04 少女×妹＝勝ち組な未来……のはずが！？④

　四話　　少女×妹＝勝ち組な未来……のはずが！？④

　念願のカレーが完成したことで、オレはそれをご飯にかけてテーブルへと運んでいく。

　

「あ、愛ちゃん。　流石にお皿を運んでるときはオレに触らないほうがいいかな。　オレがバランス崩したら愛ちゃん火傷しちゃうよ？」

「ううん、火傷してもいい。　少しでもパパとママ見てたい」

「ーー……だよね」

　カレーのスパイシーな香りが食欲を増進させ、早く食べろと胃が急かしてくる。

　なんだかんだで大変だったけど、やっとだぜ。

　ようやく食べ物を口にできる……そう安心しきっていたオレだったのだが、どうして気付かなかったのだろうな。

　ここで予想外のことが起こった。

「ーー……あ」

「お兄ちゃん？」

「ていうかオレが触ってないと愛ちゃんは両親の姿見れないんだよな？　てことはオレ、カレー食べれな……マジか」

　気づいた時にはもう遅い。

「お兄ちゃん、もう食べていい？」

「あ、うん。　どうぞ」

　愛ちゃんはオレ以上にお腹の悲鳴をあげながらほぼ母親の味であるカレーを口いっぱいに運び入れていく。

　そして隣に立っていた母を見上げながら、「ママ、美味しい！！！！」と満面の笑みを向けた。

『そう、よかった。　どう？　ママの作った味のまま？』

「うん！　ちょっとだけ違うけど、ほとんどママの作ったカレーの味！」

『たくさん食べるんだよ、愛』

「うん、パパ！」

　桜井夫婦二人ともが愛ちゃんの幸せそうな食事風景に夢中で、オレが現在食べられていないことに全く気づいていない。

　まぁそのくらいだったらオレが我慢するだけで済む話だから良いんだよ。　問題は次に発せられた愛ちゃんの言葉で……

「パパとママは食べないの？」

　愛ちゃんのその純粋な質問に桜井夫婦は無言のまま互いに顔を合わせる。

『う、ううん、ママたちはいいの。　ねぇあなた』

『そうだよ。　パパたちはもうお腹は空（す）かないんだ。　だからパパとママは、愛が美味しそうに食べてるところを見たいな』

「ーー……空（す）かない？」

　そうだよな。　まだ小学生低学年には難しいよな。

　愛ちゃんは愛ちゃん父の『もうお腹は空かない』がどうしても理解できないようで、「でもパパもママも食べてないよね？」と首をかしげる。

「そうなの？　お兄ちゃん」

「んー、そうだね。　だってほら、なんて言えばいいのかな。　肉体がないってことはお腹も空かないでしょ？」

「空かないの？　パパもママも、ここにいるのに？」

「だね。　愛ちゃんの願いだから叶えてあげたいけど、さすがにオレには……」

　言葉を選びながら説明するのにも限界がある。

　オレは必死に脳を回転させた結果、『桜井夫婦に演技をしてもらう』ことに決定。　早速二人に提案しようとした……その時だった。

『あー、もうダメだ、我慢できねぇ！！　良樹、全部が終わってからでいいからさ、そのカレー、俺たちにもお供えしてくれよー！！！』

　気づけばいつからいなかったのだろう。

　愛ちゃん家族の空気を読んでいたからなのか、リビングの外に出ていた浮遊霊たちが廊下から一斉に顔を出してくる。

「え、お供え？」

『そうだよ忘れたとは言わさねえぞー！？　本来俺らが望んだのはピザだけどよ、なんか料理してるの見てたら家庭の味ってどんなのだったかなって思い返して……。　ともかく俺たちも久しぶりに家庭の味を堪能したいんだ！！！　な、いいよな桜井さんの奥さん！！！』

　浮遊霊たちが両手を合わせながら愛ちゃん母のもとにすり寄っていく。

　

『え、ええ……？』

『お願いだよ奥さん！！　旦那さんも……少しだけだったらいいよな！！　減るもんでもないしさ！！！』

　浮遊霊たちに懇願され、どう返したらいいか分からない桜井夫婦は困った顔でオレに助けを求めてくる。

　オレはそんな二人の顔を見つめ返しながら、先ほど浮遊霊たちが口にした『お供え』について考えていたのだが……

　

　お供え……そうか、どうしてその考えが浮かばなかったんだ！！！！

「桜井さん、愛ちゃんも！！　どうにかなるかも……いや、なりますよ！！！」

　オレは浮遊霊たちを跳ね除けながら桜井夫婦に話しかける。

　

『どうにかなるって……え？』

『良樹くん、ごめん、ボクたちまだ霊体になってすぐだからよく分かってなくて。　どういうことかな？』

　これはもう『百聞は一見にしかず』だ。

　オレは愛ちゃんに断りを入れると手を離していったんキッチンへ。　二人分のカレーをよそってテーブルに置くと、それぞれに席……愛ちゃんの対面に座るよう指示を出した。

『私たちが……座るの？』

『でも良樹くん、ボクたちは……』

「いいからいいから！！」

　

　頭上にはてなマークを浮かばせながらもオレの指示通り席に座る二人。　するとどうだ、二人とも目の前に置かれたカレーを目にするやいなや、その瞳を光らせ歓喜の声をあげた。

『ーー……！！！　う、うそ！！！』

『これは一体どうやって……！？　食べてないのに味がするぞ！！！』

「そうです、それがお供えです」

『『お供え？』』

「はい。　オレもそこにいる浮遊霊たち……みんなから教えてもらったことなんですけどね。　ただその辺に置かれているものや捨てられているものに集まって貪り食うのはただの餓鬼（がき）……。　だけど、その人のためを思って用意したものは『お供え物』といって、お供えされた側は直接食べたり触れることは出来なくとも、似たような満足感を得ることが出来るらしいんですよ」

　オレの説明に説得力を持たせようとしてくれているのか、浮遊霊たちは『そうそう！　お供え最高だぜ！』と一斉に頷く。

『なるほど』

「ちなみにその証拠としてほら、周りのみんなは自分に供えられたものじゃないから近づかないでしょ？　つまりはそういうことですよ」

　

　桜井さん夫婦は納得した様子で頷き合いながら、周囲で指を咥えながら羨ましそうに見つめてきている浮遊霊たちを見渡す。

『どうだお二人さん。　お供えも捨てたもんじゃないだろ？　追加で説明するとな、減ることはないから満足いくまで楽しめることが出来るんだぜ！』

『確かにそうですね。　見てるだけで口全体にその幸せが広がっていく……素敵な助言を頂きまして、本当にありがとうございました』

『へへ、いいってことよ。　霊の先輩として当然のことをしたまでさ』

　こうして最初は無理だと思われていた家族三人での食事がスタート。

　桜井家は言葉通り、最後の団欒の時間を過ごしたのだった。

　◆◇

『良樹くん、本当にありがとう』

　愛ちゃん父が晴れやかな表情でオレに頭を下げてくる。

「あ、もういいんですか？」

『うん。　あまり長く居ても、それだけ別れが悲しくなるからね』

　愛ちゃん父の発言に同意するかのように愛ちゃん母も笑顔で頷く。

　二人は愛ちゃんの目の前に立つと、温かな視線を向けながら……愛娘を見つめゆっくりと口を開いた。

『それじゃあパパたちは一旦親戚の人たちへお礼に回ってから天国に行ってくるよ。　元気でいるんだよ、愛』

　別れの時だと察したのだろう。

　二人の愛をまっすぐに受けた愛ちゃんが「もうバイバイなの？」と声を震わせながら尋ねる。

『うん。　パパたちもやらなきゃいけないことがたくさんあるみたいだからね。　なんか愛と話せて落ち着いてたら、頭の中にこれからしなければならないことがいっぱい浮かんできたんだ』

『ふふ、四十五日で全て終わるかしら』

『終わらせてみせるさ。　だって今のボクたちは愛のおかげでこんなにも幸せな気持ちにしてもらったんだから』

『いい子でいるのよ、愛』

　

　愛ちゃん母の言葉に愛ちゃんは「うん」と一言。　続けて今回のことで少しは気持ちに整理がついたのか、「分かった……私のこと、ちゃんと見ててね」と溜めた涙を零さないよう、必死に笑顔を作りながらそれに応えた。

『元気でな、愛』

『いつでもママたち、愛の味方だからね』

　愛情の込められた言葉とともに二人の姿がスッとどこかへ消えていく。

　そして完全に愛ちゃんの目の前から消えたと同時……オレの耳にだけ、微かに愛ちゃん母の声が小さく響いた。

『良樹くん、出来れば……なんだけど、愛のこと、見てあげてくれると嬉しいわ』

「え」

『私も、私の夫もそれを望んでる。　だからその……お願いできないかしら』

「ーー……掛け合ってはみます」

『ふふ、ありがと。　じゃあね』

　そうして二人の気配は完全に消失。

　オレも緊張の糸が切れたのか、先ほどまで忘れかけていた空腹感がより一層増幅。　早く食わせろと抗議の音を鳴らす。

「あ」

「お兄ちゃん、そういえば私のところにいたから食べてなかったね」

「う、うん」

「ごめんね私ばっかり食べちゃって。　今用意するから」

　そう言うと愛ちゃんはパタパタと可愛い足音を立てながらキッチンへと向かい、オレ用のカレーをよそいだす。

「えええ、オレやるからいいよ？」

「ううん、いいの。　パパとママに会わせてくれて、お別れをさせてくれたお礼。　それにママに『いい子でね』って言われたもん！」

「なるほど」

　待ちに待ったカレータイム。　愛ちゃんと作って、かつ愛ちゃん母の想いも込められていたからだろうか。

　今まで食べたどのカレーよりも優しい味がした。

「さてと、オレの頑張りは母さんが帰ってきてからだな」

　カレーを食べ終えたオレは、自信に気合をいれるよう息を吐く。

「ーー……ん？　お兄ちゃん、何か言った？」

「ううん何も。　愛ちゃんは何も心配しなくていいからね」

　よし、やるぞ。

　◆◇

　母親が帰宅してきたのは夕方。

　オレは改めて気合いを入れた後、「とりあえず晩御飯の用意するわねー」とキッチンへと向かった母親の後ろを追った。

「ってあれ、カレー？　誰が作ったの？」

　母親が残ったカレーを見ながらオレに尋ねる。

「あー、それはオレと愛ちゃ……」

「良樹が！？」

「うん。　ていうか母さ……」

「冗談言わなくていいから。　アンタ料理なんてしたことがないでしょう。　それで、誰呼んだの？」

「いや本当にオレ……ていうかそこはもういいから！！　それよりも母さん」

　オレは話を変えるため、まっすぐ背筋を伸ばす。

　ここまでオレが真剣な表情をしたのは母親から見ても物珍しかったようで、「え、何？」と口を閉じてオレに視線を向けてくる。

　

「母さんはさ、オレが幽霊視えること知ってるでしょ？」

「うん。　それで幼稚園の時とかよく仲間外れにされてたもんね。　あれから普段は気持ち悪がられるから黙ってるよう言ったけど……まだ視えるんだ」

「まぁね。　それで……なんだけどさ」

　オレは少し前にあったこと……桜井夫婦と話したことを簡単に説明。　その後に愛ちゃんをウチで引き取れないか尋ねてみたのだが……

「え、桜井さんがお願いしてきたの？」

「うん。　なんかオレがいた方が安心できるみたい」

「そっか。　それで良樹、アンタはどうなの？」

「え？」

「愛ちゃんの力になりたいって気持ち、ちゃんとある？」

「も、もちろんだよ。　じゃないとこうして相談しないし」

「あはは、そっか。　そうだね」

　なんとも意外なことに母親からの答えは『OK』。　というよりも今夜、愛ちゃんが寝静まってからそのこと……愛ちゃんを今後どうするかをオレに相談しようとしていたらしい。

「えええ、そうだったの？」

「うん。　でも良樹からその話題を振ってくれて……桜井さんの気持ちも聞けて助かったわ。　ありがとう」

　そう口では言っているものの、何故か母親はあまり浮かない様子で……

「ん、母さん？　どうしたの」

「良樹、頑張りなさいよ」

　母親がまるで喝をいれるかのようにオレの背中を力強く叩いてくる。

「え、なにが？」

　そして次に放たれた母親の言葉に、オレはあまりの衝撃で膝から崩れ落ちたのだった。

「実は海外にいるお父さんから、あっちで一緒に住もうって言われてたの。　それで本来なら良樹と二人で移住するつもりだったんだけど……うん、寂しいけど母さんだけ行くわね！！」

「え？」

「お金のことは心配しなくていいから。　愛ちゃんのお世話、頑張るのよー！」

「エエエエエエエエエエエエ！？！？！？？」

　それからのことは怒涛の毎日だったのであまり記憶に残っていない。

　桜井さん夫婦のお葬式から始まって、桜井家から愛ちゃんのものをウチへ運搬したり、今後オレがしなければならない家事指南など、『妹』ゲームなどする暇もないくらい日々が過ぎていき、愛ちゃん関係の手続きが完璧に終わったのとほぼ同時。　母親は父親のいる海外へと飛んで行ってしまったのだった。

　◆◇

　そしてこれは母親が飛び立っていった日の夜のこと。

「そういや愛ちゃんは来週から学校なんだよね」

「うん」

　形の悪いハンバーグを頬張りながら、愛ちゃんが大きく頷く。

　文句言わず食べてくれるなんて……なんて天使なんだ。

「そっか。　愛ちゃん、一緒に頑張ろうね」

「それよりもお兄ちゃん」

「ん？」

「巫女（みこ）って知ってる？」

「！！！！」

　オレは女子小学生の口から発せられた『巫女』という単語に激しく動揺。

　聞いてみると、オレが学校に行っている間にオレの部屋に置いてあった漫画を読んでいたようで……

「え、えーと。　知ってるけど、なんで？」

「巫女ってね、幽霊と話したりとか……お兄ちゃんみたいなことが出来るんだよね？」

「う、うん。　そうだね」

　そう頷くと何故だろう、愛ちゃんの表情が太陽に照らされたかのように一気に明るくなり、体を前に乗り出しながら元気よく口を開いた。

「私ね、お兄ちゃんみたいになりたいの！！　だから私、巫女になる！！！」

「ええええええええええええええええ！？！？！？」

　これもまさに急展開。

　期間限定の妹ができたかと思えば、本当の妹になって一緒に住むことになり、更には巫女になりたいだなんて……！！！

　でもまぁ冷静に考えるとこれってあれだよな。　女の子が魔法少女やアイドルに憧れるのと同じ現象。　コスプ……ゲフンゲフン、衣装を着せてあげたら満足するやつだよな。

　いやそっちの方がむしろ良い！！！

　オレはすぐに通販で子供サイズの巫女服を注文。　早く巫女装束に包まれた愛ちゃんの姿をこの目で拝みたい……オレは満面の笑みで愛ちゃんに「巫女服頼んだよ！！！」と親指を立てた。

「やったー！！　お兄ちゃん大好き！！！」

「あふん！！！」

「それとこの後一緒にお風呂入ろうね！　おばちゃんいなくなったから、今日からはお兄ちゃんと入る！」

　うおおおおおお！！！　これは完全に勝ち組だあああああああ！！！！

　こうしてオレと妹・愛ちゃんとの甘くて酸っぱいドキドキな生活（願望）が幕を開け、オレはこれから起こるであろう多くの妹イベントを想像して鼻を膨らませる。

　しかしこの時のオレはまだ知らない……この愛ちゃんとの同棲生活を皮切りに、オレは色んな出来事に巻き込まれ振り回され、オレの今まで色の無かった日常が一気に変わっていくことを。