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30 学校の怪談?⑥


 三十話  学校の怪談?⑥



 オレと石井さんはスマートフォンに表示された地図を頼りに、かつてあやめが住んでいた家・花屋さんを目指す。

 結構な距離を歩いていると、それらしき建物が一軒。 ネットに表示されていたそれよりもかなり古びており、アングレ……【Angraecum】と書かれているはずの看板も、経年劣化により文字が剥がれ、はっきりと読み取ることも出来ない状態となっていた。



「ーー……加藤くん、ここだよね」


「多分」


「まだここに人、住んでるのかな」


「分からない。 とりあえずピンポン探そっか」



 花屋自体はシャッターで閉められていたため、裏口に回ってみるとインターホンを発見。 オレは後ろにいるあやめを振り返りながらインターホンに指を添えた。



「あやめちゃん、押すよ。 もしこれで誰もててこなかったり……知らない人が出てきた時は、諦めてくれな」


『ーー……うん』



 あやめの意思を確認たオレはインターホンを強く押す。

 呼び出し音は健在……しばらくすると中から「はい」という声とともに扉が開かれ、中から三十代くらいの女性が扉越しに顔を覗かせてきた。



 思っていたよりかなり若いな。 六十代辺りが出てくると思っていたのだが……これはもう引っ越しした後とかで、別の住人だろうか。



 オレがどう言い訳を取り繕うかと考えていると、出てきた女性が「あなたたちは……あそこの高校の生徒さん?」とオレたちの高校の方角を指差しながら尋ねてくる。



「え、あ、はい。 そうです、加藤といいます」

「石井です」


「それで、あなたたちはどうしてウチに?」 


「か、加藤くん」

「えっと、あー……そのですね」



 これはもうあれだ。 ほとんど別人で確定だけど、あやめの話を振って……それで『もう前の住人さんは引っ越しちゃったんですね、ご迷惑おかけしました』で無理やり話を終わらせるしかない。


 オレは小さく深呼吸した後に、半ば諦めながら「その……あやめさんのことで伺ったんですけど」と話を切り出す。 するとどうだろう、『あやめ』という名を聞いた途端に女性の表情が一気に変わり、「あやめ……今あなた、あやめって言いました!?」と食い気味に顔を近づけてきた。



「え、あ、は、はい言いました」


「なんでそれをあなたが……当時のことを知らなさそうなのに……!」



 え、まさかの?



 あまりの迫力で一瞬面食らってしまったが、この女性の反応的におそらくビンゴ……これはもう話すよりも見てもらった方が早いかもしれない。 

 オレは女性に触れるより先に、再度後ろを振り返ってあやめの位置を確認しようとしたのだが……



「ーー……あれ」



 いねええええええエエエエエエエ!!!!!!



 な、なんというハプニング。

 先ほどまで後ろにいたはずのあやめが何故かそこにはおらず。 もしかして目の前の女性が知らない顔だと思って逃げちゃったのか? 薄情はくじょうすぎるだろ!!

 オレが分かりやすく動揺していると、隣から石井さんがオレに耳打ち……「きえちゃった」と小さな声で囁いた。



「えええ、消えた!?」


「うん。 あの人が出てきてすぐに……」


「ーー……まじか」



 となれば、どこから説明すればいいものか。

 


 バツが悪そうに視線を女性へと戻すと、女性は「とりあえず上がってちょうだい」とオレたちを家の中へ。 オレの様子を見て怯えていると思ったのだろう、「さっきは取り乱しちゃってごめんなさいね」と謝罪を入れながら、女性自らあやめとの関係性を話し出した。



「あやめ……あなたはそう言いましたよね」


「は、はい」


「実はあやめは、ずっと昔に亡くなった……私の姉の名前なんです」



 ◆◇



 家の内装は、簡単に説明すると昔ながらの和風作り。

 女性はオレたちを居間へと通すなり、「こっちの部屋に姉の仏壇があるんです」と仕切っていたふすまを静かに開く。 


 

 そこは六畳ほどの和室で、オレの瞳に映ったのはその中心に敷かれていた布団の上で仰向けになって眠っているおばあさんと、その奥でそんな彼女を正座しながら静かに見下ろしているあやめの姿。 あやめの背後には、当時の元気に満ち溢れていたあやめの写真が仏壇に飾られている。



「あれがあやめちゃんの……」


「はい、仏壇です。 それで、そこに寝ているのが私と姉の母です」



 よかった、あやめ、いた……。



 石井さんと女性が話している隣でオレはホッと胸をなでおろす。

 そしてその様子に石井さんが気づいたのだろう。 オレに視線を向けながら「いたの?」と小さく声をかけてきた。



「うん、いた。 おばあさんの奥にいる」


「そっか……よかった」



 あやめがいるのなら話は早い。

 オレ視線を女性の方へと移し、早速本題に入ることにした。



「あの、すみません。 ちょっと、こっち来てもらっていいですか?」


「え」


「あやめちゃんのことなんですけど……色々と説明したりするよりも、手っ取り早いかと思うので」


「うん?」



 女性は頭上にはてなマークを浮かばせながらもゆっくりとオレの前へ。

 オレが「オレに触れた状態でお母さんの方を見てください」とお願いすると、やはり相手も女性ということで不審に思ったのか、一度視線を石井さんの方へ。 石井さんがニコリと微笑んで頷いたのを確認して、そっとオレの手の甲に指先を当てながら隣の部屋へと視線を向けた。



「ーー……あ、うそ」



 女性の口から声が漏れる。


 その後続いて出てきた言葉は「お姉……ちゃん」。


 女性の呼びかけを聞いたあやめはそっと顔をあげ、『アンちゃん?』と聞き返した。



「アンちゃん……、そう、そうだよ!! あんずだよ、お姉ちゃん!!」



 自分の名前を呼ばれたことで確信がついたのだろう、 女性……杏さんは一度立ち上がろうとするも腰が抜けたのかすぐに崩れ落ち、膝立ちの状態であやめの方へ。 あやめはそんな杏さんの頭に手を添えると、『おっきくなったねアンちゃん』と優しい笑みを浮かべた。



「お姉ちゃ……あやめが、どうして」



 杏さんが涙を浮かべながらオレを見上げてくる。



「学校の中で彷徨ってたらしいです」


「学校……?」



 そこからオレはあやめの愉快な仲間たちから聞いた情報を、覚えている限り全てあんずさんへ。

 それを聞いた杏さんは「そっか。 二十年近くも……寂しかったね、ごめんね気づいてあげられなくて」と再びあやめへと視線を戻して何度も頭を下げた。



『大丈夫だよ。 あやめも寂しかったけど、学校のみんなが優しくしてくれてたから』


「学校のみんな?」


『うん。 人体模型くんに、金次郎くんに、日本人形ちゃんとか!』


「え、それってもしかして……ええええ?」



 それから数分間、あやめと杏さんの数十年ぶりの会話が続いたのだが、あやめが急に視線を母親へと落としながら『ねぇアンちゃん、ママはいつ起きる?』と尋ねる。

 それを聞いた杏さんは少し言いにくそうな内容だったのだろう。 指先を触れていただけのオレの手をぎゅっと掴むと、声を震わせながら説明しだした。



「母さん……うんママは今病気なんだ。 もうね、一日にほんのちょっとだけしか……起きないの。 今日は朝に少し目を覚ましたから、もう今日は起きないかな」


『そうなの?』


「うん。 数年前からずっとこの調子。 病気で体が弱ってるのもあるんだけど、お母さん、入院はしたくないからって自宅療養……お家でゆっくりするのを選んだんだ」


『そっか。 ありがと、アンちゃん』



 妹からの説明を受けたあやめは再度柔らかく微笑むと、口元を母親の耳へと近づけて口を大きく開ける。



『ママ、ただいまー。 あやめだよー。 帰ってきたよー』



 母親はピクリとも動かない。

  


『ママー。 ただいまー』


「お姉ちゃん、ママ……母さんは今日はもう……」


『なんで? お家でゆっくりしてるんでしょ? だったら起こしてあげないと。 あやめだよー。 ママー』



 自宅療養の意味が分からなかったのだろうな、 杏さんの声も聞かずに、あやめは繰り返し声をかける。

 そしてどのくらい経っただろう。 オレや石井さん、杏さんが黙ってその様子を見守っていると、杏さんいわく今日はもう起きないと言われていたはずのおばあさんのまぶたがピクリと動いた。



「え、うそ……一日に二回、目が覚めるなんてことは、ここ数年まったく……」



 驚いている杏さんをよそに、おばあさんはゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。



「ーー……夢かい」



 そう小さく呟くと、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。



「母さん、珍しいね。 どうしたの?」


「夢を……見たんだよ。 学校から帰ってきたあやめが、居間で居眠りをしている私の体を揺らしながら起こしてくるんだ。 ただいまー、ママ起きてーって」



 力のない……震える手を布団から出して上げながら、おばあさんはあやめが自身の体を揺らしてくる素振りをオレたちに見せてくる。



「え、母さん……お姉ちゃんの声、聞こえたの!?」


「はて、なんのこと……ていうかそこの坊やたちは、どちらさんかなぁ?」


「あ、そっか。 母さん、この子たちは……あっ」



 杏さんはオレたちのことを紹介しようとしてくれていたのだが、オレを見た途端に動きが止まる。

 おそらくだけどこのおばあさん……母親にもあやめの姿を見せてあげたいのだろうな。 オレが「じゃあ触ってもいいですか?」と尋ねると、杏さんは嬉しそうに頷いた。



「それじゃあちょっと、失礼します」



 オレがおばあさんの肩に手で触れると、先ほどまで虚ろだったおばあさんの目が一気に覚醒。 大きく目を見開いたかと思うとすぐに優しい目つきへと戻り、あやめのいる方向を見つめながら「私はまだ、夢を見ているのかな」と上げかけていた手をあやめの頬へと添える。



『ママ。 夢じゃないよ、あやめだよ。 ただいま』


「あぁ……! あやめ、あやめだ! ほうら、杏、母さん言っただろ? あやめはいつか、ちゃんとウチに帰ってくるって……!」


 

 あやめと再会できたことが余程嬉しかったのか、おばあさんは杏の返答も待たずに、しわくちゃな笑顔を作りながらあやめに話しかける。

 


「あやめ、よくお店の名前変わったのに帰ってこれたね」


『うん。 最初に聞いてたけど、名前……アイリスじゃなくてびっくりした』


「ごめんね、不安な気持ちにさせちゃって。 この花屋は……あやめが生まれた年に開業したから、あやめの花の別名、『アイリス』にしてたんだけどね。 知ってたかい?」


『うん。 よくママ、あやめに教えてくれてたもんね。 でも変えちゃったんだね』


「そうだね。 色々と考えてそうしたんだけど……あやめはなんて書いてるか読めたかな?」


『ううん、看板の文字、ほとんど消えてて読めなかった。 なんて名前にしたの?』


「あぁ……そうか、消えちゃった……それほどに時間が経ったのか。 名前はね……」

  

 

 おばあさんは楽しげに、何かを言いたそうにしながら息を吸い込むと、その後静かに目を閉じる。



 老人的にはよくあることなのだろうか。

 杏さんが笑いながら「ちょっと母さん、気になるところで寝ないで、ちゃんとお姉ちゃんに教えてあげて」と体を揺すりだす。



「ほーら、母さん」


「ーー……」


「あ、もしかして名前忘れちゃったから寝たふりとかしてるの? やめてよねー」


「ーー……」


「まったく母さんは。 ほら、だったらちゃんと出してた手も布団の中に入れないと」



 杏さんは布団からはみ出していたおばあさんの手を優しく握って布団の中へ。

 しかしその時に何かに気づいたのか、「えっ……母さん?」と指先を母親の手首に当て、その後静かに立ち上がると廊下へ一人出て行きどこかに電話をかけ始めたのだった。

 


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