91 特別編・ゆりか中学生時代
九十一話 特別編・ゆりか中学生時代
進藤さんが父親との関係性が悪くなったきっかけ……自身の過去を語り始める。
その最後には、進藤さんのヤンキー女子仲間・陽キャ佐々木さんと、退院した黒沢さんとの仲が拗れた理由についても話してくれた。
「私さ、ほんと中一の終わりくらいまでは、石井みたいって言ったらあれだけど……今みたいな派手な感じじゃなかったんだよ」
◆◇
進藤ゆりか・中学一年生時代。
その頃の彼女はヤンキーの『ヤ』の字も似合わない、純粋で優しい女の子だった。
一つ年上の姉・すみれが亡くなるまでは。
「ご臨終です」
姉・すみれが体調を崩し始めたのは数年前から。
最初こそそこまで深刻ではなく、本人の『学校へ行けるときは行きたい』という希望から自宅療養をしていたのだが、ある日を境に体調が急激に悪化。 半ば強制的に入院となり、その数日後のことだった。
すみれの最期を看取ったのはゆりかのみ。
仕事・パートに精を入れていた両親は、静かになった部屋に入ってくるなり大粒の涙を流しながらすみれの枕元で泣き叫ぶ。
「どうして……どうしてこんなことに!!」
「すみれええええええ!!!」
自宅療養中は会社の飲み会やパートの主婦会に参加していたりと、看病を娘に任せっきりだった二人がどうしてこんなに悲しんでいるんだろう。
両親の泣き声響き渡る病室の中、ゆりかの心を黒い渦のような感情が支配。 ゆりかは小さく舌打ちをして静かに外へ出た。
◆◇
すみれが亡くなって、進藤家にも変化が訪れた。
ーー……悪い変化が。
「どうして母親であるお前が、すみれのことをちゃんと見ていなかったんだ!!」
「そ、そんなの仕方ないじゃない! パートがあって……!」
「なぜ辞めずに続けていたんだ! 不倫相手でもいるのか!?」
「な、何を言って……! あなたが稼げって言ってたから続けてたんじゃない!!」
夜。 自室に閉じこもり布団に顔を埋めているのにも関わらず、リビングから両親の言い合い……怒号が耳に入ってくる。
「言い訳するな!! じゃあすみれの看病したいからって直接言ってくればよかったじゃないか!!」
「言ったらあなた、手を出すじゃない!!」
「黙れ!!!」
こういうやりとりが数日続いたあたりで、先に精神的に参ってしまったのは母親。
パートを辞め、言い返すことに疲れたのか父親の言うことには、何に対してもイェスマンに。 そしてそれはゆりかに対しても同様で、以前までなら少しでも色気づいた服やメイク道具を見つけては『中学生なのにはしたない!』と注意してきていたのだが、露出の多い服を着ても何も言ってこなくなったのだ。
「今日も塾終わってから、楓と話してから帰るから」
「そ、そう。 大体……何時ごろまで?」
「分からない」
「じゃ、じゃあいつもみたいに、鍵……開けておくね」
何に対しても口を出してこなくなったのは、都合がいいと言えばそうなのだが、それが思春期のゆりかの心に大きな傷を作っていく。
「ーー……今までだったら、向こうの家にも迷惑になるからってうるさかったのにね」
「え」
「行ってきます」
楓と話してから帰るというのは嘘。
塾終わり、ゆりかが帰宅するのは決まってあの人……耳に障る怒号を放つ父親が寝静まってから。 自宅近くの公園で時間を潰し、あの人が寝静まったでろう時間になりようやく扉を開ける。
「お、おかえり。 ゆりかちゃん」
「あの人は?」
「寝たよ。 お父さん、ゆりかちゃんの帰りが遅いこと心配してたよ」
「んなわけ。 お姉ちゃんの看病もしなかったあの人がそんなこと思うはずない。 どうせ文句垂れてたんでしょ。 しょーもない嘘はやめて、不快だから」
「ご、ごめんねゆりかちゃん」
おそらく母も、私があの人を避けていることは気づいているのだろう。
逃げていると思われても構わない。 それでも私は、なんでも人のせいにしてしまうあの人のことが気に食わなかったのだ。
靴を脱いで自室へ向かうべく階段を登っていると、下から心配そうな眼差しを向けてきている母親に気づく。
「なに?」
「ううん、塾、お疲れ様」
よく見ると母の目の下には黒ずんだクマが出来ており、以前に比べて分かりやすく痩せ細っている。
「お母さん、痩せた?」
「え」
「食欲もなさそうだし、最近寝れてないみたいだけど」
「うん、お母さん、すみれに寂しい思いをさせちゃったから……。 夜はすみれが寂しくならないように、仏壇の前で話しかけてるの」
「ーー……そうなんだ」
母は今回の件を本当に後悔……反省してくれているらしい。
お姉ちゃん、よかったね。
母のその行為が嬉しかったゆりかは、甘いと思われるかもしれないが、母を許すことに。
「お母さん、寝ないのはお姉ちゃんも心配すると思う」
「え」
「久しぶりに一緒に寝ようか」
「ゆ、ゆりかちゃん……!」
それからしばらくはすみれの写真を枕元に置き、母と二人並んでベッドで就寝。 そこで母はあの人……父には直接言えない愚痴を話してくれていたのだが、すみれを寂しくさせた元凶が全てあの人にあったことをゆりかは知った。
「え、あいつが言ったの? お母さんは今まで通り働いて……お姉ちゃんはどうせ軽い症状なんだから私に看病させとけって?」
「うん」
「は? それでお母さんはなんで反論しなかったの」
「お父さん、言い返したら手が出るの知ってるでしょ? それにすみれとゆりかちゃん、二人には大学まで進学して欲しかったから……お金には余裕を持たせておきたいなって思って」
「ーー……」
パートの主婦会に参加していたのは、自分のストレスを発散させることの出来る、唯一の場だったからとのこと。
母は隣で横になっているゆりかの手を両手で握りしめると、「すみれのこと、背負わせちゃって本当にごめんなさい」と涙ながらに謝罪を始めた。
「ーー……そうだったんだ。 てかあいつ、やっぱキモいね」
「ごめんねゆりかちゃん。 少しはお母さん、ゆりかちゃんに相談すればよかったのに」
「ううん。 私もえっと……気付けなくてごめん。 まさか二人分の大学の費用を貯めてくれてたなんて知らなかった。 お姉ちゃんの近くにいてくれなかったことはまだ許せないけど……お母さんは頑張ってると思う。 今日その話を聞けて良かった」
「ゆりかちゃん……」
この日からゆりかの敵は父親一人に。
しかしここで父と大きな争いをしてしまっては母に迷惑がかかるため、何を言われても数分で終わる程度の口論にとどめていたのだが、とうとうそれが先日の発言……『死ぬのが逆だったらよかった』に我慢の限界を迎えてしまったとのことだった。
◆◇
が、ガチで重すぎだろ。
話し終えた進藤さんは、「あー、思い出しただけで殺意湧くわ」と拳を握りしめる。
「なんか激動だね」
「まぁね。 今みたいに髪を明るく染めたのも、あの人に怯まないよう……自分を強く見せたいからってだけ。 ダサいっしょ」
進藤さんがその綺麗な金髪をフワリと靡かせる。
「いやいやそんな。 ていうか黒沢さんからちょっとは聞いてたんだけど、佐々木さんとは本当に昔ながらの友達なんだね」
「まぁね。 楓はお姉ちゃ……姉とも仲が良かったんだよね」
「そうだったんだ。 じゃあ本当の親友なんだね」
「そ。 でも今は喧嘩中……もしかしたら友達じゃなくなるかもしれないけど。 姉が死んでから姉の話は禁止にしてたのに、急にそれを最近話題にしてきたから」
え。
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