68 特別編・愛とマリアの苦難①(愛VER)
六十八話 特別編・愛とマリアの苦難①(愛VER)
良樹とゆづきに海旅行へと連れてきてもらっていた愛とマリア。
前日かなり遊んだからか、愛は途中起きることなくぐっすりと眠る事ができ、目が覚めると朝の八時半。 体を起こして周囲を見渡すと、窓辺で静かに海を眺めていたマリアの姿を見つけた。
「マリアちゃん」
「んっ、愛」
愛の声にマリアも反応。
こちらへゆっくり振り返ると、いかにもマリアらしい……静かに「おはよう」と言いながら愛のもとへと歩み寄ってくる。
「おはようマリアちゃん。 ずっと起きてたの?」
「深夜から。 詳しくは言えないけど、マリア、それからずっと起きてた」
「そうなんだ。 お兄ちゃんたちまだ……寝てるね」
「ぐっすり寝てる。 多分まだまだ起きない」
マリアは少し意味深げに話してはいたが、寝起きで頭が回っていない愛は、そこに気づくことが出来ず。「そうなんだ」と普通に返して大きく伸びをしていると、それと同時に空腹の音が可愛く鳴った。
「あっ」
「愛、お腹空いた?」
「うん」
「マリアも。 ずっと起きてたから、お腹ぐーぐー」
ここの旅館では、朝食のみ食堂で……とのこと。
二人は良樹たちの近くで暇そうに浮いていた御白に食堂へ行ってくることを伝え、お互いに手を繋ぎながら部屋を出た。
「そういえばマリアちゃん、どうしてみーちゃんがいたの? 昨日はいなかったよね?」
「みぃは、マリアたちに眷属を憑かせて見守ってくれてた。 だからいる」
「眷属さんたちのいるところだったら、みーちゃんすぐに移動出来るんだっけ」
「そう」
「でも……だったら最初から一緒に来ればよかったのにね。 そっちの方が一緒に楽しめたのに」
「愛、難しいことを考えるのはやめる。 今考えるべきは、朝ごはんのことだけ」
「えへへ、そうだね。 楽しみだね、マリアちゃん!」
◆◇
海に本気の人は既に朝食を終えて出て行っているのか、食堂内はそこまで混んでおらず。
二人が各々食べたい品を皿によそって食べていると、ふと愛の目に、少し離れた席で一人食事をとっている老婆の姿が目に入った。
「どうしたの愛。 さっきからご飯じゃないところ見て。 何かあった?」
「うん、あれ……」
愛はマリアに先程まで見ていた老婆を指差す。
「おばあちゃん?」
「うん」
「あのおばあちゃんが、どうかした?」
「うん。 おばあちゃん、一人で来たのかなって」
「愛はいろんなこと考えていて、ほんと大変。 ちなみにマリアはあのおばあさんよりも、あそこで立ってる男の霊の方が気になってた」
マリアが指差したのは、食堂の隅で静かに立っていた男の霊。
「なんだろ、服の感じ的に……昔の人なのかな」
「多分そう」
男が着ているのは、色褪せた緑色の長袖長ズボン。 所々が黒ずんで破れているところを見るに、外での仕事をしていた人なのだろうか。
頭も耳まで隠れる帽子をかぶっており、額の上にはかなり分厚そうなゴーグルまで着用している。
「寒いところで働いてた人なのかな」
「分からない。 でもマリア、教会で修行してた時に、似た格好をした男の霊、何度か見たことがある」
「そうなの?」
「うん。 でも何も話さないから変な人だなって、マリア思ってた」
マリア曰く、特に悪さをする気配もないので放っておいても問題ないとのことで、それから二人の話題はそのまま霊関係の方へと発展。
どうすれば良樹のような強力な霊能力が使えるのかについて話していると、女子小学生二人が仲良く朝食を摂っている風に見えたのだろうか、老婆が二人のもとへ。
「家族旅行かなにかかしら?」としわくちゃの笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「え」
突然の声掛けに、愛は生まれつき持ち合わせていた人見知りを発動。
それにいち早く気づいたマリアが、「おばあさん、マリアたちになにか用?」と愛を庇うように返事をする。
「ほほほ、楽しそうなのが伝わってきてつい……ね。 おばあちゃん一人で寂しいから、よかったら一緒にお話してくれると嬉しいのだけれど」
老婆の提案を受けた愛とマリアは互いに目を合わせて一瞬沈黙。
断る理由も見つからなかったため愛が僅かに頷くと、マリアが「少しだけなら大丈夫」と了承した。
◆◇
老婆は誰かと話すこと自体が久しぶりだったのか、温かな視線を愛たちに向けながら話を開始。
そこで彼女は戦時中に兄を海で亡くし、夏が近くなると毎年のように兄を弔いに来ていることを教える。
「戦争……まだ授業で習ってないから分からないけど、戦ってたっていうのは前にテレビで見た!」
「マリア、知らない」
「本当はもっと遠くの海……なんだけどね。 おばあちゃん、元気な頃はその近くまで飛行機で行ってたんだけど、もうそんな体力もないから」
「そうだったんだ」
二人が戦争について詳しくないことを知った老婆は、ここぞとばかりに当時のことを話し始める。
しかし結局は口頭……テレビで少しは知識を得ていた愛は別として、何も知らない状態だったマリアは何を言っているのかさっぱり理解できなかったらしく、マリアは愛にアイコンタクト。 顔を近づけそっと耳打ちをしてきた。
「ごめん愛。 マリア、ここでドロップアウト」
「え?」
「ボクーゴーとか、ビーチクとか……分からない言葉ばっかり。 頭、おかしくなる」
「で、でもマリアちゃん、そしたら私一人に……」
一人にしてほしくなかった愛は、マリアの手を握りここにいてほしいことを行動で伝えてみることに。
しかしマリアも今回だけは決意が固まっている模様。 首を左右に振ると「食堂でたところで待ってる」と小さく出口を指差した。
「マリアちゃん、もうちょっと……もうちょっとだけ」
「無理。 あの人、マリアが少しだけって言ったのに、さっきからずっと喋ってる。 時間切れ。 あれに付き合えるのは、優しい愛だけ」
「そ、そんな……私、別に優しくなんか。 ただここで帰ったらおばあさん、可哀想だなって……」
「それが優しい。 じゃあそんな愛に、マリアからアドバイス。 お年寄り相手は、いい感じに話を聞いてる演技をして、途中で無理やり終わらせても問題ない」
「え」
「それじゃ」
マリアはスッと立ち上がると、老婆に「マリア、おトイレ行ってくる」と自然に席を離れてものすごい速度で退散。
愛もマリアに便乗しようと席を立とうとしたのだが時すでに遅く、老婆が「それでね……」と話を再開しだしたため、仕方なく居座ることになってしまったのだった。
ーー……マリアちゃん、『途中で無理やり話を終わらせてもいい』って言ってたけど、どうやればいいのー!?!?
◆◇
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
愛はふと壁に掛けられていた時計に目を向けてみるも、経っていた時間は僅か数分。
まるで興味のない理科の授業を受けている時みたいだ。
亡くなった兄の話をしたいのなら、自分も似たような境遇のため老婆の気持ちも分かるが、それとは関係のない戦争のことなんて話されてもその大半が理解できない。
愛の集中力は次第に急低下。
それでも一応話を聞いてあげようと頑張っていた愛だったのだが、所詮は小学三年生の頭脳……老婆が難しい言葉を話すたびに、それに比例して愛の脳が混乱していく。
「それで、防空壕の中でおばあちゃんは本当に震えてて……」
あ、また出てきたマリアちゃんも理解出来なかったボクーゴー。
中で震えてたってことは、外じゃない……建物の名前なのかな。
「外を覗いたらB-29が空をビュンビュン飛んでてね」
次はビーチクだ。 そういや前にお兄ちゃんの部屋の漫画を読ませてもらってたとき、ビーチクって言葉、誰かが使ってたような気がする。
なんだったっけな。『ビーチクの形が浮いてる』って言ってて、絵ではあそこを強調してたから……
え、おっぱ……のこと? あれって体から取れてビュンビュン飛んじゃうものなの!?!?
愛の脳内イメージでは完全にカオスな状態に。
もはや老婆の話など耳には入っておらず、確かにそんな光景を見てしまったら誰かに話したくなってしまうのも仕方ないし、そりゃあ建物に隠れて震えてしまうよね、と謎に納得していたのだった。
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