りいただくのが正解だろう。


 しかし。

 

「……やっぱり結城さんだ」


 雨宮さんがやって来てしまった。

 階段で立ち止って陽菜を見下ろすその目は、ひどく冷たい。

 

「それっぽい声が聞こえたから来てみたけど、思った通りだ」

「はぁ!? どうしてまたあなたがいるのよ!」


 陽菜の顔が歪んだ。

 全身から異常なまでの敵意を放っている。

 

「上がるから!」

「いや、だから今日はちょっと――」


 しかし陽菜は止まらない。

 俺の言葉を無視して家に上がり、階段を上っていってしまう。

 

 そうなると当然雨宮さんとバッティングする訳で、口喧嘩がスタート。

 二人は激しい言い争いをしながら階段を上がり、二階へと消えていってしまった。

 

 戻りたくない……。

 

 俺の部屋は今、戦場と化しているに違いない。

 そんな空間に誰が進んで戻りたいものか。

 

 しかし戻らなかったら、それはそれで面倒なことになりそうだ。

 嫌々ながらも、俺は階段を上っていくしかなかった。

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