07 愛ちゃんの夢と謎の転校生③
七話 愛ちゃんの夢と謎の転校生③
橋の下から這い出て来た悪霊に背を向け、愛ちゃんを抱きかかえながら必死に家へと逃げ帰ったオレ。
一旦落ち着いたら愛ちゃんに巫女になることは諦めてもらわないと……。
ソファーに腰掛けながら上がった息を整えていると、オレの心配など御構い無しな勢いで愛ちゃんが前のめりに話しかけて来た。
「ねぇお兄ちゃん、なんであの悪霊さんは私たちに近づいてきたのかな?」
「んー、なんでだろうね。 でもまぁ悪霊は理由なく人を不幸にしたがる存在だから気にしなくていいと思うけど」
「あとね、悪霊だから、真っ黒だったんだよね?」
「そうだよー」
「でもなんで襲ってこなかったんだろ」
「本当にねー」
めちゃくちゃ質問攻めじゃねーか。
これ以上興味を持たれても困ったオレは愛ちゃんからの質問を華麗にかわしながら先ほどの悪霊のことを考える。
あれは身長的にも子供の霊。 あの川に何か未練でもあるのだろうか。
愛ちゃんもさっき言ってた通り、オレたちを襲ってはこなかったことからまだ完全に悪霊化してるわけではなさそうだけど……あの色的にそれももうすぐだろうな。
だとしたら今後もあの道は愛ちゃんも通るんだ。 明日にでも不安の芽は摘んでおかないと。
オレは明日朝一で奴を強制除霊させることに決定。
拳を強く握りしめて『やってやるぞ』と心の中で意気込んでいると、隣で愛ちゃんが「んーー」と唸った。
「ん、どうしたの愛ちゃん」
「あのね、あの悪霊さんはどうやったら助けてあげられるのかな」
「え?」
「だってあの悪霊さん、絶対私やお兄ちゃんに何か伝えたそうだったもん。 どうやったらあの声、聞こえるようになるのかなー」
ダメだ、これは危険なほどに興味をそそられている。
もうちょっと落ち着いてから話そうと思ってたけど、仕方ない。 今からするか。
悲しむ愛ちゃんを見るのは辛いけど、それを続けて悲しい結果になる方がオレはもっと辛い。
オレは心を鬼にして愛ちゃんに向き合うと、これは……どう話を持っていけばいいのだろうか。 あまり人を説得したことのないオレは、少しずつ核心に迫っていく方法を試してみたのだが……
「ねぇ愛ちゃん」
「なに?」
「なんでそんなに浮遊霊とか悪霊とか……霊についてそんなに知りたいの? 怖くない?」
愛ちゃんはオレの問いかけに首を大きく左右に振る。
「怖くないよ。 確かにパパやママがいた時はオバケとか怖くておトイレも一人で行けなかったけど……フユーレイさんたちとお話ししたり、前に幽霊になったパパやママと会って話せたからなのかな。 今は全然怖くないの」
「そっか、でもさっきの悪霊は珍しいタイプなんだけど……本来悪霊ってかなり危険な存在なんだ。 だからオレは愛ちゃんに危険が及びそうで心配で……」
「だいじょうぶ!! だって私、お兄ちゃんみたいになるから!!!」
愛ちゃんがオレの言葉を遮りながらオレの胸に抱きつき顔を押し当ててくる。
「いやでももし仮にオレみたいに視えるようになって幽霊と話せるようになってもさ、流石にオレみたいに悪い幽霊を倒せるかどうかは……」
「そこもだいじょうぶ!! 私、巫女さんになるだもん!! 巫女さんって幽霊とかも倒せるんでしょ!? だからだいじょうぶだよ!!」
あぁ……ほっぺを膨らませながら見上げてくる愛ちゃんも可愛いな。
オレは愛ちゃんのあまりの可愛さに『多分愛ちゃんが読んだ巫女漫画、巫女さんが倒してたのは幽霊じゃなくて魔物だよ』と突っ込むことをひとまず断念。
どうすれば小学校低学年の子でも理解してくれるだろうか。
オレは愛ちゃんを胸に抱いたままスマートフォンで【小学生 危険なこと 分からせ方】で検索。 検索にヒットした文章を目にしていると、愛ちゃんは何かいいことを思いついたのだろう。 「あー、そっか!!」と満面の笑みで再び見上げてきた。
「ど、どうしたの愛ちゃん」
「あのね、昨日まで私ってお兄ちゃんの手を触りながらフユーレイさんとお話ししてたらいつか霊が視えるようになるかもって言ってたでしょ?」
「うん」
「今ね、もっといい方法思いついたの!!!」
「ーー……そうなの?」
「そう!! あのねあのね、お兄ちゃんの近くにずっといればいいんだよー!!!」
「ーー……ハ?」
はああああああああああああああああああ!?!??!??
詳しく話を聞いてみると、愛ちゃんは先ほどまでオレに抱きついていたことで、オレの臭い……体臭が愛ちゃん自身の服や肌に付着して、同じ臭いがしていることを発見。
それに気づいた愛ちゃんは霊力……つまり霊が視えるといった能力やオレの強制除霊の力すらも体臭同様に移るのではないかと考えたとのことだった。
「え、いや……それは流石に」
「でもねほら、私の手、お兄ちゃんの汗の臭いがするよ」
愛ちゃんが手のひらをオレの鼻に向けて差し出してくるも、オレの嗅覚が捉えたのは女の子らしい甘い香り。
あまりのアロマな香りに思わず「あぁ……」と声を漏らしてしまったのだが、愛ちゃんはオレのアロマな「あぁ……」を同意の「あぁ」として理解。 「ほらね!!」と喜びながら再びオレに抱きつき、とんでもない提案をオレにしてきたのだ。
「だから私、今からお兄ちゃんの近くにずっといるーー!!
「チョエエエエエエエエエエエ!?!?!??!?」
あまりの可愛さ・尊さ・理想の妹像により、オレの当初考えていた『愛ちゃんに巫女を諦めてもらう』計画は一瞬で消し炭に。
ようやく落ち着いてきていた心拍数も、再び激しいビートを刻み出した。
◆◇
あれから数時間。
もうね、愛ちゃんはすごいよ。
あの『お兄ちゃんの近くにずっといる』発言の後、本当に愛ちゃんはオレにピッタリとくっつき文字通りどこでも一緒。
ご飯を必死に作っている時も……
「ちょっと愛ちゃんグヘヘ……背中に抱きついてたら集中できないし、危ないよグヘヘ」
「だいじょうぶー。 お兄ちゃんあったかーい」
宿題をしている時も……
「愛ちゃんは宿題もうやったの?」
「うん」
「そっか。 ならオレの宿題してるの見てても面白くないでしょ? じゃんじゃかハムロックみる?」
「ううんー。 ハムロックよりお兄ちゃんのが好きー」
「きゅんっ!!!!!」
そして、お風呂に入っている時も……
「あ、愛ちゃん。 くっつきすぎじゃない? お兄ちゃんちょっとデヘヘ……いや、かなり恥ずかしくて熱いんだけどデヘヘ……」
「そーお? じゃあ冷ますために髪の毛とか洗ってあげるねー。 湯船出よー?」
「え、いや……今はちょっとその」
「あれ? お兄ちゃんなんか様子が……あれ?」
うん、小学生低学年……知識がなくて助かったぜ。
この後はもちろん一緒に寝たぞ。
隣から漂ってくる愛ちゃんの甘い香り……それがシャンプーの香りと合わさってオレの嗅覚を幸せな意味で酷くいじめてくる。
「ーー……お兄ちゃぁ……ん、むにゃむにゃ」
ウオオオオオオオオ!!!! 勘弁してくれえええええええ!!!!
香りだけでも興奮するのに耳元でガチ少女の囁き……ASMRですかああああああああああ!!!!!
嗅覚と聴力の覚醒により完全に眠気が削がれてしまったオレは、諦めて先ほどまで必死に閉じていた目を開ける。
あぁ、愛ちゃんの寝顔……なんて可愛いんだ。
オレはそれから目覚まし設定をしていたギリギリの時間まで天使の寝顔を堪能。 目覚ましが鳴る前に設定を切り、余裕を持って作業をするため一人静かにキッチンへと向かったのだった。
◆◇
家を出る前、愛ちゃんがオレの手を握ってくる。
「ん、どうしたの?」
「あのね、昨日寝てたらいい考えを思いついたの。 だから今日も一緒にあの橋……悪霊さんに会いに行こ?」
「え」
「ワガママ言ってごめんなさい。 これでダメだったらもうあの悪霊さんのことは何も言わないから」
「んーー……」
本来なら今朝早速消えてもらう予定だったんだけど……
愛ちゃんのこの純粋な瞳。
幼く可愛い女の子の上目遣い……これを断れるほど、オレの女性に対する耐性は強くなかった。
「分かった。 じゃあ昨日と同じ場所で待ち合わせしよっか。 絶対に一人で向かっちゃダメだからね」
「うん!!!」
どうせダメに決まってる。
それにこれでアイツが襲いかかってきたら、それを理由に愛ちゃんに巫女を諦めさせて……いや、その恐怖に怯えて巫女になることを自分から辞退するに違いない。
「それじゃ、行こっか愛ちゃん。 てか本当にオレの時間に合わせて学校行くの? 早く着いちゃわない?」
「いいの! お兄ちゃんと行くほうが嬉しい!!」
「あふん!!!」
ちくしょう、朝日が眩しいぜ。
オレは愛ちゃんと仲良く家を出て、浮遊霊たちに『このロリコン兄貴ー』などとヤジを飛ばされながら学校へと向かったのだった。
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