73 特別編・二人だけの密会
七十三話 特別編・二人だけの密会
良樹・愛・マリアの三人が、マリアのスマートフォンを契約しに外出しているのと同時刻。
愛とマリアの通っている小学校の教室内では、彼女たちの担任・高槻舞が、本日行われた生徒たちのテストの採点を一人黙々と行っていた。
「ふぅ……、あと半分。 やっぱり先輩だらけの職員室でやるよりも、こっちの方が捗るなぁー」
ずっと同じ体勢・同じ姿勢で作業していたため、背中や腰、首筋が痛い。 キリがいいこともあって、舞はあまり座りごごちが良いとは言えない椅子の背もたれに「んーっ!」と伸びをしながらもたれかかる。
「この調子なら他に残ってる作業量を考えても、定時ちょっと過ぎには帰れるかな。 あ、でも今日はマリアちゃんの携帯を契約しに行くって言ってたし、そこまで急いで帰る必要もないか」
舞は担任席の対面側……教室後方から、一つの視線を向けられてることに気づきながらも、それを無視して作業を再開。
そして採点のリズムが出来上がってきたあたりで、視線を向けられていた箇所から少女の声が聞こえてきた。
『お主もなかなか忍耐強い……気づいておるんじゃろ』
「ーー……やっぱり誰かいましたか。 どなたですか?」
舞が冷静に返事をすると、謎の声の主はその反応が気に入ったのか『かっか』と高らかに笑い出す。
その後、舞の近くにまで近づいてきたのだろう。 先ほどよりも大きく、はっきりとした声で『ちなみに、妾の姿も視えておるのか?』と尋ねてきた。
「いえ、はっきりとは。 なんというか……薄く、ぼやけた感じですね」
『そうか。 それでもお主は怖がらないのじゃな』
「まぁそうですね。 高校三年生の……ある事件が起こるまでは、はっきりと視えてたもので。 今は先ほども申した通りぼんやりとしか視えないですが、あなたが悪い存在ではないということだけは分かります」
『ほう、どうしてそう言える?』
「それはあなたが一番知ってるんじゃないですか? あのお家の住人……良樹くんたちが海へ旅行に行った時、私のことを警戒していたのか、私が家にいる間中ずっと近くで見張ってましたよね」
『気づいておったか』
「はい、バレバレです」
すぐには返事が返ってこなかったため、舞は視線を答案用紙へと戻す。
赤ペンを走らせながら返事を待っていると、少し遅れて『今は……邪魔しない方がいいかの?』と少し意外な質問が投げかけられてきた。
「ーー……そうですね。 採点は出来るだけ間違えたくないので。 これが終わったらひと休憩入れる予定なので、まだお話があるのでしたら、その時にしていただけるとありがたいです」
『わかった。 では……そうじゃな。 妾も静かに待っておくとするゆえ、終わったらその持っている赤い棒を二回、鳴らしてもらえると助かる』
「はい。 出来るだけ早く終わらせますのでお待ちくださいね」
声の主が気配を完全に消してくれたおかげもあり、舞は目の前の作業に集中。
残りの生徒の採点を全て終わらせた後、スマートフォンで休憩可能な時間をタイマーセットしてから赤ペンで二回、机を軽く叩いた。
◆◇
運動場から聞こえる、部活動に励む生徒たちの声を背景に、舞は声の主との対話を開始。
先ほど気を遣ってくれたこともあり、おそらくは良心的で常識のある相手なのだと判断してのことだったのだが……声の主の正体を聞いた舞は目を大きく見開かせた。
「えっと……そうですか、神様ですか」
大体の予想では、あの家……加藤家に住み着いている良樹、愛、マリアのうちの、誰かの先祖だと思っていた。
なのに声の主は堂々と『神じゃ』と言ったのだ。
『なんじゃ? 信じられんかの?』
「まぁ……はい、そうですね。 あまりにもざっくりとしてらしたので」
『ちなみにお主は、近くにある御白神社を知っておるか?』
「御白神社……」
その名前を聞いた途端、舞の胸がキュッと縮まる。
『ん? もしかして知らぬのか?』
「あ、いえ、知ってますよ御白神社。 数年前に恋愛成就で有名にでしたよね」
『ほう、やはりそうか知っておるか』
「はい。でも当時私はここから遠く離れた田舎で学生をしてましたし、ここに赴任してきてからも日々に精一杯でまだ行けてはないんです」
『酒を呑む時間はあるのにか?』
「勘弁してくださいよ。 あれがないと、やっていけなかったんですから」
お酒の話題を出された影響から、まだ仕事中だというのに口が、胃が、脳が、アルコールを求め始める。
『うむ? どうしたのじゃ?』
『えっ! あ、なんでもないですすみません!!」
舞はアルコール欲求を脳内から吹き飛ばしたい一心で頭を左右に目一杯振る。
そして早く別の話題へと移行するため、「というより、どうして御白神社の話題を?」と声の主・自称『神』に尋ねた。
『そんなの決まっておろう。 妾こそがそこで崇拝されておる神、御白その人なのじゃから』
御白神社の御白さん? そんな安直な。
舞が心の中で突っ込んだと同時。
どこからともなく数匹の狐の声が教室内に木霊する。
「あれ、なんで狐の声が……」
『あぁ、お主はあまり詳しくないのじゃったな。 御白神社は白狐を祀る神社……ちゃんと姿を見て貰えば話が早いのじゃが、妾は狐の神で、先ほど鳴いたのは妾の眷属たちじゃ」
「狐……人を騙すだけの存在じゃなかったんですね」
『一部の地域ではそう言われるところもあるな。 まぁそれも仕方のないことじゃが……』
御白が『うーむ』と唸り出したところで舞の設定していたスマートフォンのタイマーが作動。 御白からは驚きの声が上がっていたが、舞が仕事に戻る時間だということを伝えると、御白は残念そうに『そうか』と返してきた。
『ひと休憩が、こんなに短時間だとは。 時間に縛られて、大変じゃな』
「いえ、自分で選んだ仕事なので。 それでえっと……結局はその、御白さんは、私に何の用だったんでしょうか」
今の今まで自分に話しかけてきた理由を聞けていない。
舞が首を傾げながら尋ねてみると、御白は『かはは』と小さく笑う。
「御白さん?」
『いや、最初は本当に妾に気づいておるのか試したかっただけだったのじゃが、あの数回の会話でお主というものに少しだけ興味が湧いてな。 愛もマリアもお主に懐いておるようじゃし、どのような人物なのか、もっと話してみたくなっただけじゃ』
「そうですか」
『うむ。 貴重な時間をすまなかったな。 では妾も家に戻るゆえ……』
「あ、最後に御白さん、ちょっといいですか?」
『うん?』
別れ際に舞は、御白に自分が霊の存在に気付いてることを良樹たちには内緒にしてもらうようお願いをする。
『それはいいが……何故じゃ? 打ち明けた方が、何かとやりやすくないかの?』
「いえ、それだとあまりにも彼らのプライベートに入り込んでしまうような気がしますので」
『それのどこが……ダメなのか?』
「ダメダメです。 入り込んでしまったら私、そこに依存しすぎるがあまり、皆を平等に扱えなくなってしまう可能性が出てきますので」
『依存か。 過去に何かあったか?』
「内緒です」
舞はぼやけた御白であろう存在に一礼すると、答案用紙をまとめて教室を出る。
その後は職員室で、出来る限り定時で帰れるよう、残っている仕事に手をつけたのだった。
「ーー……御白神社か。 なんの縁なんだろうね」
お読みいただきましてありがとうございます!!
本来なら挿絵付きで『悪魔を狩る者②』を更新したかったところでしたが……話を書く前、挿絵を描こうとした際に使用するタブレットペンが壊れていることに気づき、急遽『特別編』を制作し、差し込みました!!(まだあえて確信には触れてませんが!笑)
今後いずれやるであろう、高槻さんの話を楽しみにしていただけると幸いです!
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