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09 愛ちゃんの夢と謎の転校生⑤


 九話  愛ちゃんの夢と謎の転校生⑤



 上から流れたというのなら、行き着く先は必然的に下。

 悪霊の探し物・母親へ向けた手紙の入ったランドセルを求めてオレたちは川下の方へ向かって目を凝らしながら進んでいく。 浮遊霊たちもオレたちに並走するような形で川の中や水辺等を隙間なく調べていった。



『うおおおおお!!! おい良樹ーーー!!!』



 突然下の方から浮遊霊が興奮に満ちた声を上げる。



「なんだ? まさか見つかっ……」


『ちょっと来いよ!! こんなところに誰かが隠してるのか大量のエロ本……状態がいいから一冊どうだーー!?!?!』


「!!!」



 なに!? エロ本だと!?

 なんだかんだでオレまだ未成年……エロ漫画だったらまぁまぁな数を持ってはいるが、もしそれが実写だというのなら……そういう本を堂々と買うことが出来ないから夢だったんだよなぁ!!!



「それは漫画か!? 実写か!?」


「実写だ!!」


「マジか!! しかもさっき状態が良いって……最高じゃないか!!!」



 オレの興味は一気にそっち方面へ。 しかしオレが「ちょっとオレにも見せてくれ」と下へと降りようとしたところ、手を繋いでいた愛ちゃんが首を傾げながらオレを見上げてきた。



「えろ……ほん? お兄ちゃん、それってエッチな本のこと?」



「ーー……ハッ!」



 やばい!!! やってしまった……愛する妹・愛ちゃんの前でとんだ恥ずかしい姿を見せちまったあああああ!!!!



「いや、違う……違うんだ愛ちゃん!! 多分聞き間違いだ!!」


「そうなの?」



 オレは必死に誤魔化してその場をスルー。

 浮遊霊に「後で場所だけ教えてくれ」と耳打ちをして捜索を再開し、更に下へ下へと進んでいったのだが……



「あー、これ以上は進めないみたいだね」


 

 行き着いた先はフェンスとともに掲示されていた『これより先は立ち入り禁止』の看板。

 それを見た愛ちゃんは悲しそうに俯いた。



「もう無理……なの?」


「そうだね」


「あの子ね、ママに気持ちを伝えられなくて苦しんでる……悲しんでる」


「うん」


「私はもう無理だけど、あの子は手紙さえ見つかれば伝えられるんだよ? それなのに見つけてあげられなかった……、あの子の力になってあげられなかった」



 愛ちゃんは体を細かく震わせながらその瞳に涙を溜めていく。

 


「愛ちゃん……」



 そうか、愛ちゃんはあの悪霊と、立ち位置こそ違うだけで似たような境遇……理由を知って自分と重ね合わせちゃったんだな。

 でも結局見つからなかったし行き止まりだしで、オレたちにはこれ以上どうしようもないぞ。

 


「愛ちゃん、だから今回のことはもう残念だけど……」



 オレは何気なく再び看板へと目を向ける。

 するとどうだろう、そこに書かれていたとある文字……オレはそれを視界に捉えるなり、繋いでいた愛ちゃんの手を少しだけ強く握りしめた。



「ーー……お兄……ちゃん?」


「愛ちゃん、後一つだけ……可能性があるかもしれない」



 ◆◇



 日が沈みすっかり暗くなった頃。

 オレたちは再びあの悪霊のいる橋へと足を運んでいた。



「おーい、いるか?」



 オレの声に反応するかのようにあの悪霊が橋の下から姿を現す。

 オレはそいつに向けて、両手に抱えていたそれを差し出した。



「えっと……これで、合ってるか?」


『!!』



 オレが抱えていたもの……ランドセルを目にした悪霊の目が大きく見開かれる。



『ソ、ソレ……ソレ……ハ……』


「それでさ、探してたものがこれ……なんだよな」



 オレは泥やらいろんなもので汚れたり傷の入ったブルーベリー色のランドセルから、文字のうっすら滲んだ……『おかあさんへ』と書かれた手紙を取り出す。



『アア……アアアアア、ソレ、ド……コデ……』



 悪霊がその手紙へとゆっくりと手を伸ばしてくる。

 オレは悪霊に向けて、これを見つけた経緯を簡単に説明することにした。



「実はな、キミにいっても難しいし分からないかもしれないんだけど、市役所の人が預かってくれていたんだ」



 そう、あの時オレが何気なく見た『これより先は立ち入り禁止』の看板。

 その下には小さく市役所の電話番号が書かれており、オレは当時結構強めに印象に残っていたことを思い出したんだ。



 あの記録的豪雨のあと、川のどこかが詰まって流れが悪くなっていたことから、業者たちと合同で市役所の人がゴミを取り除きに来ていたということを。



 それでダメ元で連絡して確認しに行った結果、まさかのビンゴだったってわけ。 

 市役所の人曰く、その日にこのランドセルを見つけたらしいのだが、中を覗いて確かめてみるも教科書やノートは水でふやけたり泥がこびり付いたりでグチャグチャ。 書かれているはずの名前も確認しようがなかったため、仕方なく一定期間落とし主が現れるのを待っていた……とのことだった。



「それにしても奇跡だったんだぞ? お前がお母さんに向けて書いたこの手紙……プリントファイルに入れられてたんだけど、まるで教科書やノートに守られていたような形で挟まっていて、少し水が侵入した形跡があるけど、何故かこれだけが唯一無事だったんだから」



 ◆◇



 流石にこのままバイバイというわけにもいかなかったので、オレたちは悪霊の案内のもと、町外れにある一軒の家へと訪れる。

 中からは明かりが見えたのでインターホンを鳴らすと、インターホン越しに『ーー……はい』とかなり弱々しく覇気のない女性の声が聞こえてきた。



『何の……用でしょうか』


「あ、あの。 む、娘さん……の……」


『ーー……はい?』



 あぁ……拷問すぎる。

 クラスメイトと話すだけでも精一杯のオレなのに、今日だけで市役所の人やらこの家の女性……知らない人とこんなに話す羽目になるなんて。

 


「娘さんのこと……なんですけれども」


『え』



 やっぱりそうだよな、そんなこと言われたら驚くよな。

 追い返されると思っていたオレだったのだがゆっくりと扉が開けられ女性が顔を覗かせてくる。



「あの……、うちの子のことと言うのは一体……」



 説明するよりも見せた方が話が早い。

 オレは汚れたランドセルを愛ちゃんから受け取り、それを母親に見せた。



「ーー……!!!」



 女性の目が大きく開かれる。

 女性は緊張した面持ちでそれを受けとると、指先を激しく震わせながら中を確認。 中に入っていた筆箱を見つけるなり「ウチの子の……です」とランドセルを強く抱きしめた。

 

 

 その後オレたちは話を聞きたいと言う女性の要望から半ば強制的に家の中へ。

 変に怪しまれても面倒だからな。 オレは誰にも言わないことを条件に事の顛末を全て女性に説明することに。 ついでに悪霊になりかけていた娘もここにいると伝えようとしたのだが、いつの間に……周囲を見渡してもその子の姿が見えず、どこかに消えてしまっていたのだった。



「あれ、愛ちゃんあいつ……コホン、あの子は?」


「え、ほんとだ。 さっきまでいたんだけど……」



 ◆◇



「そうですか。 それであの子は亡くなってもなお、ずっとこの手紙を……」



 女性は最愛の子が最後に書いた手紙を微笑みながら……時に頷きながら目を通していく。

 そしてそれを全て読み終わると、女性は手紙を胸に抱きながらオレたちに頭を下げた。



「ありがとうございました。 私は……あの子の分まで生きなければいけないようです」



「え?」



 そう言うと女性はオレたちに向けて手紙を差し出し、「ここです……」と最後に書かれていた一行を見せてくる。

 そこにはまだバランスのとりきれていない……あどけない文字で、こう記されていた。



 ===



 おかあさん、だいすきだよ。 ずーっと、げんきでいてね。  サキより



 ===



「大好きな娘……サキがこう言ってくれてるんです。 だったら私は母親なんだから、頑張らないと」


「そうですか」



 読み終えたオレは見せてくれたお礼を言いながら女性へと顔を上げる。

 しかし何かに気づいたオレの視線は女性の隣へ。 そこで視界に映ったものに思わず「あっ」と声を漏らした。



 なんだよ、どこかに消えたのかと思ったら。 いつの間にそこにいたんだよ。



 女性の隣には可愛らしい女の子。

 ちょこんと正座してニコニコ微笑みながら……幸せそうな表情でこちらを見ている。



「お兄ちゃん? どうしたの?」



 オレの反応に気づいた愛ちゃんが咄嗟にオレの手を握り視線をオレが向けているのと同じ先へ。

 そして女の子に気づくなり、「よ、よかった……」とこぼし、女の子に微笑み返しながら涙を流した。



「あ、あの……どうされました? 妹さん泣かれてるようですけど……大丈夫?」



 いきなり泣き出した愛ちゃんを心配してか、女性は不安そうな表情でオレを見る。



 んーー、どうしたものか。



「お兄ちゃん……おばちゃんにも」


「ーー……わかった、愛ちゃんがそう言うのなら。 じゃあちょっと失礼しますね」



「?」



 オレは女性の隣……女の子の反対側に回り込んでそっと肩に手を添える。

 するとこれはもう仕方のないことなのだが、最初こそ女性は警戒したように「え、いきなり何を……?」と驚きの反応を見せてくる。 しかしオレの向けている視線の先が気になったのか女性も不思議そうにオレの視線を追っていき、とうとう隣に座っていた女の子……娘とようやく目があった。



「え、うそ……」



 女の子と目が合うなり女性の目からは大粒の涙。

 声を震わせながら「サキ……ちゃん?」と優しい声色で問いかける。 そしてそんな母親の愛のある呼びかけに応えるかのように、その女の子……サキはニコリと微笑んで母親に抱きついた。



「ほ、本当に……サキちゃんなのね?」


『よかった、おかあさん……やっと笑ってくれた」


「そうね、思い返せばあなたを失ってからずっと私は自分を責めてばっかり……全然笑ってなかったかも」



 サキは母親の涙を、触れることは叶わないが涙を拭う素振りを見せる。

 対して母親はそんなサキの頭部分に手を当てて、その形に沿って優しく撫でた。


 

 まさかこんなことが起こり得るなんてな。



 サキが悪霊化していた理由……それは母親のため。 母親に気持ちを伝えて元気になってほしい一心で成仏を拒否。 悪霊化する一歩手前まで必死に耐えながら手紙を探していた。 

 しかしその強い執念が一気に解き放たれて、純粋なままのサキに戻った……ということなのだろうか。

 


『じゃあおかあさん、サキ、もういくね』



 サキが優しくそう微笑むと、サキの体が僅かに発光して上へと昇っていく。



「サキ……どこにいくの?」


『天国だって。 おばあちゃんが迎えに来てくれたみたい。 早くおいでって』


「そう。 なら迷わずに天国に行けるわね。 向こうでも元気で……お母さんも頑張るから」


『うん。 サキ、いつでもおかあさんの側にいるからね。 あ、おばあちゃんがおかあさんに「あとは任せて」だって』



 サキの体が吸い込まれるように天へと昇っていく。



「サキ……いってらっしゃい」


『いってきます。 ママ、だいすきだよ』



 サキはそう言い残して柔らかく微笑むと、オレたちに小さく『ありがとう』と囁いて天国へと旅立っていった。



 ◆◇



 結構遅い時間になってしまった。

 女性の家を出て自宅に帰った頃にはもう良い子は眠る時間。



「うわあああ、やばい……時間がない!!! 愛ちゃん、オレはご飯急いで作るから先にお風呂入っておいで!!」



 オレは冷蔵庫を開きながら愛ちゃんに声をかける。

 しかしどうしたというのだろう。 愛ちゃんからの返事が返ってこない。



「あれ、ねぇ愛ちゃん聞こえて……」



 振り返ってみると愛ちゃんはオレの後ろに。

 どこか寂しそうな顔でオレの背中に抱きつくなり、無言で顔を押し付けてきた。



「あ、愛ちゃん?」



 愛ちゃんの様子がおかしい。

 オレが「どうしたの?」と声をかけてみると、愛ちゃんは顔を押し付けたまま小さく呟いた。



「あのね、サキちゃんと、サキちゃんのママの話を聞いてて思ったんだけどね……」


「うん」



 あー、あれか。 母と娘のやりとりを目にして、お母さんたちに会いたくなっちゃったやつか。

 あんなの見せられたらそりゃあ会いたくもなるわな。



 オレは愛ちゃんの方を向いて目線の位置までしゃがみ込むと、優しく愛ちゃんの手を取り握りしめる。

 すると愛ちゃんは目に大量の涙を浮かべながらオレの手を逆に包み込むように両手で握り返し、震える口をゆっくりと開いた。



「お兄ちゃんは……いなくならないでね」



「!!!!!」



 涙を零しながら訴えてくる愛ちゃん。

 オレはそんな愛ちゃんの姿を見て、気持ちを知って、改めて今愛ちゃんの置かれている状況を理解させられた。

 


 そうか、今の愛ちゃんにはもう頼れる相手がオレしかいない……オレしか愛ちゃんを幸せにしてあげられないんだあああああああ!!!!

 


「ーー……今日はもう出前でいいよな。 まだ届けてくれるところあるし」



 オレは出前を注文すると愛ちゃんを連れてソファーの上へ。

 出前が届くまでの間、オレは愛ちゃんとのスキンシップタイムを存分に楽しんだのであった。



「あ、そうそう愛ちゃん」


「なに?」


「今日はありがとね。 オレ、愛ちゃんが止めてくれなかったらサキちゃんのこと、強制除霊させるところだった……助かったよ」


「えへへ。 お兄ちゃんに褒められたぁ」



 照れ臭そうに笑う愛ちゃん、可愛い。



「だからまだちょっと心配だけど……愛ちゃんが巫女になれる特訓、これから真面目に、ちゃんとやろうと思います!!」


「やったぁーーー!!!!!」



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