【16話】懐かしい感覚
ゆさゆさゆさ。
――体が強くゆすられているのを、俺は感じる。
……懐かしいな。
小学生の頃は、毎朝こうして陽菜に起こされていた。
昨日久しぶりに、家に来た陽菜と会話したからだろうか。
ずいぶんと昔のことを思い出してしまった。
陽菜が来るなんてありえないし、どうせ舞だろ。
苦笑しながら、ベッドで寝ていた俺は目を覚ます。
瞬間、驚きに包まれた。
「やっと起きたわね」
傍らから聞こえてきたのは、陽菜の声。
俺の肩をガッチリと掴んでいる。
俺の体をゆさぶっていたのは舞ではなく、陽菜だった。
懐かしくなるのも当然だ。
なにせやっていたのは、本人だったのだから。
もしかして、夢でも見てるのか?
頬をつねってみるが、痛い。
これは現実だった。
「なにふざけてんのよ。くだらないことしてないで、早く着替えてちょうだい」
「…………。なんで?」
「そんなの学校行くからに決まってるでしょ。私、玄関で待ってるから」
陽菜は俺の肩から手を離すと、そそくさと部屋から出ていってしまった。
「そういう意味の『なんで?』じゃなかったんだけどな……」
俺を嫌っているはずの幼馴染が起こしにきた。
その状況が、俺にはまったく理解できなかった。
こうなったら自分で考えるしか――いや、今は早く着替えないとマズいか。
ここでちんたらしていたら、陽菜はきっと怒るだろう。
部屋に乗り込んできて怒鳴り散らす姿が、簡単に想像できる。
朝から気が滅入るような事態になるのはごめんだ。
なんとしても避けなければ。
浮かんだ疑問はいったん保留。
俺はささっと着替えて、早足で玄関へ向かった。
家を出た俺と陽菜は、横並びになって通学路を歩いていく。
聞こえるのは、スタスタという足音のみ。
いっさいの会話もないまま、二人はただ足を動かしていた。
気まずい。
が、どうしようもない。
なんせ、約三年間も関りを断ってきたんだ。
どんな話題を提供するべきなのか、俺にはぜんぜん分からなかった。
陽菜から話を振ってくれたらまだよかったのだが、それもない。
そっちが押しかけてきたんだから話題を振ってくれよ、とは少し思うものの、口にはしないでいる。
機嫌を損ねて怒られたくなかった。
でも、このままって訳にもいかないか。
学校までは、まだ結構な距離がある。
ずっとこのままというのは、気まずくて耐えられそうにない。
「こうしていると、なんだか小学校のときを思い出すよな」
「……」
勇気を出して話を振ってみるも、陽菜はガン無視。
話題選びをミスったようだ。
「どうしてお前、急に来たんだよ?」
しかし俺はそこで諦めなかった。
次の話題として、保留にしていた疑問をぶつける。
「戦うって決めたから」
「……なんだよそれ」
いつ? 誰と? どこで? 原因は? なんの目的で? どのようにして?
陽菜の言葉は、あまりにも情報量が不足していた。
もっとこう、5W1H的なものを意識してほしいところだ。
しかし、陽菜は無言。
それ以上は口を閉ざしてしまい、なにも答えてはくれなかった。
陽菜と一緒になって教室に入ると、男子たちがいっせいにざわつき始めた。
「村瀬のやつ、雨宮さんに続いて結城さんまで落としたのかよ! さすが恋愛強者だぜ!」
「でも村瀬って、雨宮さんと付き合っているんじゃないの?」
「馬鹿だなぁ。恋愛強者は一夫多妻制だから二股しても許されるんだよ。こんなの一般常識だぜ?」
そんな特別ルールはねぇよ。
ドヤ顔してるけど、それを常識だと思ってんのは地球上でお前だけだろ。
あんまりなことを言うクラスメイトに呆れ果てる俺だが、すぐさまビクンと背を正す。
ものすごい殺気が襲ってきた。
その発信源は、少し離れたところにいるクラスメイト――雨宮さん。
限界まで吊り上がった瞳で、俺たちを睨みつけている。
今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だった。
あまりの迫力につい俺はビビってしまうが、陽菜はまったく動じていない。
それどころか、挑発的な笑みまで浮かべている。
雨宮さんの殺気も陽菜の笑みも、そのどっちもが俺には分からない。
ただひたすらに困惑して、立ち尽くすしかなかった。




