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【14話】家の前で待っていたのは……幼馴染でした


 夕焼けのオレンジに染まった道路を、俺は歩いていく。

 学校帰りに剣崎とファミレスに寄っていたから、いつもより遅くなってしまった。

 

 舞のやつ、また変な詮索をしてくるだろうな。

 うまくごまかさないと。

 

 そんなことを思いながら足を動かしていた俺だったが、家の前に来たところでピタリと足を止めた。

 

 いや、止まったのは足だけではない。

 体の動き、思考――俺の全部だ。

 あまりにも衝撃的なものを見てしまった。

 

 そこにいたのは、俺のことを嫌っている幼馴染――結城陽菜。

 塀の側に立って、つまらなそうにスマホをいじっている。

 

 俺から声をかけることは二度とないと決めていたが、さすがにこんなことをされたら無視はできない。

 意を決して声をかける。

 

「な、なにしてんだよ、お前?」

「……」

 

 陽菜がスマホから顔を上げる。

 ピリピリした雰囲気を放ちながら、まっすぐに俺を見てくる。

 

「やっと帰ってきた。また雨宮さんといたの?」

「違うけど……。それより、どうして俺の家に……」

「あんたに話があって来たの。上がらせてもらうから」


 それは疑問形ではなく、一方的な決定。

 家に上がることは、陽菜の中ではもう確定しているらしい。

 

 今の関係性で同じ空間にいるのは、気まずいだけだ。

 正直言ってお断りしたい。


 しかしここで俺がなにを言っても、陽菜は絶対に折れない。

 幼馴染の俺は、彼女の頑固さというものを誰よりもよく知っていた。


 諦めて、陽菜と一緒に家に入る。

 

「お兄ちゃん、お帰り――」


 いつもみたく出迎えに来てくれた舞は、その場で固まった。

 隣にいる陽菜を見て、大きく驚いている。

 

「久しぶりだね、舞ちゃん」

「……は、はい」


 あんなにも大好きだったはずの、『陽菜お姉ちゃん』との再会。

 だというのに舞は、ぜんぜん喜んでいなかった。それどころか怯えている。

 

 原因は恐らく、陽菜の雰囲気だ。

 とげとげしくて攻撃的な今の雰囲気には、かつての明るさや優しさといったものがどこにもない。

 

 別人のように思って、恐怖しているのだろう。


「私これから、正樹と二人だけで話をするの。とっても大事な話だから、舞ちゃんは絶対に部屋に入って来ちゃダメだよ。いい?」


 強い言葉で念押ししてから、陽菜は家に上がった。

 まるで自分の家かのような慣れた足取りで、俺の部屋へ向かって歩いていく。

 

 舞の頭をそっと撫でてから、俺も慌てて陽菜の後を追った。



 俺の部屋に入った陽菜は、ベッドへ腰を下ろした。

 顔を動かして、観察するように周囲を見ていく。

 

「この部屋に来るのもずいぶんと久しぶりね。最後に来たのって、いつだったかしら?」

「確か、小六だったと思う」

「そっか、もうそんなに経つんだ。どうりで舞ちゃんがあんなに大きくなっていた訳ね。びっくりしちゃった」

「……で、話ってなんだよ」


 陽菜がどうかは知らないが、俺は息が詰まる思いをしている。雑談なんてしたくない。

 とっとと用件を済まして帰ってほしいので、こっちから切り出してみた。

 

 陽菜は小さく息を吐いてから、じっと俺を見つめた。

 切れ長の黄色い瞳に浮かぶのは、強い非難の色だ。

 

「忠告、無視してるわよね?」

「……は?」


 忠告ってなんのことだ。

 まったく心当たりがない。

 

「私、前に言ったわよね。『正樹に雨宮さんは似合わない』って。それなのに、どうしてまだ親し気なの?」

「どうしてもなにも別に……っていうか、なんでそんなことお前が気にするんだよ? 関係ないだろ」


 俺と雨宮さんがなにをしていようが、陽菜には関係ない。

 だって俺たちは、他人なのだから。


 そう思っての発言だったが、これがよくなかった。


 陽菜の瞳がさらに細まる。

 ただでさえ尖っていた雰囲気が、パワーアップしてしまった。

 

 ヤバい……かなりキレてる。

 

 陽菜は怒ると怖い。

 それはもう、本当に恐ろしい。

 小学生の頃、何度それで泣かされてきたことか。

 

 過去の強烈なトラウマがよみがえってくる。

 それがあるせいで、高校生になった今でも俺はビビってしまうのだ。

 

 これ以上陽菜を刺激するのはマズい。

 よし、話題を変えよう。

 

「……あ、あのさ。なんでお前、聖蘭(せいらん)高校に行かなかったの?」


 俺たちの通っている高校――桜台高校は、名のある進学校ではあるものの、市内で二番手だ。

 

 その上にあるのが、聖蘭高校。

 県内でもトップクラスの進学校だ。

 

 ――制服がかわいい。

 そんな理由で、陽菜は小さい頃から聖蘭高校に行きたがっていた。

 

 聖蘭高校の入学試験を突破するには、非常に高い学力とそれと同じくらいに高い内申点が要求される。

 入学できるのは、ほんの一握りだけだ。

 

 しかし陽菜は、学力と内申点、どちらも満たしていた。

 十分合格できたはずだ。

 

 それなのにどうしてか、彼女の進学先は桜台高校だった。

 俺はそのことがずっと引っかかっていたが、話す機会がないから聞けないでいた。

 

 でも、ちょうどいい機会だ。

 という訳で、長年抱いていた疑問を解消することにしたのだが、


「なんでだと思う?」


 質問を質問で返されてしまった。


「…………ごめん。分からない」


 俺が桜台高校を選んだのは、家から一番近いからという、なんともテキトーな理由だ。

 でもしっかり者の陽菜が、そんな理由で志望校を決めたとは思えない。ちゃんとした理由が絶対にある。

 

 でもそれがなんなのか、俺にはまったく見当がつかなかった。


「もういいわよ。帰る」

 

 陽菜は勢いよく立ち上がると、部屋から出ていってしまった。

 

 話題を変えてクールダウンを試みたものの、逆効果。

 さらに怒らせてしまったようだ。

 

 しかも長年にわたって抱いていた疑問の答えは、なんにも得られなかった。

 踏んだり蹴ったりだ。

 

 でも、どうして今のでキレたんだ?

 

 いったいどこに地雷があったのか。

 考えてみるも、やっぱり俺には分からなかった。

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