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【15話】誰のため ※陽菜視点


 帰り道を歩いていく陽菜の表情に浮かぶのは、正樹への怒り――ではない。

 悔しさと、そして、とてつもない悲しみだった。

 

「正樹のためなのに……!」


 小さい頃から憧れていた聖蘭高校ではなく、桜台高校を選んだ理由。

 それは、正樹がいるからだ。


 陽菜は、正樹のことが好きだ。

 小学生の頃から、もう長いことずっと片思いしている。


 当時は今と違って、かなり仲が良かった。

 毎日一緒に登校して、放課後もよく遊んでいた。

 

 そんな毎日を過ごすうちに、正樹のことを好きになっていた。

 このままいつまでも一緒にいたいと、そう思っていた。

 

 けれど中学に入って、二人の関係は変わってしまう。

 

 ある日突然、正樹が距離を置いてきたのだ。

 

 登校時間をずらすし、ぜんぜん話しかけてこなくなった。

 だからといってこっちから話しかけても、そっけない返事しか返ってこない。

 

(どうしてよ!?)


 急に嫌われてしまった。

 しかしそうなった原因に、陽菜はまったく心当たりがなかった。

 

 理由を聞きたい。

 それできちんと謝って改善して、もう一度元の関係に戻りたい。

 

 でも陽菜は、それができなかった。

 

「お前のことが嫌いになったから」と、言われてしまうのが怖かった。

 大好きな人に正面から拒絶されたら、きっと立ち直れない。

 

 陽菜にとっては死刑宣告に等しい。

 生きていけなくなってしまう。

 

 だから陽菜は、正樹の要望通りに距離を置くことにした。

 嫌だけど、胸が苦しくなるけど、生きるためにはそうするしかなかったのだ。

 

 しかしそれは、諦めたということではない。


 信じて待っていれば、前のような関係に戻れるはず。

 今は間が悪いだけだ。時間が解決してくれる。

 

 たからこそ陽菜は、正樹と一緒の桜台高校に進学することを選んだ。

 これでまた、三年間一緒だ。


(卒業するまでにはきっと、正樹との関係も戻るはずだわ。そうしたら、私の気持ちを伝えるの!)


 運よく同じクラスになれたこともあって、陽菜は正樹の様子をチェックしていた。

 もちろんバレないように、こっそりとだ。

 

 人付き合いが苦手な正樹は、女子と仲良くしている様子はない。

 そのことに陽菜は、大きく安堵していた。


 でも最近、それに変化が起こってしまう。

 

 陽菜とは別のグループに所属している、カーストトップ女子――雨宮乃亜。

 彼女と仲良くするようになったのだ。

 

 二人に接点はなかったはず。

 だからどうして急に親しくなったのかは分からない。

 

 けど、そんなことはどうだっていい。

 一番の問題は、乃亜が正樹に恋心を抱いているということだ。

 

 彼女は正樹のことを見つめている。

 休み時間も授業中も、もうずっと夢中になっている。

 

 その瞳に宿っているのは、熱い恋心。

 乃亜は恋する乙女だ。

 

 このまま関係が続けば、二人はやがて結ばれてしまうかもしれない。

 それはつまり、陽菜にとっての敗北を意味していた。

 

「ふざけないで!」


 立ち止まった陽菜は、拳を強く握りしめる。


 こっちはもう、十年近くもずっと片思いをしているのだ。

 二か月前に出会ったようなぽっと出の女に取られるなんて、絶対に許せない。そんな不条理がまかり通っていいはずない。

 

 信じて待っているだけなのは、もうやめだ。

 正樹が取られるのを指をくわえて見ているなんて、とても耐えられない。

 

「……負けない。正樹は私のものなんだから!」


 覚悟を宿した瞳を空に向けた陽菜は、ありったけの気持ちをこめて宣戦布告を飛ばした。

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