83 特別編・進藤ゆりかの苦難②
八十三話 特別編・進藤ゆりかの苦難②
数日の間、親戚の小学生……従姉妹の星美咲を預かることになった進藤家。
預かり初日、早速小学生の元気さを見せつけられたゆりかは数時間相手をしただけで疲労困憊。 夕食を食べ終えると父親と顔を合わせないようにするため、すぐに入浴を済ませて自室へと戻っていた。
「ーー……」
ベッドで仰向けになり天井を眺めていると、一階のリビングから普段とは違った……楽しそうな声が聞こえてくる。
「おー、そうか! 二年生で縄跳びの二重跳びを二十回も!! 美咲ちゃんは凄いな!」
この無駄にテンションの高い声はあの人、父親だ。
すでに酒に酔っているのか、下品な声が耳に障る。
「へへっ! 今度おじちゃんにも見せてあげるねー!」
「あっははは! じゃあ美咲ちゃんがウチにいる間に大きな公園に連れてってあげないとな!!」
「もう、はしゃぎ過ぎよお父さん」
「たまにはいいじゃないか! そうだ、どうせなら公園もそうだけど……久しぶりに遊園地でも行くか!」
「えー! いいの!? みしゃ、いきたーーい!!」
こんなに盛り上がってるのはいつぶりだろう。
最近までは無音か、たまに聞こえてきても主にあの人の酒の入った怒声……小学生の美咲が加わっただけでこんなにも変わるなんて。
「なんか私だけ退けものな感じ。 まぁ仕方ないことだけどさ」
枕元でスマートフォンが震えたため確認してみると、それは佐々木楓からのメール受信通知。
内容を見たゆりかは小さく舌打ち。「約束破ったそっちが悪いんじゃん」と、返信をせずに眠りについた。
【受信・楓】ゆりか、まだ怒ってる? 奈々と一緒にちゃんと謝りたいからさ、明日の放課後時間作ってくれないかな。
◆◇
翌朝。
昨日母親からの情報で、普段よりも三十分早く父親が動くことを知っていたゆりかはそれより早く行動。 まさかの家を出る時間が一緒だったため、ゆりかはいつもよりも少し早く家を出ようとしていたのだが……
「あ、ゆりかちゃんもう行くの!? いってらっしゃーい!!」
階段を降りているとリビングから出てきたパジャマ姿の美咲と鉢合わせ。 美咲が満面の笑みで手を振ってくる。
「いってきます。 美咲は間に合うの? まだパジャマみたいだけど」
「うん!! みしゃ、あとは制服に着替えるだけだもーん!! んじゃねー!!」
美咲は元気よく走って母親の部屋へ。
「私も小さい頃は、あんなだったか」
ゆりかは美咲の姿に少し癒されながら歩みを再開。 しかしなんとも悪いタイミング……ゆりかがリビングの前を横切ると同時、今度は父親と鉢合わせてしまったのだ。
「お」
「あっ」
不覚にも父親と目が合う。
「ーー……っ!」
いつもならここで舌打ちをかますところなのだが、今は美咲もいるんだ。 ここで事を荒げるわけにはいかない。
ゆりかはグッと声を殺して父親を無視。
そのまま玄関を目指したのだが、これはわざとなのだろうか。 背後から聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「ーー……臭くてかなわんな。 まったく、最近の高校生は」
煽りを込めた、独り言では済まされない声量。
これにはゆりかも流石にカチンときてしまったため、条件反射で煽り返す。
「は? なんなの喧嘩売ってんの? てかそっちの加齢臭の方が吐きそうだし」
なんて気持ちの悪い朝なのだろう。
煽ってきたのは向こうの方なのに、ゆりかの返しを受けた父親は大激怒。「父親に向かってなんだその言い方は」と鬼のような形相で詰め寄ってくる。
「その文言何回目? 同じスタートしか切れないわけ?」
「そんなことはどうだっていいだろう。 お父さんはどうしてお前がそういう事を言うのかって話をしてるんだ」
「いや喧嘩売ってきたのそっちじゃん。 自分の行動を棚に上げて、それ大人としてどうなの? 恥ずかしくない?」
「どうしてお前はいつもそう……!」
「話すり替えないでもらっていい? まずは私の質問に答えてよ。 あ、もしかしてもう考える頭もない?」
「このバカ娘っ……!!!」
顔を真っ赤にした父親はその勢いのまま右手を大きく振り上げ、ゆりかの頬めがけて振り下ろす。
「ーー……っ!!」
しかし父親の手がゆりかに当たる寸前のところで、二人の声に気づいた母親が登場。 父親の手首を掴んでそれを回避させた。
「なっ……、母さん!」
「いい加減にして美咲ちゃんがいるのよ!!」
階段へと視線を向けると、目を大きく見開き、階段の手すりを掴んで震えている美咲の姿。
余程怖かったのか、その瞳には涙が滲んでいる。
「ゆりかちゃん、おじちゃん……ケンカ?」
「っ!」
「!!」
美咲の存在に気づいたゆりかと父親は、すぐに言い合いを中止。
無言で靴を履き家を出ようとしていると、あの人はどれだけ自分のことが嫌いなのだろうか。 去り際、父親は凝りもせずにゆりかに聞こえるように大きく呟いた。
「どうして良い子だった『すみれ』が……。 逆ならよかったと、どれだけ……」
「ーー……っ!!!」
すみれ。 それは数年前に病でこの世を去った、ゆりかの姉。
父親の心無い言葉を耳にしたゆりかは、これまでに経験したことのないくらいに大激怒した。
「だったら……だったらもう追い出せよ!! 私だって逆だったらよかったのにって何度も思った……悪かったね出来の悪い妹がのうのうと生きてて!!!」
スクールバッグを父親に投げつけ、その勢いで家を出る。
涙で目の前があまりよく見えない。
絶対今の私、みんなに見られたくない顔してる。
その日、ゆりかは学校をサボることに。
とはいえまだ季節は夏。 外にずっといては倒れること必死だ。
「まずは公衆トイレで時間を潰して……あそこのスーパー営業開始何時だったっけ」
中規模スーパー内ならそこまで狭くないからあまり目立たないかもだし、エアコンも効いてて熱中症になる危険性もない。
ゆりかは通勤・通学の人に混ざりながら公園に併設された公衆トイレへ。 そこで若干の蒸し暑さに耐えながらも時間が経つのを耐え、少し離れたスーパーの営業開始時刻に合わせてトイレを出たのだった。
「うわ汗でメイクちょっと落ちてんじゃん。 汗引いてからスーパーのトイレで直さなきゃ」
その数時間後、スーパーでとある人と偶然会うことにより自身のこれからが大きく変わってしまうことを、今のゆりかはまだ知らない。
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