20 あの子と狐②
二十話 あの子と狐②
月曜日。 金曜は流石に呪詛返しされた傷が生々しすぎて休んだからな。
三連休を終えたオレが教室に入ると、オレの腕についた傷を見るなり何故か皆は同情の目を向けてきて……これまた何か勘違いしたような口振りでオレに話しかけてきた。
「あー……とうとうそうなっちまったか。 どんまいな加藤」
「どこでやられたんだ? 一応俺たちも気をつけたいから場所だけ教えてくれないか?」
「てか派手にやられたな。 でも青アザとかないし……え、もしかしてナイフ?」
名前は申し訳ないけど覚えていない。
しかしこれはチャンス……この傷をきっかけに皆と話して親睦を深めるきっかけになってるのではないか?
流石に『いやー実は悪魔と対峙して呪詛返しされちゃってさー』なんて言えるはずもないので、なんとなくで誤魔化しながらオレは窓際の自分の席へ。 休み時間までに良い言い訳を考えて友達を作ろう、そう意気込んでいたのだが……
「ーー……もう昼休み。 あれから誰も話しかけてくれないし、みんなオレのこともう興味なくなってしまったのか?」
結局皆の興味・関心を惹きつけられたのは朝だけ。
それからオレはいつも通り過ごし、気づけば放課後になっていた。
◆◇
放課後。 ホームルームが終わるなり石井さんはすぐに席を立ち、オレの机を横切る際に可愛く折りたたまれたメモ用紙をさりげなく置いて目も合わさずに教室を出て行く。
なんか異性……女の子とのこういう秘密のシチュエーションってドキドキするよな。
なんとなく内容は予想がついていたのでオレは皆に気づかれないよう引き出しの前で隠しながらそれを開く。
そこにはあの陰気な見た目からは想像も出来ない……結構可愛い女の子らしい筆跡でこう書かれていた。
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御白神社の横にある公園で待ってます。
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「御白神社……」
御白神社は確か、隣町にある小さな神社だ。
オレも小さい頃には何度か初詣の時に連れていってもらった記憶があるのだが、近くにそれよりも大きな神社等もあるためそこまで参拝者が多かったという印象はない。
そういや数年前は何かが話題になって注目されて、ネットとか雑誌で盛り上がってたような気もするが……。
「とりあえず……行くか」
おそらくは早くあの狐の件をオレに聞きたかっただろうけど、ちゃんとオレのことを考えてくれてのことなんだろうな。 教室内で聞いてこなかった辺りポイントがかなり高い。
オレは薄れた記憶を頼りに石井さんから指定された場所……御白神社へ。 神社の隣に公園なんてあったかなーなどと考えながら向かっていると、確かにひっそりと……神社を囲う石垣越しに子供数人が遊べるであろう程度の小さな公園を発見した。
「うわー……普通ここ指定するか?」
もう誰も利用していないのだろう。
公園の入り口へと向かっていると地面からは背の高い雑草が目立ち、その奥に見える滑り台もほとんど茶色。 元が何色だったかすらも分からないくらいに錆び朽ちている。
「マジでこの時期だし蛇とかそういうのは勘弁してくれよ」
オレは少し躊躇いながらも公園の中へ。
若干地面に注意しつつ周囲を見渡すと、滑り台の奥……これまたどこかの心霊番組でも使われそうなくらいに朽ちたブランコにちょこんと座っている石井さんの姿を発見した。
「石井さん」
「ーー……っ」
オレが駆け寄ると、石井さんもオレに気づいて静かに立ち上がる。
「ごめんね待たせちゃって」
「ううん、私の方こそごめん。 こういう場所じゃないとその……他の人に聞かれちゃうと思って」
やっぱりだ。
やっぱり石井さんは先日交わしたオレの約束を守って絶対に誰にも聞かれる心配のないであろう場所を選んでくれたんだ。
オレは改めて石井さんの気遣いに感動。
その後ずっとこの場所にいても蚊などの存在が目障りだったため、早速本題を切り出すことにした。
「じゃあえっと……石井さん、狐の話だよね」
石井さんはオレの問いに対して無言で首を縦に振る。
特に狐の何に関して聞きたいのか尋ねてみたところ、石井さんは一瞬考えるような素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。
「私にはその……狐が憑いてるんだよね?」
「あ、うん」
「加藤くんはその狐、追い払ったりとか……出来る?」
どストレートだな。
でも回りくどく聞かれるよりも答えやすくて助かるぜ。
オレは石井さんに一応先日試してみたけど失敗したことを説明。
しかしそれを聞いた石井さんの残念そうな顔を見て、これは愛ちゃんやマリアと暮らし始めた影響からなのだろうな。 なんとかしてあげたい気持ちがオレの中で湧き上がり、土曜のあれは何かの間違い……もう一度試してみようと石井さんの影の横に立った。
「石井さんはそのままじっとしてくれてたらいいから」
「う、うん……」
影に向かって手をかざす。
オレは小さく深呼吸をした後に、再び影に潜む狐へと強制除霊を撃ち込んだ……のだが。
「うおっ!!」
きた。 影から耳が出てきたと思うと先日と同じ……指先にバチっと強い衝撃が走る。
でも前はここで反射的にやめてしまったけど、連続ならどうだ?
オレは指先の突き刺すような痛みを我慢して、更に力を込めて強制除霊を続行。 するとどうだろう……初めて影から狐が顔を出したかと思うと突然『コーーン!!』と吠え、それと同時にオレの体が何か大きな力によって弾き飛ばされた。
「おわわわわ!!!」
「か、加藤くん!?」
「いっててて……」
幸いにも尻餅だけで済んだためゆっくりと体を起こすと、すでに狐は影の中へ。
石井さんが焦った様子でオレのもとへと駆け寄り手を差し出してくる。
「大丈夫!?」
「う、うん。 ていうかなんだあの狐……動物霊なのに力、強すぎるだろ」
今までもオレにちょっかいを出してきていた動物霊はたくさんいて、その中にはもちろん狐や狸もいたのだが、こんな目にあったのは今回が初めて……そういやマリアが『霊格の高い狐』みたいなことを言ってたけど、強制除霊が効かない時点で悪霊以上だぞ?
流石に悪霊よりも上のランク……死霊クラスにもなるとオレの命も危ない。
残念ではあるが、この狐はオレにはどうしようもないことを石井さんに謝罪。 その後どうしてこんな狐に憑かれることになったのか気になったオレは、失礼を承知で石井さんに尋ねることにした。
「え、理由?」
「うん。 石井さんには霊が視える力とかないみたいだし、こんな厄介な奴に憑かれるのはおかしい……何かあったのかなって」
「ーー……理由っていうか、心当たりはあるの」
「え」
「あれは数年前、私が中学生のときだったんだけど……」
石井さんはブランコの朽ちた板に再び腰掛けると、当時を思い出しながら……遠くを見るような目で話し出した。
◆◇
石井さんは当時中学生だった頃ちょうどこの辺りに住んでいて、よくこの公園で弟に遊び相手になってあげていたそう。
その日も石井さんは弟とこの場所でキャッチボールをしてたのだが、その日の弟はやけに元気で全力で投げたボールが神社の方へと飛んで行ってしまう。
石井さんが取りに向かうと、ボール自体は簡単に見つけることができたのだがここからが問題……その隣に大きめの狐を模った石像が置かれており、その頭部……耳が欠けていたという。
「えええ、それはヤバい……謝ったの?」
「ううん。 すぐに神主さんを探したんだけど、時間的にも夕方で日が暮れかけてたからもう居なくて……それで諦めて家に帰ったんだ。 それでその日から変なことが起こり出したの」
「変なこと?」
「うん。 例えば夜寝てたら頭の中で狐の鳴く声が頭の中で朝まで響いてたり……それに人と話をしてても、自分が気づいていないうちに感情的になったりして。 今までそんなことなかったのに」
あー、いきなり感情的になったりするのは動物霊に憑かれる人によくある症状だな。
オレの周りでも今まで動物霊に憑かれて不登校になったクラスメイトや、元々細い体型だったのに急に過食気味になって太った人も何人かいた。
ていうか話を聞く限り狐は狐でも神社……神に仕えてる狐じゃねぇか。
そんな神の遣いに強制除霊をぶっ放しちゃったとか、とんだ罰当たり……今度はオレが呪われちまうんじゃないか!?!?
ちなみにその後の石井さんの話では、それからしばらくは神社に近寄ること自体が怖くなって謝罪ができていなかったとのこと。
中学卒業するときに勇気を振り絞って行ったときには既に狐の像はなくなっており、神主さんに聞いてもちょうど数ヶ月前に神主が代わってしまっていたため分からないとのことだった。
「ま、まじ?」
「うん。 だから私にはもうどうすることも……」
石井さんは唯一の希望だと思っていたオレが不可能だと知って目に涙を浮かべ、オレはオレで神の遣いに喧嘩を売ってしまった事実に戦慄。
しばらくの間沈黙が支配していたのだが、それは突然。 石井さんの小さな一言がこのどうしようもない事態を動かすこととなる。
「もしその狐に私が直接謝れることができたらいいんだけど……」
「!!!!」
あ、ほんとだ。
なんでそんな簡単なことを思いつかなかったんだオレは。
確かにそうだよな、石井さんに憑いてるのってその時の狐の可能性が高い……てか強制除霊が効かない時点でほぼ確定だろ? だったら直接謝って許して貰えば済む話じゃねぇか。
「おーい、狐ー」
影に向かって話しかけると、オレの声が届いたのか狐がひょこっと耳を出す。
「それじゃあ早速謝ろうか」
「え」
オレが石井さんの背中に触れると石井さんが「ひゃっ」と声を上げた。
「あ、ごめん」
そうだよな、この年の女子だと皆必ずと言っていいほどブラジャーをしている。
オレも今日生まれて初めて服越しではあるがブラジャーを触ったわけだけど、そりゃあセクハラ認定されちまうよな。
オレはすぐに手を離して触れる箇所を石井さんの手首に変更。
石井さんが顔を赤くしながらオレを見上げてきたのだが、人見知りのオレに目を合わせるなんて高等技術が使えるわけもなく。 オレは石井さんの影からこちらに聞き耳を立てている狐の耳を指差した。
「か、加藤くん!?」
「ほら、あそこ見てみ?」
「あそこ……なんで?」
「いいから。 ほら、分かる?」
「う、うん。 その……お、おっきくなってる」
おっきくなってる……?
「ーー……ハッ!!!」
ちくしょうさすがは高校生!! 完全にあっち系に考えちまう脳になってしまっているではないか!!!
そしてこれは仕方ないだろ!!! 生まれて初めてブラジャーを触って……同年代の女の子の肌に触れてるんだから!!!
詳しくは言わないがオレは腰を引かせながら「あ、あっち! オレが指差してる方!」と説明。
ようやく顔を更に赤くした石井さんがオレの指している方向へと視線を向けると、ちゃんと視えてるっぽいな。 石井さんは目を大きく見開きながら「あっ」と声を漏らした。
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