39 今日一日がクライマックス!
三十九話 今日一日がクライマックス!
愛ちゃんやマリアの担任・高槻さんとの外食終わり。
オレは今まで自分の中で確立させていた教師の概念が、まったくもって間違っていたことに気づかされていた。
「へへへへへ、もう飲めませーーん」
帰り道。 オレが背負っているのは高槻さん。
教師もこうやって生徒の前でもハメ外せるんだな。
久しぶりの複数人の外食が楽しかったのか、あれから高槻さんは上機嫌でお酒を摂取。 こうして一人では歩けないほどに酔いつぶれてしまったのだ。
オレは背後から漂うアルコールの香りを鼻で感じながら慎重にバランスをとる。
「舞せんせー、大丈夫かな。 お酒って怖いね」
「良樹、右に傾いてる。 もうちょっとお尻の方、持つべき」
「え、あ、ああ」
オレが介抱してる側といえど、相手は女性……触る場所とか気を使っちゃうよな。
高槻さんの家を知らないオレは一応酔いが覚めるまで……という名目上で、とりあえず自宅へ。 愛ちゃんマリアのサポートを受けながらリビングのソファーに寝かしつけると、スマートフォンを取り出し【酔いの覚まし方】で検索した。
「えっと……なになに」
調べてみると、特に悪酔いを早く治すには、大量の水を飲んで体内のアルコールを薄めることが重要。 更にはコンビニ等に素早く悪酔いから回復させるドリンクが売っているとのことだ。
「んーー、じゃあ水を飲ませるのは愛ちゃんたちに任せていいかな」
「うん!」
「良樹は?」
「オレはコンビニに行って悪酔いしないためのドリンク買ってくるよ」
今日一日、高槻さんには色々とお世話になったんだ。
このくらいはしないと……だよな。
高槻さんの介抱を愛ちゃんたちに委ねたオレはコンビニ目指して一走り。
幸いにも目当ての商品はすぐに見つけることができ、オレはそれを購入。 再び家を目指してコンビニから出たのだが……
「あ、加藤」
「ほんとだ!」
「ん?」
自動ドアを出て声がした方に視線を向けると、そこにいたのはヤンキー女子の進藤さんと佐々木さん。
二人ともかなり走っていたのか息がかなり荒れており、汗まみれの顔でオレをキッと睨みつけてくる。
「ちょうどよかった。 ちょっと任せた」
「頼んだよ加藤!!」
「え」
まったく状況を理解できていないオレを差し置いて、二人はオレの肩をバシンと叩くなりそそくさとコンビニ裏へと身を隠す。
頭上にはてなマークを浮かばせながら何のことかと考えていると、少し遅れてゴツい見た目のヤンキー……という年齢ではないな。 二十代くらいの数人の男が周囲に睨みを効かせながら走ってきた。
す、すげぇ迫力だな。
目があってカツアゲされるのも勘弁だったため、あまり関わらないようにしようと体の向きを変えていると、不運にもその中の一人から「おいそこのお前」と肩を引っ張られ声をかけられる。
あぁ、オレ終わった。
幸いと言っていいのは、今のオレは高校生にしては結構な金額を財布に入れていることだろうか。 一万円を差し出せばこの人たちだって乱暴なことはしてこないはず……ぶっちゃけ男の人たちも怖いのは怖いのだが、やはりマリアの一件で悪魔と対峙した影響もあるのだろう……今までよりは、そこまで怖さを感じない。
オレは早くこの男たちに囲まれている状況から抜け出すために「はい、なんでしょう」と受け答え。
『金を出せ』と言われるものと思っていたのだが……男の口から出た言葉はオレの予想とはまったく違ったものとなっていた。
「長い金髪の女と、明るい茶髪の女、見なかったか?」
「え」
男たちの目的はオレの持っているお金ではなく、まさかの先ほどの二人……進藤さんと佐々木さん。
そこでオレは、なんとなくではあるが今置かれている状況を理解することができた。
なんでかは分からんが、追われてたのか。
「金髪と茶髪……ですか」
「あぁ。 ちょうどお前くらいの年の女だ。 絶対にこっちに来たことは間違いない……どっちに逃げた」
ちょうどコンビニの通りが狭い十字路になっており、男たちはオレに尋ねながらも進藤さんたちの後ろ姿が見えないかじっくり目を凝らしている。
表情的に怒ってるみたいだし、ここは正直に言わない方が良さそうだな。
「えっとオレ、さっきまでここのコンビニに居て……髪とかまでは覚えてないんですけど、二人組みの女子高生だったらあっち……中学校の方に走って行ってました」
オレは何も知らない演技を続けながら、二人が隠れている方向とは真逆へと視線を向け「でも……もう見えないなんて足早いですね」と聞こえやすい声量で呟く。
「そうか。 走ってる感じからして多分そいつらだ。 よし、行くぞ」
男たちは礼も言わずにオレの発言した方角へ。
一応姿が見えなくなるまで確認した後に「もういないよ」と声をかけると、安堵した表情の二人が建物の影からゆっくりと顔を出した。
「ごめん加藤。 助かった」
「あー、終わった。 あっぶなー。 ゆりか、これでやっと私らも帰れるねー」
かなり怖い思いをしていたのだろう。 表情こそ落ち着いているが、足元は未だ若干震えている。
「えーと……大丈夫?」
「うるさい」
「え」
心配して声をかけたのに、なんたる仕打ちだ可愛くない。
金髪の進藤さんはオレから視線を逸らすなり、くるりと背を向けて先ほど来た方向へスタスタと歩いていく。
そしてそれを見た佐々木さんが「ちょ、待ってよゆりか。 流石にありがとうは言わないと!」と進藤さんの腕を掴んで引き止めた。
「は? 言ったし」
「言ってないって! それとタクシー呼ぼうよ、帰ってる時にまた出くわしたら最悪じゃない!?」
「お金ない」
「それは私もだけど……家着いてから親に出してもらえばいいじゃん!」
「私ん家は無理」
「えええ……!」
おいおい、次はどういう状況だ。
先ほどまで一緒に逃げていた二人は、今度はオレを放置して口論大会。
しかも内容がタクシーで帰る帰らないだなんて。
「あ、あのー……」
「今回は怒られてでもタクシーで帰るべきだって! 見つかったら何されるか分からなくない!?」
「だったら楓はタクシーで帰れば。 私は歩いて帰る」
「ゆりかを一人にできるわけないじゃん!」
「じゃあどうすんの? 楓の親に頼んで私のも出せって?」
「そ、それは……」
「そういうこと。 じゃあ私はこれで」
「ちょ、ちょっと! ゆりかぁー!」
んああああああああ!!!! もう!!!!
相手はオレの嫌いなヤンキー属性の女子だ。
本来なら見過ごすこと間違いなしなのだが、もしこの後すぐに二人に何かあって……どちらかがオレもその少し前まで二人と一緒にいたことを話してしまうと、『どうして助けなかったの?』とクラスメイトたちが冷ややかな視線を送ってくるに違いない。
せっかくあの小学校との交流会でオレへの扱いが若干緩くなったのに、ここでそれらを泡にするわけにはいかねぇ!!!
「ーー……なぁ、ここから大体二人の家までどのくらいかかるんだ?」
オレは二人に聞かれないよう、近くで一部始終を見守っていた浮遊霊に小声で尋ねた。
『ちょっと待ってな。 今からあの子たちの守護霊に住所聞いて、大体のタクシーの値段教えてやるよ』
「助かる」
『おう! 社会人時代、残業続きでほぼ毎日タクシーの世話になりまくってた俺に任せろ!』
浮遊霊はオレに親指を立てて二人の守護霊のもとへ。
話したのは数分ですぐにオレのもとへと戻ってくると、自身有り気に大体の距離とそれにかかるタクシーの値段を教えてくれたのだった。
「てことは、まだギリギリ深夜料金にはなってないから、五千円あれば行けると」
『あぁ、良心的な運転手ならそれでもお釣りは出るくらいだな』
「良心的?」
『だってあの子ら高校生だろ? たまにいるんだよ、こっちが何も知らなさそうだったり……酒に酔ってると勘違いしてメーター弄ったりする人が』
「マジか……なるほど」
料金メーターを弄られた場合は浮遊霊が霊的現象で元に戻してくれるという話にまとまり、オレはスマートフォンでタクシーを呼ぶ。
しばらくしてタクシーが目の前で止まったのを確認すると、佐々木さんに五千円を手渡し無理やりその中へと押し込んだ。
「ちょ、なにすんの加藤」
「はぁ!? え、てかこのお金……なんで!?」
オレは車内で喚いている二人を無視。
運転手さんに「二人を自宅までお願いします」と言い残してその場を後に。 もしかしたら悪酔いして苦しんでいるかもしれない高槻さんのため、全速力で家へと向かった。
◆◇
家に帰りリビングの扉を開けると、幸いにも高槻さんは悪酔いはしていなかったようで、愛ちゃんたちと楽しく談笑している姿が視界に入る。
「あ、良樹、おかえり」
「お兄ちゃんおかえり! あった?」
高槻さんはマリアからオレがドリンクを買いに行ったことを聞いていたらしく、オレの姿を確認するなり「あはは、ご迷惑をおかけしましたー」とオレのもとへと駆け寄ってきた。
「オレこそすみません。 遅れまして」
「いやいや、本当にごめんなさいね、恥ずかしいところを見せちゃって」
高槻さん曰くまだ若干酔いが残っているということだったので、早速オレは買ってきたドリンクを高槻さんに渡す。
するとどうだろう、最初こそ「ありがとう」とそれを受け取ってくれた高槻さんだったのだが、ゆっくりオレへと視線を戻して頬を赤らめながら困ったように笑う。
「え、どうしました?」
どうして早く飲まないのだろうか。
不思議に思い首を傾げていたオレだったのだが、ここで高槻さんから衝撃の一言を聞かされることとなる。
「加藤くん、これ……精力剤、だね」
「精力剤……、はぁ?」
一体高槻さんは何を言っているのだろう。
オレが高槻さんの手元に視線を向けると、確かに握られていたのは『精力剤』と書かれたドリンク。
商品名を見て安心して、隣に置いてたものを手に取ってしまったというのだろうか。 なんてミスをしてしまったんだオレえええええ!!!
まずい……非常に気まずいぞ!!
「いや、えっとですね、あのー……なんと言いますか……」
言葉を考えながら言い訳をしようとしていると、高槻さんが「えっと……そういうことしたいんですか?」と大人の色気全開で尋ねてくる。
「おわあああああああ!!!! 違います、シンプルに間違えたんですうううう!!!」
オレの頭には先ほどのヤンキー女子二人のことなど皆無。
必死に頭を回転させながら、この状況を打破できる効果的な一言を考えていたのだった。
「ねぇお兄ちゃん、せーりょくざいって?」
「マリアも分からない。 良樹、それは何?」
「もう加藤くん、二人の前でそんなにしちゃったらダメ……やっぱりそういうこと期待してるのかな?」
「うわあああああああ!!! 違うんですってええええええ!!!」
もしこの状況でオレが高槻さんと二人きりだったとしたら、個人レッスンが始まっていたのだろうか。
オレはそんな架空の設定を妄想しながら興奮して鼻血を出し、意識が途切れたのだった。
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