98 姉と妹
九十八話 姉と妹
オレ込みで始まった、進藤さんとその姉・すみれさんとの数年ぶりの会話。
当初の予想ではなんだかんだで姉妹だったんだし、すぐに慣れて話が弾むのかなと思っていたのだが……これがまさかの地獄の始まり。 オレは無音の世界へと閉じ込められてしまったのだった。
ーー……き、気まずい。
オレの目の前には、互いに目も合わさず、床を見つめて黙り込んでいる二人。
最初こそ『げ、元気?』やら「えっと……うん、久しぶり」などと、決してテンポが良くないとはいえ会話のラリーは続いていたんだ。 でもそれが、わずか数分でお互いに口を閉じてしまうなんて。
「ーー……」
『ーー……』
おいおい、ずっとこのままだとすぐに日付が変わって……そのうち夜が明けちまうぞ。
こういう時に御白がいてくれれば、我慢の限界が臨界点に達して暴れてくれるのだろうが……今はメリッサとともに家の周辺を見回ってくれてるからな。
その理由はもちろん、愛ちゃんたちが帰宅した際に感じた嫌な気配。
詳しくはまだ聞けてないけど、御白自らが見回ってくれてるってことは、やっぱりそれだけのことなのだろう。
オレは途中から目の前の状況とは別のこと……あの嫌な気配の正体について考えることに。
それからどれだけの時間が経っただろうか。 意を決したのか、すみれさんがようやく『あのね、ゆりかちゃん……』と話を再開させるべく口を開いた。
◆◇
ようやく再開された会話も、楽しそう……といった雰囲気は全く見受けられない些細なもの。
しかしそこには姉と妹、二人だけの世界が確かにあった。
『ゆりかちゃんはその、お姉ちゃんに聞きたいことというか……相談したい事ってある?』
「ある」
おいおい、あるのかよ。
そこは素直になっちゃうのかよ進藤さん。 今までの感じなら絶対に「は? なんで?」とか返してただろ。
優しい姉の声かけに、進藤さんはヤンキーらしからぬ声で返答。
首を小さく縦に振り、お札を強く握りしめながら目の前の姉を見上げる。
『そうなんだ。 えっと……それはどんな?』
「彼氏ができない」
は?
『か、彼氏!?』
おそらくはオレと同様、てっきり家族間の関係を相談されるであろうと予想していたすみれさんが、声を裏返しながら尋ね返す。
「そう。 彼氏ができない。 どうしたらいい?」
『えっとえっとえっと……』
すみれさんがオレにヘルプの視線を向けてくるも、オレはそれを本気でスルー。
我関せずな態度で目を閉じると、オレの助けがないことを悟ったすみれさんは大きく深呼吸。 妹からの久しぶりの相談に優しく答え始めた。
『ゆりかちゃんが気づいていないだけだよ。 お姉ちゃん見てたよ? 今まで告白されても断ってたのはゆりかちゃんの方じゃない』
「いやそれ、アドバイスじゃなくない? ていうか見てたんだ。 性格わるっ」
『しょ、しょうがないじゃない!! お姉ちゃんには見守ることしかできなかったんだから!!』
純粋な姉のツッコミを受けた進藤さんの口角が微かに上がる。
緊張感が解けたのか、そこから進藤さんの相談タイムが開始。 そしてそれが久しぶりにいい方向へと向かっていく。
「あとは、ニキビ増えた」
『ちゃんと寝てないからだよー? ていうか生前、夜遅くまで起きてるからそうなるってお姉ちゃん教えたよね?』
「確かに。 お姉ちゃん、おでこニキビだらけだった」
『そ、それは今話さなくてもいいじゃない!! 今はゆりかちゃんの相談でしょー!?』
徐々に進藤さんの表情が柔らかくなっていく。
それからしばらくは進藤さんによる相談や姉いじりが続いていたのだが、それは突然……またどうでもいい相談がくると思っていたところで、ついにあの件が進藤さんの口から発せられる。
「あいつ……お父さんと喧嘩してる」
『!』
突然飛んできた真面目な相談に、すみれさんも真剣な表情に。
進藤さんの隣に移動して腰掛けながら、『そうだね、喧嘩してるね』と頷いた。
「ていうかずっと機嫌が悪いのがウザい。 それで私に当たってくるのもおかしい」
『お父さんね、お仕事が大変なんだよ』
「でもさ、それで私が死んだ方が良かったってのはおかしくない? 確かに私も何度もそれは思ったけど……親が子に言う言葉じゃないよね!?」
『それは確かにそう、お父さんが悪いと思うよ。 でも……あー、そっか。 ゆりかちゃん、あの後すぐに家を飛び出して……その後の事、見てないんだよね』
すみれさんが苦笑いしながら自身の頬を指先で掻く。
「え」
そこからすみれさんが語ったのは、その事件直後の進藤家での出来事。
進藤さんはそれを、目を大きく見開きながら聞いていた。
『実はあの後すぐにお母さんが顔を真っ赤にしてお父さんに詰め寄ってたんだけど、それよりも先にあのちっちゃな女の子……美咲ちゃんがお父さんに飛び蹴りしてね』
「と、飛び蹴り?」
『そう。「ゆりかちゃんに酷いこと言わないでー!!!」ってね。 その後めちゃくちゃ泣いちゃって……お父さんもお母さんも言い合いするのをそっちのけで美咲ちゃんをあやしてたんだけど、泣いてる美咲ちゃんを見て、お父さんも泣いちゃったの』
「はぁ? なんで」
『ようやく自分がひどいこと言ったって気づいたんじゃないのかな。 あれからお母さん大変だったんだよ? 美咲ちゃんとお父さんの両方を宥めてたんだから』
「きっしょ」
『そんなこと言わないのー。 ゆりかちゃんはお父さんが頑張ってくれてるおかげで、学校に通えてるんだよー?』
これには進藤さんも思うところがあったのか、その言葉には反論せず。
無言のまま……視線をすみれさんから逸らしながら小さく頷く。
『たまにはプライドとか取っ払って、お父さんを労ってあげて。 そうすればお父さん、きっと嬉しいはずだよ』
「そうかな」
『そうだよ。 なんだかんだで毎晩お母さんに、ゆりかちゃんが最近どうなのか……とか聞いてるもん』
「それってただ私にマウントとるためのネタが欲しいんじゃないの?」
『ゆりかちゃん、違うでしょー。 親が子供のことを気にするのは当たり前……ゆりかちゃんに直接聞いたら喧嘩になるから、お母さんに聞いてるんじゃない』
「喧嘩の声しか聞こえないけどね」
『それはお酒に酔ってからだよねー。 お父さん、ほんとお酒自分でも弱いって知ってるのに飲むんだもん。 ただ、そうでもしてストレスを発散しないとやってられないんじゃないかなー』
「弱っ」
『そりゃあそうだよ。 お父さんだって人間だもん』
「そっか」
進藤さんはしばらく黙って考え込むと、「分かった、労うの……考えとく」と小さく呟く。
その言葉を聞いたすみれさんは満面の笑みに。『うん、やっぱりお姉ちゃん、今みたいに素直なゆりかちゃんの方が好きだな』と優しく頭を撫でた。
「なんで撫でてんの?」
『そりゃあ撫でるよ。 お姉ちゃんだもん』
「私の方がもう歳上なのに?」
『でもお姉ちゃんがお姉ちゃんなのは変わらいもーん』
「ふーん」
なんだかもう、別人格の進藤さんを見ているみたいだ。
見た目こそ化粧等しててギャルそのものなのだが、ヤンキーオーラは微塵も感じられない。
『ふふ、ゆりかちゃん可愛い』
「うっさい、年下のくせに」
『そんな年下のお姉ちゃんに甘えてるのは誰なのかなー?』
「ーー……っ」
あぁ、なんて優しい空間なんだ。
これにて大団円だと思っていたオレだったのだが、それは突然訪れる。
突然進藤さんの瞳から、涙がこぼれ落ちたのだ。
「し、進藤さん!?」
『ゆりかちゃん!?』
心配したすみれさんが慌てて顔を覗き込んだのだが、それと同時に進藤さんの背中から闇・進藤さんが出現。
感情の抑制を完全に失った進藤さんは、その場で激しく泣き始めた。
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