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03 少女×妹=勝ち組な未来……のはずが!?③


 三話  少女×妹=勝ち組な未来……のはずが!?③



 深夜、浮遊霊が連れてきた男女が愛ちゃんの両親・桜井夫婦だと教えてくれたタイミングで、病院にいた母親からの着信音が鳴り響く。



「ーー……マジか」



 電話に出てみるとそれはやはり悲報で、オレは愛ちゃんを起こしてタクシーで病院へと向かい、もう目を開けることのなくなった桜井さん夫婦と対面。 後の難しい手続き等は大人である母親たちに任せて、再び愛ちゃんとともに自宅待機をすることになったのだが……



 ◆◇



「ーー……」



 リビング内。 

 病室で全ての涙を使い切ったのだろう。 ソファーに腰掛けた愛ちゃんは虚ろな目で床をジッと見つめている。

 その表情はかなり暗く、瞳にも光が灯っていない。



 ここはオレが声をかけたほうがいいのかもしれないけど……。



 そうは思ってもなかなかその一歩が踏み出すことが出来ない。

 その理由がそう……これなのだ。



『あーー、どうしようあなた!! 愛がこんなに辛そうに……ってあなた!? さっきからずっと上の空で……何考えてるのよ!!!』



 オレの目の前では愛ちゃん母がかなり取り乱しており、愛ちゃんのことを心配して……なのだろうが、愛ちゃん父に早口で詰め寄っている。



『何を考えてるって……そりゃあ、愛の住民票とか保険証とか無事だったのかなって思ってさ。 それとボクたちがいなくなるってことはつまり、愛はどこか別のところで暮らしていくことになる。 でもボクたちは駆け落ち同然……愛を引き取ってくれるところがあるのだろうか。 候補がないか考えてたんだ』


『そんなの後でもいいじゃない!! 今は愛を……私たちの目の前で絶望しきった愛をどうにかしてあげることじゃないの!?』


『いやいや冷静になりなさい。 ボクたちはすでに霊体……愛のことを想っても、できることなんて何もないじゃないか』


『この薄情者……!! ほんとあなたって昔からどこか冷たいところあるわよね!!!』


『ーー……それは今言うことじゃないだろ?』


『あああああ、もう!!!!』



 き、気まずい。



 まさか霊体になってまでも夫婦喧嘩をしているなんて。

 しかも視えていないとはいえ、大好きな愛娘まなむすめの目の前で。


 流石にこれはやり過ぎたと感じたのか、普段おちゃらけている浮遊霊たちもオレに『おいおい良樹、これは止めた方がいいんじゃないか?』と提案してくる。



「いや、だったらお前ら頼むよ。 同じ霊体同士なんだから触れるだろ」


『無茶言うなって。 俺たちが何年ストレスのないゴーストライフを送ってると思ってるんだ。 あんなピリピリした状況は久しぶり……見てるだけで怖じ気づいちまうよ。 まぁでもあんなに本気で言い合ってるってことは、それだけあの娘ちゃん……愛ちゃんだったっけか? その子のことを心配してるからなんだろうけどな』



 確かにな。

 かなりの迫力で言い合ってはいるものの、その内容は愛ちゃんの今後や今を心配するものばかり。



「だったらもう、二人が落ち着くまで好きにやらせた方がいいのか?」



 そんな結論に至ったのとほぼ同時。

 胃が空腹時に鳴らす合図……なんとも間抜けで緩い音がリビング内に二つ響き渡った。



「え」

「あっ」



 オレの空腹音も聞こえたのだろう。

 ようやく愛ちゃんが顔を上げてオレの方を振り返る。



 そういえば愛ちゃんは昨日夕食前に出て行ってから何も食べてないんだもんな。

 いくら悲しくても腹は減る……ここが話しかけるのに良いタイミングじゃないだろうか。



「お腹すいたね。 何か食べよっか」



 愛ちゃんが小さく頷いたのを確認したオレはキッチンへ。

 簡単に食べられるものはないだろうかと冷蔵庫を開いたのだが、そこに広がっていたのは絶望そのもの。



「な、何もない……だと」



 中にはバターやドレッシング、納豆などで、すぐにお腹を満たせられるものは見当たらない。

 野菜室にはもちろん野菜しか入れられていない。



「ちょ、ちょっと待っててね愛ちゃん!!!」



 オレは声を震えわせながらも下段の冷凍庫へ期待を込めて覗いてみたのだが、なぜこういうタイミングで何もないのだろうか。 レンジでチンするだけの簡単な冷凍食品すら見当たらないなんて。



 ど、どうする。

 唯一あったカップラーメンは昨日オレが食べちゃったし……



 もしかしたらまだどこかに隠れていることを信じて探してみるも、それらしきものは何一つ見当たらない。



「ーー……オゥ」



 オレはこの状況に更に絶望。

 深いため息を吐きながらどうしようか考え始めていたその時、なんという名案だろうか……近くで一緒に探してくれていた浮遊霊の一人が、ポツリと呟いたのだ。



『力になれなくてすまないな良樹。 俺たちの誰かに料理経験者がいれば隣で教えてあげながら作ることが出来るのによー』


「いや気にしないでくれ。 一緒の探してくれるだけでもありがたい……って、ん?」



 料理経験者……、あ。



「そ、それだあああああああああああああ!!!!!!!」


『うわあああ、どうした良樹!』


「サンキュ! なんとかなるかもしれない!」


『えええ!? どう言う意味だ!?』



 持つべきものはやはり友達だな。


 オレの突然の大声に愛ちゃんが身体をビクンと反応させて驚いているが、オレはそれをあえてスルー。 言い合いを続けている桜井さん夫婦の間に割って入ると、愛ちゃん母……奥さんの方に「あの!」と話しかけた。



『えっ、あ、ごめんね良樹くん。 おばさんたち、つい良樹くんの家なのにこんなに喧嘩しちゃって』


「そんなことはどうでもいいんですよ!! ちょっとこっち来て貰えませんか!?」



「お、お兄……ちゃん、誰とお話してるの?」



「あーうん! 後で教えるからちょっと待っててね!!」



 オレは愛ちゃんに笑顔で返しつつ、愛ちゃん母をキッチンへと連れ出し冷蔵庫の中を見せる。

 そこで愛ちゃんには聞こえない程度の声量で、先ほど思いついた素晴らしい方法を提案してみることにした。



『よ、良樹くん?』


「実はですね、オレお腹空いてて……愛ちゃんも昨日の夕方から何も食べてないんです。 なのでこの中の材料で作れて、かつ愛ちゃんが好きそうな料理があれば、料理したことないですけどオレ作るんで隣で指南してもらえればなと!!」


『!!!』



 愛ちゃん母の目が大きく見開き、その視線をゆっくりとこちらを不思議そうに見つめている愛ちゃんへ。



『料理……愛に?』


「はい! そしたらオレは置いといて……愛ちゃんは大好きな味でお腹を満たせますし、おばさんもまた自分の味を楽しんでもらえるでしょう!?』


『確かに……』



 愛ちゃん母の瞳に希望という光が少しずつ灯りだす。

 


『そう……そうね!! 私も愛に……最後に料理を作ってあげたい!! 良樹くん……協力してくれるかしら!!!』


「喜んで!!」



 こうしてオレは、愛ちゃん母の指南を受けながら昼食を作ることになったのだが……



 ◆◇




 あれだな、料理ってガチで難しいのな。 愛ちゃん母は料理というものに慣れているからこそ普通に説明しているのだが、料理未経験者のオレは全く言葉の意味が理解できず。



『あ、そこで隠し味にそれを入れるから、少しだけいれて!!』

「ーー……少しってどのくらいですか。 分かんないんでストップって言ってください」


『ちょ、ちょっと! ルーを入れるのは後……なんで入れちゃったの!?』

「え……、結局煮込むのに順番とかあるんスか」


『良樹くん、人参切るのそうじゃないよ!! さいの目切りね!!』

「サイノメ……ギリ?」



 おそらくは動物のサイを意味しているのだろうが、どうして目の形をサイに限定しているんだ? そんなにサイの目って特徴的な形をしていただろうか。



「えーと……丸型、かな」

『あああああ、その包丁の持ち方危ないーー!!! ていうより、どうして丸く切ろうとしてるのー!?!?』

「ぐああああああ!!! 分っかんねええええええええ!!!!!!」



 このようにやることなすこと全てにツッコミを入れられながら作業を進めていくオレだったのだが、どうしても包丁を使う系が上手く出来ない。

 そんなオレの家庭科力を目の当たりにしてなのか、愛ちゃん母は信じられないといった表情でオレを見つめていた。



『よ、良樹くん、小学校か中学校の家庭科で包丁の使い方学ばなかった? ーー……というよりも、お母さんのお手伝いとかしてないの?』

「学ぶ気なかったですし、お手伝いもしてませんすみませんーー!!! あとオレめっちゃ不器用なんですーー!!!」



 本来ならば投げ出しているところなのだが、これも愛ちゃんと愛ちゃん母のため。

 オレが頭を悩ませながらも包丁を動かしていると、何やら背後から気配……愛ちゃんが少し興味ありげに覗き込んでいたことに気づいた。



「お兄ちゃん……何作ってるの?」


「え、えーーと、カレーだよ」


「カレー……、私、ママのカレー好きだった」



 愛ちゃんは、オレの切った……形が不揃いの野菜たちを静かに見つめる。



「そ、そっか。 そうだったんだね」


「それでお兄ちゃん、人参切るの苦手なの?」


「ま、まぁ……」


「やってあげよっか?」


「ーー……」



 へ?



「貸して?」


「え、あっ……はい、どうぞ」



 愛ちゃん母が止めに入らなかったため、オレは「刃に気をつけてね」と言いながら愛ちゃんに包丁を渡す。

 そしてこれは……オレは何を見せられているのだろうか。 愛ちゃんは器用に……しかもオレの倍以上のスピードで人参を切っていくではないか。



「え、愛ちゃん、料理できるの?」


「うん。 火は危ないからダメって言われてたけど、野菜切るのはママに何回か教えてもらったから」


「す、すげぇ」



 愛ちゃん母に視線を移すと、愛ちゃん母は自分の教えたことを器用にこなす愛娘の姿を微笑ましそうに眺めている。



『そう……そうそうそう、上手よ、愛』



 ーー……あれ、なんか言い出しっぺのオレかっこ悪くね?



 愛ちゃんが切っている間、オレはその横に立っているだけの、ただのオブジェと化す。

 その後全ての野菜を切り終えた愛ちゃんは「はい」と野菜を手ですくい、オレの手に乗せようとしてきた。



「あ、ありがとう」


「こんな感じだけど……いい?」


「うん。 普通にオレより上手いよ」



 愛ちゃんから野菜を手のひらで受け取ろうとするオレ。

 その際、愛ちゃんの手がオレの手に僅かに触れたのだが。



「ーー……えっ」



 オレの手に触れた途端、愛ちゃんが大きく目を開いたまま力なく床に座り込む。

 その視線はオレの少し奥……一体どうしたのかと尋ねてみると、愛ちゃんは信じられないような内容を口にした。



「今……一瞬だけど、ママが……お兄ちゃんの後ろにいた気がした」


「え?」



 愛ちゃんの視線は今もなおオレの後ろ……実際に愛ちゃん母が立っているところに向けられている。

 


「え、えっと愛ちゃん、今は?」



 その問いかけに対して愛ちゃんは力なく首を左右に。


 なんで……どうして視えたんだ?


 実際にいることから錯覚ではないことは明白だ。

 ということは何かが作用して視えたということ……オレは先ほどの愛ちゃんとのやりとりを少しずつ思い返していく。



 あれしかない、タイミングとしては愛ちゃんから野菜を受け取った時……オレと手が触れたところだ。



「いやまさか……とは思うけどな。 でも、もしかすると……」



 オレは愛ちゃんから受け取った野菜を鍋に入れると、愛ちゃんの肩にそっと手で触れてみる。

 するとどうだろう……愛ちゃんは「あっ!!」と声を出し、再び目を大きく見開いた。



「ま……ママ!!!」



 やっぱりそうか。 今まで気づかなかったけど、まさかオレに触れたら普段霊を視えない人でも視えるようになるなんて……。



 抱きつこうとするもそれは叶わなかったのだが、完全に愛ちゃんには母親の姿が見えている様子。

 愛ちゃん母も驚いた顔で『あ、愛……!? ママが……ママが視えるの!?』と声を震わせながら話しかけた。



「うん!! ママ!!!」



 愛ちゃんの目からは枯れていたはずの涙が再度大放出。

 愛ちゃん母も愛ちゃんを包み込むような形で抱きしめる。



「ママ……ママぁーー!!!」



 なんと感動的な再会だろうか。

 オレが感動で涙を浮かべていると、この会話を聞きつけた愛ちゃん父が『どうしたの?』と参戦。 怒涛の再会の連続にさすがの愛ちゃんも『パパもいるー!?』と驚きのあまり腰を抜かした。



『良樹くん。 こんな時に申し訳ないんだけど、一定間隔でカレー、混ぜといてくれないかしら』


「え、あ、はい。 そうなんですか、混ぜないとダメなんですね」


『うん。 じゃないと底が焦げちゃうから』


「なるほど。 液体なのに焦げる……なるほど?」



 それからオレは左手で愛ちゃんに触れつつ、タイマーが鳴るまで一定間隔でカレーを混ぜることに。

 今まで一人でカレーを食べるときはお湯の中で5分とか、そういったレトルト系しか作ったことがなかったからな。 ここまで手間がかかるなんて知らなかったぜ。


 オレはカレーを焦がさぬよう適度に注意を払いながら、後ろの会話に耳をたてる。

 そこでは数日ぶりの親子の会話が繰り広げられていた。



『ごめんな愛。 パパたち、こんなになっちゃって』



 愛ちゃん父が情けなさそうに自身の透けている足に視線を落とす。



「パパ……本当に死んじゃったの?」


『うん。 だから愛と一緒にいてあげられないんだ』


「やだ……ずっといてくれないとやだ!!!」



 愛ちゃんがオレが今ままで聞いた中で一番の声で叫ぶ。

 そんな娘の心からの声を聞いた愛ちゃん母は、必死に笑顔を作りながらも愛ちゃんに頭を下げた。



『ごめんね愛。 ママたちもう一緒にお出かけすることも、一緒にお風呂に入ることも出来なくなっちゃって……本当に愛にはなんて声をかけたらいいのか』


「ママ……」



 その後も家族の会話はしばらく続いたのだが、それは突然……カレーの出来上がりを知らせるタイマーの音で遮られることとなった。



「おわわ!!」


『あら、カレー出来たみたいね』



 愛ちゃん母の言葉にオレと愛ちゃんの胃が反応。

 再び同時に空腹を知らせるマヌケな音が重なり合った。



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