44 オレの苦手なヤンキー女子⑤
四十四話 オレの苦手なヤンキー女子⑤
病室の外からは黒沢さんの元カレと、その他大勢とのやりとりが超大音量で聞こえてくる。
「ちょっと静かにして下さい!! 体調不良で面会は控えてもらってるんです!!」
「知るか! だったら余計に俺がいてあげないといけない……扉を開けてくれ!!」
「何を意味のわからないことを言って……!!」
「警備員さーーん!! この高校生ですーー!!!」
看護師さんではどうすることも出来なかったようで、とうとう警備員さんまで出動する始末。
今度は警備員さんと怒鳴り合いをしていたのだが、更なる応援が駆けつけたようでようやく黒沢さんの元カレはどこかへ連行されたのか声が聞こえなくなっていった。
「や、ヤバかった……加藤、ありがと」
「ううん。 後で看護師さんたちにはオレからお礼言っておくよ」
それからしばらくの間はまだ付近に潜んでるかもしれないということで、オレはもう少し黒沢さんの部屋に居座ることに。
先ほどのオレの行動で少し気を許したのか、黒沢さんは聞いてもないのに元カレとの出会いから、三十分後の別れに至るまでを勝手に話しだした。
「本当にさ、ウチもびっくりしたんだけど……」
◆◇
「そうだったの!?」
「ーー……そう。 キショいっしょ?」
話を簡単にまとめるとこうだ。
数ヶ月前に『彼氏が欲しい』と頻繁に口にしていた黒沢さんは、普段よく集まっていたヤンキー仲間から先ほどの元カレを紹介される。
そこでその人は三年生の中で結構な権力を持っていると知り、それを『男らしい』と変換していた黒沢さんだったのだが、いざ付き合ってみたところその元カレはすぐにキスやそれ以上の関係を黒沢さんに要求。
あまりにもそれが下心丸見えだったため、付き合い始めてから約三十分……キスすらもすることなく別れを切り出したとのことだった。
「もうね、マジで性欲ゴリラすぎて一瞬で気持ちも萎えちゃってさ」
性欲ゴリラ……いいネーミングセンスしてるじゃないか。
「あはは、確かにそれは災難だったね」
「普通さ、もっとこう……順序とかあるじゃん!? 甘い会話から入って、しばらくして話すことなくなって、そんで無言になってからの見つめあってキス……とかさ!」
黒沢さんは自身の理想のパターンを目を輝かせながら一人で語る。
しかしオレが無言だったことを疑問に思ったのか、「ん? 加藤、どうしたん無言になって」と不思議そうにオレに視線を向けてきた。
「ーー……すみません。 付き合った経験ないんで分からないです」
「ええええ!?!? 唇もチェリーなわけぇ!?!?」
う、うるせええええええええええ!!!!!!
オレが誰かと付き合った経験がないと知るや否や、黒沢さんはお腹を抱えて大爆笑。
「いやいや、流石にない、希少価値すぎるって!!」とオレを指差し涙を流す。
な、なんだこのヤンキー女は失礼にもほどがあるぞ!!
それにオレに感謝したいのか、バカにしたいのか、どっちなんだよ!!!
あまりにも屈辱的だったため、オレはこの会話を強制終了させるべく無言のまま天井を見上げる。
しかしながらその行動が黒沢さんのドS心を刺激したようで、黒沢さんはオレの袖を引っ張り……ニヤリと口角をあげながら、ゆっくりと顔を近づけ口を開いた。
「ねぇ加藤」
「な、なに」
「唇の処女……奪ったげよっか」
「ーー……っ!!!!」
唐突な甘い囁き。 一気に体中の体温が上がったことを感じたオレはすぐに黒沢さんから距離をとる体勢をとる。
しかしそれと同時にオレの視界に入ってきたのは、昨日と同じ……突然現れ黒沢さんの肩を貫いた黒い矢だった。
「ちょ、黒沢さん!!」
出現した矢はすぐに黒沢さんの方へと飛んでいき、オレはほぼ反射的に黒沢さんの方へとダイブ。
「は!? か、加藤!?!?」
オレが寸前のところで黒沢さんに覆いかぶさったこともあり、なんとか黒沢さんは矢の被害を受けずにこと無きを得た。
「だ、大丈夫黒沢さん、痛いとこない!?」
「はああああ!?」
そしてこれは謎なのだが、確かに矢の先端がオレの背中に当たった感触はあった……しかし昨日の黒沢さんのように痛みが走ることはなく、振り返ってみるとやはりそこには何もなかったのだ。
「ーー……なんだったんだ一体」
首を傾げながら考えていると、耳元から「加藤……」となんとも低い声が聞こえてくる。
「え」
視線を向けた先には目を細めながらこちらを見つめていた黒沢さん。
その後黒沢さんは視線を下へと落とし、オレもその先を遅れて追ったのだが……
「ーー……ハッ!!!」
なんということだ。
黒い矢に気を取られすぎて気付かなかったのだが、オレの手が触れているのは黒沢さんの魅力的な部分。
もちろんそれを認識した途端にオレの指が僅かに動き、程なく黒沢さんから強烈な蹴りが飛んできたのは言うまでもない。
「か、加藤アンタ……!! ちょっとキスをチラつかせただけで性欲爆発するとか、どんだけ変態なんだよ!!」
「ち、違う……!! 今のは黒沢さんを守ろうと!!」
「はぁ!? 守るって何からだよ!!」
「それは……!!!」
◆◇
「ーー……てなことがあってさ。 もう大変だったわけよ」
あれから逃げるように帰宅したオレは神社の神・御白に今日起こった愚痴をこぼす。
『ほう、黒い矢か』
「そうそう。 そのおかげで変態扱いされて……マジで勘弁してくれって話だよな。 それにさ、なぜか帰ってる途中で急にオレに向かっていろんな方向から同じ矢が飛んで来てよ……結果無傷とはいえ気が気ではなかったぞ」
『なるほど。 それはおそらく呪術・【丑の刻参り】じゃな』
「丑の刻参り……?」
すぐに御白の口から出された推理により、オレは一瞬脳を停止させる。
「ーー……ってあれか? 藁人形を釘でコンコン打つやつ?」
『そうじゃ。 まぁここでは妾の力が強力すぎるが故にその力すら働かぬが……おそらくはその女を狙っていた呪術者が、呪う対象をお主に変えたってことじゃな』
「えええ、マジか」
『うむ。 しかしその呪術者も運がないのう。 よりによって良樹に対象を変えるとは……今頃は呪詛返しにあって大変じゃろうよ』
呪詛返し……なんだかマリアの一件を思い出して鳥肌が立つぜ。
御白の話では、矢がすぐに消えたのは実体のない……想念が作り出した矢だかららしい。
そしてそれがオレに当たった途端に痛みも与えずに消えたのは、オレの霊力が遥かにその呪術者よりも勝っていたからで、オレに向けた矢の数だけ呪詛返しにあっているとのこと。 オレが「数十本は打たれてた」と付け加えると、御白は『それは災難な……そやつ、生きておるかのう』の苦笑いでその呪術者に同情していたのだった。
「え、てかさ、じゃあその呪術者をなんとかしたら、黒沢さん……原因不明の病の女の子も治るってことなのか?」
『それが原因で治療を受けておるのだとしたら、そういうことじゃな』
「それってやっぱりあれか? 藁人形を捨てるしかないのか?」
『簡単に言えばそれが手っ取り早い。 しかしほれ、藁人形などなくとも今度はゆづきの件みたいに生き霊を飛ばす可能性もあるじゃろ? じゃからして、一番確実なのはその呪術者の生命を絶つこと……それが無理なら今後生き霊すらも飛ばせないほどに、そやつの心を折るか、じゃな』
「ええええ!?!? オレ殺人とか無理だぞ!?」
『なら必然的に後者になるが……心を折るのはなかなかに困難。 頑張るのじゃぞ』
御白からのアドバイスでは、もし仮にオレの知っているやつが犯人だった場合は見分けるのは簡単とのこと。
今頃オレの呪詛返しで全身ズタボロになっているはずなので、不自然に傷だらけのやつがいたら黒沢さんに矢を打ち込んでいた呪術者で確定らしい。
「なるほどな。 ありがとう御白」
『構わん。 では妾は再び愛とかくれんぼに勤しむとするぞ』
それから御白は『待たせたのう』と近くで待っていた愛ちゃんたちのもとへ。
オレは大きくため息をつきながら、明日の学校生活を憂鬱に感じつつ夕食の用意を始めたのだった。
「明日は預かってるプレゼントを渡して犯人探しをして……はぁ、大変だぜ」
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