22 あの子と狐④
二十二話 あの子と狐④
『ゆづき、お主に向けられたこの数多の憎悪……ほとんど、いや全てが色恋に関するものじゃな』
御白が石井さんを飲み込もうとしている生き霊の集合体を見上げながら頷く。
なるほど、それが原因で石井さんに生き霊が向けられたと。
ん? 色恋って……ええええ恋愛系ってことか!?!?
も、もしかして石井さんって……ビッチだったのか!?!?
オレが驚きながら石井さんを見ると、石井さんは「色恋?」と難しそうな顔をして首を傾げている。
「あの、すみません。 私……別に誰とも付き合ったこととかありませんけど」
『うむ。 しかしお主は中学の頃、いろんな男に言い寄られてこなかったか?』
「あ、それは……はい。 で、でも全てお断りしました」
『そこは関係ないのじゃ。 その振られた男の逆恨みや、その男に好意を抱いておった女やお主の友が感じた裏切り……それらの負の感情が全てお主に向けられたのじゃ』
「そ、そんな勝手な……」
『それが人間。 人間は自分勝手なものよ』
驚きの事実だ。
こんなカオスな雰囲気漂わせた石井さんが、実はモテてましただなんて。
御白は冷めた眼差しで生き霊の塊・集合体を見上げながら、ようやく何故石井さんに狐を憑かせたのかを話し出した。
『妾はあの日、ボールを拾ったゆづきに憑きはじめていた生き霊による影響を心配してな。 その障害……霊障からお主を守るために、妾の眷属であるあの狐を護衛として憑かせたのじゃ』
なるほどそういう意図があったのか。
やはりあの狐は神関係……そりゃあ強制除霊が効かないのも当たり前だよな。
オレが「呪詛返ししなくてありがとうございます」とお礼を述べようとしていると、再度石井さんが前に出て言葉を遮る。
「本当にあの狐……眷属さんは私を守るために?」
『そうじゃ。 疑問か?』
「はい。 だって夜になるたびに私の頭の中で狐の鳴き声が響いて……あれは私の睡眠を邪魔しようとしてたとか、そういうのではないんですか?」
『違う。 それは妾の眷属がそういう負の力をゆづきに近づけさせないため、威嚇していたのじゃ』
「威嚇……」
『うむ。 まぁそれがきっかけで寝不足になったり少なからずお主の日常生活に支障をきたしてしまったのは謝る。 そこはすまなかった』
「じゃ、じゃあ私が思わず感情的になってしまってたことは……」
『それはあれじゃ、睡眠不足からくるイライラとかじゃろ』
「えっ……」
す、睡眠不足からのイライラ……しょうもねええええええええ!!!!!
オレが心の中で突っ込んでいると、御白はぴょんと賽銭箱から飛び降りて石井さんの前へ。 爪先立ちをしながら石井さんの目下に出来たクマを優しく撫でる。
「み、御白さま?」
『じゃがもう大丈夫……寝れぬ夜も昨夜で終わりじゃ』
「え」
御白が扇子を広げて集合体に向かって一仰ぎすると、それは一瞬で弾けて跡形もなく消える。
完全にそれが消滅したのを確認した御白は『出来るならもっと早く来てくれてればよかったのじゃがな』と小言を呟きながら賽銭箱の上へと戻った。
「え、いや……私、中学卒業したときに来ましたけど」
『お参りに来てくれたか?』
「ーー……いえ、神主さんと話してすぐ帰りました」
「いやしてないのかよ!!!!」
思わず突っ込んでしまったのだがその際オレの腕が石井さんの胸部にあたり、愛ちゃんやマリアでは到底不可能な反発力でオレの手が弾き返される。
え、ちょっ……、えええ!?!?
これが本来の……マジかよ!! ただ大きいだけじゃない、張り弾力……その全てが小学生のそれとは違いすぎている!!!
タイミングが良かったからなのか、石井さんは御白との話に集中していたようで気づいてはいない様子。
「もしその狐……眷属さんに守ってもらっていなかったら私はどうなっていたのでしょうか」と尋ねていたのだが、その答えは割と残酷なものとなっていた。
『そうじゃな、先ほどまで奴らがそうしようとしておったように、いずれは恨みや妬みに飲まれて……不可解な最期を迎えていたじゃろうな』
◆◇
不安な場合は月に一回ペースでもいいから厄を落としにお参り来たらいいという御白のアドバイスを受け、改めてお礼を言ってその場を後にしたオレたち。
なんか少しだけど、ここに来るときよりも石井さんの表情が明るくなってる感じがするな。
オレがそんな石井さんの横顔を眺めていると、神社を出てしばらく歩いた頃……石井さんは分かれ道のちょうど境目で歩みを止めた。
「加藤くん、今日はありがと」
「え」
「加藤くんに話して良かった……やっと今日から安心して寝られるよ」
石井さんが長い髪の隙間から覗かせた……優しい瞳でオレに微笑みかける。
夕方というのもあるのだろうな。 今まで笑顔を見たことがなかったのもあるのだが、夕陽に照らされたその笑顔が本当に眩しくて素敵で……オレは少しの間見惚れてしまい、返事をするのを忘れていた。
「加藤くん?」
「え、あっ……いやごめんなんでもない!!」
「そっか。 じゃあ私、あっちだから」
「あ、うん」
「ーー……」
「ん?」
石井さんが言いにくそうに視線を落としてオレの手を見る。
「だからもう……ね」
「ーー……ハッ!!!」
そうだ!! 忘れていた!!
最後まで御白の姿を見せようとしてて……ずっと手を繋ぎっぱなしだったんだあああああ!!!!
「ご、ごごごごごめん!!!!」
焦りながら手を離して頭を下げると石井さんは少し照れ臭そうに指先で頬をかく。
「ううん、気にしないで。 じゃあまた明日……学校で」
「う、うん!! ま、また明日!!!」
まるで太陽からも祝福を受けているみたいだ。
夕陽のスポットライトを浴びた石井さんは笑顔で、そして軽やかな足取りでオレに手を振りながら帰っていった。
「か、可愛い……」
◆◇
オレは胸の高鳴りが治らないまま家に到着。
玄関の扉を開けると愛ちゃんが「お兄ちゃんおかえり、遅かったねー!!」とエンジェルスマイルを振りまきながらオレに抱きついてくる。
「ただいま愛ちゃん」
「さっきまでマリアちゃんと宿題やってて終わったところなんだー」
「そっか。 偉いね」
「えへへー」
おいおい、何を血迷っていたんだオレは。
これこそオレの理想通りの癒し……『妹』に勝るものなどこの世に存在しないのだ。
オレは愛ちゃんの後ろから出迎えにきてくれていたマリアにも「ただいま」と微笑みかける。
しかしなぜだろう。 マリアは「ふーーん」と冷たく笑うとオレに甘えたい様子も見せずにリビングへと戻っていく。
「えええ、どうしたマリア!!」
「マリアちゃん?」
愛ちゃんを抱きかかえたままマリアを追いリビングへと入るオレ。
なんでそんな塩対応なんだと聞いたのだが、マリアはオレの言葉をスルー。 目を合わせないままソファーに腰掛けた。
「ま、マリア!? なんで無視をする……オレなんかお前にセクハラしたか!?」
「してない」
「じゃあなんで」
「マリア、愛とどうやったら愛が巫女として覚醒できるか……とか考えてたのに、その師匠が女遊びしてたなんて」
「お、女遊び!?」
「良樹、あの女の子と一緒にいた」
「あの女の子? はぁ!?」
「狐の子」
そういうとマリアはゆっくりと振り返りオレの背後を指差す。
振り返ってみるとオレの影から白い狐の耳……それを見つけた愛ちゃんも「あ、狐さんだ!」と物珍しそうに顔を近づけた。
「ちょっ……なんで、ていうかこいつ、石井さんに憑いてたのよりも白いような……!!」
『コーーーーン』
白狐は高らかに声を上げると影から飛び出しテーブルの下へ。
「おいおいおい!! どうしてオレに憑いてきたんだよ!?!?」
もしかしてオレが強制除霊しようとしたのを根に持って……仮にそうなのだとしたらかなりマズい。 文字通り神の怒り、神罰を今から下されるのか!?
考えただけでも恐ろしい。 報復を恐れたオレは抱きついていた愛ちゃんを下ろしてすぐに白狐の前で正座。 床に頭を付けて「知らなかったとはいえ除霊しようとして……すいませんしたああああああ!!!!」と心の底から叫んだ。
するとどうだろう、狐がみるみる形を変えて、人の姿になっていくではないか。
「ーー……!! 違う、眷属じゃない。 お前……いや、あなたは……!!!」
『暇じゃからの。 良樹、お主のところについてきてやったわ』
そう、オレの前にいるのは御白神社の神・御白。 完全に人の姿になった御白は気品を漂わせながら宙に浮かび上がると、テーブルの上ではなくちゃんと椅子に座る。
「暇って……え、神社はいいのか!?」
『問題ない。 妾の舎弟を置いてきたからな』
「舎弟……」
『それよりもほれ』
御白がオレに手のひらを上にした状態で差し出しながらキッチンの方へと視線を移す。
「ーー……え、なに?」
『いや察せよ。 貢ぎ物じゃ。 妾は腹が減った、食べ物はあそこにあるのじゃろう? 早う持ってこい』
「なんで……」
『なんでって。 お主、除霊しようとした罪を許されたいんじゃろう?』
「ーー……っ!!」
言い回しがかなりムカつく。
まるでメスガキ……こいつ、本当に神なのか!?
これが低級霊とかそんなレベルならオレの強制除霊で消しているところなのだが、神であるこいつには効かないし何より石井さんを救ってくれた恩もある。
ここは素直に従って満足してもらうしかないようだ。
オレが「何が食べたいんだ?」と尋ねると『そんなことも分からぬのか』と煽りたっぷりのメスガキスマイルがオレに向けられる。
くっ、こいつ……!!!
「ーー……とりあえず日本酒とかでいいか?」
『はぁ……ありきたりじゃな。 まぁ良しとするかの』
「ぐぬぬ……。 それ飲んだら帰るんだよな?」
『何を言っておる。 ここだと妾のことが視えて話せるものが多いゆえ神社よりも飽きない……しばらく住むに決まっておろう』
「はああああああああ!?!?!?」
『はっはっは!! そう喜ぶでないわ。 でも、ありがたく思えよ』
「思わねえよ!!!!」
最初こそ冗談だと思っていたのだが、この神・御白はガチだったようで一向に帰る様子は無し。
まさか小学生の女の子二人に加えてロリ神までもがウチに同居することになるなんて、夢にも思わなかったぜ。
だけど……
「お兄ちゃん、お風呂沸いたよ入ろー」
「良樹、ご飯ってどうやって炊く? マリア分からない」
『なぁ良樹よ、日本酒以外に何かないのか?』
「うわああああああああ!!!! 頼むから一人づつにしてくれええええええええええ!!!!!」
初日からのこのドタバタ具合でオレは一気に将来が不安に。
しかしやはり神様がいるってだけで霊たちはそのオーラを察するのだろうな。 御白がウチに来てからというもの、家の周囲には低級霊が近づいたりだとか、浮遊霊たちが窓の外から中の様子を覗きに来ることもなくなったのだった。
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