70 特別編・愛とマリアの苦難③(愛VER)
七十話 特別編・愛とマリアの苦難③(愛VER)
『兄様、どうか……ご無事で』
『あぁ、正子。 兄さんは戦いに勝って、きっとこの家に戻ってくるよ。 その時は、また一緒に川釣りをして……獲れたての魚をお腹いっぱい食べよう』
国の存亡を賭けた戦いへと赴く際に交わした、兄との最後の会話。
正子は当時のやりとりを鮮明に思い出しながら、目の前にいる幼き少女に戦争の辛さ、過酷さを伝えていた。
◆◇
ーー……いつになったら終わるのだろう。
もはや愛の頭は限界を超えてショート寸前。
老婆の話している内容は、難しすぎるあまり何一つ理解できず、愛の脳に老婆の意図していない内容として取り込まれていく。
「それでね、とうとうおばあちゃんの家にも赤紙が届いて……近所の人たちに祝福されながら、兄が列車に乗って戦地へと向かっていくの」
「ーー……」
悲しげな表情で話す老婆を見ながら、愛は数回、大きくまばたきをした。
赤紙……? 手紙じゃなくて赤紙? なんで赤なんだろう。
あんまりルールとかは知らないけど、確か体育で、サッカーかバスケットボールで反則した人に【レッドカード】って言ってたような気がする。
てことは、おばあちゃんのお兄さんは何か悪いことをして……それが誰かにバレて、レッドカードが届いたのかな。
だから、お兄さんは電車に乗せられて戦争へ……悪い人が近くにいなくなって、近所の人が喜んでた?
老婆の表情や声色からして、自分の解釈しているそれとはおそらく違う……ということはなんとなく予想できるだが、如何せんもう考えることすら面倒くさい。
前回時計を見た時は数分しか経っていなかったけど、今はどうだろう。
三十分くらい経ってたらもう老婆の話を無理矢理にでも切りあげてここから逃げよう。
そう思っていた愛だったのだが、視線を時計へと向けるまでの道中……見つけてしまったのだ。 少し離れたところで隠れながらコソコソ誰かと話しているマリアの姿を。
「!!」
マリアの姿を見つけた途端、絶望で霞みかけていた愛の瞳に光が灯る。
さすがはマリアちゃんだ。
なんだかんだ言ってたけど戻ってきてくれて……誰かとお話ししてるみたいだけど、もうこの機を逃すわけにはいかない。
「マリアちゃん!!」
目の前の老婆からの精神的ダメージを少しでも軽減させるため、あわよくばマリアに老婆の話を切り上げてもらえることを期待して、愛は少し大きめの声量でマリアに声をかける。
すると愛の声が聞こえたマリアがこちらに視線を向け……一体どうしたというのだろうか。 マリアは愛と目が合うなり右手を前に。 親指をグッと立てた。
「ーー……え?」
◆◇
少しは渋るかもと予想していたものの、マリアは何事もなかったかのように愛のもとへ。
老婆に「マリア、トイレに迷った」と上手い言い訳を話して愛の隣に腰掛ける。
「マリアちゃん、さっき誰と話してたの?」
「内緒」
「この辺にいた浮遊霊さん……とか?」
「そんなところ」
マリアの到着で老婆の会話のボルテージは更に上昇。「そういえばあの時も……」などと更なるエピソード体験を話し出したのだが、ここでマリアはそんな老婆の会話を止めるかの如く手を老婆にかざした。
「あら? どうしたの?」
「マリア……ちゃん?」
愛が尋ねてみるも、マリアは視線を老婆へと向けたまま微動だにせず。
これが少し前に言ってた会話を終わらせるタイミングなのかなと考えていると、突然マリアは除霊モードでもある白く発光する円を老婆を中心に展開。 老婆が大きく目を開き周りを見渡している中で、マリアが柔らかな口調で声をかけた。
「おばあちゃん」
「ど、どうしたのお嬢ちゃん。 というよりもこれは……?」
「もう、楽になった方がいい」
マリアが更に力を込めたのか、白い円の面積が二倍、三倍にと膨れ上がっていく。
「マリアちゃん!?」
「問題ない。 愛はそこにいるだけでいい」
「ちょ、ちょっと待ってよ! これはどういう……」
「愛、前を見る」
「前? って、ーー……え」
マリアに言われるがまま視線を老婆へと戻すと、いつの間に移動してきていたのだろうか。 老婆の後ろには朝食中にマリアと見ていた緑の厚着を着た男性の霊。
男は白い光に臆することなく、ただただ温かな視線を老婆へと向けていて、そんな男に向かってマリアはたった一言。 「準備はいい?」と尋ねた。
『はい、お願い致しま……コホン、お願い出来るかな、マリアさん』
「わかった」
背後の男の声を聞いて、老婆がゆっくりと後ろを振り返る。
それと同時にマリアは光を除霊モードへと変更……するとどうだろう、男は霊だということは分かってはいたが、何故だか老婆の体も少しずつ透けていくではないか。
「あら、あなたは……どなたでしょうか?』
『おいおい、せっかく遠くから見守っていたのに……兄さんの顔も忘れてしまったのかい? 正子』
『え?』
『まさかとは思ってはいたけど……自分が亡くなっていることにも気づいていなかったんだね』
え? え? え?
なにが起こっているの?
「ええええ、どういうことなのマリアちゃん!!」
なんという事実。 まさかあの老婆が実は亡くなっていた……霊だったなんて。
薄れゆく二人をよそにマリアに尋ねてみると、マリアは小さく頷く。
「愛の気持ちも分かる。 マリアも最初、全然気づかなかった」
「気づかな……え?」
そこからマリアが教えてくれたのは、たまにそういう事例……自身が亡くなったことに気が付かず、そのまま日常生活を送っている者が一定数いるということ。
基本的には一人暮らし等で集団生活をしておらず、学校や会社といったコミュニティにも参加していない人に多いらしい。
「そんなことが……」
「そう」
説明を終えたマリアは、あの老婆が最近亡くなったばかりだということを老婆の後ろの男から聞いたと付け加える。
「少し前にマリア、愛の様子を見に行こうとしてたら、その時に話しかけられた」
「そ、そうなの?」
「そう。 それで、なんでそういう方向になったのかは覚えてないんだけど、お兄さんがマリアに助けを求めてるって思ったから聞いてみたら、妹がいつになったら天に昇る……成仏すのか心配だって。 そこでマリア、あのおばあさんが霊だったこと、知った」
マリアの声が聞こえたのか、老婆が『え?』と驚いた表情で自身の手のひらを見つめる。
『私が……死んでる? 確かにちょっと透けてるし、いつも痛かった関節痛がないなとは思ってたけど』
『そうだよ、正子は一昨日に亡くなったんだよ』
『でも、さっきも私、朝ごはんを美味しく頂いて……』
『ここの主人の優しさだよ。 兄さんは、ちゃんと見て聞いていたよ』
老婆の兄……男の話では、老婆は十年ほど前から毎年ここを訪れる旅館の常連。 旅館の主人とも仲良くなっており、老婆が兄を弔いにきていることも知っていたとのこと。
それで一昨日も訪れて『来年もよろしく』と言い残して帰ったのだが、そのタクシー内で老婆は老衰。 亡くなってしまったことを今朝知った主人が老婆のことを偲び、毎年のように老婆が好んで食べていた料理を客が少なくなったタイミングを見計らって用意……お供えしていたのだという。
『お供え……』
「あ、それ私分かる! 幽霊でも、その人のためを思ってお供えしてくれたものなら、美味しく食べられるんだよ!」
亡くなった自身の両親も、良樹に同じようにしてもらった経験のある愛が、そのことを老婆に丁寧に説明する。
『そうなの? あ、だからいくら食べても量が減らなかったのね?』
「マリア、それ知らなかった。 だからマリアたちがご飯食べてる時も、おばあちゃん、普通に食べてるものと思ってみてた」
マリアの力の影響で、老婆と兄の姿がゆっくりと消えていく。
『なんて温かな光。 体の芯から癒されるわ』
『そうだね。 上で父さまと母さまが待ってる。 兄さんが連れて行ってあげるから、一緒に行こう』
『ふふふ、マサル兄さん、少し老けたかしら?』
『正子ほどじゃないさ。 大往生、お疲れ様』
愛とマリアが見守る中、二人は真っ白な光に包まれる。
しばらくしてマリアが力を解除させると、そこにはもう老婆も、その兄の姿もなし。 見渡してみても、室内には新たに朝食を摂りにきたのであろう男性客の二人だけだった。
「まさか、あのおばあちゃんも霊だったなんて」
なんだかんだで精神攻撃からやっと解放された愛が深く息をついていると、マリアのお腹から、空腹の合図が聞こえてくる。
「マリア、まだ全部食べれてなかったからお腹すいた」
マリアはお腹を抑えながら、視線を目の前に未だ残っている食器を見つめる。
「そうだね。 私もおばあちゃんに構ってて食べられなかったもん」
愛もつられて料理と時計交互に見比べていると、それを見たマリアが愛の腕を軽く引っ張ってきた。
「なに、マリアちゃん」
「今から、また食べる? それとも、愛、海行きたい?」
「うーん、やっぱり最初はお腹いっぱいにしておきたいな」
「分かった。 じゃあ今度こそマリア、ちゃんと食べる。 もしまた誰かが近づいてきた時は、良樹みたいにキョセイジョレイする」
「あはは、うん、そうだね。 お願いねマリアちゃん」
こうして二人は仲良く朝食タイムを再開。
今度は誰にも邪魔されることなく、満足いくまでプロの料理を楽しんでいく。
「そういやマリア、さっき自分で言ってて間違いがあったことに気づいた」
「なに?」
「キョセイジョレイじゃなくて、キョーセイジョレイだった。 『キョセイ』と『キョウセイ』とでは、全然意味が違う」
マリアが顔を左右に振りながら、やれやれと言わんばかりにお茶の入った湯呑みを口につける。
「んん? そうなの? 強制は、無理矢理って意味だよね。 あ、でももう一つのキョセイは分からないな。 マリアちゃん知ってるの?」
「知ってる。 プラプラ、ちょっきん」
プラプラ……ちょっきん?
意味の分からなかった愛が首を傾げていると、マリアは人差し指を立てた右手を愛の下半身の方へ。 そして反対側の手で、ハサミを模したものを人差し指と中指の二本の指で表現し、愛の下半身手前……右手の人差し指を挟んだ。
「え? なにして……これがキョセイ?」
「そう」
「ご、ごめんマリアちゃん、意味がわからないんだけど」
「だから、男の人の、オチン……、を、切ること」
「そ、そうなのおおおおおおお!?!?」
マリアの解釈が若干間違っていることを教える人は、周囲には誰もおらず。
しかし二人から数メートル離れた窓際の席。 水着美女を眺めながら朝食を楽しもうとしていた男性二人が、互いに顔を見合わせながら両足を閉じていたことを愛とマリアは知らない。
「ね、ねぇ森本……ボク驚いてるんだけどさ、今のロリって……あんなグロい内容話すものなの?」
「分からん。 でもオレの理想としてはアレだ。 あれくらいのロリなら……うん、新アニメのラブカツみたいな、アイドルアニメの話とかで盛り上がっててほしいよな。 それか可愛いレベルの下ネタ」
「だよねー!! あー、想像したら興奮してきた!! さぁ、早く食べて朝から水着ではしゃいでるロリ探しに行こうよ!!」
「ほんと工藤、お前ってロリコンだよな。 冷静に考えてJK……女子高生だろ。 昨日の夕方に、あっちの喫茶店にいた黒髪ボブの清楚系女子、最高だったゼェ……」
「森本は清楚系好きだよね。 まぁ森本も、いつかロリの魅力が分かる日が来るって!」
「こねーよ!!!」
「ーー……ん、あの人たち何の話してるのかな。 ロリ? ジェーケー?」
「愛、あれは良樹を越える危険な脳……変態脳の持ち主。 見ない方がいい」
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