23 特別編・ゆづき 過去との決別
二十三話 特別編・ゆづき 過去との決別
知らないうちに周りから私に飛ばされていたらしい生き霊が、今日、綺麗さっぱりなくなった。
数年間、謎の現象に悩まされていた少女・石井ゆづきは夕陽の光に背中を押されながら駆け足で自宅へと帰っていた。
足取りが軽い……いや、足だけではない。
夜な夜な悩まされていた狐の鳴き声……あれも実際は私を取り込もうとしていた生き霊たちから守ってくれてたことを知ってありがたかったのだが、もうそれらも消え去った。 今日からは久しぶりに、ぐっすり寝られるのだ。
それにまた何か不安なことがあっても、親身になって話を聞いてくれる頼れる友達も出来た。
足が、頭が、腕が、心が軽い。
「なんか昔の自分に……中一の最初の頃に戻ったみたい」
思い返せば中一の終わりの頃から徐々に体が重くなって、気持ちも塞ぎがちになった。
途中からは陰湿なイジメも……。
女子からは当たり前の無視から始まり、男子たちからもわざと体をぶつけてこられたりした記憶もある。
それが高校に進学するとイジメの内容も比例してエスカレート。 そこでの出来事はあまり思い出したくもない……耐えきれなくなった私をみて、親が隣町の高校に転校させたのだ。
だけどそれも今……、今日になってようやく言える。 転校してよかったと。
数日前まで私は光の届かない……暗いトンネルの中にいた。
だけど弟と買い物に行った際に偶然出会ったクラスメイトの男の子・加藤くんのおかげで真っ暗な世界に僅かな光が差し、今日その暗闇に眩しい光を届けてくれたのだ。
面識もあまりない……ただ前の席という関係だけなのに私のためにここまで動いてくれて、何の下心もなしに痛みにも耐えてこの苦しみから抜け出す方法を一緒に考えてくれた。
今までそんな友達がいただろうか。
否、初めてだ。
「高校二年生になってやっと出来た、私の友達……加藤良樹くん」
数分前まで繋いでくれていた手がまだ熱い。
ゆづきがそんな手のひらをじっと見つめていると、どうして今まで気にならなかったのだろう。 重く長い前髪のせいで、前が見えづらいことに気づいた。
ゆづきはスマートフォンを取り出し、その画面を鏡代わりにして自身の姿を確かめる。
「ーー……っ!!」
鏡を見た事自体が久しぶり……というのもあるけど、なんて見た目だ。
前髪はかなり伸びていて、その影で表情がかなり暗く見える。 前髪だけではない……セットしていない髪型は見るに耐えないボサボサ具合で不潔感すらも際立たせているではないか。
水分を失った唇もカサカサで、常に猫背になっていたことも影響しているのか制服もシワもよく目立つ。
「うそ……、まさかここまで」
いてもたってもいられなくなったゆづきは付近の美容院を検索。
幸いにも最寄駅付近の美容院の予約枠が空いていたので、ゆづきは迷わず予約ボタンをタップ。 制服に出来た大きなシワを少し伸ばしてスカートの丈も整え、駆け足で向かった。
◆◇
髪を切り整えてもらったゆづきは近くの雑貨屋のショーウィンドで自分の姿を確認して、そのまま店内へ。 今まで不思議と興味すらも示さなかった小物やヘアピン・ヘアゴム、コスメ等を順に見ていく。
「すごい……最後に見たのが中一だけど、可愛いのいっぱい増えてる」
胸が高鳴る……心が踊るとはこのことなのだろう。
そこでゆづきはリップや香水、その他諸々のお手軽価格の雑貨をいくつか購入し、鼻歌を歌いながら家へと帰った。
◆◇
「ど、どうしたのゆづき!!!」
家に帰ると、それはそれは騒がしかった。
リビングに入るなり母親が目を丸くしながらゆづきの前に近づき、娘の全身をこれでもかというほどに観察し始める。
「お、お母さん。 見すぎじゃない?」
「だ、だってゆづきあなた……中学の途中から見た目なんか気にしなくなっちゃって。 それにこんな明るい顔を見るのは一体いつぶり……」
「その、やっと何かが吹っ切れたって言うのかな」
ゆづきは照れながら目の前で嬉しそうに喜んでくれている母親に微笑みかける。
そして今、どうしても伝えたい気持ちを言葉にして母親へ。
「なんていうか……今まで心配させちゃってごめんなさい。 でも、もう大丈夫だから」
「ーー……っ!!」
ゆづきの言葉に母親の目から涙が溢れる。
「そう、ゆづき……よかった」
「うん。 お母さんが転校を勧めてくれたおかげ。 ありがとう」
ここまで喜んでくれるなんて、なんて自分は幸せ者なんだ。
ゆづきはそんな幸せを噛み締めながら久しぶりの母親との会話で大盛り上がり。 そして変わったゆづきを祝福してくれる人はまだいる。
ゆづきが帰ってきた事に気付いたのか、弟・聡太が「おー!! ねーちゃんおかえりいいいい!!!」と背後からタックル。 「あ、ただいま聡太」とゆづきが振り返ると、いつも騒がしい弟は珍しく硬直……「え、姉ちゃん?」と分かりやすく動揺しながら目を細めた。
「うん、お姉ちゃんだよ。 どうしたの?」
「うっわああああ、一瞬誰かと思ったじゃんか!! すっげえええ、姉ちゃんめっちゃ綺麗になってるじゃん!! どうしたの!? もしかして彼氏が出来たとか!?」
聡太が目を輝かせながら「高校生ってすげー!!」とゆづきのスカートを引っ張ってくる。
「い、いや……そういうのじゃないから」
「キスしたのか!?」
「だ、だからぁ……ちょっとお母さん、聡太をなんとか……」
「そうなのゆづき!?」
「お母さん!?」
聡太だけでなく母親までもが興味津々な表情でゆづきに詰め寄ってくる。
「なぁ、姉ちゃん!!!」
「ゆづき!!」
一瞬良樹の顔が脳裏に浮かぶも、これは高校で初めて出来た友達に浮かれているだけだとゆづきは解釈。 それにもし仮に彼のことを好きになったとしても、まさか自分に振り向くことはないだろう。
ゆづきは顔を左右に振って脳内をリセット。 「本当にそんなんじゃないから」と改めて伝えると、母親も聡太も「なーんだ、つまんない」と各々の作業に戻ってしまったのだった。
「じゃあお母さん、私宿題してくるね」
「はーい。 ご飯になったら呼ぶからねー。 それまでママはサニーズのライブDVD観てるからー」
部屋に戻ったゆづきが真っ先にしたことは宿題ではなく服の確認。
何か一着でも可愛いのがないか探そうと意気込んでいたのだが、開始早々ゆづきの口から出たのは「ーー……だめだ」だった。
「これも、これも、このスカートも……全部無地で色褪せて……そりゃあ中学から適当に着てたらこうなっちゃうよね」
復活した優香はまだ止まらない。 夕食の時間までの間、ゆづきは今まで使っていなかった大量に溜まったお小遣いを計算してネットで服や靴を注文。 最近流行りの着こなしやトレンドも片っ端から調べていき、数年間失っていた女子力を埋めるようにものすごい勢いで知識を吸収していったのだった。
「ゆづきー、お母さんがご飯だってー」
熱中していると時間が経つのが早い。 ノックとともに父親が「早く降りておいでー」と顔を覗かせてくる。
「あ、お父さ……」
「ヒョア!? お、お友達!? す、すみませんてっきり娘がいるものだと……!」
父親は目の前に座る少女が娘だとはすぐに認識できなかったようで、深々と頭を下げて謝罪してくる。
「いやいやお父さん、私だよ」
「え……ゆづき? ゆづき!?」
「うん、ゆづきだよ。 どうしたのお父さん、そんなにびっくりしちゃって」
「だ、だってこんな可愛く……それに今思えば久しぶりに目を合わせてくれて、笑ってくれて……おわああああああん!!!!」
「ちょ、ちょっとお父さん!?」
本当に幸せだ。
その日の夜は久しぶりに笑い声の響き渡る食卓に。 ゆづきもいつもよりも料理が美味しく感じ、より一層笑顔が増えたのだった。
◆◇
翌日の朝、これまでの不眠が嘘だったかのようにぐっすりと眠れたゆづきは顔を洗って鏡を見る。
肌の状態がまるで違う……たったそれだけのことでもゆづきの心に幸福感が溜まっていく。
「さて……と」
部屋に戻って前日にアイロンをかけたシワのない制服を身に纏い、雑貨屋で購入した手鏡を片手にリップを塗り髪型を整える。
「うん、可愛い」
自分で自分を褒め、鏡に映る自分に微笑みかけていざ玄関へ。
いつもとは違う朝。 扉を開けてまずゆづきを出迎えてくれたのは、眩いほどの太陽光。 今までは目に掛かる前髪でそこまで感じ取れていなかったのだが、ここまで太陽って明るかったのか。
いやそれだけではない、いつもは地面しか見ていなかったのに今はまっすぐ前を……胸を張れているのもある。
「変わるぞっ」
新たな発見がまたゆづきの気持ちを一歩前に押し出し、見慣れた……しかしキラキラと輝いた通学路を歩いていく。
学校に着いたのは結構ギリギリの時間。 ゆづきはいかに自分が今日身だしなみに時間を割いていたのかを実感しながら教室へと向かっていたのだが……
「ーー……っ」
教室の扉の前。 思わず足が止まる。
今の私を見て、みんなはどんな反応をするのだろうか。 調子に乗ってる……とか思われないだろうか。
それが原因でまた、いじめられたり……しないだろうか。
いろんな不安がゆづきの脳内を駆け巡る。
「だめだめ、自信を持てゆづき」
昨日までの私はもうここにはいない。
今ここにいる私こそが……
「よしっ」
ゆづきは両頬をパチンと叩いてまっすぐ前へ。 扉に手を掛け一気に開き、まだ先の見えない世界へ大きな一歩を踏み出した。
お読みいただきましてありがとうございます!!
どうしようかギリギリまで迷いましたが、結局書いちゃいました特別編!笑
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